エフトイズ「GT-R列伝2」で出た2015年型コンドーレーシングGT-R
2015年スーパーGT第4戦富士で優勝を遂げたミハエル・クルム/佐々木大樹組のコンドーレーシングD'station ADVAN GT-R。
「暑さに強いコンドーレーシング」を印象付けた。
GT500クラスでは数少ないヨコハマタイヤ・ユーザーでもある。
ピット裏では近藤真彦監督の根強いファンが常駐している。
いち早く2015年型ニッサンGT-Rを小スケールモデル化したエフトイズ1/64ミニカー「GT-R列伝2 2014-2015」。
2014年型もある中で、2015年型D'station ADVAN GT-Rを引き当てることができた。
今までミニカーだけだったエフトイズのシリーズだが、今回は台座付きになっている。これで京商ミニカーのダブリから台座を抜かずに済む。
ミニカーと台座は“ポッチ式”の凹凸で接続されているので簡単に取り外しができる。逆に言えばチョットした弾みでミニカーが外れてしまう事もある。
その恐ろしさは後付けのサイドミラー取り付けの時に起こった!
排気管がある右側面 背景はコンドーレーシング・ステッカー
エフトイズミニカーのお約束、サイドミラーとアンテナの後付け。そして取り付け難いところもお約束だ。この点がいつになっても改善されない。
取り付け部分と穴が合っていないので、最終的には接着剤での取り付けとなるのだ。
取り付けに苦戦しているとポロリとミニカーが台座から離れて落ちてしまった。幸い膝の上だったから良かったものの、固い床に落ちてしまっていたら分解の悲劇になっていたところだ。
さらに、アンテナを取り付けようとしたら取り付け穴が無いのだ。デカールで埋まってしまっているのか? パッケージには取り付けられている写真が掲載されているのだが…。
鈴鹿タイヤテストでのミハエル・クルム選手
D'station ADVAN GT-Rは細かいスポンサーロゴが多い。これをデカールで完全表現しようとしているのだが、デカールの貼り方が荒い!! 恐らく個体差と呼べるものではなく全てがこのような仕上がり方をしているのだろう。
車体はダイキャストに拘らず樹脂製として造形を細部まで緻密に作り上げている。
それだけにデカールの荒い仕上げは勿体ない。
ボディサイドには細かいスポンサーロゴが多い
D'station ADVAN GT-Rは昨年の鈴鹿タイヤテストと鈴鹿1000㌔で見たマシン。佐々木選手には初めてサインを頂いたこともあり、2015年型には思い出がある。引き当てられて良かった。
GT-R自体カッコイイ。

京商1/64ミニカーでもやってくれそうな新レギュレーションGT-R。価格や造形を比較してどうなるだろうか?
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エフトイズ「GTR列伝2」&京商ミニカーくじ再挑戦の旅
京商ミニカーくじが発売されて2週間。巷では安売りの情報も入って来ている。ドルフィンがいつ行く店もそろそろ売れ残りを“くじ”無しでバラ売りしている頃ではないだろうか? と、車を走らせた。
ミニカーを良く置いてくれている店なので、発売されたエフトイズ「GT-R列伝2 2014-2015」も置いてくれているのではないか? との思いもあった。
果たして店の陳列棚を見るとまだ“くじ”を展開し続けていた。
それもそのはず、まだラストワン賞が残っていたのだ! 目玉商品が残っている以上、くじとして成立できる。
そして残っている賞を見ると、既に持っている650Sと12Cは少なかった。ラストワン賞が当たらなくともダブル確率は少ない。「引いてみよう」という気持ちがムクムクと湧いてきた。
通常のミニカー陳列棚にはやっぱり「GT-R列伝2」を置いてくれていた。ありがたい。
しかしこちらも発売から数日経過しているので半数は無くなっていた。
「列伝2」の狙いは2015年仕様車。できればカルソニックがいい。
ミニカーくじを引く事にしたので「列伝2」は1箱だけ手に取った。
くじはF賞。12C GT3がキターッ! ラストワン賞は無理だったが。ラスト数箱でラストワン賞が残っていたら全部引いてしまうだろうな。
「列伝2」はコンドーレーシング2015年だ。エフトイズの事なので複雑な配置はしないだろう。ならば左が2014年、右が2015年だろうと踏んで選んだのが良かったのかもしれない。その通りだったら、今回はカルソニックは既に抜かれていただろう。
