いつもあれこれ余計なことを考えてしまうので

今回はとにかく

会場に行って 自分の席に座って

音楽を楽しむことだけに集中する と決めていた

少々体調が悪くても 髪型が変でも

そこに座って音楽を楽しめれば すべて成功だと

 

だから 無事に席に着けてほっとしてた時に

真後ろから声を掛けられて心底びっくりした

今日はマダムはお休みっぽいな~とは見て思ってたけど

まさか私より後ろの席ってことは まったくの想定外で

 

いや~ どんな顔して聴いてればいいんだか

って 旦那さんから私の顔は見えないのに(笑)

なんか照れくさくて 逆に始終ニヤニヤしてしまった

不審極まりないね

 

 

音が鳴り始めて 唐突に

あぁドイツ行きたい と思った

慣れない場所での 新鮮で心を動かされる体験

というのが共通項じゃないかと思う

 

もう少しして 今度は

チェンバロの音がすごく綺麗だと思った

そんなん改めて思う必要ないくらい聴いて来たはずなのに

とても綺麗に聴こえた

マエストロふつうに両手で弾いてる~ ってのも

ワタシテキには充分に感動ポイントで嬉しかった

 

飽きたのは自分自身のあり方に対してであって

決して音楽方面に飽きたわけではなかったのだけど

この日はたくさんの事柄が新鮮に映った

 

ひとつひとつのフレーズ

ひとつひとつの音 が本当に美しくて

心がこもっている という表現は私の自分勝手過ぎるかもだが

力がこもっている というのは間違ってないはず

 

今までだってずっとそうだったのに

今まで私は 何を観て 何を聴いていたのだろう

 

 

十年来 聴いてみたかった2つのアリアのうち

演奏するのがすごく難しそうな箇所も

難しそうなまま 何も変えずに楽譜通りにという意味

華麗に演奏されていて

なんでもなかったていで次のフレーズに移るところが

本当にすごい

本当に上手な人に対して賞賛すべきポイントではない

逆に失礼なことかもしれないけど

私はすごく感動する

 

 

前日まで数え切れないほど録音を聴いたんだけど

前日だったかな

このアリアが一番楽しみかもしれない

と 唐突にひらめいた曲があった

 

最後に演奏されるはずだったそのカンタータにも

これどうなってるの? という曲があって

その曲と 前回の例の曲は たまたまYouTubeに

楽譜付きの動画が上がっていて

こっそり勉強することが出来た

削除対象動画かもしれないが

そこは私の役目ではないと思うので先に進む

 

2本のリボンが平行に流れて行くようにみえて

実は常に交差しながら流れて行っている という構成は

おふたりの演奏する姿を観ていることも

自分の耳の力不足にガッカリすることも 両方とても楽しい

 

この構成の魅力には 実は別の楽器の演奏で

しかも配信後の記録映像を観ていて気付いたのだが

気付けただけ良かった だいぶ時間がかかったけど

 

 

一番楽しみにしていたアリアは

4声ときどき5声というのか 四重奏と呼んでいいのか

 

3小節目くらいに来た時に

あぁ この音知ってる みたいな感情が突然沸いた

懐かしいっていうか 懐かしいといっても

同じ経験をしたことがあるというのとは違って

なんていうのか 郷愁を呼び起こされる ?

ほんと 文字にすると陳腐だね いつも

 

歌声が入って来て

いま読んでいる『指輪物語』2巻の終わりの方

ちょうど読んでいた箇所なんだけど

主人公たちが訪れる いわゆる「エルフの森」って

こんな感じじゃないかなって思った

 

そこはすべてが完璧に美しく 綻びがなく

今ここにある現在が 過去と未来を内包 ナイホウ!

しているというか 私の力では表現が難しいのだが

太古から続く「いま」がずっと「いま」である

という感じなのか とにかくそういう

はてしなく完璧で 美しい場所なんだけど

 

4つの音が ぜんぜん別の 別ではないけど

瞬間的にはそれぞれ別の仕事をしているのに

すさまじく美しい全体となって現れる

バッハにはこういう美しさがたくさんあるが

この曲は飛び抜けて美しかった

 

最初と最後の 2つの音が長く続くところ

NY公演の時は 神がかってる と思ったが

今回は そういう外的なことではなくて

これも文字にすると

心が震える みたいなものになり下がってしまうけど

この先 これ以上の感動が出来なかったらどうしよう

と不安になるほど 何かが激しく揺す振られた

 

