1986年にアメリカで公開され、日本での公開は翌年の正月だった
『ザ・フライ』
SFホラー
空想科学的な取っ掛かりから、世にも恐ろしい事が起きる
僕はこういうお話が大好きです
この映画を観たのは大学生の頃
当事、付き合っていた彼女と観にいった
その女(ひと)と映画を観たのは、この一本きりだった
僕には強烈な思い出になった
映画の内容は、その時代に見た中でも、最高といえるほどのクオリティだったし、映画の素晴らしさを共有できる人と一緒に観ることができたのは、もしかしたら、これが最初で最後だったかもしれない
少し、大袈裟だけど、だから、きっと、僕は、それ以降、あまり人と映画を見に行こうとは思わなかったのかもしれない
友達以上恋人未満
そんな関係の人と見た映画は『スタンド・バイ・ミー』だったり『七人のおたく』だったり『ときめきに死す』だったりして、どれも女性と見るには ??? な感じだった
その後、恋愛に発展することもなく、その後語られることもなく・・・
しかし、やはり『ザ・フライ』だけは いろんな意味で 特別な映画だ
僕は、主人公と女性記者が恋仲になって行く過程がどうにも理解できなかったけど、彼女は「女の一目ぼれってあんなものよ。彼女の演技は素晴らしかったわ」といい、僕を困らせた。
この歳になって、それは「なるほど そういうことか」と思えるようになったけど、僕にはまるで解けない難問を「ほら、こうやってやれば簡単に答えを導き出せるのよ」と見たこともない方程式でいとも簡単に証明されたような気分だった。
今見てしまうと 特撮とかはCGのそれては比較にならないくらいしょぼく見えるかもしれないけど、ストーリーの根幹にあるもの、人の心理の描写などは なかなかに素晴らしいものがあります
是非見て欲しい作品です
僕の好きなアーチスト
山作戰
彼の楽曲の中で、この曲はとくに人気が高い
その人気の秘密はどこにあるのだろうか?
ぼくなまはげ や 辻義理 ランチライブ といった 弾き語りスタイルの『メロウ』は、より多くの人に聞かれているし、日々、そのときの歌い手のコンディションや会場の雰囲気――観客の温度や、ローケーションによって いろんな『メロウ』があると思う。そして、そのときそのときの『メロウ』に聴き手は惚れていく
CDヴァージョン
ライブハウス弾き語り
路上弾き語り
コラボ エレクトリックギター
コラボ 大道芸
メロウの魅力に引かれ、PVを作った人もいる
メロウPV
『メロウ』の魅力はいったどこにあるのだろう
どの部分が人々の心に引っかかり、琴線にふれるのであろうか?
山作戰のアーチストとしての魅力はさておき はい、置き去りにして なおざりにしておざなりにして
楽曲として考えた場合、一つはメロディ 一つは歌詞について そしてサウンドについて考えてみた
サウンドとメロディについて、僕なりに分析してみた
Aメロパートのゆったりとした落ち着いたメロディライン
ちょっと口ずさんでもらうとわかるんだけど低いところから高いところ そして低いところ
メロディが大きな、でもなだらかな山になっている
色とりどりの傘の列が 歩道橋を越えて
意味も無く楽しげに 見えてしまう景色を眺めて……
で、ここから、音を下げていって、気持ちをぐっと抑えていくような流れになる
僕だけが 抜け駆けした気になって……
Bメロパート(なのかな?)
