先月,同僚のお母さんが亡くなって,お通夜に行ってきた

最近の香典返しはカタログが多く,シャディか何かの物品リストがずらりと並ぶ。

欲しいものがあるわけでもなく,必要なものがあるわけでもなく

いろいろ考えたあげくにバランスボールを頼んだ

直径65cm,上に座ってバランスをとったり,背中の下に入れてストレッチしたりする

以前から体育の時間に子どもがポヨポヨやっていたりするのを見て,実は興味津々だった。


実際送られてきたのは箱だった。

あり得ない話しだが,私は,直径65cmがそのままの状態で送られてくると信じていた

「自分で膨らまさんなんのや・・・・」

小さなポンプがついていて,それでせっせと膨らました。

イマイチ硬さの感覚がわからない。どれくらいまで膨らませばいいのか。

説明書にはあまり硬くしないように書いてあったので,少しポニョポニョが残る程度で実際に使うことにした。


上に座る

椅子のようだが,なんとなく頼りない。

骨盤のゆがみが直るそうで,しばしくねくねやってみた


背中の下に入れる

ぐぐーっと背中が伸ばされて気持ちいいが

ぐきっというほどではない。もっと延ばされてもいいと思った。

なんか,すぐに飽きて,部屋の中でまた単なる場所取りオブジェになりそうな予感もするが

しばらくは遊べそうだ

いまだに昔のことを思い出すのは,年取った証拠かなと思う


離婚して1年半がたった

子どもの学費のことや,お金の問題があるから

夫ときちんと縁が切れるのはまだまだ先になるが

できれば顔は見たくない


結婚した当時は,どこにでもある新婚の家庭らしく

妻はいそいそ夫の世話をしていたつもりだった

甘えたくて,ちょっとした優しさが欲しくて

甘えるようとするたびに怒られて,

1週間ほども口を利いてもらえない

感情をきちんと出すことが苦手で,気持ちを伝えられなかった私は

自分で甘えるのが下手くそだと思い,自分を閉じこめてあきらめていた


今から思えば,私よりももっと甘えん坊で,私に輪をかけて自分の気持ちを伝えるのが下手くそだった夫は

私よりももっと甘えたくて,甘えようとする私を封じたのだろうと思う

でも,そんなことなどわからない私は,どんどん卑屈になっていった

自分で考えることをやめ,夫の言うなりにしていれば間違いはなかったから

怒られるのがイヤなばかりに嘘もつき,その場をごまかし

夫の見えないところで自分一人の世界を作った

別れたいとは思わなかった。

そんな概念も持っていなかった。

ただ,布団の中で泣き,そしてまた夫を怒らせた。


今こうして一人になっても

残念ながら,思い出すのは夫の怒った口調と,悲しかったことだけ

楽しかったことも,甘い日々もあったはずなのに・・・・

そんなことも,すべて私がいたらず,私の身勝手のせいだと夫は言い

私自身もそう信じた。

DVということばを知り

子どもの虐待を知り

親がどんなに子どもを虐待しても,子どもは自分が悪い子だから仕方ないと親をかばうということを知って

私は自分と自分の夫を信じることができなくなった

自分のしていることも,夫の振る舞いも

どこまでが当たり前のことで,どこからが行き過ぎなのか,

私はそんなに出来の悪い,非常識で,性格の悪い女だったのか

何もかもがわからなくなった


ついに夫が夜中に私を家からたたき出したその瞬間

私の中で,夫への信頼も,愛も,すべての感情が壊れた

あんなに簡単に,すべてが壊れ,元に戻らなくなるなんて

そして,その感情を持ったままで,夫婦の状態を続けられるなんて

10年前の私には想像もできないことだったし

周りをみると,そんな仮面夫婦が想像以上にたくさんいることに気付いて

再び愕然とした。

世の中ってこんなものなの?


