ここのところ,また新聞やテレビで学校の話題が絶えない。

高校の時間割改ざんの話しは,今に始まったことではないし,

マスコミの人間だって,高校の時には,何かと受験科目を入れ替えて学習していたってことが

きっと憶えがあるだろうから,

なんか,今になって大騒ぎするのがかえって不思議だ。

あ~,あれってやっぱりダメだったのね,ぐらいに思うのならともかく

自分には関係なかったことのように大騒ぎして

みんながにわかに教育評論家のようになるのはやめて欲しい。

今になって表沙汰になったのは,誰かが何かを言ったからに他ならないので

自分がその当時,何も不思議に思わずに高校を終えていたのなら,

ジャーナリストに名前を連ねようと思っているものが

高校の時にはそんなことにも気がつかなかったのかと

己の無知か注意力のなさを恥じるべきだろうと私は思ってしまう

他人の尻馬に乗って,どこでも攻撃するような国民性を作らないでほしい。


自殺の連鎖反応も・・・

本人は苦しいのだろうが,死に急ぎすぎてはいないか?

次々中学生や高校生が死んでいってしまって,それもみんな学校を悪者にしてしまって

今日,キツく叱った生徒が明日は恨んで死んでいってしまうのではないかと思うと

言ってはいけないのかもしれないが,それって究極の暴力ではないかとさえ思う。

死んでしまえば取り返しはつかないし,何らかの原因に関わった憶えのあるものは

一生殺人者の自責の念を背負って生きて行かなくてはならない。

いじめはいけないことだと,誰もが口では言うが,

わかっていても止められない心の弱さや,精神的な不安定さは誰にでもあって

今の子どもたちはガラスよりももろいバランスの上で日々生活している。

親にもわからないその細かいところを,教師がすべて知れというのは,これまた無理な話で

真面目な教師ほど,できもしないことをできないと言えずに悩み,苦しみ,そして壊れていってしまう。

精神疾患で休職する教師や,ある日突然不適格教員になってしまう人がどこの学校にも多すぎる。

それでもまだ教師の無能さを突いて追いつめ,

もっと働かせようとしているのはいったい誰なのか。


どこかが狂っているとしか思えない。

子どもが元気で健康であるという前提がないと,親は働き続けられない。

同じとは言えないが,生徒が健康で,いい子にしていてくれないと,教師は俄然忙しくなる。

昨日は会議の資料が間に合わなくて,放課後カリカリしていたわけで

そういうときに限って自分のミスも起こるし,生徒も何かをやらかしてくれる。


「せんせ~い,○○が小道具で野球して困るんですけど」

文化祭の小道具に作っていた石つぶて(といっても,劇の小道具だから,漬け物石ぐらいの大きさはある)を

野球のボールの代わりにして,竹竿をバットに振り回しているのだ。

気持ちはわからない訳ではないが,そのうちガラスか蛍光灯を割るのが落ちなので,止めに行く。


と今度は別の大道具班から

「せんせ~い,色塗りすぎたら,模造紙が破れました」

だいたい,模造紙も染みて破れるほど色を塗るか?と思うようなことを生徒はするものである。

当然,廊下は塗料でベタベタ。


全部終わって,おバカな男の子たちと後始末をして,はぁと息をついたのが6時半

そろそろ親から「部活も終わっているはずなのに,なんでこんなに遅いんですか?」とやんわり抗議の電話がかかり始めるじかんである。

そうだよなあ,学校でこれだけエネルギーの発散をしてるんだから

家ではおとなしくていい子になるはず。

おかあちゃん,あんたの息子の後始末,文句言うだけじゃなくて一緒にやってごらんって言いたくなる。

ま,親が元気で仕事ができる,後押しをしてるんだと思えば腹も立たない・・・・か。

夕べは久しぶりにやられてしまった

何事もなくいい気分で寝床に潜り込んだはずなのに

夜中に突然目が覚めた。

イヤな予感(こんな場合,予感というのか予兆というのか)は的中し

布団の中で七転八倒することとなった。

どっちを向いても苦しいし,全身びっしょり汗をかいて