ここで、一つ気持ちを上げていく というか 情景を現すメロディから自己主張するようなメロディにかわる
ただもがいて
止めてなお余る無謀さだけが 願っても無い愛する訳
諦め早い事実の前に黙り込む
ここで、一度落として、またあげる
過去を持って
あなたが引き返したとしたら 静止したと仮定したときの
その先で待とう 射ぬく眼が
僕を睨む 無遠慮な距離にあるように
ここで、流れが止まる。メロディが呼吸を整える
圧巻なのは、次に同じパートを繰り返してのホーミーポイント
ホーミーって、例の うぃぃぃぃぃぃいいい って 弾き語りのときにするやつね 独特の発音方法
CDではリードーギターの見せ場となり、なんとも幻想的な旋律が奏でられる
実はこの『メロウ』と言う曲は ここで分岐して二つのヴァージョンが存在すると言っても過言ではない。そのくらい、CDヴァージョンの感想はインパクトがあるし、弾き語りヴァージョンのホーミーは、肉声なだけに、より人の心に訴えかける叫び声のように聴こえる
曲の締め
まだ揺れてる錯角に 独り陥ってしまってるんだ
ここを繰り返すわけだけど、この繰り返しと曲の終わり際のコード進行がなんともいえない余韻を残す
で、もう、みんなそろって 泣くしかなくなるわけだわさ
音楽の本職の方なら、もう少し理論的なことを解説できると思うのですが、もし、なにかご意見ある方はぜひ、コメントをくださいw
さて、歌詞についてですが・・・
また次の機会にしましょうかw
ただ、歌詞の解説は場合によっては興をそぐ恐れもあります
僕もまだ、わからない事が多い
それくらい難解な歌詞に、みんな心惹かれている
その事実だけでも、僕には十分な気がする
大きな部分だけ、ちょっと話をするとそもそも『メロウ』という言葉の意味なんですよ
メロウ=mellow であれば意味としては
円熟する 果物などが熟するという意味
歌詞の中にも
齢重ね
削がれて残る愚直さだけじゃ
あなたを困らせもせず
愁い帯びた荒れたその肌に見とれる
という部分に そのあたりの秘密というか、ポイントがあるのではなかろうか?
この歌詞全体を通して
何が起きたか?
とか
(登場人物が)どう思ったか?
といいうことは、重要ではないのではなかろうか?
解説がヤボになる典型的なパターンになる前に、ここらで話を締めますか
僕は、『メロウ』の愉しみ方は、これでいいのだと思ったりしてます
あー、いけない
肝心なことを忘れそうになったw
こっちもよろしくね
メロウ―螺旋階段の君―
第3章がこのたびめでたく完結しましたw
思うに、ここからの作業は僕は地獄のような苦しみを味わうこと筆致ですw
この物語は『メロウ』であって、それは僕が『メロウ』を聴いて思い浮かべた僕の情景を物語。
歌詞の『メロウ』とは違う。
とくに、この後の展開は・・・
ここらで、これまで書いた内容をもう一度読み直して、若干の修正をしてから、物語を勧めたいと思います。生爪を剥ぐような そんな痛みを伴う 男の女の話に突入します

山作戰
彼の楽曲の中で、この曲はとくに人気が高い
その人気の秘密はどこにあるのだろうか?
ぼくなまはげ や 辻義理 ランチライブ といった 弾き語りスタイルの『メロウ』は、より多くの人に聞かれているし、日々、そのときの歌い手のコンディションや会場の雰囲気――観客の温度や、ローケーションによって いろんな『メロウ』があると思う。そして、そのときそのときの『メロウ』に聴き手は惚れていく
CDヴァージョン
ライブハウス弾き語り
路上弾き語り
コラボ エレクトリックギター
コラボ 大道芸
メロウの魅力に引かれ、PVを作った人もいる
メロウPV
『メロウ』の魅力はいったどこにあるのだろう
どの部分が人々の心に引っかかり、琴線にふれるのであろうか?
山作戰のアーチストとしての魅力はさておき はい、置き去りにして なおざりにしておざなりにして
楽曲として考えた場合、一つはメロディ 一つは歌詞について そしてサウンドについて考えてみた
サウンドとメロディについて、僕なりに分析してみた
Aメロパートのゆったりとした落ち着いたメロディライン
ちょっと口ずさんでもらうとわかるんだけど低いところから高いところ そして低いところ
メロディが大きな、でもなだらかな山になっている
色とりどりの傘の列が 歩道橋を越えて
意味も無く楽しげに 見えてしまう景色を眺めて……
で、ここから、音を下げていって、気持ちをぐっと抑えていくような流れになる
僕だけが 抜け駆けした気になって……
Bメロパート(なのかな?)