一人になって,せいせいしているはずなのに

まだ書かなきゃいけないほど自分の気持ちが整理されていない自分にちょっとうんざりする。

本気で真面目に仕事をしたのは最初の1日だけだったから,あまりたいしたことは言えないし

どちらかといえば,仕事は苦にならないし,キライじゃないし

だから,勝手に楽しんでいたのだと思われたら,まあそうかもしれない


今日も3時過ぎには「やめた」と宣言して

おしゃべりをし,コーヒーを飲み,新聞を読んで1時間

「じゃ,帰るわ。さよなら」と出てきてしまった。


ダラダラしているのだといわれれば,その通りなのだが

中途半端な仕事人間としては,のんびり自分のペースで仕事をして

好きな時間にやめて帰れるのが一番ストレスもたまらなくていい。

この仕事について,イヤだと思ったことはほとんどないし

どちらかといえば,楽しくてしょうがない。

最近,新しいことに手をだして,またそれが楽しくてしかたがない。

つくづく単純バカだと思う


いいよね

人生楽しんでいるのだから。

心配は,定年になったとたんに呆けちゃうんじゃないかってこと。

これはどうしたら予防できるのだろう。

本当はそんなことをしていられるほど時間の余裕はない。

明後日を迎える準備ができていないし,今週は午後からすべての日が外出予定なので

夕方の一仕事ができない。

その分,今日のうちに準備を終わらせておかなくてはならないのだが

何故か,突然映画に行きたくなった。


突然の誘惑に負けてしまう自分も自分だ

「明日の午前中にもう一頑張りすれば大丈夫」との悪魔のささやきに負けてしまった。

で,車で30分。4時半からのイルマーレ


サンドラ・ブロックとキアヌ・リーブスって,「スピード」のコンビじゃなかったっけ?

映画が変わって,再び相手役ってどんな気分なんだろ?

役者なんだから,「あら~,この前もお世話になったわね。今回もよろしく」って

あっさり恋人役に入り込んでいけるものなのかな

気心知れてる分だけ,お互いの呼吸もわかって・・・とか?

そんなくだらないことを考えていたら,映画が楽しめなくなっちゃう。


2時間弱,いいなぁ~と映画の世界に浸りこんで

アタシの恋って,あんなに入れ込んでなかったかもとか

手紙まで母親に見せたりしなかったよなあとか

イルマーレって何のことなんだろうと思っていたら,レストランの名前なんだな

でも,映画のタイトルにするなら,なんか,もうひとかかわり欲しかったよなあ

待ちぼうけくらって,観客に「きっと,アレックスは死んでるぞ,あの,目の前で死んだあの男だ」と思わせるだけ?

私もそう思いながら,「いやいや,ハリウッド映画が,そんな悲しいエンディングするわけがない」と

どこかで歴史が変わっちゃうことを期待していた。(期待どおりだった)

