CLUB24-にいよんー -287ページ目

スカイライン・ターボCと'83WEC JAPANの赤旗終了


まだまだ!ミニカーのビギナー+α-スカイラインC

WEC JAPANのプログラム



 F1開催が無い空白期に日本で唯一の世界選手権だった世界耐久選手権・WEC。

 初回こそ観戦できなかったが、第2回大会の'83年から連続観戦した―鈴鹿でF1が開催されるようになった'87年まで―。さすがに秋に2回の世界選手権観戦は資金が続かない。


 第2回大会からはプライベーターのポルシェ956や日本勢も大挙エントリーして盛り上がりを見せた。ランチアは来日しなかったが。

 その中でもニッサン・スカイライン・ターボCを観られる事は、スカイラインRS好きにとってはとても楽しみだった。

 スーパーシルエットのように市販車の面影を強く残すGr.Cカー。それもフロントに3枚フィンを持ったスカイラインRS前期型の顔をしてくれているのがたまらない。スーパーシルエットでは市販車後期のRS-Xタイプの鉄仮面になってしまったので、前期型の顔つきでいてくれるマシンは嬉しい。


 第一コーナー手前の土手で観戦していると、スーパーシルエット同様、アフターファイヤーを吹き上げてくれる。「絶対に綺麗に写真に残したい」とタイミングを図るのに懸命だった。

 当時はフィルム写真。撮った後は現像・プリントとさらに出費があるので、持って行くフィルムの本数も限られていた。現在のようにデジカメで撮影枚数も多く連写で勝負できない分、当時は1回のシャッターに込められた気持ちは大きかったはずだ。


 長谷見昌弘氏にサインを入れて頂いた


 エブロ1/43ミニカーで仕様が異なる数種が発売されたが、もちろん富士WEC仕様を購入した。 

 2014年のスーパーGT鈴鹿テストで長谷見昌弘氏にサインをお願いした際は「懐かしい車だねぇ」と話されながらサインを書き込んで下さった。

 ’83年WEC JAPANも残り周回数も僅かとなった頃、グランドスタンドが解放されたので入ってみた。

 するといきなり大きな爆発音がコース上から聞こえた。瞬時にカメラを向けてシャッターを切った。

 もちろんフィルムもモータードライブなどなく手動である。

 トヨタ・トムス83Cのタイヤがバーストしていた。このレース中、トムス83Cはフロントカウルを破損してスペアが無かったため姉妹車の童夢RC83のフロントカウルを装着して走行を続けていた。


 トムス83Cはリアタイヤのバーストでコントロールを失い、ピットレーンのガードレールに激突。真っ二つに折れてリア部がコクピットの上に落ちるという大惨事となった。が、ドライバーの松本恵二選手は無事にコクピットから脱出してきた

 レースは赤旗で終了となった。

トヨタ・トムス83Cクラッシュの連続写真



 モーター誌でWEC JAPAN写真コンテスト募集があり、ドルフィンはもちろんこの写真を応募した。

 発表の1号前のWEC JAPAN特集号で「タイヤバーストの危険」としてドルフィンの写真が紹介されていた。「ここで使われるということは、賞には入っていないな」と察してしまった

 翌号の結果発表ではその通り、賞には全く引っ掛かっていなかったのだった…。


トヨタ・トムス83Cの破片

 全車パドックに帰還し事故車の処理が行われた。表彰式の準備が行われ始めたタイミングで悪ガキ・ドルフィンたちはコースになだれ込んだ。

 この時に拾ったトムス83Cの破片は今でも大切に保管している。

 フロントマスクが童夢になったトムス83Cのミニカーは発売されていなかったのではないかと記憶する。



表彰式。左からJ・マス、J・イクス、D・ベル、S・ベロフ、藤田直廣、V・シュパンの各選手


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ウイニングラン・ポルシェ956と’83WEC JAPAN

ポルシェ956-1

背景は「WINNING RUN」試写会で頂いたステッカー


 ロスマンズ・ポルシェ956のミニカーが欲しいなと検索をかけたらWINNING RUN ポルシェ956が出てきた。各所でかなり“売れ残って”いるようだ。

 仕方がない、WINNING RUNカラーは'83WECinJAPANの1戦のみのカラー。ポルシェ956のカラーバリエーションをそろえたい熱狂的ファンか'83WECを知る世代くらいにしか需要がない特殊なマシンだからだ。


