山作戰
彼の楽曲の中で、この曲はとくに人気が高い
その人気の秘密はどこにあるのだろうか?
ぼくなまはげ や 辻義理 ランチライブ といった 弾き語りスタイルの『メロウ』は、より多くの人に聞かれているし、日々、そのときの歌い手のコンディションや会場の雰囲気――観客の温度や、ローケーションによって いろんな『メロウ』があると思う。そして、そのときそのときの『メロウ』に聴き手は惚れていく
CDヴァージョン
ライブハウス弾き語り
路上弾き語り
コラボ エレクトリックギター
コラボ 大道芸
メロウの魅力に引かれ、PVを作った人もいる
メロウPV
『メロウ』の魅力はいったどこにあるのだろう
どの部分が人々の心に引っかかり、琴線にふれるのであろうか?
山作戰のアーチストとしての魅力はさておき はい、置き去りにして なおざりにしておざなりにして
楽曲として考えた場合、一つはメロディ 一つは歌詞について そしてサウンドについて考えてみた
サウンドとメロディについて、僕なりに分析してみた
Aメロパートのゆったりとした落ち着いたメロディライン
ちょっと口ずさんでもらうとわかるんだけど低いところから高いところ そして低いところ
メロディが大きな、でもなだらかな山になっている
色とりどりの傘の列が 歩道橋を越えて
意味も無く楽しげに 見えてしまう景色を眺めて……
で、ここから、音を下げていって、気持ちをぐっと抑えていくような流れになる
僕だけが 抜け駆けした気になって……
Bメロパート(なのかな?)
ここで、一つ気持ちを上げていく というか 情景を現すメロディから自己主張するようなメロディにかわる
ただもがいて
止めてなお余る無謀さだけが 願っても無い愛する訳
諦め早い事実の前に黙り込む
ここで、一度落として、またあげる
過去を持って
あなたが引き返したとしたら 静止したと仮定したときの
その先で待とう 射ぬく眼が
僕を睨む 無遠慮な距離にあるように
ここで、流れが止まる。メロディが呼吸を整える
圧巻なのは、次に同じパートを繰り返してのホーミーポイント
ホーミーって、例の うぃぃぃぃぃぃいいい って 弾き語りのときにするやつね 独特の発音方法
CDではリードーギターの見せ場となり、なんとも幻想的な旋律が奏でられる
実はこの『メロウ』と言う曲は ここで分岐して二つのヴァージョンが存在すると言っても過言ではない。そのくらい、CDヴァージョンの感想はインパクトがあるし、弾き語りヴァージョンのホーミーは、肉声なだけに、より人の心に訴えかける叫び声のように聴こえる
曲の締め
まだ揺れてる錯角に 独り陥ってしまってるんだ
ここを繰り返すわけだけど、この繰り返しと曲の終わり際のコード進行がなんともいえない余韻を残す
で、もう、みんなそろって 泣くしかなくなるわけだわさ
音楽の本職の方なら、もう少し理論的なことを解説できると思うのですが、もし、なにかご意見ある方はぜひ、コメントをくださいw
さて、歌詞についてですが・・・
また次の機会にしましょうかw
ただ、歌詞の解説は場合によっては興をそぐ恐れもあります
僕もまだ、わからない事が多い
それくらい難解な歌詞に、みんな心惹かれている
その事実だけでも、僕には十分な気がする
大きな部分だけ、ちょっと話をするとそもそも『メロウ』という言葉の意味なんですよ
メロウ=mellow であれば意味としては
円熟する 果物などが熟するという意味
歌詞の中にも
齢重ね
削がれて残る愚直さだけじゃ
あなたを困らせもせず
愁い帯びた荒れたその肌に見とれる
という部分に そのあたりの秘密というか、ポイントがあるのではなかろうか?
この歌詞全体を通して
何が起きたか?
とか
(登場人物が)どう思ったか?
といいうことは、重要ではないのではなかろうか?
解説がヤボになる典型的なパターンになる前に、ここらで話を締めますか
僕は、『メロウ』の愉しみ方は、これでいいのだと思ったりしてます
あー、いけない
肝心なことを忘れそうになったw
こっちもよろしくね
メロウ―螺旋階段の君―
第3章がこのたびめでたく完結しましたw
思うに、ここからの作業は僕は地獄のような苦しみを味わうこと筆致ですw
この物語は『メロウ』であって、それは僕が『メロウ』を聴いて思い浮かべた僕の情景を物語。
歌詞の『メロウ』とは違う。
とくに、この後の展開は・・・
ここらで、これまで書いた内容をもう一度読み直して、若干の修正をしてから、物語を勧めたいと思います。生爪を剥ぐような そんな痛みを伴う 男の女の話に突入します
