特急きぬがわは快適だった

足元超ひろびろ スペーシアを超えるゆとり

元々あった車両を改装したものだと思うので

中身は最新鋭というわけではないけど

空いてたこともあってとても気に入った

座ってたら2時間ちょいで新宿まで連れてってくれるって

何かと便利かもしれない ちょくちょく使いたいとこだが

そんなうまいことカレンダーはできてない

 

せっかく知り得た公演でも

行くまでに至らないことの方が多いかもしれず

距離的にはなんとかなりそうな会場でも

仕様的に つまりワタシ的にすごく難易度が高かったり

少し前 公演の直前 すごい直前(笑)に出たお知らせは

気付いた時には終わってしまっていたので

そうなんだ~ で閉じようとして

なんとなく公演内容を覗いてみたら

あぁ これは と なんというか

行きたかったというよりも

行かなきゃいけなかったという感じで

せっかくお知らせして下さったのに

申し訳ない気持ちでいっぱいだった

まぁ 私に関係なく盛況だったと思うけど

内容的に 行かなかった自分を少し責めた

当日新幹線に飛び乗るほど身軽ではないにしろ

前日急いで切符取って地図調べてと張り切るために

いま 私は生かしてもらっているかもしれないのに

 

先日の会場も 入り慣れたとはいえ

ワタシ的には大変難易度が高くって

くどいけど まず会場に入る前から

どこにいたらいいかわからないのと

開演までの手持ち無沙汰もまた大変で

多勢に紛れてしまえないからだろう

消え入りたいってわけじゃないけど

分母が小さ過ぎて 相対的に価が大きくなる感じ

 

たぶんここで正解! な位置に座ったら

あぁ 失敗したかも な状況になってしまって

今回は 音に集中しよう と決めた

音楽に集中するのは 勉強不足もあるので

音 に集中しようと ただ

なんとか君様だけでも見えるようにして下さい と

お願いはした

 

私は本当にだらしないダメな人間で

そう自覚してるくせに全然改善しない

他人に厳しく自分に甘いダメ人間なのに

この時 願いを叶えてもらって

とてもうれしかった ありがとうございました

 

音をリボンにたとえるなら

幅とか 厚みとか 端の縁取りとか

上がり方 下がり方 その振幅

出方 消え方 伸び方 切れ方

こういうの全部すごいと思う

毎回だけどこのすごいって表現が

もう日本人としてダメ人間だけど

本当にすごいと すごいとしか言えないよね

 

超絶技巧は もう見た目からしてすごいから

誰でもすごいってわかるだろうけど

そうじゃないところで

わ~すごい とよく思う たとえば

たった1つの音 だけ とか

そもそも超絶技巧のとこはリボンだなんだ言ってらんない(笑)

 

CD音源をPCで聴いてても

すさまじく心を揺さ振られる時があるけど

こんな近くで生音を聴けるなんて

そうそうない貴重な経験なんだから

大事に聴かなきゃ ってわかってるんだけど

未来から流れて来る音が通過する

現在は一瞬なので きちんと掴めないまま

過去に流れて行ってしまっているかもしれない

残念だけど それが時間であり音楽だから しょうがない

 

どう書いても表せない

本当に素敵な楽しい時間だった

いつまでもここに

この素敵な音の傍にいたかったけど

最後の最後も ワタシ的にはハードワークなので

ちょっと踏ん張って また電車に乗る

とても楽しい時間をいただいたので

前向き座席でなくても 頑張って乗る

 

実際にはあれこれあって

常に笑っていられたわけじゃないけど

とても充実した 楽しい2日間だった

最後の音楽鑑賞まで全う出来るだろうかと

不安に思わないこともなかったけど

全う出来るか否かは 私が決めることで

私が行くと決めた公演は

必ず開催されるし

必ず素敵なものになるから

心配しなくていい

 

今の私は

あの席に座って

あの眺めと音を

どこにいても どの時間にいても

繰り返し味わうことが

前より上手になったような気がする

眺めと音を正確に思い出す というよりは

その時の幸福感を思い出す という方が

合ってるし 正しいやり方かもしれない

前日に公表された来年度のスケジュールの中に

もう二度とないと思っていた

クリスマスオラトリオの全曲演奏を見つけた時

無条件に大喜びするところなのに

なんかちょっと ひっかかる気がした

 

全曲演奏が難しい理由を

マエストロが語るのを聞いて それは

私が猛省しなければならない理由だったから

だからもうないだろうし もう望まない と

覚悟というか ちゃんと腑に落ちていた

 

 

想定外のことが目の前で起こった時

人は意外と 瞬間的に対処できるものだと

経験上 知っているし

実際私も そのように振る舞うことが出来る

ただ 想定外の想定?を

さらにもうひとつ飛び越した想定外だったので

けっこうな想定外だった(笑)

 

最初は

これが智子さんの言っていた

この日まる1日かけて行われる世界線の変更ってやつか

と思ったけど その後

あぁ なるほど

クリスマスオラトリオでも

こういう想定外を想定しておけってことか

と思った

 

