夢の浮橋
職人の愉しみも苦しみも骨の髄まで刻みつけて、その上で高みを登ろうとする者にしか見えない太い道がある。なけなしの気力を振り絞って己を奮い立たせながら歩く道だ。続けてさえいればわかる。必ず太い道には太い流れがくることを。 夢の浮橋 (ゆめのうきはし) 蜂谷 涼 著より
最近むさぼるように本を読んでいる。一日一冊ペースで。何かを探している自分と対峙しながら、何を探しているのか分からぬままに。
行間を読むのが好きな自分は速読とは縁遠い。しいて言うなら人一倍読むのは遅い。だから読書には時間がかかる。思考を一冊の本に集中し、ただひたすら文字を追い続ける。すると、一瞬、回りの音が消え、その本の中に自分が立つ瞬間がある。ふと我に返ると、いつの間に過ぎ去ったのか、三時間も四時間もときが進んでいる。
江戸末期、ひとりの出戻り娘が硝子の器に惚れ自ら硝子職人の道を歩みだす。職人として生きながら、女である自分の足跡も残したい…。残したいのは職人としての足跡なのか、それとも女としての足跡なのか、分からぬまま激しさを増す情念と折り合いをつけようと必死に生きる。そして、男たちが道具としての硝子を生み出すのならば、自分は無用の用こそを形にできる職人になろうとたどりついたのが源氏物語に登場する女性の情念を硝子細工で生み出す道だった。
冒頭の文書は本書の中で一文として書かれているわけではない。ページをまたぎ章を超え書かれている。それを勝手に一文に構成し、自分の手帳に書き写したものだ。文責は私にある。抗議や苦情はすべて私が背負うので著者、出版社への苦言はご遠慮ください。
職人という部分を「営業」に置き換えたなら、ポジもネガも嫌というほど経験しながらも、尚、高みを目指す者にのみ「機会」という道が開かれるのだろう。
中村信仁
舟を編む
暗がりのなかでじっとしていると、用水路の水音も清く澄んだせせらぎに感じられる。風が雲を払い、月が木の葉の影を窓に映した。 舟を編む 三浦しおん著 より
出版社にて辞書の編纂をする物語ですが、ひとつの辞書がこれほどの奥行きを持つ読み物であったとは。これから辞書を開くにあたって、接し方が根底から変わってしまった。36才の三浦しおんという作家のファンになりました。
冒頭の文書は本文38pにいきなり登場しますが、この一文で心が鷲掴みです。
今自分に課している課題が「見えるように書く」ですが、なんと見事に表現しちゃうんでしょう。ただ、ひとこと「すごい」と感じるのみです。
中村信仁
優しい時間
昔、倉本聰 氏のドラマに「優しい時間」というのがあった。タイトルに惹かれ興味を持ったのだが、放映時間が合わず結局見れずじまいだった。
先日、私が主宰する永業塾に通う東京の女性のお母さんが事故にあったと連絡がきた。はねられた、という。
よく聞くと、歩道を歩いていたところに猛スピードの自転車が突っ込んできたのだ。そのお母さんは顔面骨折で入院…。ひどい話だ。ただ、自動車ではなくてよかった。しかし自転車とは…。
いつからか、時間(とき)は速さを変えた。
私が小さかった頃、時間(とき)は人の歩く速さで流れていた。
一時間は一時間の長さを持っていた。
人間が便利の頂点に立った今、時間(とき)は猛スピードで流れ出した。一時間で札幌から東京まで行けるようになった。それと同時に身の回りの速度も増している。
優しい時間は消え失せた。
再び私たちが優しい時間を取り戻すことができることをただ願うのみだ。
中村信仁
まち
改修中の赤レンガ駅舎を見下ろす新丸の内ビル。
坪五万円で一千坪・・・月額五千万円の家賃。
この町は日本の首都。
北海道の雪は風に舞う。
でもこの町の雪は落ちていく。
暖かいから水分を多く含んでいるのだ。
濡れないように傘を差し行き交う人々。
日本。