ここで、一つ気持ちを上げていく というか 情景を現すメロディから自己主張するようなメロディにかわる
ただもがいて
止めてなお余る無謀さだけが 願っても無い愛する訳
諦め早い事実の前に黙り込む
ここで、一度落として、またあげる
過去を持って
あなたが引き返したとしたら 静止したと仮定したときの
その先で待とう 射ぬく眼が
僕を睨む 無遠慮な距離にあるように
ここで、流れが止まる。メロディが呼吸を整える
圧巻なのは、次に同じパートを繰り返してのホーミーポイント
ホーミーって、例の うぃぃぃぃぃぃいいい って 弾き語りのときにするやつね 独特の発音方法
CDではリードーギターの見せ場となり、なんとも幻想的な旋律が奏でられる
実はこの『メロウ』と言う曲は ここで分岐して二つのヴァージョンが存在すると言っても過言ではない。そのくらい、CDヴァージョンの感想はインパクトがあるし、弾き語りヴァージョンのホーミーは、肉声なだけに、より人の心に訴えかける叫び声のように聴こえる
曲の締め
まだ揺れてる錯角に 独り陥ってしまってるんだ
ここを繰り返すわけだけど、この繰り返しと曲の終わり際のコード進行がなんともいえない余韻を残す
で、もう、みんなそろって 泣くしかなくなるわけだわさ
音楽の本職の方なら、もう少し理論的なことを解説できると思うのですが、もし、なにかご意見ある方はぜひ、コメントをくださいw
さて、歌詞についてですが・・・
また次の機会にしましょうかw
ただ、歌詞の解説は場合によっては興をそぐ恐れもあります
僕もまだ、わからない事が多い
それくらい難解な歌詞に、みんな心惹かれている
その事実だけでも、僕には十分な気がする
大きな部分だけ、ちょっと話をするとそもそも『メロウ』という言葉の意味なんですよ
メロウ=mellow であれば意味としては
円熟する 果物などが熟するという意味
歌詞の中にも
齢重ね
削がれて残る愚直さだけじゃ
あなたを困らせもせず
愁い帯びた荒れたその肌に見とれる
という部分に そのあたりの秘密というか、ポイントがあるのではなかろうか?
この歌詞全体を通して
何が起きたか?
とか
(登場人物が)どう思ったか?
といいうことは、重要ではないのではなかろうか?
解説がヤボになる典型的なパターンになる前に、ここらで話を締めますか
僕は、『メロウ』の愉しみ方は、これでいいのだと思ったりしてます
あー、いけない
肝心なことを忘れそうになったw
こっちもよろしくね
メロウ―螺旋階段の君―
第3章がこのたびめでたく完結しましたw
思うに、ここからの作業は僕は地獄のような苦しみを味わうこと筆致ですw
この物語は『メロウ』であって、それは僕が『メロウ』を聴いて思い浮かべた僕の情景を物語。
歌詞の『メロウ』とは違う。
とくに、この後の展開は・・・
ここらで、これまで書いた内容をもう一度読み直して、若干の修正をしてから、物語を勧めたいと思います。生爪を剥ぐような そんな痛みを伴う 男の女の話に突入します

お見事!
という1枚 『キーズ・オブ・ザ・キングダム』 ムーディー・ブルース
なにそれ?
