鈴鹿ファン感謝デーでシュワンツ氏が走る スズキRGV-γ
今年の「鈴鹿サーキット50周年ファン感謝デー」にWGPライダーのケビン・シュワンツ氏が招かれ'11年型ヨシムラ・スズキS-GSX-R1000 8耐レーサー
をライディングするらしい。これは楽しみだ。
シュワンツ氏の走りを観るなんて何十年振りだろうか?
シュワンツ氏は無名時代にヨシムラから鈴鹿8耐に参戦していたことから、同じく全日本ロードレースに参戦していたW・ガードナー選手とともに日本に馴染み深い。
WGPでは勝つかリタイアか―という攻めの姿勢で人気があった。
あの当時のGP500は、ガードナー、レイニー、ローソンと大物ぞろいで面白かった。
'86年鈴鹿8耐に参戦したシュワンツ選手
数年前に発売されていた「チャンピオンバイク」誌の1/12ミニカーではWGPでチャンピオンを獲得したラッ○ーストライク・スズキRGV-γ500が付属された。
このシリーズは中盤以降近年のスーパーバイクやMotoGPレーサーが主流になってしまったが、心を熱くさせた'80年代WGPや鈴鹿8耐マシンで第2弾を展開して欲しいものだ。
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長い低迷期のはじまり フェラーリF1-91 京商フェラーリF1・2
Go To The 京商フェラーリF1 Ⅲ
マンセル選手VSセナ選手がシリーズの中心だった'91年F1GP。1勝も挙げられずフェラーリは全く蚊帳の外だった。
プロスト選手とアレジ選手という優秀なドライバーが在籍しつつも、この頃から長い低迷期に入ってしまったようだ。
さらにはプロスト選手がシーズン終盤に解雇。悪循環が止まらない状態になっていた。
アレジ選手のF1-91 ドライバー・ネーム部分にタバコの意匠が入る
京商1/64「フェラーリF1 Ⅱ」にはF1-91が2種類ラインナップされていた。どうせならまだモデル化されていない年代のマシン(特に'80年代)にしてもらいたかった。
コードネームで言えば642と643。仕様が異なっていも同じようなマシンは2種もいらないので、日本GPで走ったフェラーリF1-91late versionにした。
手元に2種無いので比較できないが、日本GPではノーズの左右がカーボンモノコックの黒が露出していた。
微妙にハイノーズになっていてフロントウイング翼端板がホイールまで伸びている。
10日後の28日には「フェラーリF1 Ⅲ」が発売になる。
しかし、今までのように“待望”というほどテンションが上がっていない。1台単価が750円と上昇した事や「フェラーリF1コレクション」で1/43ミニカーが出ているので「今回を逃したら入手できないかも」という危機感が無いからかもしれない。
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シティターボ・レースのマシンがエブロのミニカーになった
'80年代、一世を風靡したホンダ・シティ。
鈴鹿サーキットでF2のサポートレースとして登場したホンダ シティ ターボ R がエブロから1/43ミニカーリリースされる。
しかも'82年のJAF GPでF2ドライバーが乗った仕様だから凄い。
中嶋 悟 #1
J.パーマー #2
S.ヨハンソン #3
T.ブーツェン #4
K.アチソン #5
―というラインナップで、ほとんどがF1ドライバーとなった(アチソン惜しい!)。
シティは好きな車なので、そのレース仕様車となると欲しい。反面、シティに5,000円はチョット…。
F2ドライバー仕様なのだから台座にサインが入るとか、一工夫あったら決め手になるのだが。
買うとなったら中嶋選手かヨハンソン選手になるかな。
う~ん、悩むなぁ。
マンセルの男気を見た フェラーリ640/F189 京商フェラーリF1・2
Go To The 京商フェラーリF1 Ⅲ

長いターボ時代が終わり、フェラーリにV12エンジンが戻ってきた。
'77年の312T2のエンジン音など記憶に残っていないので'89年の日本GPで「ああ、これがV12サウンドか」としみじみ聞いたのだった。
鼓膜を針で突き刺したように響くエンジン音。マシンはフェラーリ640/F189。最強のホンダV10よりも高音域だった。コース脇で聞くと、内耳から刺激を受けた涙腺から涙がほとばしるような感覚だ(感動の涙ではなく)。
初搭載のセミオートマが最大の特徴。テアリングに装着されたパドルシフトは「どんなものだ?」「運転し辛くないのか?」と話題になった。早々と採用されたゲーセンのレースゲームで体験して「難しい~」などと言っていたものだ。

マンセル選手のF189
京商1/64「フェラーリF1 Ⅱ」で入手した後期型F189はゼッケン「27」N・マンセル車。
ノーズ先端のヘラのようになった平らな部分があるが、ここもボディ特徴の一つだと思っているだけに再現できていないのが残念。
実車では透明の風防部分は黒で表現されている。アンダーパネルでディフューザーの排気口はしっかりと作りこまれている。荒法師と呼ばれたマンセル選手の雄々しい走りが蘇るようだ。
第13戦ポルトガルGPでピットレーンを逆走したマンセル選手。黒旗が出たが無視して走行を続け、結局はセナ選手と接触してリタイア。
だが、このセナ選手の接触リタイアにより、危うく日本GP前にチャンピオンが決定してしまいそうになったのだ。そうなればレースの面白味も半減してしまうというもの。「マンセル、なんてことしてくれたんだぁ~!!」と多くの日本人レースファンは思った事だろう。
ドルフィンも以降は「クソマンセル」と呼んでいた。
ところが、その日本GP予選終了の晩、マンセル選手を好きになる出来事が―。


鈴鹿サーキットのボウリング場をのぞいてみるとマンセル選手がボウリングをしているのだ。
恐る恐るサインをお願いすると気軽にして頂けた。その後にも続々と人は集まり、即席のサイン会になってしまった。
「人が増える前にサインもらっておいて良かった」とその場を離れた。せっかくリラックスしている時間を割いてしまって少々悪い気もしたのだった。
夕食をとって再びボウリング場に行ってみると、走り集まる人々がいた。彼らは「マンセルがサインしてる!」と口走っていた。
なんとマンセル・サイン会はまだ続いていたのだ! あれから小一時間は経過しているのに!!
