土塀の解体作業と並行して、残置家財片付けが続いています。
ネットの接続が満足にできないので、ブログの更新が滞っています。

7月1日は、最近では一番良い日・・・との事で、簡素な鍬入れ式のような事をしようかと考えています。
神職さんには依頼せず、お清めだけをするつもりで。

で、昨日は今は使われていない古い便所や、江戸時代からある雪隠の埋め戻し、離れの室内解体にかかるための準備等をしている所でした。

この古い便所等の木造部分を昨日解体して、埋め戻す準備をしていたんですがね。
朝から申し訳ないんですが、まだ便槽の中にたまったままなんですよ。それも半分固形状態になって。
今年の2月頃までは、いつ頃まで使われていたのか分からないトイレットペーパーが置かれていたんですが。

あの硬さ・・・だと、たぶんバキュームカーで吸い上げる事はできないだろうなと。
かといって、掘り出して処分する訳にもいかず。

これを一人で埋め戻すのかと思うと、メンタルやられそうになります。いや、正確にはしばらく何も手につかない状態で、アタマの中をシャットダウンしてました。
タバコを吸わないので、コーヒーを一杯飲んで気持ちを切り替えて。

方法としては、割れた瓦を細かく砕いて、砕石の代わりに大量に投入して、突き固めて行くしかないのかな?
最後に土と苦土石灰を混ぜたものを投入して突き固めるくらいしか方法が思い浮かばなくて。

気を取り直して、しばらく使わない材木を納屋の二階に揚げて、鍬入れ式の準備といいますか、納屋の間仕切り壁解体の準備をしていたんですよ。


二階の床には、藁が敷き詰められている事を知っていたんですけどね。
これから納屋を鍛冶工房にしたりするとなると、火気を使う事になるので、これらの藁の処分もしなければならないなと、何気に少し藁屑を避けてみたんですよ。
なんと、その下にはネズミの糞が層を成して堆積してる事に気が付いて。

イタチの糞塚の処理の次はネズミかよ!


メンタルだだ下がり・・・。
なんにも手につかなくなってしまいました。

ボランティアを募ってもいいんですが、ヘンな病気にでもなってしまうと責任取れませんしね・・・。
どうしたものかと。
藁束は畑で燃やして処分する事もできますけどね。
それ以外をどうしようかと。産廃ではないにしても、一般廃棄物で処理できるのかな?と。
悪い事に、屋根土がほとんど落ちて藁屑と一緒になってるんですよね。
掃除の際のこの粉塵もまたすごいだろうな・・・。

やると決めた以上はやらなければならないけれど、このタダ下がりのモチベーションをどうやって立て直すか。
今日はその辺りを少し考えないと。



古民家リノベーションに関して、残置家財の片付けを同時にしている訳ですが。
先週は、こんな事がありました。

離れの屋根裏に上がる階段の前に立てかけてあった襖四枚。
使う事がないので、解体処分しようと、カッターナイフで切っていると、こんな物が出てきました。



わかりますか?
明治時代の新聞紙面。
そしてそれ以外にも


古文書。
いつの時代のものか見当もつきません。

もうなんかね、ローマ、あるいは京都みたいに、掘れば遺跡みたい(笑)
家そのものが遺跡みたいなものですからね。
新たな発見の度に作業が中断。進まない(笑)

念のため、役場を通して教育委員会の見解を聞いてみたんですが、何が書かれているか興味あれば解読しますが、興味なければ廃棄して下さいとの事。
郷土のお宝につながるような発見があったらどうするんでしょうね?
いつまでもあると邪魔で仕方ないので、興味ある方、欲しいっていう人がいたら、どうぞ持って帰って下さい。

たぶん、現在ある座敷の襖も裏側はこんな感じなんでしょうね。
著名人の書とか出てこない事を祈りつつ・・・。


四日ぶりに実家に帰ってきました。
まだ風呂が使える状況ではない事、水道の契約もしていないので、飲用水をポリタンクで運んでいる事等、とても生活ができる状態ではないので、定期的に帰る必要があるんですよ。
毎日通う訳にもいきませんしね。