それでもまだ転げ回っていた。

こんな劇症は久しぶりだ


それでも仕事には行くつもりで,朝は同じ時間に起きてみたものの

トイレで便器をかかえ,洗面所でうずくまり,鏡台の前で再び起きあがれなくなって

ついに朝からの出勤はあきらめた。


そうはいっても,今日は職場の人間が出張でたくさん抜ける日で,

これ以上頭数が少なくなると,授業にも支障を来す。

なんとしても行かなければ・・・・

しかも,飲み会の次の日。本来なら遅刻は御法度だ。


アニメの世界なんかでは,病気も気合いで治るが

現実でもある程度これは通じる。

「絶対治る!」念じて寝ること1時間。ちょっと足はふらつくが,少なくとも立っていられるまでには回復した。

とにかく最低限の迷惑がかからないようにし,自分の役目だけは果たし

午後からはあきらめて休みをとった。

家にぼーっとしていると,なんか変な気分だった

さて,明日はどうなることやら。

再び気合いを入れて寝ることにしよう

で始まる授業がある。

もともとはお金の増やし方,投資について考える授業の口火なのだが,

「投資」というと,株か何かになるのかなあと漠然と考えていた。

自分自身,投資や株や,証券やといわれても,縁のない生活をしていたのだからどうもピンとこない。


そんな程度で生徒に授業をするのだから

恐ろしいと言えば恐ろしいのだが

それはまた別問題としておいておいて,生徒の答えを聞いてとても面白く思ったのは

1万でも,10万でも,100万でも,そして1000万でも

半分使って半分貯金すると答えることだった。

きっと母親から,「貯金しなさい」と言われて育ったのだろうし

それはとても堅実なことであるが,半分というのが私には面白かった。

全部でも,3割でもなく,また全体の金額にも関係なく半分。

なぜ半分なのかは謎だ。


自分は1000万あったら,何をするだろう

どうやら浪費家の部類である貯金のできない私は,きっとだらだら使ってしまうのだろうな。


日本でも最近投資教育が広がり始め

あちこちでバーチャル株取引の授業が行われている。

そんなことまで教えなければいけないのかと,不安がる親や教師と

実社会との距離を性急に縮めたがる経済界のせめぎ合いの部分もあるのだろう


今日はあえて株には触れず,起業することを中心に据えてみた。

夢を持って,それを実現しようと必死になる人たち。

人のやらないことを考え,それをもって人から感謝されることを展開できた人が成功しているように思う。

子どもたちにも,夢をもって走ってもらいたい

なかなか毎日も書けないけれど,自分のページを見ると,ランキングというものが出ている。

もう3桁の数字を憶えられない私には,それが昨日より上がっているのか下がっているのかは,横の矢印に頼るしかない。

もっとわからないのは,そのランキングが何によって計算され,どの時点で更新されるかということである。

どこにも計算式など書いてないし,アクセスが増えて順位が下がるときもあれば,誰も来なくても上がるときもある。

謎や・・・・。



酒はそんなに強い方ではないし,家では一滴も飲まないが,飲みに行くのはキライではない。

まして,仲のいい仕事仲間と飲みに行っていろいろ話すのはいろいろな意味でいいと私は思っている。

勤め始めた頃は,そんな関係をノミニケーションとか言っていたが,今でもそんな言葉は生きているのだろうか


今日は以前に勤めていた講師の子を誘って焼き肉を食べに行ってきた。

ただでさえ今週は目の回るような日程で,朝から授業はかっつまり,生徒の日記にコメントを入れるヒマもなく

学習ノートに入れる赤ペンも雑になり,イライラが募っていた。


ノートや日記は,夜になってからゆっくり見るとか,そんなことができる類のものではなく

生徒が「さようなら」と帰るまでに返さなくてはいけない,時間的には最優先事項である。

休み時間,給食時間の残り,昼休みと,とにかくありとあらゆる時間を寄せ集めてコメントを入れる。