同じ体験をした人が きっと会場に何人もいたと思う

 

 

その曲でおしまい に慣れてしまっていたから

当初の予定では最初の曲が始まって

また始まった! やった! の嬉しい気持ちが

あっという間に終わってしまったのは寂しかった(笑)

 

いつまでもこの席に座っていたい と思ったのは

まさかまさかの運転見合わせのせいだったのか

それでも 選択したルートは

途中で増えた1路線の帰宅ラッシュはともかく

時間的には大して影響なく帰ることが出来て結果オーライ

無事に帰れますように! を叶えてあげたよ と

どこからか聴こえて来る

 

『指輪物語』の一行が

完璧な安らぎを得られる「エルフの森」を出て

また危険な旅を続けなければならなかったように

私も 自分に戻らなければいけない

自分の生活とか 自分の居場所とか 書くのは嫌だけど

今のところはしょうがない

 

確か主人公だったか 険しい道を歩きながら

少し前の自分が 今も「エルフの森」を歩いているように

感じる と述懐する箇所があった

私も いつでも好きな時に あの席に座って

あの完璧な音の時間と空間を楽しむことが出来る

 

 

私が選んだだろうインスブルックの席は

あの後ずっと空席のままだったんだけど

10日だったか 久しぶりに見てみたら

2席並んで売れていた

半分残念で 半分ほっとした ちょっとずるいけど

私がきちんと諦めるまで待ってくれたみたいだった

 

その時に何かに気付けばよかったのに

公開録画があることを知ったのは13日で

よく見たら申し込み締め切り日が10日だった

 

月末のプチ遠征も まだ買えないことないけど

たまたま 本当にたまたま 塾のない土曜日で

今ちょっと懸案事項もあり なので

次が終わったら 秋の4曲まで長いお休みかな

3ヶ月なんて長過ぎるけど

夏ってそういうもんだと諦めるしかないね

 

しかないね って あれこれ言い訳して

せっかくのチャンスを潰そうとしてる自分が

嫌になる 行きたいなら行けばいいのに

 

コメントにあるアニメは観たことないけど

調べてたら交響曲まで出て来てびっくり

そっか映画の方か 映画も観る気ないけど

 

最近はこの動画を流しながら寝てる

音の組み合わせとバランスが私にはちょうどいい感じ

時々 本当に稀に 起こることはあったけど

今回は重かった 落ち方が深かった

これってもう説明のしようがなくて

専門医なら理解してくれるのだろうか

 

ホルモンの乱高下 出過ぎとか出なさ過ぎとか

おそらくその辺に加えて 今回は

体調不良の後遺症がもろにここに出た感じで

 

あの白い錠剤ほしい と思ったのには

我ながらビビったな

漢方薬すっ飛ばして あの漢方なら

市販で手に入ったかもしれないのに

大して長くも飲んでない白い薬の方を

思い浮かべたくらい 今回のは深くて辛かった

 

とはいえ5日間くらいでほぼ収まったんだけど

さらにその後遺症なのか

 

感動の閾値というか範囲というかが

狭まってしまって

うまく喜べない うまく感激できない

あんなに楽しみにしていた今日なのに

早く着こうとして 電車乗り間違えて

0歩で着くはずが2,000歩は歩いた感じ

この無駄な疲労が一番の元凶かもだけど

 

楽しい時間が始まって

ちゃんと楽しんでいるのに

 

自分に飽きたな

 

自分を演じるのに飽きた とかいう

いつかの卒論みたいな意味じゃなくて

自分の喜び方 感動の仕方

小さなことに一喜一憂する良くも悪くもな癖

そういう自分に 嫌気が差したというよりも

飽きた と感じた

 

目の前に繰り広げられる光景が

美しく 楽しそうであるからこそ

自分であることが退屈で やめたくなった

 

 

自分の歳が閉経の平均年齢だということは

私の同級生 小中高大かなりの人数になるが

その中の大半が今年そうなるということで

30日を超えた翌月に20日を割った時には

さすがの私も一抹の何かを感じたものだけど

その翌月にまぁ普通な感じに戻ったりして

ぜんぜん 訳わかんない

 

体調不良や精神不安に悩んでいるのは

私だけじゃなくて

声かけたら かなりの確率で

私も同じだよ! と返って来るわけで

しかも平均すれば 私の症状なんて

ぜんぜん楽な方だって 理解はしている

 

それでも 相対的にはそういうことでも

絶対値は ものすごいマイナスだったりする

 