 このマシンを語るにはスポンサーの「WINNING RUN」から説明せねばならない。

 「WINNING RUN」は「ポールポジション」「ポールポジション2」に続くモータースポーツのドキュメント映画だ。「3」にならなかったのは前2者がF1を中心にクラッシュシーンを集めたものに対し「WINNING―」は2&4輪を扱っている。

 映画の日本公開のキャンペーンのためにスポンサードしたのだ。

’83WEC富士でのWINNING RUNポルシェ 1コーナー手前で


 今でこそ30年間連続でF1が日本で開催されてきているが、その昔、1976‐7年に富士でF1が開催された後は開催されず、空白期間が長かった。

 そこに世界耐久選手権=WECが日本で開催されることになった。F1とまではいかなくとも“世界戦”に飢えていたファンにとってはとても魅力的なレースだった。

 しかもル・マン24時間レースで中心となる新しいカテゴリーGr.Cカーがやってくるのだ。


 ポルシェvsランチアが展開された初年度は学業の都合で残念ながら観戦に行けなかった。観戦に行った友人がプログラムを買って来てくれたのがせめてもの慰め。

 翌'83年から観戦に行けるようになった。


 ワークス・ポルシェに加え、WINNING RUN ポルシェをはじめとする多くのプライベーター・ポルシェ。付け焼刃であったが日本メーカーの参戦と大会的には盛り上がりを見せた。

 ドルフィンにとっても一番印象強に残っているのも'83年大会だ。あの時のワクワク感、興奮は忘れられない。

ポルシェ956-2

’83WEC JAPAN宣伝ステッカーと


 2010年に静岡ホビーショーに行った際、物販ブースで1,500円で販売されているエブロ1/43ミニカーのWINNING RUN ポルシェ956を発見し即買いした。

 ポルシェ956の1/43ミニカーが1,500円は買いでしょう!

 思い入れのある'83年WEC富士のマシン。しかもこの大会限定のカラーリング。更には映画も試写会で見ていたのだから。


 ワークスの'83型ロスマンズ・ポルシェ956のミニカーも手にしたいものだ。

ワークス、ロスマンズ・ポルシェ956 1コーナー手前で


 初めて見た"ローリングスタート"。スタート後、1周してきたときは「もう来た!?」と驚いたほど速かった。

 F2やGCも観ていたのだが、Gr.Cカー…ワークス・ポルシェの速さには群を抜いていたように感じた。2周目には既にプライベーターのポルシェを引き離して1-2体制を築いていたのだから。 



ヘアピンを通過するワークス・ポルシェ956


 ル・マンを制した圧倒的な速さで"世界選手権"の凄さを肌で感じさせてくれたワークス・ポルシェ。

 現代のLMP1マシンの性能が高くなろうが、どれほど時代が流れようが、このロスマンズ・ポルシェ956の美しさと偉大さは、ドルフィンの中では色褪せることは無い。

 

優勝したステファン・ベロフ選手(左)とディレック・ベル選手(右)。手前のうしろ姿はジャッキー・イクス選手


 「いつかはF1モナコGPやル・マンを観に行きたいね」と話し合っていた友人と土曜日の晩から車で出発し、富士スピードウェイの駐車場で夜を明かした。
 深夜でも開いていたマツダのブースや焼きそば販売の店。マシンが眠る夜のサーキット…。ル・マンの隅っこをかじったようで胸が高鳴った


 コース上に表彰台が設置され始めた時、「レース後はル・マンみたいにコースになだれ込まなきゃね」と話していた友人とともに富士のフェンスをよじ登ってコースになだれ込んだ。悪ガキである。