って、感じですが、どういうわけだか僕はこのサウンドが好きで・・・いいとはあまり思わないけど好きなんですw
理屈はいろいろあるのでしょうが、このバンドの存在感そのものが、なんか好き
プログレバンドではあるけれど、なんというかイエスやELPといった派手なプログレではなく、ピンクフロイドほど狂気じゃない
地味なプログレバンド・・・というのがボクの印象なんですが、正直、このバンドに関して、僕が語れることは少ないです
で、なので、あまり紹介する機会もなかったのですが、そうですねぇ・・・
1991年に発表した『 Keys Of The Kingdom 』 は、すっかりその存在を忘れた頃に、ふっとCDショップで見かけて、なんとなく買ってしまった1枚だったのですが、これがなかなかの秀作
ぱっと聴いて、すごいいい! と思えるほど、キャッチーな曲はないのですが、アルバムトップから最後まで、実に心地のいい時間が流れます
で、1曲目がこれ
続けて聴いて欲しい2曲目
このアルバムについては、そう、この2曲を続けて聴いてもらえば、その先は説明はいらないかなぁと思ったりする。特筆すべき派手さはないものの、懲りすぎず、荒すぎず、衒いすぎず といった落ち着きのある作品だ
プログレという看板こそ、むしろ余計な気がするのだが、これはすでに『ムーディー・ブルース』というジャンルといってよい境地に至っているのではないだろうか
Keys of the Kingdom/Moody Blues

¥569
Amazon.co.jp
ちょっと気に入ってくれたら、このアルバムも聞いてもらうとうれしい
Long Distance Voyager/The Moody Blues

¥809
Amazon.co.jp
1981 Long Distance Voyager 邦題:魂の叫び(初期には『ボイジャー~天海冥』)
僕が彼らに出会ったのはこのアルバムで、ELOの『TIME』と並んで、よく聴きました。
当時はよくわかっていなかったのですが、ムーディー・ブルースはこのアルバムを出すまでの間、バンドは休止状態で、メンバーも入れ替わり新生ムーディーとして世に送ったこのアルバムは、商業的に成功をしますが、それまでのファンからは少しポップすぎるという評価だったようです
しかし、80年代という時代背景を考えれば、それは当然の道筋だったのではないかと思われ・・・
まぁ、いずれにしても古い話ですw
古い話といえば、特筆すべきはこのバンドの歴史そのものでしょうか?
デビューが1964年
ビートルズ、ストーンズといったバンドと肩を並べて活動しているのですから
70年代のプログレムーブメントの中でも、その存在は少し次元の違うところにあったらしく
ジミー・ペイジいわく
「本当にプログレッシブなバンドは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだけだ」だそうだ
日本における知名度はいまひとつどころか、今となっては口の端に上ることもほとんどないのだろうけれど、なんとなくね。今の時代にこのサウンドがあっているような気がするんだよなぁ
古くならない普遍的な魅力が このバンドのサウンドにはあると思います
という1枚 『キーズ・オブ・ザ・キングダム』 ムーディー・ブルース
なにそれ?
って、感じですが、どういうわけだか僕はこのサウンドが好きで・・・いいとはあまり思わないけど好きなんですw
理屈はいろいろあるのでしょうが、このバンドの存在感そのものが、なんか好き
プログレバンドではあるけれど、なんというかイエスやELPといった派手なプログレではなく、ピンクフロイドほど狂気じゃない
地味なプログレバンド・・・というのがボクの印象なんですが、正直、このバンドに関して、僕が語れることは少ないです
で、なので、あまり紹介する機会もなかったのですが、そうですねぇ・・・
1991年に発表した『 Keys Of The Kingdom 』 は、すっかりその存在を忘れた頃に、ふっとCDショップで見かけて、なんとなく買ってしまった1枚だったのですが、これがなかなかの秀作
ぱっと聴いて、すごいいい! と思えるほど、キャッチーな曲はないのですが、アルバムトップから最後まで、実に心地のいい時間が流れます
で、1曲目がこれ
続けて聴いて欲しい2曲目
このアルバムについては、そう、この2曲を続けて聴いてもらえば、その先は説明はいらないかなぁと思ったりする。特筆すべき派手さはないものの、懲りすぎず、荒すぎず、衒いすぎず といった落ち着きのある作品だ
プログレという看板こそ、むしろ余計な気がするのだが、これはすでに『ムーディー・ブルース』というジャンルといってよい境地に至っているのではないだろうか
Keys of the Kingdom/Moody Blues

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ちょっと気に入ってくれたら、このアルバムも聞いてもらうとうれしい
Long Distance Voyager/The Moody Blues

¥809
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1981 Long Distance Voyager 邦題:魂の叫び(初期には『ボイジャー~天海冥』)
僕が彼らに出会ったのはこのアルバムで、ELOの『TIME』と並んで、よく聴きました。
当時はよくわかっていなかったのですが、ムーディー・ブルースはこのアルバムを出すまでの間、バンドは休止状態で、メンバーも入れ替わり新生ムーディーとして世に送ったこのアルバムは、商業的に成功をしますが、それまでのファンからは少しポップすぎるという評価だったようです
しかし、80年代という時代背景を考えれば、それは当然の道筋だったのではないかと思われ・・・
まぁ、いずれにしても古い話ですw
古い話といえば、特筆すべきはこのバンドの歴史そのものでしょうか?