 

ハーフタイムも早めに戻って来て

席でぼーっとしてたら

マダムがわざわざ声を掛けに来てくれた

その瞬間

どんな話題を選んだら

楽しい会話になるだろう と

良くも悪くも 私らしく頭が高速回転

ヨーロッパ行きます? と聞いてみた

マダムからしたらちょっとトンチンカンな

私の受け答えだったかもしれないけど

誰かと会話するってこういうことだって

思い出させてもらった

私はこういう 普通の会話に飢え過ぎで

同級生の動向がわからないのもそのせい

逆にそのおかげで守られているのも事実

 

さっきあんなこと書いたけど

視覚的に工夫されている公演は

観ていて かつ聴いていて

本当に勉強になるもので

それまでさんざっぱらCDで聴いていた曲が

実は何ひとつ聴こえていなかったことに

衝撃を受けた まぁしょうがないんだけど

 

1曲終わるたびに 少しずつ落ち着いて

最後 ここ聴けただけで今日の元取った!!

と心の中でガッツポーズを取るほど

喜べるところまで来れたのは我ながら上出来

 

どれも ひとつひとつ 綺麗で楽しかったけど

やっぱり これどうなってるの? という曲が

とても興味深いというか おもしろくて

そういう 何やら入り組んでて難しそうな曲を

楽々と なのかはわからないけど

華麗に演奏し切っちゃうところが

とてもかっこいい

この日も とてもかっこよかった

 

私も 比例して若返られればいいのに

がっつり反比例してるところが悲しい

 

 

翌日

んなこと言ったって 自分の人生は

誰かに肩代わりしてもらうことはできなくて

結局自分で引き受けるしかないって話だったじゃん

と思い出した

どんなにだらしなくぼーっとしてても

とりあえずはいいんだったよね そうそう

 

4つのカンタータに治してもらった

と ぜひとも書きたかったんだけど

今朝 1時半 夢の内容が苦しくて起きてしまい

そこからぶり返しそうになって焦った

ソルフェジオは必ずしも心地よいわけではないのか

流していたのがしんどくて 止めて

君様の演奏ではないけど 前によく聴いていた

君様の楽器がメインのCDをナクソスで流したら

2曲目以降の記憶がない(笑)

同じ楽器でも よく眠れる演奏と

頭バッキバキになって眠れない演奏があって

だから寝る時にカンタータは聴かない(笑)

私は家から出なくてよさそうだ と思ったら

体調崩した これが風邪なのかわからないが

おなじみの症状じゅんぐり

前回は用事が詰まってた時期で

ちょっとしんどいです! と祈った瞬間

ふっと軽くなって救われた その残りを

今回消化せよ ということかもしれない

朝だけ早く起きて あとは

帰りを待てばよい五日間で助かったが

せっかくの五月晴れをふいにしてしまった

でも代わりに どこかのだれかの体調が

良かったなら 良しとしようじゃないか

 

 

前にも書いたけど この時期に公表されても

飛行機もホテルも高くて手が出ないし

公演チケットも既に発売中 って酷過ぎると思うのだが

日本からのこのこ聴きに行く物好きはいない

と考えるのが普通なのか

 

ブレーメンにも想い出はあるけど

やっぱりインスブルックに興味が湧いた

調べさえしなければ なかったも同じ なのだが

今回は思い切って 思い切りがなぜ必要なのか

自分でもわからないが 調べてみたところ

 

私が座るべき席は まだ残っていた

ここは私がポチって 一瞬だけ思い切ってポチって

そこから頑張って 航空券取って ホテル取って

着いてからのあれやこれやも なんとか頑張って

これはイケるんじゃないか って 今もまだ思う

 

前回はチケットがまだ販売開始前で

最初に取ったのがホテルという だいぶ無謀な挑戦

だから チケット取れた→航空券取るぞ→ホテル取るぞ

あとは出発まであれこれ調べるぞ は至極順当に思える

 

けど 今回のブレーキの効きは素晴らしくて

久しぶりにANAのサイトで検索したら

同じような結果に見えて 細かいところがなんか違う

金額が前回の倍を超えることは

どうでもいい 気にするべき要因ではない

それ以上に

金額以外のあれやこれやを理解することが

面倒だと思ってしまった

 

経験にコスパも何もない わかってる

それでも強くブレーキがかかったのは

この2年間の 確約された時間と場所を

まっとうすることが今の私の務めであり

その間は特に大きな冒険はせずともよいのではないか

という感覚のせいかなと

 