このような心の動揺を

もしかして会場内の何人かに

見透かされてしまったかと思ったら

情けないというか 恥ずかしいというか

まぁでも 気にし過ぎかもしれない

ハーフタイムの話題にも上らなかったし

 

 

ロ短調ミサの最中

どうしても動かずに座っていられない

と言われて絶望した翌日から

その息子が酷い皮膚炎を発症し

絶対に行きたくなかった医者に行ったが

想定通り 治りが非常に悪く 一進一退を繰り返し

まる1か月経った今やっと終息を迎えた感じだけど

なるべく運動は避けてねと言われた少し後には

運動会やらサッカーの大会やらが詰まっていて

こんなん1か月かかる! と無責任にキレてた

私の適当な予想が当たる結果となってしまった

 

その後から私の胃腸もまたおかしくなり

カンタータ10回を全う出来たら なんて

そんなんポーズでしかなかったのが

なんとかメサイアまで聴きに行けたら に短縮し

さらには直近の公演を聴けるかどうかも怪しいと

なかなかの絶望っぷりだった

 

小麦を主食にするのを止めてみたら

極端な波がなくなったから

やっぱりそれが原因のひとつなのかなと

もともとおいしいパンは好きだし

都内のおいしいお店を知ったり

近場に何軒も出来たりして

ここ数年 食べ過ぎではあったかもしれない

とどめを刺したのはパスタだった

イタリアンも大好きだから悲しいけど

君様の音を聴きに行けなくなるくらいなら

パンもパスタもあっさり止める

 

大きな波がなくなったと油断せず

パンも麺も控えて 念のためお酒も控えて(笑)

こんなに体調が良い 良いまでいかなくとも

不調を抱えずにコンサートホールに行けたのは

いつぶりだろうってくらい

 

だから この日を本当に待ち望んで

ものすごく楽しみにしていた


 

時間は未来から来て過去へ流れ去るとすれば

流れて来たものを

受け取るも受け取らないも自分の自由で

寂しいとか 悲しいとか そんなことも

流れ去ってしまえば なんてことないし

 

クリスマスオラトリオの件は

こういう不安定な世代の私だからこそ

理解して 納得しなければいけないよね

でも実際どうなるかなんて知り得ないし

流れて来たものをそのまま受け取るしかない

 

公演前にマダムご夫妻とお話しした時に

ここが再来年いったん閉まる と聞いて

これもなかなかの想定外で

 

あとで案内をよく読んで気付いた

クリスマスオラトリオは もしかしたら

この席での聴き納めになるかもしれない

 

まぁでも それもこれも

私がどうこう思ったってしょうがなくて

マエストロだって 公演スケジュールは

自分たちの好きには決められないって

おっしゃってたし

先のことあれこれ考えたってしょうがない

ただ サントリーでどこに座るかは

よく考えないと

まさかメサイアと同じには出来ないのでね

 

 

メインイベントについては

好んで聴くタイプの楽曲ではないから

録音されても 日常的に再生することは

ないかもしれないけど

予習はして行ったので

聴きどころはきちんと押さえられたと思う

 

どちらの曲も

そういう場面がすごく多かったわけじゃないし

減ってしまった? のもあるけど

どれもとてもすばらしい演奏だった

毎度ながら表現のしようがないのだが

短いフレーズでも 本当に綺麗で素敵で

流れ去ってしまうのが いつもとても惜しい

ひとつひとつを 美しい箱に入れて

クリスマスツリーの根元みたいに山積みにしたい

クリスマスツリーは飾らないのだけど

 

 

息子の皮膚炎は本当に堪えた

私なりに色々やってみて

効いたのか無駄だったのかはわからない

わかったのは

自分の症状ではないのに激しく動揺し

悪化するたびに怒り悲しみ苦しむのは

若かった自分をそこに見ているからだと

私は年齢を遡るほど身体が弱いというか

特に皮膚関係には長い間悩まされて来た

 

インナーチャイルドという言葉が

このような形とタイミングで

腑に落ちるとは思わなかった

正しい理解かはともかく

インナーチャイルドを癒す方法として

紹介されていたことを実践してみたら

なんとなくだけど 息子の皮膚炎が

少しだけ 快方に向かった気がした

 

客観的には大した問題ではないにしろ

本人的には どれもこれも深刻な

たくさんのコンプレックスを抱えて

若かった私は いろんなことに

すごくがんばって耐えて来た

だから今の能天気な私がいるのであり

私はもっと 過去の 若かった私に

感謝しなければならない

 

 

次は温泉地から特別特急で直行するという

特別興行 まだ列車の切符取ってないけど

無事に着けるといいな 早く取らないとだ

泊まりがけの2公演から帰宅

今日長傘持ってるの私くらいだった(笑)

 

待ちに待ったロ短調ミサ曲だってのに

途中から いや前半から既に 隣で

モソモソを通り越してドッタンバッタンし始めて

低学年ならともかく高学年でこれかよと絶望したが

そういう時もあるのかもしれない て知らんがな!