マンセル選手のファンを思う男気に感動した。
翌年もボウリング場は彼のサイン会場になっていた。一度もらっているし、長蛇の列を見たらマンセル選手に悪くて並ぶ気がしなかった。
でも、次の年もやるなんて、彼もファンとコミュニケーションをとりたかったのかもしれない…。
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映画『愛と誠』が『パラダイス学園』に至る漫画談義
妻夫木聡さんを好きな嫁はんが映画『愛と誠』を観に行きたいと言った。
今さら『愛と誠』って…。
そう言えば昔、女優の早乙女愛さんが映画『愛と誠』の主題歌を歌ってデビューした時、地元TVの公開番組にゲストに来られた。
その時にドルフィンも遊びに行っていて、帰りのエレベーターの中でサインを頂いた事を思い出した。
映画の予告編を観た嫁はん「どんなストーリーなん?」と聞いてきたので超かいつまんで話した。
壮絶内容に「とても あだち充には描けないね~」
「あだち充なんてまだ『ヒラヒラくん』すら描いてない頃だよ」
- ヒラヒラくん青春仁義
- 「なに?『ヒラヒラくん』って?」
- 「中一コースで連載してた。百恵ちゃんの中一時代派だったから、連れの家で読ませてもらってたなぁ」
- 「その頃は主にどの雑誌読んでたの?」
- 「やっぱり『ジャンプ』かな」「最初流行ったのが『トイレット博士』の“マタンキ”」
「最初はトイレット博士が主役だったけど―中略―メタクソ団のメタクソバッヂが欲しくて毎週応募したけど当たらなかった。当たったヤツいるって聞いたことないぞ」
「当たらないから自分たちでグループ作ってバルサ材に銀塗装して自分たちのバッヂ作ってた」
「その次に来たのが『サーキットの狼』」
- サーキットの狼
- 「私『チャンピオン』の『マカロニほうれん荘』。めっちゃ好きだった。『パタリロ!』のタマネギ隊って『マカロニ―』からきてるんでしょ」
- 「トシちゃん感激~!」
- 「『ガキデカ』の貯金箱人形は珍しく3つくらい当たった」
- 「あの頃の『チャンピオン』ってギャグマンガが冴えてたなーっ」
- マカロニほうれん荘
「『サンデー』が『うる星やつら』とか『タッチ』になったんじゃなかった?」
「もうちょっと後。『ジャンプ』が『ドクタースランプ』でボーン来た。同じくらいにアニメになったんじゃない?」
「浜村純の『OBCラジオ サタデーバチョン』で主題歌かかってた」
「『このどサンピンがぁぁ~ッ』は?」 (嫁が言う『リングにかけろ』の事)
「アレもその頃。連れでアポロエクササイザーを通販で買って鍛えてるヤツいた(笑)」
「『マガジン』って何やってたっけ?」
「巨乳漫画に走ったのは『月刊』か。時代が早すぎた気がする」
「今は格闘漫画描いているけど、デビュー当時はエロ漫画描いてたもんな」
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ホンダの地元優勝を阻んだフェラーリF187 京商フェラーリF1・2
Go To The 京商フェラーリF1 Ⅲ
'87年のF1第15戦―。
ウイリアムズ/ホンダのピケット選手とマンセル選手のチャンプ争いは、予選でマンセル選手が自爆したため決勝を待たずして決定。残すは初開催のホンダの地元優勝に期がかかった。
ピケット選手かロータス/ホンダのセナ選手が勝利するだろうと。(あれ? あと1人のホンダドライバーは…?)