さて、残置家財の片付けですが、進みませんね・・・。

ただ、家のあちこちから、どうも骨董の域に入るのでは?という品物が結構出てきています。



古い瓶子?花瓶?でしょうか。
底の様子から、かなり古いものには違いないようです。


ネットで調べた限りでは、古伊万里の瓶子にも似たような絵付けのものがあるんですが、どうなんでしょうね。


そして、先週、台所にあった古い食器棚を解体した際の事。







この4枚の皿が出てきました。
なんとなく、たぶん古伊万里の皿ではないか?と。
大皿ではなく、その上、欠けがあったりするので、仮にそうだとしても、価値は低くなるのではないかと。
特に四枚目、絵付けの感じは古伊万里のものとは違うような気がするんですけどね。


その四枚目の皿の裏側。
かなり古い事は間違いないと思います。



湯飲みでしょうか?
箱に重ねられて入ってました。とても気になっている品物です。


古伊万里によくある蛸唐草文様とはちょっと違いますね。
その辺り、鑑定をしてみない事には。

箱が違うものかもしれませんが、こんな箱書きがありました。


文久三年に購入されたようです。
年数にして、150年程度は経っている事になります。
ただ、対になる何か他のものがあるのか、箱の中の仕切りの大きさとこの湯飲み?の大きさが一致しないんですよ。
今の所、同様の文様の品物は出てきていないんですよね。



こちらは天保三年?に購入された鉢のようですね。



かなりダメージがあったりして、古美術としての価値はどうしても下がるだろうと思いますが。

いや、これ以外にもまだあるんですよ。
そして、その存在に家族も気が付いていなかった、知らなかったとの事・・・。
真っ暗な屋根裏部屋とか、そういう所に置いているので、無理もないかもしれませんが。



先ほど、なんでも鑑定団に鑑定希望としてmailを送っておきました。
どういう反応があるかわかりませんが、いい品物であればいいですけどね。


まだ片付けや土塀の解体が終わっていないんですが、台所の壁の補修を、ワークショップ形式でやろうと思います。

先日の日曜日に古い食器棚を解体したんですが。


こんな感じで、台所の壁に穴が開いてまして。
これもなんとかしないとあかんなと思いつつ、なかなかやってる時間がないんですが。
ワークショップでちょうどいいくらいの内容かなと。

ついでに、台所の土間も三和土土間でやろうかと。
ガタガタなんですよ。流し台等を設置しようにも、水平にならないので、これも直してしまいたいなと。

優先順位から考えると、そんな事をしてる場合じゃないのかもしれませんが、あまりにも不便な状況は少しずつでも変えていかないと。


三和土土間も、本来の土、材料ではなく、解体した土塀の、粘土分の多い土を再利用して、苦汁ではなく、苦土石灰を使うつもりです。
酸化マグネシウムと、酸化していないマグネシウムの違いはありますが、要は粘土がガチガチに固まればいい訳ですよね。
それでいいと思うんですよ。

一応、参加者の募集は、ジモティーで応募があった方々に声をかけていまして、現在、二人の方から回答がありました。
日程調整をして、7月には開催したいなと思います。






特に日曜日は騒音、粉塵の問題を避けて、近所迷惑にならないように作業をしている訳ですが。
昨日は台所の片付けと、おそらく江戸時代末期からある古い食器棚を解体しました。





食器棚解体前の台所の様子。
懐かしい感じの、いかにもっていう台所の様子。



解体した後の様子。
解体した食器棚の部材は、使える所を加工し直して、流し台の木部にリビルディングしようかと思います。
シロアリやキクイムシの被害もあるので、総てを再利用する事はできないので、パッチワーク的に使うようになるかと。

まずは再利用のために長年にたまった灰や煤を水洗いする必要がありそうなので、一旦、実家に持って帰ってきました。
漆を塗っている訳ではなく、かつてあったかまどの煤で黒くなってる訳ですよ。
黒光りする表情が現れるはずです。


この家と共にあったものを、やはりこの家で使いたいと思います。

先週はほとんどこのブログも更新していませんでした。
少しずつですが、いろいろと進んでいます。



敷地の内側に傾いていた土塀を解体する準備をしていました。
荒れ放題に荒れていた裏庭、まずは草刈りと根っこの除去、刈った草の除去の後、ストックされた瓦が多数あったのですが、それを移動させ、足場を組み替えて。

通路側に足場は組んでいません。
単純に足場資材が足りない事と、田植えの時期になって狭い通路を軽トラが頻繁に出入りするようになったためです。

あれだけ荒れていたものが、ホンマに綺麗になりましたよ。


まずは瓦を下ろして、再利用できるものは保管、破損しているものは処分という感じで選別ですね。


ところで、今は土塀を新たに作るような需要も少ないと思うんですが、こんな瓦って今でも焼いているんでしょうかね?





