営業の魔法 中村信仁と永業塾の仲間たち -63ページ目

ストーリーを語るとは

ブログを読んでくれている方から、物語る(ものがたる)とはどういうことなのか、という問い合わせが週末に86件あったので少し説明させていただきます。


物語るためには当たり前だが「物語」そのものを用意していなければならない。ブリタニカ時代のプレゼンの物語構成を簡単に紹介すると、


① 1768年ブリタニカはイギリスで生まれた。

② たった3冊の百科事典が、のちに世界の英知といわれた大百科となる。

③ 世界で初めて大百科事典を編纂(へんさん)した企業

(日本では小学館が小百科事典を過去に編纂したが、情報量はブリタニカ大百科事典の1000分の1でしかなかった)

④ エジンバラ大学、トロント大学、オックスフォード大学、ハーバード大学などが研究パートナー。

⑤ 世界142ヶ国に支店を持ち、200年以上の歴史を誇る世界企業がブリタニカだ。

⑥ 社章に使われるアザミの紋章はエリザベス女王から贈られ、イギリス国王の紋章を社章として使用できる世界唯一の企業。



ウォーミングアップで①~⑥をお話します。これだけでも十分物語っていることを感じませんか。ブリタニカは「良かった探し」の天才企業でした。いい部分を完璧にクローズアップして物語に変えてしまう力を有していたのです。


私たちは、顧客がブリタニカという企業への信頼を得たことを確認してからでなければ、絶対プレゼンには入りませんでした。




中村信仁


ストーリーブック

誰もがベテランの営業人と同じようにプレゼンできたなら、組織売上は天井知らずに伸び続けるはずだ、というのがブリタニカの考え方で、そこから生まれたのがリードオフ戦略だった。


全エージェントがまったく同じリードオフを持って、すべての顧客に対して一字一句たがわぬプレゼンテーションを繰り返す。だけど、この人を馬鹿にしたような考え方を徹底させたことにブリタニカの強さがあったのかもしれない。


そもそも、ブリタニカは142ヶ国でセールス活動を展開していたため、文化や習慣の違う国民が一定の成績を維持するために必要な戦略であったのだろう。そして、画一的なリードオフをそれぞれの国のエージェントに持たせることは、2つのメリットがあった。


ひとつは、トレーニングが安定し、営業を知らない素人でも「売るコツ」を知ること。

二つ目は、サービスイレギュラー(不正行為)を確実に防止できる。


この二つのメリットは、ベテランにとっては幼稚性に感じる営業活動へのデメリットを上回る効果があった。


リードオフの構成は確かに優れていた。

今、僕が顧問企業の営業戦略をプロデュースするときに用いる「ストーリーブック」という戦略は、まさにブリタニカ時代の経験から生まれた戦略だ。


物語る…というプレゼンテーションほど優れたプレゼンテーションはない。誰もが物語るためにはリードオフ…つまりストーリーブックほど最適なツールはないのだ。


そして、その前段階に「一人歩き名刺」が必要になる。名刺をプチ・リードオフ化することだ。ただ、最近僕が言う「一人歩き名刺」なる言葉のみが、まさに一人歩きし始めていて、形ばかりの「物語る名刺」を作って持って歩く人が増えた。


やり方を真似ても成果は出ない。大切なことは在り方を真似るべきなんだ。

一連の戦略の中で(一人歩き名刺⇒物語る⇒リードオフ⇒物語る⇒クロージング)ゴールを得るためのスタートとして名刺を活用する戦略が「一人歩き名刺」なんだ。つまり、物語る名刺だけで売上げをあげることはできないことを知っておいて欲しい。




中村信仁


リードオフ

ブリタニカでは新人がベテランと同じようにオーダーを書くために「リードオフ」というキットを持たされる。


どんな物かというと……イメージは、昔だれの家にでもあったハードカバーのアルバムだと思ってくれたらいい。


そのページの中には、紙芝居よろしく順番に説明していくと誰しもがイエスになってしまうよう構成されていた。


ただ、絵本や紙芝居を読み聞かせても、上手な人と下手な人とがいるように、いくら顧客心理を研究し完成されたリードオフとはいっても、やはりプレゼンの下手な人がそれを駆使してもなかなかイエスにはならない。


ブリタニカではこういわれていた。

プレゼンテーション=感情移入

この方程式に則ってプレゼンしなければダメだと。俳優の如く演じきれない者は永久にイエスをいただくことはできない。


練習は裏切らないというが、やはりこの頃のプレゼン練習が、今、ステージの上に立ちお話をさせていただく時、嫌というほど生きている。




中村信仁

マニュアル作り

ウォーミングアップ、フロント・トークとブリタニカの特訓をご紹介しましたが、実はこの会社、特別に研修や勉強会は一切行わないことで有名でした。僕が入社した時も、4日間のレクチャーがあったのみ。