この国を再生できるのは、この国に住む我々しかいない。
この町を見ていると、なぜか田舎町で働いていた亡き父の姿が浮かび上がる。
昔・・・東京で結婚式を挙げるという我がままを許してくれた父。
母の手を引いて田舎町からお祝いに出てきてくれた父。
二十二年前。目白の椿山荘は満開の桜が春の調べに揺れていた。
いつの間にか時代はデジタルへ。
そこら中をメールが闊歩している。
子供だった自分がいつの間にか親になり・・・
この町にいる自分に我が子からのメールが届いた。
「東京は初雪で寒いみたいだね。今日はこっち(北海道)も寒いよ」
ふと里心がくすぶっています。
明後日で今月の旅もおしまい。
明日、仙台を廻ってから北国へ帰ります 。
中村信仁
はな
ひとつのはながひらくときは、
ひとつのねがいが
かなうときなんだ。
はながきれいなわけを、ぼくは知った。
「神様のないた日」 はしもと みお 著
この短いセンテンスで
これだけ愛情深い表現ができる絵本作家って、
きっと心が研ぎ澄まされているんですね。
この長い冬が終わって
北国に春が訪れ
ひとつの花が開いたとき
あぁ、今、誰かの願いが叶ったんだな…って思える
そんな優しい男になれそうな気がします。
中村信仁
未熟を楽しむ
昨年の三月から十二月までの十ヶ月間、日高晤郎 さんの下で「語り」について多くの勉強をさせていただきました。
その中で「学ぶとは、未熟を楽しむことですよね」と教えられた。
「誰にでも哲学がある。だからといって自分の考え(哲学)と違うから、と反発するのではなく違う考えの中にこそ大きな学びがあることを知ってほしい」
大切なのは、なにを目的として学ぼうとしているのかに気づくこと…。気づく人は茶の間で寝ころんでいたって気づくんです。それを自分のやりたいことに生かせるかどうかなんです」
最初の回で教えられたことです。
十回の学びの中でなにに気づけたか、それを自分の活動に生かせているか、と終了した今、改めて考えています。
「月に一回の日高塾で上手くなるなんて思わないでください。一ヶ月の間にどれだけ予習復習という努力をするか。それできっかけを得て少し階段を登れるかです」
未熟を知り、未熟であるが故に、自分がなにを訓練すべきか。自分がどのように努力すべきか、登ろうとしている階段の長さ、登らなければならない階段の高さに、日高塾で気づかせていただきました。
中村信仁
26年前の訓え
今日は成人式。長女も振袖を着て出掛けていきました。
26年前に私も成人しました。既に社会に出ていたので、騒ぐ学生たちとは一線を画して行動していた記憶があります。(当時は営業人3年目)
成人式の前月(12月)、コンテストの表彰式で(全国4位とランキングを落としながらも)バンコクへ招待されました。5日間の日程で、ほとんどフリータイムで過ごすことができる休暇みたいなものです。
パタヤビーチにあるホテルのプールサイドで、篠澤達男(ナショナル・セールス・マネジャー)という、当時私たちの頂点に立っていたマネジャーと午後のひと時を過ごしていました。私は20才。篠澤マネジャーは45才。月収1億円のカリスマ・マネジャーです。
「中村、お前は成人式に行くのか?」
「ハイ、来月です」
「やっと大人の仲間入りだな」
「はい」
ビーチベットに2人並んで横たわり、日本での仕事を忘れての優雅なひと時です。
「お前、メシを食べにレストランへ入る時ってどうする?」
「どうするっていいますと……?」
「何を食べようかなって考えるだろ」
「はい」
篠澤マネジャーはニヤッと笑って私を見ています。そしてこう続けました。
「店に入る前にショーケースを眺めて値段を確認するだろう」
なにを当たり前のことを言っているのだろうと不思議に感じました。財布の中身と値段のつり合いを考えるのは、誰もがすることのはず……。