 富士のコースは客席の最下段からさらに2mくらい落差があったのを忘れていた。3mくらいは飛び降りたであろう。下が芝生で良かった。


当時、ビデオから撮影した表彰式風景。赤丸で囲っているのが悪ガキ・ドルフィンだ


 こうして表彰式を近くで観て勝者を讃えた。

 気が付けば周囲には後からなだれ込んできたファンが集まっていた。

 あ、翌年からはなだれ込みは止めましたよ。


戦い終わったロスマンズ・ポルシェ956 2号車

 ワークスのマス選手やベル選手は元F1ドライバーであり、イクス選手は耐久王。ベロフ選手の新進気鋭で将来を嘱望されていたドライバーだ。

 現在のように サイン会やピットウォークなど行われず、一般ファンとドライバーとの接点が全く無かった時代、憧れのレーシング・ドライバーに会えて興奮し舞い上がった。


 イクス選手には完全無視されたものの、ベロフ選手、マス選手、3位に入ったル・マン勝者のシュパン選手にサインを頂けた。

優勝したステファン・ベロフ選手のサイン

 ステファン・ベロフ選手は'84年にF1にステップアップ。幾多の名勝負と入賞を果たし、同時に世界耐久選手権チャンピオンにも輝いた。

 快くサインを下さったベロフ選手を応援していた。チャンピオン獲得のニュースに「やった!」と喜んだものだ…。

 だが、翌年のスパでのレースで他界。超新星のように輝きを放って消えてしまったのだ…。



元F1ドライバー、2位に入ったヨッヘン・マス選手のサイン

 ヨッヘン・マス選手は'76、'77年のF1日本GPでマクラーレンをドライブした憧れのF1ドライバー。'89年にはル・マンを制する。

 後にはメルセデスのCカーでミハエル・シューマッハ、カール・ベンドリンガーと組んで世界選手権に参戦した息の長いドライバーだった。


’83ル・マン優勝者、バーン・シュパン選手のサイン


 ポルシェで全日本プロトタイプカー選手権に参戦。
 シュパン選手が作ったシュパン・ポルシェは昨年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで見ることができた。



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大好きなスカイラインRSターボ・シルエット前期/後期型 トミカリL・V・NEO

まだまだ!ミニカーのビギナー+α

 '80年代に多くのファンを魅了したスーパーシルエット・レース。中でもスカイラインRSターボ・シルエットは一番人気だった。

 ドルフィンにとっても好きなレーシングカーBEST3に入るマシンだ。


 スカイラインがサーキットに復帰して初優勝した’82年のRRCチャンピオンズレースと'83年の富士GC第2戦でRSたーぼ・しるえっと前期型を観ることができた。


RSシルエット3

初優勝した'82年RRCチャンピオンズ 富士の第一コーナーで


 ミニカーを集め始めた時もRSターボ・シルエット前期型は絶対に欲しいマシンだった。

 だが、人気車種だけあってエブロ1/43ミニカーもトミカリミテッドも完売状態。町のおもちゃ屋巡りをしても遂に手に入れることはできなかった。

 しまいには「本当に発売されていたのか?」と思えるほどだったが、静岡市にあるエブロのショールームに展示されているのを目にして「本当にあったんだ」と実感したのだった。


まだまだ!ミニカーのビギナー+α-スカイラインシルエット3

「NISSAN P.D.C.」のステッカーと


 近年になってトミカリミテッド・ビンテージNEOで1/64スケールとしては驚異的な再現力で発売された。

 ようやく納得のいく緻密なRSターボ・シルエット前期型のミニカーを手にする事ができた。

 そのまま飾ってしまっては埃が付いてしまう。ミニチャンプス1/43ミニカーのケースを流用し、オリジナル台紙を付けて飾ることにした。

 トミカリミテッド・ビンテージNEOとしては何故か後期型の方が先に発売された。

 「鉄仮面」と呼ばれたRS-Xをベースにしてモデルチェンジされたフロントマスクだが、ドルフィンは3枚フィンの前期型の方が圧倒的に好きだ。
 やはりミニチャンプスのケースに入れて長谷見選手フィギャとともに飾っている。

 

  後期型の現役時代は’83年の鈴鹿JAF GP前の練習日で走っているところしか観たことが無かった。RSターボシルエット鉄実車

'83年JAF鈴鹿GP直前の練習走行で


日産ヘリテージコレクションに眠るスカイラインRSシルエット後期型


 近年になって名古屋ノスタルジックカーショーの桜井眞一郎展で20数年ぶりに対面。じっくりと見ることができて嬉しかった。

 その後、鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーの展示や日産ヘリテージコレクションで見ることができた。

 NISMOフェスティバルでは走行があるのだが、富士まで行けないので走行する姿再び観ることはできていない。



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ミニカー&チョコ 近鉄あべのショコラ・コレクション2016