1日目/ブリタニカの歴史、コミッション制度(給料)の説明、タイトル(出世)の説明

2日目/商品説明、プレゼンテーションのデモ、ライティング(契約)の仕方

3日目/Tel アポの説明、Tel 資料の集め方、サービス・イレギュラー(コンプラ)について

4日目/プレゼンテーションのデモ、プレゼンの練習


これで終わりです。

翌日にはオフィス入りして「さぁ、売れ」とスタートです。

早い人でその日にドロップ・アウト(退社)、平均しても2週間で新人はいなくなるという現実。ですから3ヶ月もいれば大ベテランであり大先輩になります。


週給制のフルコミッションですから、毎週オーダーを書いていれば、毎週給料がいただけますが、契約ゼロのの人は行動費分の赤字。生活費なんてまかなえるはずがありません。パンフレット、契約書、電話代、すべてチャージ(自己負担)ですから、行動費だけでもかなりな金額になります。


では、ウォーミングアップだのフロント・トークだの、とどこで教わったのかというと、教わったのではなく、先輩たちの動きを盗み見ながらチームで体系化し理論建てて自分たちでマニュアルを作り上げていったのです。


でも、今考えると、この時の作業がすべて現在の自分の宝物に変わるなんて夢にも思いませんでした。




中村信仁


フロント・トーク

プレゼンに入るための技術がフロント・トーク。

これは相手がどんな「音」を好むかの確認作業でもある。


キャッチボールで大切なのは届くボールを投げることであるように、お客様に届く声を発しなければいけない。たとえ悪送球でも、届きさえすれば相手は取ろうとしてくれる。でも手前に落ちてしまうボールではうんざりするというもの。フロント・トークは声のキャッチボール。


自分の語りが騒音になっていないか。

雑音になっていないか。

声量は丁度よいか。

相手が聴きやすい語り口か。

心地よい響きを持っているか。

耳障りになっていないか。


相手は聴く姿勢をとってくれているか。

聴く準備が整っているか。


興味が湧き上がり、早くプレゼンに入って欲しいという欲求を奮い立たせるのがフロント・トークの極意。往々にして相手がつまらなさそうな顔をしている時は、声が届いていない証拠。よい「音」を確実に届けてください。


ブリタニカでは毎朝「陽転思考十ヶ条」を大きな声で唱和し続けた。滑舌練習と発声練習だった。腹式呼吸ができていないと咽喉が潰れる。僕のセミナーや講演でマイク無しでも声が届くのは、この毎朝、来る日も来る日も繰り返された練習の蓄積だった。すべてのことにはやはり、ちゃんと意味が隠されていたんですね。


※毎朝、怒鳴り声をあげる朝礼もあるようですが、営業人は絶対にしてはいけない行為です。咽喉をつぶしては本末転倒です。怒鳴り声と、大きな声、届く声、はまったくの別物です。





中村信仁

ウォーミングアップ

ワンタイムクローズを掛けるとき・・・、

イエスかノーなのかは、

その30分から2時間前にさかのぼって答えは出ている。


掛け違えたボタンは最初からやり直さなければ戻せないように、プレゼンに入る前のウォーミングアップ・トークがとても重要なことを知らない営業人は多い。


僕が最初にブリタニカで教わったことがこの「ウォーミングアップ」という技術だった。プレゼン資料を取り出すまでの数分間でどのように渦潮を掛けられるか…。

※渦潮…営業の魔法 p22-23ご参照ください。


そしてこのウォーミングアップで大切なことは、お客様が自分に一目惚れしてくれるかどうかでした。


人生において、異性からそうそう一目惚れされたり、こちらがしたりというのはないでしょうが、営業の世界には存在します。その練習は太陽の笑顔なんです。


ブリタニカではそれを100万ドルの笑顔と呼んでいました。

僕が一年間、ずっと、来る日も来る日も繰り返し練習(特訓)し続けたのは笑顔のみでした。




中村信仁

営業技術

高校を卒業した18才の春、僕はブリタニカという外資系出版社の門をくぐった。この会社はワンタイム・クロージングという技術で世界を制覇した会社だった。


ブリタニカが世界進出をはかった時の商材は、たった三冊の百科事典。英語で書かれている百科事典を、ブリタニカは英語圏ではない国で売り歩くという世界規模営業を実現した強引で傲慢な会社だった。


郷に入りても郷に従わない、アングロサクソン独特の傲慢さを世界142ヶ国に撒き散らす会社だった。


でも、そこで徹底的に仕込まれた「ワンタイム・クロージング」という技術が、今のステージへの道標となったことだけは間違いない。


お客様と会えるのは一度だけだ。すべての必然のタイミングで与えられた、最初で最後のチャンスなんだ。次があるなんて考えてはいけない。もう二度と会えないんだ。だから目の前のお客様にすべてを捧げろ。すべての集中力と情熱を、そのお客様に注ぎ込め。


