どこへ…
この季節になると思いだす言葉…
「人の価値は過去に何をしてきたのかではない。今現在、何に向かって歩いているかだ」
中学校の卒業時に配られたプリントにあった各先生たちのことば(卒業生へのメッセージ)だった。
受け持たれたことのない先生(奥村先生)からのメッセージだったが、なぜかずっと忘れられずにいる。顔も思い出せないが、奥村先生という名字だけ、メッセージと一緒に記憶している。簾舞(みすまい)中学校という札幌の山奥にある田舎の学校だった。
子供たちの心に残る言葉を、自分はどれだけ残せるのかな…と考えた。
中村信仁
文字
とてもきれいな文字のはがきが届くとドキッとしてしまう。
みやざき中央新聞 で働く社員さんたちは、みんな例外なくきれいな字を書く。驚くほど丁寧で美しい文字だ。
最初、刀根さんという優しい女性からはがきが届いた。そして驚いた。くるみさんという社長からもハガキが届いた。やはり驚いた。
先日、宮崎にてご縁をいただき、くるみさんとお会いした。勇気を出して尋ねてみた。
「みなさん字がとてもお上手ですよね」
するとこんな答えが返ってきた。
「字のきれいな人しか採用しないのです」
この答にも驚かされた。
よくよく聞くと、くるみさんはペン字を何年も習ったそうだ。字がきれいな手紙を送ると、お客様が心から喜んでくださる。丁寧に一文字ずつ綴ることができれば誰でも字を美しく書けるそうだ。丁寧に文字を綴る心のゆとりが大切なんだ……と。
字のきれいな人しか採用しない、というのは優しさとゆとりを持つ人しか採用しないということだった。
刀根さんが入社し、とてもきれいな文字で手紙をお客様に送ったところ、すごい感動のお礼が戻ってきたという。そのことにハッと気づき、くるみさんは今のスタイルを会社の文化にしていった。
やっぱり人生は学びと気づきなんですね。
中村信仁
仰げば尊し
卒業式の季節ですね。
卒業を迎えられたみなさん、おめでとうございます。
卒業式で「仰げば尊し」が歌われなくなってどれくらいになるのでしょう。改めてこの歌詞を読んでみて感動しました。
特に二番目の歌詞。
別れても仲良く過ごしたお互いの恩を忘れるなと諭し、自立し名を上げるよう一生懸命努力しなさい、と。
一番目に「尊しわが師の恩」とありますが、毎年の卒業式にこの歌を噛み締めていれば、もう少し善き先生が顕れるんじゃないだろうか。
生徒たちが歌うこの唄を聴いて毎年三月に「今度こそ、いい先生になるぞ」って……。甘いかな……。
あおげば とうとし、わが師の恩。
教(おしえ)の庭にも、はや 幾年(いくとせ)。
思えば いと疾(と)し、この年月(としつき)。
今こそ 別れめ、いざさらば。
互(たがい)にむつみし、日ごろの恩。
別るる後(のち)にも、やよ 忘るな。
身をたて 名をあげ、やよ はげめよ。
今こそ 別れめ、いざさらば。
朝夕 馴(なれ)にし、まなびの窓。
螢のともし火、積む白雪。
忘るる 間(ま)ぞなき、ゆく年月。
今こそ 別れめ、いざさらば。
http://www.youtube.com/watch?v=ihdres4pgoA
中村信仁
宮崎の町で
昨日のキックオフ講演会に130人の方が集まってくださり、楽しい時間を共有できました。そして永業塾7番目のステージとして、宮崎ステージの開催が決定いたしました
田中亮リーダー、鈴木章久サブ・リーダー、そしてたくさんの仲間たちとの出会い。人が出会う「縁」の中に秘められるそれぞれの使命と緊張で心が震えます。
出会うべくとき、出会うべく人と、一分一秒のずれもなく人は出会う…。営業の魔法の中に自ら書き記してきましたが、最近、縁をいただくことの「責任」を考えるようになりました。
甘えることが許されていた年齢のころは、「縁」ということばに甘酸っぱい期待を持って妙に浮かれる自分がいました。
でもそんな年齢は、気が付けばとうに過ぎていて、人と人が出会うことに生まれる責任の重さを感じるようになっています。
大阪から12時間かけて足を運んでくれた七三郎さん、福岡から応援に駈けつけてくれた賢太郎さん、笑顔塾2期生の飯高さん、みんなが忘れずにいてくれることへの感謝を感ぜずにはいられません。
そして、初の地「宮崎」にて出会った素晴らしい仲間たち。みんな、一生懸命生きている仲間たち。永業塾がどんどんどんどん進化と変化を遂げています。
学び続けなければ、自分の貯金が底を尽きそうです。
中村信仁
意味の連鎖
今日(3/10)の宮崎での講演会が決まったのは半年以上前。
リクルートに勤める田中亮(まこと)さんが、宮崎からわざわざ福岡まで会いにきてくださり「宮崎に来て欲しい」といって下さった。
スケジュールを覗きながら、その時はなにも考えずにこの日取りを決めていた。
東日本大震災から一年。この日に宮崎にいる意味を今考えています。昨年の4月から福島に通い続けた意味…、今日宮崎にいる意味…。
この偶然をつなげて考えることができるかどうか、なんとなく問われているような気がします。
中村信仁
みやざき
東京経由で宮崎に入りました。
同じ九州でも、福岡とはまた違った趣が漂っています。
初めての宮崎です……。
旅をするように生きる…そう生きたい、と思い続けていました。ささやかな夢のひとつでもありました。
恥ずかしい話、世間の人たちがいう「世の中を善くする」ようなたいそうな夢は未だ持つことはできませんが、全国の営業人と出会い語らうことで何かが変わるのかなと感じ始めています。
中村信仁
履き物
玄関には二足の履き物がある。
「今日も一日が始まるのか」という履き物と…
「さぁ、今日もやるぞ」という履き物。
どちらを吐くかは自分次第…。
これから宮崎へ行ってきます。素晴らしい仲間たちに会いに。
中村信仁
学ぶ
真に学ぼうとすれば、人は真に素直になれる。
日高塾で晤郎さんに教わりました。
永業塾は「学ぶことの楽しさを学ぶ」場です 。
営業を上手くなりたいと思うことは誰でもあるけど、その思いが続けられるかどうか。続かないんです。上手くなりたいのにその思いが…。
どう続けるか…。
永業塾は、ただそれだけを目指しているだけなんです。
中村信仁
勉強
永業塾ってどんなことを教えてくれるのですか? とよく聞かれて困る。
困った質問には必ず質問で返す。「何か学びたいことがあるのですね」と。
間違いなく、何かを得たいという虫が心の中に住んでいて、きっともぞもぞともがいているのだろう。心の小部屋を何かで埋めたいと思っているのだ。
ただ、何を学ぶかは学問の域。僕たちはお客様からお金を戴くプロの道を歩む営業人。
それならば「何を学ぶか」ではなく「誰に学ぶか」のほうがいい。
もし、芸人になりたい人が、芸人さんに「何を教えてくれますか」と聞いたら、きっと笑って「帰りなさい。芸人には向いていない」といわれる。
あの芸人さんみたいになりたい、といって門をくぐるのが筋だ。ならば、あの人に…という営業人にまだ出会っていないなら、無理に永業塾へ来ることはない。永業塾へ通う誰かにあこがれて、その人を追いかけて来たら「永業塾」の門だった。
うーん、理想だなぁ。でも、今、集まる仲間たちはみんなそんな思いで門をくぐってくれた人たちばかりだ…。
中村信仁