 『さらば あぶ刑事』を観た後、阿倍野近鉄百貨店で開催されているショコラ コレクション2016に寄った。

 関西初出店のショップも多く、主に女性のお客さんで賑わっていた。

 ショップで試食を頂くのが楽しみ❤。いやいや、試食だけではなく気に入ったら買いますよ。

 
ザ・ビートル

 年号入りワーゲン・ビートルのミニカーがセットになったチョコ。

 試食ではビートル型のチョコレートまるまる1台(1個)頂けた。


マイアーニ

 フィアットとコラボしているチョコレート。今年のミニカーの新色はオリーブ色

 ミニカーは幌を開けている仕様。

 マイアーニに限らず、今年は“BOOK型のパッケージ”が流行っている


マキィズ

 タイヤ型の缶に入ったタイヤ型のチョコレート。

 リアルなツール型のチョコレートと、男心をくすぐられる。


ファブリス・ジロット
 ダークチョコソフト 

 カカオの香りと苦みが楽しめる。ミニストップのベルギーチョコソフトを基準にすると1.5~2倍くらいだろうか。

 口どけがしっとりと滑らか。固形のチョコレートが口の中で柔らかくなって溶ける瞬間をずっと感じられる。

カカオ サンパカ
 ジャラッツ

 金の砂糖玉を振りかけてくれる。

 甘さ控えめでクリーミー。

 あめのハルカスキャラクター、あべのべあチョコレート人形

 持病の頭痛防止のために甘いもの―特に刺激物のチョコレートを控えている毎日でしたが、この日は色々なチョコレートを堪能しました。 

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日本人ドライバーのル・マン初優勝のマクラーレンF1 GTR 京商マクラーレンF1レーシング

 長年に渡りル・マン24時間レースに挑戦し続けてきた日本メーカーと日本人ドライバー。

 日本車としては1991年にマツダ787Bが初優勝したが、日本人ドライバーとしては4年後の1995年に関谷正徳選手まで待たなくてはならなかった。


 関谷選手といえばトヨタだが、優勝マシンはマクラーレンF1 GTRだった。
 ル・マンのメインカテゴリーがGr.CカーからGT1マシンへ移った時期でトヨタは優勝を望めるマシンを用意できなかった。

 ’92年にトヨタTS010でル・マン2位に入った実績を買われて関谷選手は国際開発UKレーシングマクラーレンF1 GTRのドライバーとして声がかかった。

 雨天で荒れたレース展開ながら雨のル・マン経験もある関谷選手は任務を遂行し、J.J.レート選手、ヤニック・ダルマス選手とともに日本人として初めてル・マン24時間レースの優勝者となった。

 マクラーレンF1 GTRも総勢7台がエントリーし、初出場マシンでありながら優勝を遂げることになった。


 関谷選手のマクラーレン・ドライブはもちろん、優勝のニュースを聞いてとても嬉しかった。


 マクラーレンF1 GTR国際開発UKレーシングのミニカーは日本人ファンとしては持っておきたい1台だ。


1/64スケールでありながらドライバー名も読み取れる緻密さ


 京商1/64ミニカー「マクラーレンF1 レーシング」に当然ラインナップされた国際開発レーシング。

 一番重要なドライバーネームは肉眼では見辛いが、ルーペで拡大して見るとしっかり日本国旗と「M・SEKIYA」の文字が分かる。

 しかしながら「ブリティッシュ・スポーツカー」の市販型マクラーレンF1 GTRを使い回しているため、ノーズのサブ・ライトは取り付けられていない。


 実車では車体下部はマットグレーなのだが、ミニカーでは色合いを良くするためにガンメタリックになっている。

 基本的に“地味”なカラーリングのマシンなので、そのくらいの演出があってくれた方が嬉しい。

 その地味さ加減から「1/43スケールではチョット…。1/64で丁度いいかも」と思えるマシンなのだ。
ル・マン優勝後にお会いした際「ル・マン優勝と入れて下さい」とお願いして書いて下さった関谷選手のサイン


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今はさらばと言わせないでくれ「あぶない刑事」観てきた

「さらば」と聞くと―

 さらば涙と言おう

 さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち

 さらば愛しきルパンよ

 さらば愛しのやくざ

 さらば、鬼平犯科帳 スペシャル


 ―等々色々連想されるが、今回は「さらば あぶない刑事」を公開初日の初回で観てきた。

 「どこまで『あぶ刑事』好き!?」と思われるだろうが、実は熱烈というほどでもない。


 港署にあるユージのデスクの上には1/43スケールと1/64スケールの「あぶ刑事車両ミニカー」が置かれていた!

 番宣で流されていた映像にもあったように、日産レパードF31型ゴールドの車両が再登場。

 30年前の車両とあってサスはフニャフニャ。あれでよくドリフトさせたものだとスタントマンの腕に感心した。


 劇中、至る所に提供している日産車が登場する。GT-RやZ、マーチ…。

 敵役は財前部長~ッ!!