教師はヒマだと世間の人は思っているようだが,この時間的に濃密な仕事率を考えると,

教師の仕事は決して楽ではないし,体を酷使している。

今日も多分,朝から,給食指導にいく前に1度トイレに行ったっきり,

次に時計を見上げて,あ,トイレ行くの忘れてたと思いだしたのが夜7時前だった。


そんな職場だからこそ,仲間と飲んで話すのは楽しいし,

先輩教師から私が得たものを恩返しとして後輩たちにあげなければならないと思っている。


今日は(正確には昨日は)よく喋って,また体重が増えた。

マズイ・・・臨月・・・(意味不明?)

福岡で中学生が自殺した事件で,元担任がずいぶんやり玉に挙がっている。

どんな言動がどんな場面であり,どんなもつれを生んでいったのかは

新聞報道ぐらいで解明できるものではないが

犯人捜しをしたいマスコミも大衆も,美味しそうなネタに一斉にとびついた気がして

とても気分が悪い


確かに担任の評価がそのまま子ども同士の評価につながって

いじめの発端になることは珍しくない

だから,特にいじめの発生がピークとなる(ような気がする)中学1年の担任は

たとえウソでもすべての生徒が大事であるように口に出さねばならないというのは

私の経験上では絶対のことである。

多分,フリであっても,そう振る舞っている教師は少なくはないはずだ。

その人間関係が結べてしまえば,後は多少手荒な真似があっても,生徒はちゃんと受け止めてくれる。

不用意なたった一言が,人間関係を崩してしまうかもしれない

そんな剃刀の刃の上を,教師は常に渡っている。


こんなところで文にして,どつぼにはまるかもしれないが

可愛い生徒を,毎日怒鳴りつけ,首を絞め,頭やお尻をひっぱたいているが

今のところ本人からも,親からもクレームはないし

それで誰かがいじめられたりすることも断じてない。

おとなしくなったとはいうものの,人間とは思えない時もあるぐらい

整わない所業を繰り返し,躾られてきた様子も見られない生徒に

説いて聞かせるなんて生やさしいもので通じるはずがない。

まさに,毎日が体を張った勝負の場である。


そんな,ある意味修羅場をくぐる教師たちに

面白おかしく騒ぐマスコミは迷惑以外の何者でもない。

評判を気にしていたのでは,こんな商売つとまらないし,

生徒と渡り合うときの真剣みも出てこなくなってしまう


何が悪いのかわからないが,何でもかんでも学校と教師を悪者にする

こんな風潮は何とかならないのだろうか

昔は映画が好きで,よく映画館に通った

学生のころは,時間にも余裕があり,自宅生でバイトしていればお金にも困らず

ずいぶん優雅に暮らしていたものだと思う

下手すると,今の方がずっとぴーぴーしている。


コメントをくれたkanbeさんが戦争映画について一言書いてくれたのを見て

昔の映画をいくつか思い出した。

ディアハンターのロシアンルーレットも強烈だったが,

私にはヘアーの映画のラストがあまりにも切なくて,アクエリアスを聞く度に泣けてきた。


ベトナム戦争を題材にした映画はとんでもなく多い

それだけアメリカ人にとっても,傷の深いものだったのだろうし

帰ってきた人たちまでも苦しめ続けたものだったのだろう。


WTCの映画ができたとき

事件から5年が経って,遺族にも振り返ったり,思い出したりする落ち着きが出てきたのではないかと

どこかの記事に書いてあった。

同時にユナイテッド93なんて,自爆テロの側の映画もできるくらいだから

たしかにそうなのかもしれない



映画好きの友だちから来たメールにWTCとあり,一瞬トイレかと思ったらワールドトレードセンターの略だそうな

あの9.11を題材に,実在する生還者をオリバー・ストーン監督が映画にしたらしい。

事件も5年を過ぎると,そろそろ映画にしてもOKってことなのかな。


オリバー・ストーンといえば,「プラトーン」はどこがいいんだ?って壮絶な戦争映画だったし

「7月4日に生まれて」のトム・クルーズはあんまりかっこよくなかった。

(オッサン臭かった)