あの長い空の旅を経なくても とりあえず今回は

日本にいて 次を楽しみに待っていればいいのかな

という感じ

 

そこに座ってカンタータを聴いている自分を

思い浮かべることが出来てしまうからこその

さびしさはあるけど

それが出来るなら そうやって聴けばいいよね

 

明るさ調整など出来なくて残念

前日のザルツブルクでのモヤモヤから一変

インスブルックでの数時間はとても楽しかった模様

一時的ではあったが 楽しい出会いがあって

そのことばかり思い出しがちだったけど

画像めくったら素敵な教会いくつも巡ってて

会場となる修道院にも行ってたじゃん自分!

と一瞬驚いたけど 残念ながら勘違い

片道20分の教会まで行った記憶ないな~との

最初の記憶が正しかった

 

なによりミュンヘンからの鉄道旅が最高だったんだよね

車窓からの景色が本当に素晴らしくて感動しまくってた

だから今回はフランクフルトじゃなくて

ミュンヘンの直行便を初めて検索してみたけど

実はトランジットが出来ない(恥)

チューリッヒで乗り換えれば安くなるんだけど

荷物は 検査は 出口は ハードルが高過ぎる

 

この雲がなっかなか取れなくて

行ったり来たり 時間つぶして

最後の最後に綺麗に晴れたのに

結局撮れなかったんだよね

スキージャンプ台の次の画像が

ライプツィヒのホテルまで飛んでてびっくり

そうだ ミュンヘンで雨に濡れて

ライプツィヒではちょっと体調崩してたんだった

 

 

この間もそう

大切な日が晴れるって

本当に素晴らしい と心から思う

インスブルックを離れる直前

一瞬だけ雲が切れてくれた時の感動を

今 表現するとしたら

祝福されている という言葉になるかな

意識をいつもの席に座らせて聴くようにしたら

次まで長いな~ という気持ちが

あまり起こらなくなった それでもやっぱり

自分ちで パソコンから出て来る音を聴くのと

ホールで すぐそこから出て来る音を聴くのとは

当然ながら全然 迫力も感動も違うわけで

 

こないだのマタイの追記

ハーフタイム後

オーケストラの皆様が出て来て 来たのに

拍手が起こらなくて えーー どうしよう

どうしようって おまえが手ぇ叩けよ!!

こういう自分がホント嫌い 日本人丸出し

 

別の団体名義の公演の時 同じことがあって

なるほど いつもの定期公演は特別なんだな

と学んでいたから 今回は

お客さんの多い公演だとこういうこともあるのか

と学んだ次第 それよりなにより

自分のダメさ加減に 今思い返しても幻滅する

 

あと 公演後のカーテンコール? で

最後にヴァイオリンの皆様にも拍手があって

私 前から なぜヴァイオリンは無しなのか

一番お忙しいのはヴァイオリンではないのか

と常々疑問だったので これは良かった(ナニサマ!)

 

飲まなきゃ良かった 頭が回らない 指も

土日飲まなかった分 余計に回ってる

 

 

女の勘というのがサッパリ働かない人生だったが

最近はいくらか 直観的なものが当たるようになり

 

小さな情報を組み合わせて こうだろう というのはともかく

先日は たまたまテレビを観ていて

今ここにいるんじゃないかな とふと思って

どうやら当たっていたらしい とか

正誤はともかく なんとなくそんな今日この頃

 

自分は何もできないし 正直なところ何もやりたくないし

これから何をすればいいのかもわからないし というのは

時々ドカンと来る 月のサイクルが重なると倍増する

 

でも こないだふと思ったのは とりあえず

このまま生きていていい という感覚だった

 

本当に何もしてなくても 心底だらしなくても

そのままでいい とりあえず 生きていていい

 

あともうひとつ とりあえずは

「おしごと拝見」が私のしごと

だから行ける時は行くべき という感覚

ひとつ 取ればいいのに取ってないチケットがあって

まだ迷ってる自分は 間違ってる気がする

 

 

顕在意識と深層意識はまだ理解できてないけど

願望と言い換えた場合

 

表層的な願望が叶わない人生だった

こうなればいいのに みたいな願いは

ことごとく蹴散らされた(笑)

 

でも 今になって思うと

深いところの 例えば

経済的に困らないとか

危ない目に遭わないとか

信じていた人に裏切られるとか なんというか

生命にかかわること? については

なんだかんだ ここまで無事にやって来られた

守られていた というべきかもしれない

 