ル・マン、鈴鹿1000㌔で復活したラーク・マクラーレン 京商マクラーレン・レーシング
’96年のJGTCで圧倒的速さでシリーズ1-2を飾ったチーム ラーク・マクラーレンGTRだが、レギュレ ーションの捉え方の相違からJGTCから締め出されて1年だけの参戦になってしまった。
観ている側からしたらマクラーレンが参戦を続け、日本メーカーのマシンが強いマクラーレンを打ち破るところまでいって欲しかった。
しかし、翌'97年のル・マン24時間レースと鈴鹿1000㌔レースにラーク・マクラーレンF1GTR LMで復活した。
日本のファンも観戦できる鈴鹿1000㌔のエントリーは嬉しかった。全長、全幅を延長して印象が変わった'97年型マクラーレンF1GTR LM。
鈴鹿1000㌔では「マクラーレン乗り」としても名を馳せていた関谷正徳選手と土屋圭市選手がドライブして総合9位となった。
鈴鹿1000㌔はFIA GT選手権の1戦としてメルセデスCLK-GTRやポルシェ911GT1が出走して豪華な顔触れで面白かった。
京商1/64ラーク マクラーレンF1GTR No44LM1997はル・マン24時間レース参戦車だが、ドルフィンにとっては’97年鈴鹿1000Kmに参戦した関谷正徳選手/土屋圭市選手組のラーク マクラーレンF1GTRのつもりでいる。
モデルはオレンジがかった赤だが、実車はもっとショッキング・ピンクだったように記憶する。光の当り具合で色彩が変化していたのか?
実車の鈴鹿仕様はフロントのカナードやリアウイングが異なるが、そこは目をつぶっている。
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22日はニャンニャンの日 愛猫ねるたんに隠されたハートマーク
我が家の愛猫「ねる」たん。
冬になって顔の色も濃くなり、毛ももふもふ。特に首回りの“マフラー”はふっさふさ。
毛が細いので、触ると本当に気持ちが良い。つい撫で撫でし過ぎてしまうのだ。
ドルフィンがベッドで寝ていると、入って来て腕枕で寝てくれる。暖かくて“湯たんぽ”ならぬ“猫たんぽ”だ。冬のお楽しみ。
そして「ねる」たんに隠されたヒミツ。
カフェオレに描いたようにグラデーションがかかっている。
いつも見えているものではなく、耳の筋肉の動きによって発現する。冬に毛の色が濃くなると見え易くなるのだ。
今回ようやくその状態を写真に収めることに成功した。カワイイ?
トヨタTF105ラルフ・シュー車とFニッポンX JAPAN/レイナードの思い出
トヨタがF1に参戦した8年の中で、最も成績が良かったのがコンストラクター・ランキング4位となった2005年シーズンだ。
ドライバーはヤルノ・トゥルーリ選手とラルフ・シューマッハ選手。マシンはトヨタTF105。
優勝にこそ届かなかったがトゥルーリ選手の連続2位表彰台は「今年こそ優勝」を期待させられた。
2005年はあまりF1はじめモータースポーツをほどんど観ていなかった時期なので、雑誌をパラ立ち見する程度。それでも日本チームや日本人ドライバーの成績は気になっていた。
日本GPも観戦に行っていないので走行している写真は無く、あるのは東京モーターショーで展示していた車両のみ。
参戦当時のカクカクしていかにも遅そうなマシンに比べて洗練されて来て「速そう」になっていたという印象がある。
京商が販売したミニチャンプス1/43ミニカーのトヨタTF105ラルフ車。友人が「ドンキで1,000円だった」と買って来てくれたもの。
日本チーム参戦に当て込んで大量に作ってしまったものが余ってしまったのだろうか。なかなか良い掘り出し物だ。
付加パーツでゴテゴテ・マシン時代に突入当初で、湾曲したフロントウイング、ボディサイドのミドル・ウイング等や煙突のような側面排気筒が特徴的。ミニカーを製作するのも困難を要し始めた頃。
ベースとなるボディカラーは単調な白ではなく、パール・ホワイトが使われている。 ミシュランのロゴが入ったサスやウイングもカーボン調に作られている。
目が行くのはラルフのヘルメットが緻密に表現されているところだ。頭頂部の網目や側面のグラデーションもできている。 また、着色こそされていないが、ステアリングも液晶パネルや多くのボタン類も造形されている芸の細かさだ。
Fニッポン初テストでのラルフ選手。読んでいたのは…!