ウンチクを語りたい人は,きっとストーリーが薄っぺらいとか

なんか文句を言うのだろうけど

単純なオバチャンにはとても楽しめる映画だった。

後で聞けば,韓国映画のリメイクだとか

二番煎じなんて言う人もいたけど,流石ハリウッド

さりげなく,それらしく演出してあったと思う


ちょっと余韻に浸りながら

「よし,明日も仕事がんばろう」

私ってやっぱり仕事人間なんだろうな

自分自身,どちらかといえば,理屈より感情で生きている人間で

きっちり理詰めで考えるよりアバウトに感性でとらえるほうが性に合っている。

簡単に言えば,難しいことは考えずに好き嫌いで生きているわがままな人間である。


そんなことを書きたかったのではない。


ブログっていったって,広大なweb空間の砂粒にもならないスペースで

言ってみれば,宇宙空間に漂う星くずのようなものだと思う

その小さな星に,毎日どこからか見に来てくれる人がいるわけで

みなさん,どうやってここにたどり着いているのかということが,素朴に不思議に思った。


むか~しにここでブログをしばらく書いていた頃,

新しい投稿はけっこう一覧から探すことができたように思う。

そこをてがかりにしていけば,今書いたばかりの記事をピックアップすることができた。


また縁あってここに舞い戻り,少しずつ思いを残し始めたとはいうものの

そんなに精力があるわけでもなく

マイペースで無理をしない程度に書いている。

そんなところを,どこでどう見つけて来てくださるのか

毎日一人でも二人でも,お客さんがいるのが不思議でしょうがない。

どこで見つけて来てくれるのだろう・・・・

スクラップブックに投稿するわけでもなく

誰かにコメントをつけるわけでもなく

私自身,他の人のブログを覗いてみようと思っても,なかなか思うように見つけることすらできないでいる。

そんな意味では,ブログのコミュニケーション機能は,以前ほどうまく働かなくなっているのかもしれない。

単に私の人付き合いが下手くそになっただけかもしれないが。


こんなオバチャンのつぶやきを読んでくれているありがたいみなさんに合掌

最近,周りにうつ病が多い

心の風邪と言うのだそうで,誰がなってもおかしくないという

しかし,風邪というには,みなさん苦労し,乗り越えるのに時間がかかっている

あれはとても「ちょっと風邪を引いて」と同じように考えられるものではないように思う。


みていると,どうもタイミングがあるようで

精神的にも苦しいピークの時よりも,

それを通り過ぎて,ちょっと一息,ってところでガタンと来る人が多い

あんなに逞しく,何を言われてもめげなかったような人が。。。。というケースである


いろいろきいていると,ほんとに苦しいらしく,

人と会えない,電話も出られない,本気で自殺を考える・・・といろんなことを聞く

当然仕事も休んで,自宅療養ということになる



と,はたと考えた

仕事を休めば,家の中で,まさか隠し通すことはできないから

家族の知るところとなるだろう

えーーー,あの父親に知られたら・・・・

ただでさえ,私のひとつひとつが気になるらしく,一から十まで口を挟む父親のことだ

しかも,最近年とともにますます繰り言が多くなってきた

うぅん,とんでもない!

想像しただけで,うつ病になりそうだ

今でさえどうにもならないので,できるだけ余計なシーンでは顔を合わさないようにしていたのに

耐えられたものではない。

あの父親がいるうちは,うつ病なんて原因で家には絶対いたくないし,いられないと思った

仕事場と家と,どっちのストレスが多いって

くらべものにならないくらい家の方が高い

なるほど,こういう事情が病気をも左右するのなら

家から出たいがゆえに,病気なんかにはなっていられないのだなあと感じた

それがいいことなのか,より大きな問題なのかはわからない

プロフィールを書きながら思い出した。

ネットを始めてそろそろ7年になる

爆発的にネット人口が増え始めたハシリの頃だと思う

お決まりのようにチャットにはまったが

パソコン通信時代からの管理人がしっかりしていて

いろんなことを仕込まれた気がする


ディスプレイの向こう側にはバーチャルの世界があって

現実世界とは一線を画していると一般ピープルは信じていて

ネットの住人はどこか変わっていると思われていた。

ネットを通じて知り合った人とオフラインで会うなんて言うと

周りじゅうから「危ないからやめなさい」と言われた

実際に何人もの人に会ったが,私の出会う限り,嘘をついている人も,危ない人もいなかった


それでも,人がたくさん集まると,いろんな個性が出てくる

チャットルームの中は,世界が時間を超えてひとつに集えるすばらしさを持っていたが

人間関係の難しさはラインがあろうとなかろうと,同じように存在する。

それこそ,ネットの中は,瞬時に悪意がほとばしり,文字に残されたものは一人歩きをしてまでも人を傷つけ続ける。

人は善意ばかりで成り立ってはいない。

現実の世界で人間関係の下手くそな人が

ネットの世界でうまくやっていけるはずがない。


新聞やテレビでは,今もネットに傷つく子どもの話題が数多く取りざたされる。

昔よりコミュニケーション能力が落ちている子どもたちが

7年前よりもっと節操のなくなっているネットの世界で無防備に動けば

傷つくのは当たり前の話しで,

親たちはもう少し子どもの世界に目を光らせるべきなのに,

こちらも無防備に携帯やパソコンを与えて,子どもたちを危険にさらす。

自分たちがその怖さと我が子の能力を認識していないことを知らないで

子どもを守れるはずがない。






おっと,昔話が文句になっちまった。

いけない,いけない,ババァはそろそろ寝るとしよう。

離婚して1年が経ったなあ

別れたくて,毎日泣いていた頃には,それでも別れるもんかって思っていたけど

あれ?って思ったときにはもうシングルになっていたっけ


以前と何も変わらないかのように時間が流れ

誰にも遠慮することなく,仕事に埋没し

好き勝手に暮らしながら

いまだに頭の片隅で,別れた理由をこじつけている

これって,やっぱり後ろめたさ?