前者に関しては 身体的な問題 肉体的な問題 に

相当 悩んだり苦しんだりして来たし 今もそうだけど

生命にかかわるところまではいかないレベルの問題で

ある意味 気にさえしなければ大丈夫なこと

ただね 一応女だし 一番イイ時代を棒に振った

という気持ちはまだあるね

夏服とか 水着とか

普通に コンプレックス無しで 着たかった

 

それと引き換えに 強力に守ってもらえたのかもしれないので

あまり文句言っちゃいけないけどさ

 

大きな願いは叶わないらしいことは

少し前から気付いてた その代わりに

自分と 自分の大切な人たちが

安全に 健康に 幸福に 生きていられるなら

私の願いなんて まぁどうでもえぇじゃないか

 

だから

私が緊張したり心配したりするのは間違ってて

私は安心して 信頼して むしろぼーっと(笑)

いつもの席に座っていればいいのだ

そうすれば すべてうまくいくのに

ときどき 気にCが発動してしまう

 

そうであって欲しい が 修行の足りない私は

そうですよ 合ってますよ と 誰かが言ってくれれば

楽なのに と考えてしまう

該当チェックポイントを挙げている動画がいくつかあって

かなりの割合で該当するのだけど

決定的なところが外れてて あぁ だめだ 違うかも と

ガッカリしてしまう

いつも笑顔 とか 声がやさしい とか あとなんだ

とにかく 私の属性に わっかりやすく合わない内容なのよ(涙)

 

そうであって欲しい ていうかさ

ここまであれこれ 違和感だの 生きづらさだの

そこまで深刻でなかったとはいえ

ひととは違う を抱えて やっと自覚できたのに

ブー! あんたは違う あっち側! って言われたら

いや~ 笑うしかないよね~(笑)

 

ほんでも すべてに理由があるなら

自分の名前と誕生日を 信じなきゃいけないのかも

そこに何か 何かって決まってんだろって話だけど

込められているものを信じて

そのように どのようにもわかってんだろって話で

生きていればいいのかも そこまでわかってて

なんでそのように生きられないのか 幻滅する

追加購入のレギュレーションが変わってしまって

来年も同じ席に座れるかどうかわからないから

今年は最後のつもりで聴こう と決めていたのに

 

のんびりおにぎり食べてから中に入ったら

調布のチケットが売られててビックリ

とはいえ選択肢は残っておらず

今買うしかない! 現金のみ? 足りる? 等々

あれこれやらかした後 やっと自分の席に座って

対岸のマダムに向かって手など振ったりしてたら

3行目に書いたことなど 完全に忘れてしまった

 


これでだいたい10回くらい聴いたはずなので

Y子さんじゃないけど 私も

自分のマタイ人生を振り返ってみようと思う

Y子さんて少なくとも3人はいらっしゃって

皆さん今のところ音信不通状態なんだけど

元気にしてるかな~ と思ったことで

元気にしてることは決定しているので 心配しない

 

記憶違いもあるかもしれないけど

敢えて確認しないで書く

 

理不尽な延期が解けたトップバッターが

マタイだったはずで

この時はいつもの席に座っていて

最初の音が聴こえて来た瞬間

私にしては珍しく泣いてしまった

正対しているソプラノの方々に

見られてしまった気がして恥ずかしかった

 

半分は

やっと生の音を聴けることへの感極まり

半分は

音は聴こえるのに姿が見えないことへの悲しみ

 

翌年のサントリーホールで

初めて逆側に座るチャンスをもらって

その時の感動をうまく思い出せないんだけど

それまでの視界と全てが違ってて なんというか

すごくショッキングだった気がする(笑)

 

その後からの3回は

「いつもの席」に座り 対岸から手を振って

今に至る わけだけど

 

サントリーホール以降の私は

それまでの それを知らなかった自分を

かわいそうだった は筋違いかもだが

よく耐えたね よく頑張ったね と

今でも思う(笑)

 

 

マタイは長いので 自宅で聴くことは滅多にないんだけど

席に座っているつもり で聴くことを覚えたので

今回は何回も聴いて行った

騒動が起きる前年の 超~豪華だったマタイの音を

久しぶりに聴いた時

懐かしい と思った

 

きっと皆さん この音を聴きたくて

毎年欠かさず 足を運ぶんだと思う

 

だけど 今年のマタイが始まった時

全然違う と思った

全然違うマタイが始まった と思った

 