「ミハエル・シューマッハ選手の弟」「F3マカオGPの覇者」として鳴り物入りで新生フォーミュラ・ニッポンに参戦したラルフ・シューマッハ選手。
ファンを招待した「フォーミュラ・ニッポン オープニング・レセプション」にも参加せず、開幕前テストが初めてラフル選手のお披露目となった。
ラルフ・シューマッハ選手のサイン
ラルフ選手が来るだろうとテストを観に行くのが楽しみだった。
「絶対にF1で活躍する選手になるだろうからサインをもらっておこう」と青田買いの心境。
所属するチーム・ルマンのマシンは白のまま。ラルフ選手のレーシングスーツもプレーンのままだった。
何より“右も左も分からぬ異国に単身やってきて不安そうな表情の青年”だった事が印象深い。
誰が渡したのだろう、ラルフ選手は日本語が読めないのに『R’On』誌を読んでいた。
Fニッポン初テストのラルフ選手
シーズンが開幕するとフォーミュラ・ニッポン開幕戦3位入賞。2戦目で初優勝。JGTCでは開幕戦優勝と噂に違わぬ“血統”を見せつけた。
チームメイトの服部尚貴選手と最終戦までチャンピオン争いを展開し、Fニッポン初年度を大いに盛り上げてくれた。2人ともノリにノッていた時だったのかもしれない。
X JAPANレイナード96Dを駆るラルフ・シューマッハ選手
チーム・ルマンのメインスポンサーとなったロックバンド・X JAPANの華やかさもあり「X JAPAN」ロゴが入った赤いマシンやレーシングスーツは本当にカッコ良く見えた。
フォーミュラ・ニッポン初代王者となりF1にステップアップしたラルフ選手。
稀代のドライバーとなった兄貴のようにチャンピンになるほどではなかったが、11年間のF1参戦で優勝6回は素晴らしい。
特別な存在 全日本参戦ラーク・マクラーレンF1GTR 京商マクラーレンF1レーシング
黒船のように日本のレース界に現れては震撼させたラ○ク マクラーレンF1 GTR。 '96年の全日本GT選手権を2台のマクラーレンが全勝して荒らしまくった。
マイケル・シューマッハ選手の弟・ラルフ・シューマッハ選手がドライブする事でも話題沸騰。チームメイトの服部尚貴選手とはフォーミュラ・ニッポンでも、初代チャンピオンをかけて最終戦まで戦った。
このノリにノッた2人がコンビを組んだのが60号車。
スタートに備え乗り込むラルフ・シューマッハ選手
車両レギュレーションの捉え方の違いからか、ニッサン&トヨタのワークスマシンが全く歯が立たなかった。
その中で気を吐いていたのはトヨタ・スープラを駆るE・コマス選手だった。さすがは元F1ドラーバーである。
それでもマクラーレンF1 GTRの快進撃を阻む事はできず、JGTC'96年シーズンを圧勝した。

シリーズ・チャンピオンは61号車だった
チャンピオンにして元F1ドライバー、デビッド・ブラバム選手のサイン
JGTCラ○ク・マクラーレンの1/43モデルが発売されたのはかなり昔の事。近年では価格高騰でとても入手できない。
京商1/64ミニカー「マクラーレンF1レーシング」にJGTCラ○ク・マクラーレンF1GTR60号車ラインナップされた時は「よしッ!」と一人ガッツポーズを取ってしまったほどだ。小スケールなのも良い。
獲得ポイントで獲りつけられる重量ハンデ。一目で分かる黄色のハンデ・シールも再現されているのが嬉しい。でも付いているのは片側だけ?
JGTC参戦車両はルーフのインダクションが後方仕様であったのに、モデルでは前方仕様になっているのが解せない。
JGTCのウェイトハンデ・シールも再現!
