仕事であるからには
「人がよい」はビジネスでは必ずしもプラスの言葉ではありません。
複数の会社で関わるお仕事は
表面には出ない、せめぎ合いがある中で
厳しい言葉が出てくるのも当然。
だんだん負担を抱える体質になってしまうと
今後の長い目で「モノ」を育てていく立場でみれば
win-winの関係も、長期的な戦略も、たてれなくなってしまい、
結局、成果につながりません。。
自分たちの提供出来る「品質」が
守れなくなってしまうことにもつながります。
信念を変えないことが、ブランドを 築く。
常に新しい事に目を向け、
革新していく動きの早さを保ち続ける中で
常に、緊張関係を持ち
ダメな物はダメ と言える
気の緩みを持たないようにしておかないと。
先生との会話で「心がけ」になった言葉があります。
通訳という業種に限らず、
社会の中で仕事をしていくとき全てにおいて
根幹となるだろうと思われること。
社会生活の中でも、気持ちよく生きるコツになること。
それは
苦労を見せるようじゃ、プロじゃない、ということば。
*通訳って、特別な会議や発表の場ではない限り、どんな展開になりどんな話が飛び出すか分からない。
下調べは出来るだけやるけど、その全てが現場で活かされる訳じゃないし
能力120%使い切って、発語していると、聴いている側の人にもそれが伝わってしまい、
聞き苦しくなっちゃうので、すこしゆとりを持つような見せ方が出来るようになると良い、
ということを指していました。 *
ゆとりを持って接することが出来るキャパシティーも大切な提供サービスのひとつ。*
でも、私は、もっと広い意味で捉える事が出来る要素を含んでいると感じたのね。
誰だって同じように、「裏舞台」や「下準備」の時間がある。
そのプロセスを、自分の中でどのように位置づけて、
身の回りの人への接し方
(上記の場合には現場で聴衆となっていただく方との関わり)
の中で見せていこうとするか、
心地よい時間を過ごしてもらえるような心がけが出来るか
が、その場での「現実」になる、
もうちょっと発展させて言えば、
自分を、どう捉えてもらいたいか、という
外からの視点を入れた「自分イメージ」(理想像)
を持つことで、なりたい自分像に近づくきっかけに出来る、
ということかな、と。
「簡単にやってのけれるように見せれる人」が
つまりは
「簡単にこなすことの出来る人」
「素敵に見せれる人」が
つまりは、
「すてきな人」
rumicommonさんもおっしゃっていたとおり
「幸せに見せることの出来る人」が
つまりは
しあわせな人、なんだと思います。
こんなことも
時々意識的に思い出すのもいいかな、と思ってこちらに書いてみました。

・・・・始めて社会に出たときよりは、そんなマナーが自然なかたちで身に付いてきたかな?

を楽しんできました。といっても、今回は テーブルセッティングから。
みんなとのお食事は
人がいる事を楽しみ、
会話を楽しむ空間。
お食事前の「期待」することのできる時間や、
食器のこだわりで「もてなす」のは
古くからの日本の伝統的なおもてなし
(お茶事など)と共通するかな。高価なデコレーションを買わなくても、大丈夫。
白いお皿
に 季節の木の実や木々の葉 
をバランス良く並べるだけで
ナチュラルテイストのある
季節感満載のデコレーションに!
「食べること」 の準備 に ひと手間もふた手間もかけることで
時間をかけてひとつづつの季節ならではのおもてなしを
伝える x 受けとる 準備になり、
そしてそれは
その後にお料理を一段と楽しむためのツールになるのね。
週末に能舞台を見てきました。
・・といっても、大学のサープル活動の一環でOBとの合同自演会。
妹のクラスの知り合いが出ている、というので
一緒に出かけてきました。
世界の中で、自分を「日本人」として捉え直したときに
知っておきたい、日本の芸術。
お能を見るのはこれで2回目、狂言などその他のものも含めると6回目くらいかな?
私みたいな、初心者さん用のあらすじや台詞のキャプション付きでした。
「舞台の中を、軽く一周すると、場面変換の合図だよ」
など、この動作は、こういう意味ですよ、
という解説をしてもらってから観ると
ぐん、とわかりやすくなります。
静かでのーんびりしたイメージがあるけれど、
何も知らない私でも、これは体力勝負!と思わされる、
すごく激しい動きや盛り上がりが感じられる舞台でした。
今時の学生!という若さや親しみの感じられる
本人たちの一言メッセージとともに紹介されている
初心者向けにわかりやすい解説にも助けられ・・・
意外にわかりやすくて面白い!