「でもな…、男はちょっと稼ぐようになると、まずテーブルに座るんだよ。そしてメニューを見て値段を確認するようになる」
言っている意味、分かるか !? という目でこちらを覗き込んできた。
「でもな、男ってもんは、食べたいものを食べ、飲みたいものを飲む。わがままな子供のままでいなくちゃいけないんだ。そのためには、ショーケースも見ない、メニューも見ない。入りたい店に入り、そして今日は何がおすすめ !? って聴くんだよ。そして板前さんなり、料理長なりがすすめるものを食べる」
このおじさんは何を言っているんだ !! って感じです。
「友達や彼女……、まして家族ができたらなおさらだ。入ってみたいという店があったらウダウダ考えずそこに入る。そして、何がおすすめ? って。それができる男になるために、日本にいる時は働いて働いて働き抜くんだ。中途半端に仕事をするような大人になるなよ。日本では働き、遊ぶ時はこうやって海外で過ごすのさ」
篠澤マネジャーはそう言ってプールサイドを格好よく去って行った。もちろん私はその格好よさにシビレまくっていました。笑
次の日はこんなことも言われました。
「お前さ、スーツを買うときってどうする !?」
「はい、似合いそうなものを探します」
すると篠澤マネジャーはまたニヤっと笑ってこう言いました。
「まず、ネクタイを選ぶんだよ」
「ネクタイですか……」
「そして、こういうんだ。このネクタイに似合うシャツとスーツはどれ !? って。ショップの人は驚くぞ。そして、次からお前は、その店に出入りすると特別扱いされる男に変わるんだ」
26年前のこの訓えを永業塾で何人かの仲間に伝えた。東京リーダーだった木村君(今は大阪在住)が真似てスーツを買ったそうだ。お店の人に驚かれたと悪戯っ子のように笑っていた。
先輩に教えられたことを次世代に伝え残す。永業塾はこうやって営業人のDNAが引き継がれていく場なんだなと、今日の成人式で娘を送り出しながら、ふと考えていました。
中村信仁
その先へ・・・
みなさま今年も宜しく願いします。
今年は「その一歩先へ」の挑戦をします。
例えば永業塾の存在理由を考えたとき、これまでは「来てくれる仲間たち」のためにあると考えていました。でも、その一歩先へ思考を延ばすと、永業塾は「通って下さる営業人の顧客」にたどり着きました。
自分の顧客を守るために、担当者である自分が成長しなければいけない・・・。だから学ぶ。そのためには、自分が満足する学びではなく、自分のお客様が喜んでくれる学びへ歩を進める・・・。そんな場所が永業塾。
突き詰めると、永業塾に来て下さる営業人の回りに集まって下さるお客様は、日本一幸せなお客様、といわれるような充足感あふれる「場」であることが今年のテーマです。
料理人がメシをつくる時、それを食べて笑顔になるお客様を想像する。その一歩先へ。それを食べた人の家族が、友人が、仲間が、「なんでいつも元気なの」と尋ねたくなるようなメシを食べてもらう、なんて考えてみると、何かが根本から変わってくるような気がしてならない。
一歩先へ・・・思考をズラしてみる。
そんな一年を、今年も一緒に過ごして下さる方と永業塾を続けていきます。
こんな風に考えられたのも、9つの問いかけワークシートのお陰と、自画自賛の中村信仁を今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2012年1月6日
中村信仁
福島から
旅先でいつも思うことがある。
どこの町でもみんな一生懸命生きている人たちで溢れている。すれ違う車、歩道を歩く人、信号待ちで子供の手をひく母親、道路工事の作業員さん…。
みんな一生懸命生きている。
日本人のスゴさをなんとなく旅先でいつも感じます。