土塀の入り隅と出隅用の瓦。
あまり細かく瓦を切ると屋根仕舞がやりにくい、あるいは雨漏りをしやすくなるために、一枚の瓦で四枚重ねたようになってる瓦ですね。
建物解体の経験もありますが、土塀の解体は経験がないので、初めて見ましたね。

もし、現代でこのような瓦を焼いていないのであれば、なんか文化的価値が消滅してしまうような気がするんですよ。

この隅に関係する瓦は一式保管しています。
再利用するような機会があればご一報を。









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一昨日の日曜日、解体した土塀の壁土を片付けた後、土塀裏の草刈りや、老朽化で崩壊している建具の撤去と、臨時で合板で塞いだりした後に、残地家財の片付けをしていました。

そして、箪笥の引き出しから出てきた一枚の絵図。



最初は、なんだろ?って思いました。
どうも、この家の見取り図のようにも見えたんですが、微妙に位置関係が違っていたりして、やっぱりわからなくて、とりあえず処分するものとは別にして片付けのほうを進めていました。

片付けを終えて、一度帰る用意をした後、再びじーっとこの見取り図を見ていたんですが。
鬼門の方角、現在の井戸の位置、母屋と思われる建物の間取り、柱のスパンなどから、やはりこの家の見取り図で間違いないだろうと。

現在、離れが建っている場所に、かつて門があったようですね。



そして、庭に別棟の蔵、六畳一間ともう一間あったようです。
今も庭に礎石が残っているので、建物でもあったのかな?とは思っていましたが。
使用人がいて、その住まいだったのかもしれませんね。

母屋の位置と現在、納屋になっている建物との間隔が実際とは違っていたりするのが、少し気になる所ですが、単なる間違いなのか、あるいはなんらかの事情があって、どちらかの建物を曳家(移動)させたのか・・・。可能性がないとは言えませんよね。




嘉永三年戌年という元号、年号と共に、この家を建てた大工の棟梁と思われる人物の署名と落款。




ちょっと調べてみたんですが、嘉永六年が、我々もよく知るペリー提督の黒船来航のあった年。
嘉永七年が、様々な事象を嫌って朝廷の意向で元号を変更、安政元年となった年。その後「安政の大獄」とか、「桜田門外の変」とか、歴史的に重要な事象事件が続いた時代。

その黒船来航より三年ほど前に建築された可能性が高いなと。
上棟札との整合性を確認できていませんけれどね。

所有者さんには、明治後期に建てられた家と聞いていたんですが、築100年やそこらの家ではなく、170年くらい前の家という事になります。

いやはや、思っていた以上に歴史のある家を引き継ぐ事になった訳で、身の引き締まる思いというか、ヘンな高揚感が二日経った今でも続いている訳ですが。

考えてみれば、現代においてCADで書いてる図面が、果たして200年先まで残っているでしょうか?
旧家ではありますが、一般の家ですよ。
現代に建てられた建物は200年先、跡形もなくなってる家のほうが多いでしょうね。

そして、そもそも「学校」「義務教育」がない時代で、識字率も低かった時代に、これだけ事細かく記入されているという事は、当時の大工の棟梁の勉強というのは、現代以上に大変だったのではないかと。そして尊敬される人物像だったのではないかと思います。

この見取り図、今はとてもそんな余裕がありませんが、是非、表装に出して保管状態をより良いものにして、後世に伝えたいと思います。
この家を建てた大工の棟梁の思いも一緒に。