というのが新鮮な、印象。
内容も聞き取りやすく、
まさにJapanese Operaに相当するなぁ、と。
「型」や「伝統」は
一見、堅苦しかったり、オリジナリティーがない、などと
マイナスイメージを持たれやすいですが
これだけの長きにわたって
「伝承」され続ける価値があっただけのことがある
深みと、芸術性の高さ、可能性の広さに驚きました。
表立った仕掛けを作らない、
簡潔にまとめられた能舞台が、その場面場面によって七変化する印象を持つことなどについても、
試行錯誤や工夫が凝らされた結果、という
「伝統の極み」的なイメージを持ちました。
舞台との距離が近い分、
「人の所作」がpricelessな「芸術」を紡ぎ出していることがわかります。
朝から夕方まで終日たっぷりの 連吟やお仕舞のプログラム。
この中でも一番大きな演目が
解説の写真の中に載っている お能でした。
たけかんむり に服 の字は「えびら」と読みます。
(袴、みたいな服の一部を指す言葉)
筑紫から生田川に旅をしてきた僧侶と
「えびら」に挿した一枝の梅の花にまつわる合戦の場面の模様、
がテーマのストーリーです。
小道具にも梅の枝があったり、刀を振り回すシーン、飛び回るシーンがあったりと
かなり迫力のある舞台でした。
たっぷり堪能させて頂き、とてもすてきな気分に。
次回は、楽しませてもらったお礼や頑張ってね
の差し入れあげたいくらいです。
ありがとうございました!
昨日の話題に関連して、
時々思い出すこと。
父と母がまだ結婚前、出逢ったばかりの頃に話をしていて、
共に、「本当にその通りだ」
と感じた小説の一節、がある、
そんな話が出来る相手だったからこそ、
お互い 「
」 と思った、
というエピソードを聞いたことがあります。
ドストエフスキー作 「アンナ・カレーニナ」の中の
「 幸せな家族はいずれも似通っている。だが、不幸な家族にはそれぞれの不幸のかたちがある 」
との、言い得ているひと言。
人生、不足の言い訳、はたくさんあるけど
「しあわせ」とは それを越えたレベルで物事を見て、
自分なりの「満足の基準」を大切に出来る
ということなのかなぁ?
みなさんは、どう思いますか?
今日は母の誕生日でした。
アニバーサリー的なお誕生日であったこともあり、
今年は、 出張中の父からのサプライズギフト。
夜になって、メールでこっそり教えてもらったところによると
近くの花屋さんでは満足のいく色と本数が揃っておらず
今年は、正統派の 赤 にしたい!と
日比谷のお店まで見に行って選んで、、
と影の努力(?)をしたらしい....。
「いつそんな時間があったの?」と
思うところだったけれど、 なんだかお花屋さんで
バラの色を選んで注文をしている姿を想像すると
ちょっとほほえましいかな。
そんなギフト計画を知らなかった私からも、偶然、
オーガニックローズの香り の詰まったハンドクリームを
プレゼントしたところだったので
今年はローズづくしです。
数日後、家族みんなが揃ったら
ゆっくりお食事に行こうと計画中。![]()
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今の私にとっては
心底気を遣わないのに居心地良い
共通の感覚を再認識出来る時間が
「お祝い」そのもの。
だから、家族のお祝い、は
「自分のお祝い」でもあるんだと
認識した1日でもありました。
母には、いつもいつも 「ありがとう!」 だけれど
そして、「感謝が出来る」状況があること自体が、
しあわせ、そのもの、なんだな、とも。
私の家族は、いつも近くにいる(居すぎるくらい?)けど、
顔を合わせることが出来て
楽しさや感謝を分かち合える時間を持つことが出来るというのは
きっと とてつもなく
良い条件が重なった、希(まれ)な事なんだ
ラッキーなんだなぁ。
と しみじみ思います。
家族像を見せてもらう機会が幾重にも重なっています。
同時に、心を開ける友達のネットワークについても。
「あたりまえ」を大切に出来るように
「あたりまえ」がレベルアップ出来るといいなぁと
意識する瞬間がたくさんあった一週間。
自分のエンジンをかける鍵も、原動力も
ちゃんと、あなた自身の手の中にあるんだね。
日常生活って、たぶん
がんばって切り開いていくものではなくて
自分にとって居心地良い環境を楽しむということ。
そして
その「いい波紋」をみんなに広げていってあげること。
それだけで十分なのかも。
「ニュートラル・ポジションな自分」でいること
それは今、この瞬間から、
何の道具もお金もかけずにできること。
もしかしたら、そんな
一見シンプルなことが
気ぜわしい環境に囲まれている現代
誰もが理想としてそれを得るために
前進している理由なのかもね。
先日出逢った素敵な言葉をご紹介しておきます
ずっと先が見えていないことを恐れるのではなく
目の前が見えていることに感謝する
人生は目の前に開けていく。 ![]()
たぶん、ほんのちょっとした出来事が
ポジティブな
きっかけ。
夕日の時間
この数日間の間、
耳の奥いっぱいに満たした
ゆったりした波の音と
普段の7割程度にスローダウンした時間の流れを
押しつぶしてしまわないように気をつけながら
ちょっと気を引き締めて、
いつものスピードで流れる時間の世界へ戻る、フライト。