デビューが1964年
ビートルズ、ストーンズといったバンドと肩を並べて活動しているのですから
70年代のプログレムーブメントの中でも、その存在は少し次元の違うところにあったらしく
ジミー・ペイジいわく
「本当にプログレッシブなバンドは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだけだ」だそうだ
日本における知名度はいまひとつどころか、今となっては口の端に上ることもほとんどないのだろうけれど、なんとなくね。今の時代にこのサウンドがあっているような気がするんだよなぁ
古くならない普遍的な魅力が このバンドのサウンドにはあると思います
お前の作る曲はみんな糞みたいな音楽だ
と、面と向かって言われたら、果たしてどんな気持ちになるだろうか?
お前の小説は稚拙で読むべき価値などどこにもない
そんなこと言われたら、きっと傷つくに違いない……あー、でも、そうか
読んでくれたのね
それが稚拙で読むべき価値がないと思えるところまでは……
と、そんな境地に至るには、僕はまだ足りていないのかな
音楽はそう、ほうっておいても耳に入ってきてしまう
そんで、なんだ この変な曲 って、聴こうと思わなくても耳に入ることはあるのかもしれないけれど、小説ははるかに受動的だ
こちらから、無理にでも読まそうということは、なかなかできないし、たとえば、こうしてそこそこ面白いと思ってもらえるようなブログを書く、合間合間に、小説の断片を入れてみたり、中身の話題に触れてみたりと、姑息な努力を積まなければ、なかなかに
お前の音楽は糞だ
と、いうよな批判を受けることはできないだろう
かといって……
お互いの作品を批評しあうような投稿サイトにアップするのは、なんだか違う気がしてならない
なぜなら僕は、ほかの人が書く作品に、ほとんど関心がない
それを矛盾とは思っていないけれど、僕は僕が面白いと思う作品だけを書けばいいと割り切っているわけでもない
そこは、なんというか 当たり前のところで
そういうことは つまりは 書き始める動機に等しいわけで 動機を誰かにとやかく言われても、いかんともしがたい
さて、困った
やはり僕は矛盾をかかえている
面白いと思うものだけを書くとは すなわち矛であり
自己満足のためだけに書いているわけではないとは すなわち盾であるのか
創作の公共性は 書いている瞬間は自分だけのものであり、どんな形であっても いったん世に出せば公共性を帯びる
それを 糞だといわれることは それを愛してくれているほかの人に なんとも申し訳ない気がする
だから、世に出すときには そういうことは 考える
考えるけど それは 書こうと思う動機ではなく 世に出そうとする動機だ
つまり 創作の動機と それをたくさんの人と共有したいと思うのは 別の次元の問題である
で、あれば、矛盾は抱えるべきして抱えているのだ
それで いいのだ
と 言い切れるには まだ もう少し 自分の中で 何かが足りていない様子である
その危機感が、僕が知らなくても困らないと思っていた ちょっとしたことを 知ろうと思う動機なんだな きっと
僕が、最近 本を読むようになったのは それが理由にちがいない
結果的に なんだか眠れなかった夜に そんなことを考えていた
おはよう そして おやすみなさいw
と、面と向かって言われたら、果たしてどんな気持ちになるだろうか?