もっとも,7月4日の意味するものはアメリカ人にとっては大きくて,日本人の理解するところではないだろうし

ベトナム戦争の持つ意味もまた,甘っちょろい日本人には理解できないものなのだろう。

戦争や猟奇的な人間の一面を冷静に描いていく人なんだろうなとは思っていたけど

その人が,世界に何を訴えるべくこの映画を世に送り出したのかはとても気になった。


で,感想

う~ん,オリバー・ストーンも角が取れた?それとも,アメリカ人としては

あそこで人間の善を表に出さざるを得なかったのだろうか

マイケル・ムーアのような毒がちょっと欲しかったぞと思ったのでした。

きれいにまとまってるんですけどね。とても


それにしても,ニコラス・ケイジって,制服着る公務員がどうしてああ似合うんだろう。

そんな役しかしてないんじゃない?・・・こともないか。

「あなたに降る夢」だっけか,のとんでもなく善人の警官(だったと思う)が印象的で

そんな風に見えるのかもしれない。

「シティ・オブ・エンジェル」のむさくるしい天使はいただけなけなかったが,コレリ大佐には泣けたし

「フェイス・オフ」ではやっぱり善人だったし。

どちらかといえば好きな俳優さんの方なので,文句言わないで見ることにする。


後ろに座っていたおばさんが,最初から最後までずっと泣きっぱなしで,

鼻をすすってジュリジュリ言っていたので,

私は泣くほどのところまで行かなかったが,十分浸れる映画だった。

下手にテロへの怒りを煽るわけでも,また逆に反戦を煽るわけでもなく

これならブッシュさんも安心して見ていられるだろう。

しかし,ああ,ここがイラク戦争の原点だったなあと,改めて思い起こさせてくれる映画だった。

ニュートラルに描かれているので,それで戦争に対してどうこうという感情は起きてこないが

人間の情を正面に出して,やはり戦争という理不尽な状態を批判しているのかもしれない。


ここ何日か,毎日のようにクマ出没のニュースが聞こえる

去年はあまりでなかったが,今年はまたどうも,エサが不足しているらしく

民家にまで入り込んでいたという記事も載っていた


秋の遠足のシーズンで,どこかの学年は先頭と最後尾に柔道部の先生をつけ,みんなに鈴を付けると言い

どこかの学年は,先頭に剣道部の先生を置き,みんなににぎやかに歌を歌わせるなどと

どこまで冗談かわからないことを言っていたが,

校長はすべての学年の遠足を方面変更して,クマとの遭遇を避けることを命令した。

200人あまりの集団が,どれだけ静かにするように言ったって,ギャーのワーの騒がしいし

クマなんかそこへわざわざ来るわけがないとは思ったが

管理職としてはやはりちょっとでも危険のあるところには行かせられないというスタンスに立ったのだろう

わからなくもない


目的地に着いて,しばらくすると,生徒たちがひとつの方向を見て,みんなでガヤガヤ騒ぎ始めた

クマがいるという

そっちの方向を見てみたが,灌木のしげみらしきものしか見えない

あれは木だろう,と答えると,「絶対違う」と頑張る

動いているというのだ 

しかし,20分たっても同じ位置に立っているのが確認され

クマのわけがないという結論になった



あとで聞いた話によると,

双眼鏡で見ていた先生が,どうやら本物のクマを見つけたらしい

「生クマを見てしまった」と恐れ半分で喜んでいたので

それを考えると,やはり校長の判断は正しかったことになる。

そういえば,この前,新聞に投稿されたその月の生活写真は

5点中4点がタヌキとカモシカと猿とサギだったから

「動物の秋」というのもありなのかもしれない