いろんなサイトに登録したり,書き込みしたりするとき

お決まりのように既婚か未婚かを聞いてくる

それがアンタに何の関係があるのよ!と心の中で悪態をつきながら

「未婚」を選ばなきゃいけない

自分の中では

(嘘だ!未婚なんて詐欺だ)と思っているけど

何故か選択肢は「現在結婚状態にないものを未婚とする」と乱暴に決めつけてくる

バツイチの居場所はないのか?

これってある意味差別?偏見?

なんか気分が悪くなる

日本の社会ってまだまだ無神経

「みんな」というなまえの実体のない大衆と同じでなければはじき出される

そういえば最近の子どもは「みんな」と違うことを極度に恐れる・・・・


いろんな場面を経験すれば,人生奥行きも増すと言うけれど

けっこう代償は大きいような気がする

スーパーマンリターンズの映画を見てきた

ありがちなストーリーかもしれないが,楽しかった

ちょっと今までより,クラークがイケメンだし可愛いし,

ロイスがまたちょっと美人過ぎるんじゃないかって思ったけど

映画の技術の進歩のおかげで

スーパーマンの神業的所業がよく表現できていたと思う


ただ,どうにも気になったのが

息子のジェイソンの年齢

スーパーマンがいなくなって,5年

怪しまれずに産んで育てられるんだから,どう考えても4歳半以上と言うことはあり得ないはずなのに

え~,4歳半には見えない

しっかりしすぎている。


と職場でグチグチいっていたら,

「そんな細かいことぐちゃぐちゃ気にせんと,楽しめばいいのに」って言われた。

確かにその通り。

ウンチクを語ることも,批評家ぶったこともいえそうにないのなら

文句言わずに楽しめばいいんだよな


次は何を見に行こうか。。。。


9月22日に東京都の「日の丸・君が代」処分に判決が出たのを受けて,

次の日には一斉に各社新聞の社説にはこの話題が並んだ。


当たり前のことだが,いろんな色があって,読み比べると面白い。

朝日が判決に大きく頷くのはわかるが,中日も判決を是とする社説で,

そればかりか,特集まで組んで,教職員の思いを紙面に大きく掲載していたのには驚いた。


個人的には私も,「日の丸・君が代」に反対の意志を表明したからと言って,処分されるのはおかしいと思う。

個人の信じるところは,立場がどうあれ,守られるべきだ。

強制的に罰までちらつかせて,押さえつけるのはどう考えても不当だと思う。


読売と産経は,これも当たり前ながら,「判決はおかしい」と息巻いていた。

産経にいたっては,「これでは公教育があやうい」と。

職場で読みながら,みんなで,あっちにうんうん,こっちにうんうんと楽しんでいたのだが

なんかちょっと違う気がした。


処分までして,強制するのがよくないと判決は言っているのであって

「日の丸・君が代」そのものを否定しているわけではない。

サッカーの時に,オリンピックの時に,日の丸が揚がり,君が代が鳴るのを誰も否定なんかしない。

教職員だって,自分は歌わなくても,国旗や国歌を踏みつけにしていいなんて言ってるわけではない。

なのに,教育の危機?

公教育ができなくなるって??

なんか,論旨をすり替えているようで,私にはそっちの方が気になった。


安部さんが総理になって,教育基本法と,憲法を変えるって頑張ってる。

教育基本法には,教育の末端のことや,細々したことは何もかいてない。

憲法を変えて,なんとしても,戦争をもう一度やりたい人が,日本にはどうやらごまんといるらしい。

イラクの自衛隊派兵だって,今の9条があったから,平和維持活動に終わっていたのであって

あれはもう立派に戦争だ。

どこの国だって,それこそ太平洋戦争の日本だって,

他国を侵略しようと戦争を仕掛けていたのではない。

国益を守ろうとするなかから,争いが起こっていく。


安部さんの内閣の支持率が65%

日本人はどこか狂っているとしか思えない。