お前の小説は稚拙で読むべき価値などどこにもない
そんなこと言われたら、きっと傷つくに違いない……あー、でも、そうか
読んでくれたのね
それが稚拙で読むべき価値がないと思えるところまでは……
と、そんな境地に至るには、僕はまだ足りていないのかな
音楽はそう、ほうっておいても耳に入ってきてしまう
そんで、なんだ この変な曲 って、聴こうと思わなくても耳に入ることはあるのかもしれないけれど、小説ははるかに受動的だ
こちらから、無理にでも読まそうということは、なかなかできないし、たとえば、こうしてそこそこ面白いと思ってもらえるようなブログを書く、合間合間に、小説の断片を入れてみたり、中身の話題に触れてみたりと、姑息な努力を積まなければ、なかなかに
お前の音楽は糞だ
と、いうよな批判を受けることはできないだろう
かといって……
お互いの作品を批評しあうような投稿サイトにアップするのは、なんだか違う気がしてならない
なぜなら僕は、ほかの人が書く作品に、ほとんど関心がない
それを矛盾とは思っていないけれど、僕は僕が面白いと思う作品だけを書けばいいと割り切っているわけでもない
そこは、なんというか 当たり前のところで
そういうことは つまりは 書き始める動機に等しいわけで 動機を誰かにとやかく言われても、いかんともしがたい
さて、困った
やはり僕は矛盾をかかえている
面白いと思うものだけを書くとは すなわち矛であり
自己満足のためだけに書いているわけではないとは すなわち盾であるのか
創作の公共性は 書いている瞬間は自分だけのものであり、どんな形であっても いったん世に出せば公共性を帯びる
それを 糞だといわれることは それを愛してくれているほかの人に なんとも申し訳ない気がする
だから、世に出すときには そういうことは 考える
考えるけど それは 書こうと思う動機ではなく 世に出そうとする動機だ
つまり 創作の動機と それをたくさんの人と共有したいと思うのは 別の次元の問題である
で、あれば、矛盾は抱えるべきして抱えているのだ
それで いいのだ
と 言い切れるには まだ もう少し 自分の中で 何かが足りていない様子である
その危機感が、僕が知らなくても困らないと思っていた ちょっとしたことを 知ろうと思う動機なんだな きっと
僕が、最近 本を読むようになったのは それが理由にちがいない
結果的に なんだか眠れなかった夜に そんなことを考えていた
おはよう そして おやすみなさいw
僕は文章を書くということがとても好きらしい
らしい・・・というのは、じゃあ、なんでもいいかといえば、そうでない
書きたい事を書くのは好き
まぁ、あたりまえのようで、案外そうでもない
仕事柄、事務的な文書を作る事が多かった
もちろんなかには、脅迫めいたものや、ひたすらに謝り倒すものまで、いろいろです
どちらかといえば、感情的な文章よりもロジカルな文章を書く機会が多かった僕は、必然的に僕の書く物語にも、そういった傾向はあるような気がします
まぁ、それも、たいしたことではない
本題はここから
僕は 疲れてます
って、いきなりのカミングアウトですが、この数ヶ月、滅茶苦茶に忙しいというわけではないのですが、場面場面で神経が磨り減るというか、もう少し鈍痛を伴うようなストレスを感じていました
それは、物語とは全く関係なく、むしろ、好きなお話を書いているときには、書く事がストレスの解消になったりもするのです
しかし、物語を書くというのは楽しいばかりではありません
すこし、ネガティブなことであったり、説教じみていたり、あるいは過去の自分を弾劾するようなものであったり、決して楽しくない作業も当然にこれに含まれるわけで・・・
今がまさに、そのとき
僕が書き下ろしている2作は、最近そのようなパートに入っており、まぁ、書くことでもストレスになってしまうという、なんとも面倒なことになっています
で、先週は久しぶりに書くのをサボりましたw
そして思うのです
僕は 書く事が 好きなのだろうか?
もしかしたら、本当に書く事が好きな人は、どんな内容を書いても、それがストレスになることはないのではないだろうか?