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土塀などの解体作業と並行して、一人で残置物の片付けも進めています。
家財の所有権を放棄されたものとはいえ、これは気が滅入りますね。泥棒みたいに物色するような感じで。
そして、今まで気が付かなかったんですが、納戸の中はイタチの巣になっていて、糞塚ができていました・・・。
いやはや、臭いのなんの。
マスクにゴム手袋着用して除去作業を終わらせて。
残置物の中にリセッシュと脱脂綿があったので、それを噴霧して
敷居等の上の、糞でシミになっている所を洗浄して・・・。
畳表とその上のゴザをカッターナイフで切り取って除去。
この作業は、ホンマに折れそうでした。

リセッシュのおかげで匂いはだいたい消えましたし、エタノールも含まれているので殺菌等もできていると思います。
でも、まだ建物の裏側で獣の匂いが少しするんですよね。
あれはどこから匂っているのか。

古い写真がかなり出てきています。
戦前でしょうか?この家の縁側で撮られたと思われる写真も。


中には面白いものも出てきますけどね。



残置物の中から出てきたものが、真空管ラジオでした。
屋根土が落ちてドロドロですけれど。






完成検査の印が26.11.2となっていますので、昭和26年製造のものではないかと。
裏蓋、チューニングのつまみなどもありませんでした。
メーカー名も不明です。


さらに観察してみると残念ながら、真空管が一つなくなっている模様。



そして電源ヒューズもなくなっている様子なので、通電確認はしていません。
部品さえ揃ったら、まだ使えるかもしれませんね。

一応、掃除をしてみます。
実際に聴けるのであれば、パン屋のディスプレイ代わりに使おうかなと思うんですが、真空管・・・詳しくはないので、何か情報があれば助かります。





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三日ほど現地に泊まり込んで残置物の片付けやら、土塀の解体やらをしてきました。

実家ではなかなか眠れなくて、たいてい深夜2時頃に目が覚めるんですが、どういう訳か、朝5時頃まで寝ていられる。
何が違うんでしょうね。
朝のコーヒータイムを終えて、畑を耕したり。
早く移住したいものですが、これがまたなかなか・・・。

さて、土塀裏にあった物置の片付けがだいたい終わったので、一番危険な箇所の解体にかかりました。
養生シートがかかってる時から、早くなんとかしないとなと思っていた訳ですが。

土塀の解体の前に、物置の倒壊しかかった屋根の撤去から。
残り少ない単管足場を組んでの作業です。


解体する物置の屋根、棟木がすでに腐ってなくなっていて、この写真の桁だけで垂木が持ち堪えていた・・・という状態です。
絶妙なバランスで天秤状態になっていて、少しでも荷重バランスが崩れると、一気にどちらかに落ちてくるという状況でした。
いやー、恐かったね~。
ホントに建築と解体の両方の経験があってよかったね。


解体した屋根土を土のう袋に詰めて運び出して、瓦も使えるものは保管して片付けた後に、よいよ土塀の解体を開始。
午後3時頃から三時間程度かかって、敷地の内側に壁土を落としていきました。



この部分は通路側に若干倒れかかっていたので、通行人に当たりはしないかと、ずっと気になっていた所です。
無事に一番危険な箇所が解体できてよかったです。

まだ全体の1/3程度ですので、気を抜く事はできませんけどね。

今週から、残りの土塀の解体をより本格的に始めたいと思います。





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土塀解体のための準備、昨日も一人でやってました。
かなり、なのか、少し片付きました。






最初からのビフォーアフターで比較してみて下さいよ。



継続は力なり・・・とはいいますが。

今、突き動かされている原動力ってなんだろうね?って考えたんですが。純粋に、自分の居場所作り・・・

ちゃんと仕事ができる「場所」。
生活を立て直すための「場所」。
地域に認められる「場所」。
人が自然と集まってくる「場所」・・・。

そんなものを手に入れたくてやっているだけですけどね。

劇的に代り映えのしない写真で申し訳ございません。


昨日は一番大きな水瓶を転がして庭へ移動。
金属屑をスクラップ屋に持って行って処分、その売却益で土のう袋を50枚購入。

崩落して堆積していた屋根土や壁土の下のほうに、木材が埋もれている訳ですが、大半が腐敗して、腐葉土のようになっています。
この土は畑に持って行って、刈り取った茅の上にかぶせて、堆肥にしようと思って運びました。


夕方から雨が降り始め、梅雨入りをしたようですね。

今日は外出の予定で、作業は中断です。