 「すかんぴんウォーク」(うる星やつらビューティフル・ドリーマーの併映だった)の頃から思っているのだが、財前部長の目はカワイイ。憎むべき敵であってもやっぱりアップになると目がカワイイのだ。


 木の実ナナさんが呂律が回らないほど老いていたのが哀しかった。

 浅野温子さんの衣装はやり過ぎだなぁ。「キャリーぱむぱむサンをイメージしている」そうなのだが、ドルフィン的には「ワンナイR&R」ガレッジセールのゴリエちゃんにしか見えなかった。


 県警本部長には定年ないのだろうか? 

4基のエレベータードアに4人が描かれているアポロシネマ


 “最後”らしい面白い映画だった。

 観終わった後、「ラストはやっぱり○○だよね」「え~? ○○だよ」とファン同士で一論議できる要素を含んでいる。


 エンディングロールから察するに、最後の財前部長とタカのバイクアクションシーンは四日市港で撮影されたようだ。

 四日市港はドルフィンも学生の頃、自主映画を撮影した場所で思い出深い。あの時もCB750FとMVX250Fで乗りこんでいったなぁ。


 次回作は「帰って来た あぶない刑事」ではないだろうか(笑)?

 「おいおい、俺たち引退した身だぜ」「定年退職者も引っ張り出されちゃうのか?」「先輩方の力が必要なんですよぉ」なんてセリフがありそう?


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トミカLVNが出るまえにエブロ/シルビア・スーパーシルエット後期型

 '80年代初頭に絶大な人気を誇っていたスーパーシルエット・レース。4年に渡る開催時期の初期から参戦していたのが星野一義選手がドライブする日産シルビア・ターボ・スーパーシルエットだ。

 

 市販車のシルビアのモデルチェンジに伴いシルビア・ターボも'83年シーズン中盤にカウル変更した。

 しかし、富士グランチャン・レースのサポートイベントとしてのスーパーシルエットはこの年で終了。翌年は2戦だけ開催されて終焉となった。

 シルビア・ターボ後期型は活躍する期間が短かったのだ。


 ドルフィンも走っている後期型は見る機会が無かった。当時の名古屋モーターショーでの展示や、一昨年に行った日産ヘリテージコレクションで30年の時を経てじっくりと見られたくらいだ。

ニッサン・ヘリテージコレクションに眠るシルビア・ターボ・スーパーシルエット後期型


 ミニカーを集め始めた頃に発売されたエブロ1/43ミニカーのシルビア・ターボ・スーパーシルエット前期型。

 数年前に後期型も発売されたものの購入は控えていた。スカイラインRSターボ・シルエットのように、トミカ・リミテッド・ビンテージNEOで発売になった時に買おうと。

 スカイラインRSシルエットの後期・前期と来てブルーバード・ターボの発売となったトミカLVNだが、シルビア・ターボが続かない。西部警察車両やあぶ刑事車両に主軸が移行してしまった。


 そしてようやく6月にシルビア・シルエット後期型が発売されることになった。 

 ―のだが、スカイラインRSシルエットが定価4,000円だったのに対し、シルビア・シルエットは6,300円って!! そりゃちょっと取り過ぎなんじゃないの!?

 RSシルエットと同じような価格帯なら購入しようと思っていたのだが恐ろしいほどの値上げを見て、衝動的にエブロ1/43ミニカーのシルビア・ターボ・シルエット後期型を購入してしまった。

 同じエブロミニカーをネット購入するのなら、すぐに無くなる訳でもないので「送料無料の日」を選ぶとか「ポイント○倍デー」にするとか考えればよかったと反省。


 前期型を買った時―ミニカー・コレクション初期の頃だったら絶対に衝動買いなどしなかったのに…。

 こうして星野一義選手のスーパーシルエットマシンが前期・後期そろったことで、大好きな日産ターボ軍団の3車両が前期・後期でそろえることができた。

 これもミニカー・コレクションを始めた時の目標の一つだった。

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スーパーGTにも参戦したマクラーレン12C GT3 京商ミニカーくじ

 FIA GT選手権への参戦に向けて20台限定で発売されたマクラーレン12C GT3

 2013年にはスーパーGT・GT300クラスにCars Tokai Dreamシンティアム・アップル・MP4-12Cとして参戦。開幕前にはそのポテンシャルが注目されたものの、GT300のレギュレーションでは性能を発揮できず、1年でマシンチェンジされた。