今年わかったことは

すごく難しいことをしているんだ ということ

 

上手な人は 難しいことを簡単にこなすので

ちっとも難しそうに見えない

とはよく言われることだし私もわかってるけど

さすがに年を取ったので 今は

簡単そうに見えることこそ 本当はすごく難しい

とも思うようになった

 

見ないで聴いていた時は CDを聴いているように

ただ音を追っているだけだったけど

見ながら聴くと どの曲についても

難しい っていうのとは違うのかもだけど

重圧や緊張や責任みたいなものを背負って

演奏しているんだろうな と感じる

ご本人はそんなこと全く感じてないかもしれないし

いつかの「プレッシャーがかかる」という言葉は

多分にリップサービスが含まれていると解釈してた

 

もしかしたら今書いてることって

プロの音楽家に対して失礼なことかもしれないな

すべてのことを いとも簡単にこなしているのが

プロフェッショナルかもしれないのに

私はそういう風に 何かを極めるという経験が

出来なかったし そこまで努力もしなかったし

こういうのを おこがましい って言うんだな

 

 

皆さん絶対に楽しみにして来ている

美しいアリア達は 今回も本当に美しくて

今 この場で 聴ける幸せを

しっかりと味わいながら聴くべきだったが

そんなことを冷静に考える余裕が無いほど

本当に美しくて とても素敵な時間だった

 

これも皆さん同じだと思う

最後の曲が始まった瞬間

あぁぁ 終わってしまうぅぅ と

寂しくなるよね

あぁぁ やっと終わるゼ! って人も

何人か いるかもしれないけど(笑)

 

今年は特に早かった 早かったというか

時間の感覚が失われて

肉体的には しっかり3時間強分だけくたびれてるんだけど

意識的には あっというまに終わってしまった


最初と最後の曲は 私にとって

すごく不思議な調というか

とても独特で特別な マタイにしかない調に感じる

んなわけないんだけど

 

でも この音楽の世界の

始まりと終わり 入口と出口 と考えれば

特別で不思議なのも うなずけるかもしれない

 

 

去年のマタイの後

来年のマタイを 今年と同じ心持ちで聴く人はいない

といったことを書いた記憶があるけど

結局のところ そんなことはなかった

表面上そう見える(見えない)だけで

内実はかなり違って来ているのかもしれないけど

見えないものは見えないし

たぶん 気付けた人なんて そんなに増えてない

 

でもこれって 私がとやかく言うことではなくて

私は 私の問題にだけ集中していればよくて

 

人は手に入らない ということを

私は知っている

お金も 物も 結局は同じことだけど それを知る前に

人は手に入らない ということを

理解していた

経験していた と書くべきかもしれない

 

人が手に入れられるもの

所有できるもの という表現がいいかはわからないが

それは 経験と 記憶 しかなくて

それが 一時的で すぐに消えたり

いつか忘れてしまうようなものであっても

それしか 人は手に入れられないし

それしか 手に入れる価値はない

 

 

本意ではなかったけど ちょっと早く席を立って

トイレで鏡見てビックリ

マジで10歳は老けてた

ハーフタイムの時はまだマシだったのに

後半戦にいったい何があったのか

それだけ真剣に聴いていたということで

勘弁してやろう いや 勘弁して欲しい

あぁもう 早く出て良かった ひどいよもう

 

なぜ舞台上の方々は年を取らないのか

公演中 真面目に考えてたんだよね

毎日良い音波に浸ってるからかな

君様に至っては確実に若返ってるし

あれ気のせいじゃなかったよ

なんで私だけ こんな順調に老けていくのか

 

ほんでもさ 逆よりいいじゃん

私が若返ったって しょうがなくはないけど

だから これでいいんだってば 悲しいけど(笑)

 

 

調布は遠いので ずっと考えて来なかったのだが

曲目を見た瞬間 これはもう連れて行くしかない

今回聴かせないと もう二度とないかもしれない

と腹を括っていたので

福島並の砂被りだけど 即決即金 現金のみ

プレオーダーだの 会員限定だの これこそ

レギュレーションの難しい公演だったので

とにかく取れて良かった

 

ほぼぴったり 10年ぶりになることに

チケット買ってから気付いた

 

三行目に書いたことを完全に忘れてしまったのは

そんなことにはならないから心配無用

って意味だと解釈して 心配しない ことにする

 

咲き始めってのも とっても綺麗なんだなって

今日初めて知った