フェラーリF187を駆るG・ベルガー選手
ホンダと日本人ファンの夢をブチ破ったのがフェラーリF187を駆るG・ベルガー選手だった。シーズンを通してあれだけ強かったホンダ勢を抑えてポール・トゥ・ウイン。自身フェラーリでの初勝利を挙げた。
翌年のマクラーレン/ホンダ全戦優勝を阻んだのも彼。プロスト選手が抜けたホンダ陣営(’90年)が彼を獲得したのは当然の事。最大の敵を仲間に引き入れたのだから。
京商1/64「フェラーリF1 Ⅱ」にラインナップされた因縁のマシン。エースのアルボレート車も欲しかったが、ここは日本優勝車のゼッケン「28」ベルガー車を選んだ。
大パワーのターボエンジンが積まれた薄っぺらい車体に前よりのコクピット。現在のマシンと違ってフロント付近に付加パーツが無いので、細くて長いサスペンションが剥き出しになっている。
御殿場レーシングパレスにあったベルガー選手のF187
このマシンを見ていると、待望のF1日本GP再開催を夢中で観戦していた興奮が蘇ってくる。
寒くて薄暗くなったサーキット。最終コーナーを立ち上がって来る赤いマシンがチェッカーを受けたあの日を―。にほんブログ村
石鍋鉄人・パティスリークイーンアリスのチョコレート
嫁はんが石鍋裕鉄人/パティスリー・クイーンアリスのチョコレートをくれた。
ドルフィンはかつてのTV番組『料理の鉄人』が大好きだったからだ。
「会社でもらうから私からはいいよね。甘いもの食べ過ぎになるし」―などと言っておきながら、会社から帰ると着替えと一緒に置いておいてくれているという演出をつけてくれた。
上品に仕上げられた情熱的な赤いパッケージ。
中には小さくて薄いチョコレートが4個。各々味が異なっている。
甘さが尾を引かずに口当たりが良い。
久しぶりにクイーンアリスのスイーツを頂けて嬉しい。
嫁はんと婚前・婚御にかけて一緒に鉄人系のお店を食べ歩きしていた甘~い頃を思い出す。
石鍋鉄人 2004年の浜名湖花博「料理の庭」にて
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ターボ全盛期のマシン フェラーリ126C4 京商フェラーリF1 1
Go To The 京商フェラーリF1 Ⅲ
鈴鹿でF1が開催されるまでF1マシンを見る機会はほとんど無かった。モーターショー等でF1が展示される―それだけで“目玉”だった。
“餓えていた”ファン達は、型落ち車でもF1GPを走ったマシンを見られて嬉しかった。F3000やGr.Cカーとともにショーに展示されていたフェラーリ126C4。ターボ全盛期のマシンだ。
近くで見るとエンジンレスの“はく製”ではあったが、実物のF1マシン、しかもフェラーリ。興奮してしまった。あやふやな記憶だがこのマシンはその後、鈴鹿サーキット前のGPコレクションで展示されていたような…?
サークルKサンクス限定、京商1/64「フェラーリF1 Ⅰ」のラインナップ。ゼッケン「28」ルネ・アルヌー車。
所有しているシリーズ・ミニカー中で’80年代マシンが少なかったのでネットオークションで入手した。
ターボのパワーを生かすための巨大リアウイングとサブウイングを含めたリア部が一体化してジョイントしている。組み立ての際、接続に力をかけるとボディとの接合部がズレてしまうので注意だ。
当時流行のサイドポンツーンが短くてロケットのようなフォルム。いかにもパワー重視っぽい。このマシンを見て’80年代レースが見たくなってきた。よし、今夜は映画「ウイニング・ラン」のビデオを見よう! モデルと合わせたのはマールボ○のタバコ販促用ステッカー
'88年F1日本GPでのR・アルヌー選手
長らく最後のチャンピオンマシンだったフェラーリ312T4 京商フェラーリF1・1
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M・シューマッハ選手が2000年にF1タイトルを獲るまで、長らく“フェラーリ最後のチャンピオン・マシン”となっていたフェラ-リ312T4。
大きな12気筒エンジンを克服したウイングカー。どことなく312T2の雰囲気を漂わせながらも、フロントタイヤ付近でカウルが上下に分断されたUFOのような独特スタイリングがカッコイイ。
チャンピンとなったのはJ・シェクター選手だが、入手した京商1/64「フェラーリF1 Ⅰ」ミニカーはゼッケン「12」ジル・ビルヌーヴ車。シェクター選手とともに'79年シーズンで勝ちを重ねたマシンだ。

車体底面はウイング・ボトムになっている
5年くらい前、大阪・日本橋にあるミニカーショップのレンタルBOXに「フェラーリF1 Ⅰ」のミニカーが何台か出ていた。1台500円とお買い得(?)だったが、他に優先して買いたいミニカーがあったので予算内で帰る312T2とこの312T4の2台を選んだのだった。
組み立て式だが、既に組み上がっている状態で販売されていた。
なんといってもフロントサス上部からボディへ続くカウリングがカッコイイ。
台座までは接していないものの、サイドスカーもある。写真でも見られなかったマシン底部のウイング構造とエキパイレ・イアウトまでもしっかり再現している。
ボディサイドの細かいスポンサーロゴまでしっかりプリントされていて素晴らしく綺麗だ。
実車を見る事は無かったが、雑誌やTVで胸をトキメかせた憧れの1台だ。
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