 翌年にはPACIFIC RACINGPACIFIC マクラーレン with μ'sとして走らせた。


 じゃじゃ馬でセットアップが難しいらしく好成績望めなさそうだが、世界のスーパーマシンが参戦してくれるだけでも観ていて楽しい。

2014年鈴鹿1000㌔でのシンティアム・アップル・MP4-12C


 京商ミニカーくじにラインナップされたマクラーレン12C GT3。最初のチャレンジでは引き当てる事ができなかった。

 しかし、スーパーGT300クラスに参戦していたマシンでもあるので諦めがつかず、再チャレンジ1回でGTE成功。かつてのマクラーレンF1がそうであったように、後々スーパーGTカラーも発売されそうな気がしないでもないが、とりあえずは良し。

 

 公式HP等で色は「ブラック」と記載されているが、実際は真黒ではなく、赤みがかった黒というか濃い赤紫なのだ。さらに細かいラメが入っていて光の加減でキラキラと光る。そのラメの入り方も細かいものが僅かに入るだけなのでギラギラにならず上品な感じに仕上がっていて単価800円のプレミア感を出している。

 全体がパールブラックではなく、ボンネットのエアアウトレット部はマットブラックに色分けられている凝りよう。

 リアウインドウ枠やリアウイングはプラパーツのマットブラック。

 黒ボディの中に給油口や排気口、ホイール等にシルバーがポイントで入り全体を締めている。


 実車同様にノーズ周りよりもリア周りの方が細かな造形になっている。

2015年鈴鹿1000㌔でのPACIFIC マクラーレン with μ's

 今シーズンのスーパーGT300クラスでもマクラーレンは走ってくれるのだろうか?


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最終年R32GT-Rをそろえた逸品 トミカリミテッド「Gr.Aスカイライン伝説」

 全日本ツーリングカー選手権のGr.Aレギュレーション最終年となった'93年。最高クラスはニッサン・スカイラインGT-Rのワンメイク化になったものの、逆に人気が沸騰。最終戦となった富士のINTER TECは94,600人もの大観衆を集めた。

 ドルフィンは当時東京に住んでいたが、夏の鈴鹿と最終戦・富士の2回も観戦に出かけた。鈴鹿と富士、ともに一緒にレース観戦してきた友人たちとの観戦でとても楽しかった。

 Gr.A最終年のスカイラインGT‐R全7台の内、優勝した6台を集めたトミカリミテッド「JTC GROUP A SKYLINE伝説」。化粧箱に入った豪華版。

 化粧箱の扉は二か所のマジックテープで固定できる仕組み。


 ベースはトミカのR32スカイラインでナンバープレート跡や市販車内装だが、カラーリングとホイールが忠実に再現されているところがリミテッドたる所以だ。

 色合いがとても美しく、特にHKSスカイラインの複雑なカラーリングが美しくて好きだ。


 R32スライラインGr.Aは京商エフトイズドリンクのオマケ等々幾度か小スケールミニカー化されているものの、最終年を扱っているのはトミカリミテッドだけなのが不思議だ。

 ドルフィンは最終年マシンが一番好きなのに…。

 それだけにこのトミカリミテッドは貴重な存在だ。

 ミニカーを集め始めて間もない頃、ネットでミニカーを探している時に「Gr.A伝説」の存在を知った。

 だが、通販でもオークションでもプレミア価格となっていて手が出せなかった。まあ、最初の頃は3千円台のミニチャンプスやエブロでも購入を悩むほど高価に感じていたくらい。長い間に金銭感覚も麻痺してしまうものだ…。

 

 親族の結婚式の帰り、東京駅地下で時間待ちをしている時にトミカショップがあることを知って行ってみた。

 なんとそこで定価で販売されていたのだ! しばらく迷ったものの「定価以下で出会う」事は滅多に無いと結論付けて購入に踏み切ったのだった。

 結果的には数年後、大阪にトミカショップがオープンした当時に定価販売で2セットくらいが残っていたのを見たのが最後となったわけだが―。


 手持ちのミニカーが少ない頃は1台ずつ京商ミニカーケースに入れて飾っていたが、今は化粧箱に戻して飾っている。


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富士山の恵み ぬまっちゃ

 JR三島駅で買った「愛鷹山麓 ぬまっちゃ」。JAが作っている「ぬまづ茶」だ。アルミ缶に入っていて温かくして売られていた。

 愛鷹山(あしたかやま)山麓の茶畑で栽培されているそうだ。

 

 場所的にはちょうどこの辺り↓だろう。

広がる茶畑。所々に立っている白い柱は霜防止の扇風機

 

 缶の側面には愛鷹山でお茶の栽培を推進した型のプロフィールが掲載されている。

 

 まろやかな口当たりで美味しい。


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