今になって気づいたことだけど、これはお茶の道にある「一期一会」に通ずる部分でもあった。


営業というのは、営業道…やはりひとつの「道」なのだろうと思う…。




中村信仁


極北の空

2005年3月、ひとりの詩人が亡くなりました。

30年間、埼玉県の中学校へ一遍の詩を毎月贈り続けていました。

その詩人の名は宮澤章二。一年前の震災後、テレビCMで頻繁に流れた詩がある。


こころはだれにも見えない

けれどこころづかいはみえるのだ

胸の中の思いは見えない

けれど思いやりはだれにでも見える   行為の意味 宮澤章二 著


記憶に新しい方も多いはず…。

肉体は滅んでも、その人の記憶が生き続けている。思いは見えないはずなのに、詩を通して宮澤章二さんの思いが伝わってくる。


冬、極北の空に、ひときわ輝く星があります。人は、その星に向かって様々な想いを託します。極北の空に輝く星は、古き時代から、旅人の道しるべになってきました。 宮澤鏡一 談(章二さんの息子さん)


まさに鏡一さんにとって、父、章二さんの詩は「極北の空に輝く星」であったに違いない。そして、私たちも一年前のあの震災後、憂う心、痛む心、傷心、をテレビCMから流れる一遍の詩によって励まし癒された。



手をつなぐ  宮澤章二


手をつなぎ合うと

自然に あたたかい思いが流れる

……母と 子と

……父と 子と


大きくなるにつれて

いつか忘れてしまったり

てれくさくなったりするのだが……


ときどきは 幼い日の心に返って

お母さんと手をつなぐのは いい

お父さんと手をつなぐのも いい


そのとき ひとりの親 ひとりの子

ふたりは 同じ地上に生きる 人間同士

なにかを信じ合えるのではないか


行く手に同じ明かりを求めながら





中村信仁

人間失格


文学において「難解」はあり得ない。

「難解」は「自然」のなかにだけあるのだ。

文学というものは、その難解な自然を、おのおの自己流の角度から、すぱっと斬って、その斬り口のあざやかさを誇ることに潜んで在るのではないか。   もの思う葦 太宰治 著より



人間失格、斜陽、走れメロスなどで有名な太宰治。

彼の生涯において三度の心中未遂(四度目に入水自殺を図って最期をとげる。享年三十八才)。


人生のすべてを「愛」に生きた男だ。そして「愛」とは一緒に死ぬことと信じ実行してしまった。

彼は本当に退廃的でエゴイズムの塊のような男……だったのだろうか。



神の愛は信ぜられず

神の罰だけを信じているのでした。  人間失格より



愛を信ぜられず、いつも「一緒に死のう」と女性に甘え続けた男は、もしかすると誰よりも「愛」そのものを信じていたのかな、とさえ感じる。秋風記の中で彼はいっている……



ゆきあたりばったりの万人を、ことごとく愛しているということは、誰をも、愛していないということだ。



彼ほど恋多き男が、こう言うということは、きっと彼の中には確固とした「愛」の姿が確立されていたのかもしれない。それが退廃、自虐、苦悩、自己否定、放蕩という作品を生み出したのだろうか。


小学生か中学生のころ「走れメロス」に衝撃を覚えた。

どんなに退廃的な生き方であったにせよ、私はやっぱり太宰治が好きだ。




中村信仁

三行の知恵

怒ってもいい。しかし、恨んではいけない。


絵本作家の葉 祥明 (よう しょうめい)のことば。彼の著書に三行の知恵というのがある。その書の最初に冒頭のことばがある。そしてこう続く。


悩んでもいい。しかし、苦しんではいけない。




たまたま兵庫県伊丹市にあるブックランドフレンズ で購入した。

ここには変わった店主がいる。

通称コンブちゃん。(本名/河田秀人さん)

私よりも年下なのに私より大人で、私の何倍も勉強しているのに、まだまだ貪欲に学ぼうとする。シルベスタ・スタローンとジャッキー・チェンを足して二で割ったような甘いマスクに優しい声を発する男。私が二十才若くて…女性であったなら…うーん…まぁいいか…。


そんな店主だから書架に並ぶ本ときたら、これまた不思議な本ばかり。特に入口奥、右コーナーの一角は買い占めたくなる本が所狭しと並んでいる。あー、本屋さんってコレだよなぁ…といつも思う。


日本の教育現場は崩壊、教師の質は劣化の一途。

この国を救う道は良書との出会いと読書しかない…。と愚痴っていても始まらないのだが…。



夢をみるのはいい。しかし、夢想で終わらないように。



子供のころ、大きな夢をみていた。

いま、身体はでかくなったけど、夢は小さくなっちゃったなぁ。

最近よく中村信仁の夢はなんですか、と聞かれる。そして私はいつも返答に困る。自分の夢など、恥ずかしくて人になど語れないからだ。


営業人生で応酬話法などという技術を中途半端に身につけているものだから、つい困った質問にはそのまま質問で返すという姑息なことをしてしまう。「あなたの夢は?」 って。


私は自分の夢を語らないようにしている。

座って半畳、寝て一畳。呑んで喰っても二合半。そんな自分にとって、自分の夢を叶えることより大切なことがある。それは、これを読んでくれたあなたの夢がいつか必ず叶いますようにと祈ることだ。





中村信仁