糞みたいな音楽 | 文化系寄り道倶楽部

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アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

お前の作る曲はみんな糞みたいな音楽だ


と、面と向かって言われたら、果たしてどんな気持ちになるだろうか?


お前の小説は稚拙で読むべき価値などどこにもない


そんなこと言われたら、きっと傷つくに違いない……あー、でも、そうか


読んでくれたのね

それが稚拙で読むべき価値がないと思えるところまでは……


と、そんな境地に至るには、僕はまだ足りていないのかな


音楽はそう、ほうっておいても耳に入ってきてしまう

そんで、なんだ この変な曲 って、聴こうと思わなくても耳に入ることはあるのかもしれないけれど、小説ははるかに受動的だ

こちらから、無理にでも読まそうということは、なかなかできないし、たとえば、こうしてそこそこ面白いと思ってもらえるようなブログを書く、合間合間に、小説の断片を入れてみたり、中身の話題に触れてみたりと、姑息な努力を積まなければ、なかなかに

お前の音楽は糞だ

と、いうよな批判を受けることはできないだろう


かといって……

お互いの作品を批評しあうような投稿サイトにアップするのは、なんだか違う気がしてならない


なぜなら僕は、ほかの人が書く作品に、ほとんど関心がない


それを矛盾とは思っていないけれど、僕は僕が面白いと思う作品だけを書けばいいと割り切っているわけでもない

そこは、なんというか 当たり前のところで

そういうことは つまりは 書き始める動機に等しいわけで 動機を誰かにとやかく言われても、いかんともしがたい


さて、困った

やはり僕は矛盾をかかえている

面白いと思うものだけを書くとは すなわち矛であり

自己満足のためだけに書いているわけではないとは すなわち盾であるのか

創作の公共性は 書いている瞬間は自分だけのものであり、どんな形であっても いったん世に出せば公共性を帯びる

それを 糞だといわれることは それを愛してくれているほかの人に なんとも申し訳ない気がする

だから、世に出すときには そういうことは 考える

考えるけど それは 書こうと思う動機ではなく 世に出そうとする動機だ

つまり 創作の動機と それをたくさんの人と共有したいと思うのは 別の次元の問題である

で、あれば、矛盾は抱えるべきして抱えているのだ


それで いいのだ

と 言い切れるには まだ もう少し 自分の中で 何かが足りていない様子である


その危機感が、僕が知らなくても困らないと思っていた ちょっとしたことを 知ろうと思う動機なんだな きっと

僕が、最近 本を読むようになったのは それが理由にちがいない



結果的に なんだか眠れなかった夜に そんなことを考えていた


おはよう そして おやすみなさいw