「マクラーレンF1レーシング」の中でもJGTC仕様は、富士で開催された2戦とも観戦していたので思い出もあり特別な存在だ。
夏のGTのチケットはTV『激G』で当たったと記憶する。友人を誘って観戦に出かけた。
レース後、パドックでラルフ・シューマッハ選手と遭遇。ドルフィンは1度サインを頂いていたので、友人を優先してその時はもらわなかった。まだ撮影した写真にサインを頂く事をしていなかった事もある。
今ならもっとガツガツしているだろう(笑)。
夏の富士GTでのラルフ選手。もう貫禄十分
富田林・じないまち を和装でグルメ散歩 丁寧な仕事に触れる
ちょっと寒かったものの天気が良かったので富田林市にある“じないまち”に行って来た。
江戸時代からの町並みが残る重要伝統的建造物群保存地区なのだからと、嫁はんと共に和装して出かけた。
嫁はんは正統派だが、ドルフィンは寒いのでハイネックの上に和服を着てブーツを履き“とんび”を着てチョイと歌舞いた着かた。
お昼は「キッチン・あい」さんで煮込みハンバーグ・ランチ。
先ずは調理が異なる季節の野菜を少しずつ並べたプレートが出される。このお皿で季節を感じる。
自慢のデミグラスで煮込んだハンバーグは注文が入ってから整形。口の中で塊が解(ほど)けるように無くなる絶品。
お腹を満たしてじないまち散策。
重要文化財の興正寺別院を通って町の奥へと向かう。
「手仕事と雑貨 23番地」さんと「まめてんカフェ」が並ぶ。「23番地」さんで雑貨を買い物。「まめてん」ちゃんのパンをお土産に購入。
「まめてん」ちゃんのパンは、パン激戦区の富田林でも群を抜く魅力がある。粉や酵母の香りが感じられる。弾力があって噛み応えもある。
いつも買っているベーグルが売り切れていたのでクランベリーのスコーンを買ってみた(写真中央)。
実はドルフィンはスコーンの良さが分からない。初めて食べたフライドチキン専門チェーン店のスコーン
がパサパサして口の中の水分を全て奪ってゆくようなものだったので、以来食べていない。
ところが、まめてんちゃんのスコーンは美味しそうだったので食べてみたくなったのだ。
食べてみてビックリ。サックリしつつも柔らかい。バターとクランベリーの香りが心地良い。これは虜になってしまう。
緑茶とお茶菓子に「霜ばしら」を頂いた。
霜柱の板のようになっている砂糖菓子。繊細で口の中に入れると空気のようにすぅっと無くなる。
「珈琲豆の蔵 平蔵」さんでコーヒータイム。
「バリ神山ハニー」を頂く。
丹念に豆を炒って挽いてくれる。
焙煎機・通称ロボ君が動いて珈琲豆の炒った香りが店内に籠っていても尚、珈琲を淹れる時には甘~い香りが漂ってくる。
じない町のお店はどこも仕事が丁寧だ。手の込んだ丁寧な仕事ぶりを拝見しているだけで、こちらの気持ちも良くなってくる。
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F1日本GP木曜日で目撃した マクラーレンF1 京商ブリティッシュカー2
F1参戦チーム、マクラーレンが技術の粋を集めて作った市販車、マクラーレンF1。
チームの創始者、ブルース・マクラーレンの夢でもあった市販車製造。ブデザインはラバムBT46BファンカーやカーボンシャシーのマクラーレンMP4を手がけた稀代の天才デザイナー・ゴードン・マーレイ氏。
超スーパーカーでありながら快適性をも向上させている。
更に驚いたのが運転席がセンター1人、やや後方左右に助手席2人の3人乗り設計になっている事。
そしてBT46Bのように車体底部の空気をファンで後方排気してダウンフォースを得るシステムを市販車に取り入れている事だ。
'94年F1日本GP木曜日の車検で
'94年F1日本GPは木曜日から連休だったため、初めて車検日から観戦に出かけた。
そこでパドックを走るマクラーレンF1を見たのが唯一の目撃。タグホイヤーのロゴがボディサイドに入っていたので、キャンペーンで全国行脚した車両だろう。
知り合いは「箱根でフェラーリとポルシェと一緒に走っていたのを見た」らしい。恐らくは雑誌かTVのインプレッションだろう。
京商1/64ミニカー「ブリティッシュスポーツカー」でラインナップされたマクラーレンF1。唯一見たシルバー車体をGET。
市販車としてはかなり凹凸やライン、エアダクト等が多い車両をキッチリと再現しているところが見事。


