などと、思ったりして、そんな自分を見つめなおすために、珍しくも図書館に行って、少々小難しい本を借りてきて、読んでおります。この中で『妖怪学入門』は図書館で背表紙を見て借りてしまった『レコードのジャケ買い』みたいな本ですが、僕にはそういう偶然の出会いが最近偶然に思えなくなってますw
人生は愉快だ/池田 晶子

¥1,575
Amazon.co.jp
半分も読んだらおなか一杯になってしまったw
でも、かなりガツンと来た本です。さて、最後まで読めるかな・・・
哲学エッセイという不思議な空気感が楽しいのだけれど、最後まで着いていけるか不安w
でも、なにか思い出したように繰り返し読むのが楽しい本だと思った。
買ってもいいと思った。
アート・スピリット/ロバート・ヘンライ

¥2,625
Amazon.co.jp
この本は、もしかしたら買った方がよかったかなぁと、チラリ読んでそう思った
一生読める本かもしれない
創作をする人間は是非この本を読んでみて!という内容のブログをみかけて気になっていた1冊
なるほど、内容的には確かに創作をする人間は読むべきかも知れない
妖怪学入門/阿部 主計

¥2,940
Amazon.co.jp
妖怪については、僕も著者の阿部さんと同じような切り口で見ていたから、ものすごく共感をもてる。これも、僕としてはつねに手元においておきたい1冊
で、これらを読み解きながら、僕は結局それを、自分の作品にどう生かすのか? 新しく発見した理論や考え方を、どう盛り込むのか? そんなことばかり考えています。
そして、考え出すと、読むことをやめてしまうw
やはり僕は読むのが苦手なのかもしれません
そして、書く事が好きなのだろうと、改めて思ったり、汗ばんだり、出汁るが出たり・・・w
らしい・・・というのは、じゃあ、なんでもいいかといえば、そうでない
書きたい事を書くのは好き
まぁ、あたりまえのようで、案外そうでもない
仕事柄、事務的な文書を作る事が多かった
もちろんなかには、脅迫めいたものや、ひたすらに謝り倒すものまで、いろいろです
どちらかといえば、感情的な文章よりもロジカルな文章を書く機会が多かった僕は、必然的に僕の書く物語にも、そういった傾向はあるような気がします
まぁ、それも、たいしたことではない
本題はここから
僕は 疲れてます
って、いきなりのカミングアウトですが、この数ヶ月、滅茶苦茶に忙しいというわけではないのですが、場面場面で神経が磨り減るというか、もう少し鈍痛を伴うようなストレスを感じていました
それは、物語とは全く関係なく、むしろ、好きなお話を書いているときには、書く事がストレスの解消になったりもするのです
しかし、物語を書くというのは楽しいばかりではありません
すこし、ネガティブなことであったり、説教じみていたり、あるいは過去の自分を弾劾するようなものであったり、決して楽しくない作業も当然にこれに含まれるわけで・・・
今がまさに、そのとき
僕が書き下ろしている2作は、最近そのようなパートに入っており、まぁ、書くことでもストレスになってしまうという、なんとも面倒なことになっています
で、先週は久しぶりに書くのをサボりましたw
そして思うのです
僕は 書く事が 好きなのだろうか?
もしかしたら、本当に書く事が好きな人は、どんな内容を書いても、それがストレスになることはないのではないだろうか?
などと、思ったりして、そんな自分を見つめなおすために、珍しくも図書館に行って、少々小難しい本を借りてきて、読んでおります。この中で『妖怪学入門』は図書館で背表紙を見て借りてしまった『レコードのジャケ買い』みたいな本ですが、僕にはそういう偶然の出会いが最近偶然に思えなくなってますw
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でも、かなりガツンと来た本です。さて、最後まで読めるかな・・・
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買ってもいいと思った。
アート・スピリット/ロバート・ヘンライ

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一生読める本かもしれない
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なるほど、内容的には確かに創作をする人間は読むべきかも知れない
妖怪学入門/阿部 主計

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で、これらを読み解きながら、僕は結局それを、自分の作品にどう生かすのか? 新しく発見した理論や考え方を、どう盛り込むのか? そんなことばかり考えています。
そして、考え出すと、読むことをやめてしまうw
やはり僕は読むのが苦手なのかもしれません
そして、書く事が好きなのだろうと、改めて思ったり、汗ばんだり、出汁るが出たり・・・w