 

いっちばん肝心なところでモソモソされて

まじでイライラしながらも

 

大きな建造物が創り上がって行くような

音の重なりに 本当に感激した

今うまく書けないけど

低音部から始まって 複雑な構造の建築物が

せり上がって行くようなイメージ

 

2日にわたって

通奏低音を眺めているのは本当に楽しかった

そういう時間帯は と一応書いておく(笑)

特に今日は 演奏の仕方にすごく迫力があって

確かテレビで若マエストロが古楽器について

「リスクもあるのですが」と話していたけど

それも踏まえての大胆な動き って感じで

ホント 観てて飽きない

そういう時間帯は という但し書き付き(笑)

 

どっしりとした重厚な建造物が出来上がって行く一方で

 

私を必要としている人なんかいなくて

まぁどうでもいいもんだな みたいな

偏屈なこともよぎったりした

若マエストロの生配信で まだ見返してないけど

豪華絢爛なコンサートホールの画像なんか見ちゃうと

卑屈になるのもしょうがない気がする

 

でも今日は

僭越ながら? 会場の1席を埋めさせてもらって

それだけで まぁ いいじゃんね

みたいに 楽観的になったりもする

意識して努めていることでは全然ないけど

演奏者や歌い手さんの姿をちゃんと見ながら

一生懸命に聴いているだけでも

まぁ いいじゃんね って感じ どこが?

 

モテットはすごかった 本当にすごかった

レクチャーでマエストロが

この曲の複雑さと素晴らしさを力説されて

ナクソスでボケッと聴いてるだけでは

全然わかりえない話だったので興味深く

それを踏まえて聴いて(観て)いたんだけど

そういう知識テキなこと吹っ飛ばして

声の重なりがどれだけ破壊力があるか思い知った感じ

破壊力じゃないな 創造力って言うべきだな

 

それはそうなんだけど その後の

ソロのアリアの これはまさに破壊力というか

!!!!!!! みたいな(笑)

私こういう時おかわりって言うの嫌いだけど

隣のモソモソがいない分

二度目の方が素直に感激できた

おかわりじゃなくて

サプライズデザート だよね

 

そうそう レクチャーの最後の方でマエストロが

バッハの対位法の素晴らしさについて

僕は○○するんです とおっしゃってて

すごく強い熟語だったので覚えておこうと思ったのに

やっぱ忘れた 感動とか 熱狂とか 魅了とか

そういう表現をいくつも足したくらいの

強さを持った熟語だった

 

翌週ラジオ講座を聴いてて

begeistern という動詞が聴こえた時に

この動詞が合ってるんじゃないかと思ったけど

どうだろう それはともかく

 

なぜ自分がこんなにバッハの対位法に惹かれるのか

まだわからないんです ともおっしゃっていて

それを聞いた時にね まことに僭越ながら

わかる!!! わかりますそれ!!! と

激しく同意したのだった

マエストロの持っているものと比べて

針先くらいのちっちゃさだとしても

それはすごくよくわかって しかも

マエストロでも まだなぜだかわからない

っていうところが逆にすごいと思ったんだ

 

昨日の帰り際にご夫婦に廊下で合った時に

難しいの完璧に演奏してたね~ と

旦那さんがおっしゃってて

たぶんあのアリアのことだと思うんだけど

 

この席はやっぱりすごくよく聴こえると思った

難しさが理解できない(汗)ほど完璧なので

ただ素敵な音色に浸っていればいいという

なんとも能天気な私

 

調テキに難しいというのはなんとなくわかるのだが

君様の楽器テキに

元の楽譜の調どおりの演奏なのか否か

違う場合 ナニ調と認識して演奏しているのか

そもそも この程度のレベルの認識や判断なんて

超越しているんだろうけど

 

そうそう 昨日はP席も解放されていたので

対岸からオルガンの前を通って席についたんだけど

君様の楽譜が見えて感動した(笑)

 

今このタイミングで

こういう音楽の場に来るようになった

理由は何なんだろう とも思った

 

楽器の音も 人間の声も

いくつも重なることによって

その何倍もの美しさや感動をもたらすけど

 

そういうことを忘れなさんな ってことかなと

高校の文化祭の時みたいな

皆が ひとりも欠けることなく

得意なことを持ち合わせて 協力し合って

何かを創り上げる まとめ役の

私自身はお飾りで この

私自分はお飾りだった という認識をも

合わせて忘れなさんな ってことかなと

相変わらず余計なこと考えながら聴いてしまった

 

今このタイミングで

孤立し孤独だからこそ

忘れないように 思い出せるように

 

もうちょっとまとめて 時系列とかで

きちんと書きたかったんだけど

 

よく聴こえる席っていうのは

よく見える席でもあって

眼福って言葉も好きじゃないけど

とにかくすべてがかっこよかった(笑)

1.最初の電車が途中駅で緊急停止 5分遅延

2.乗り換え駅にちょうど電車が来て乗れた

3.特急には乗り換えずそのまま座って行った

 

でも結局時間的にはほぼ予定通りだったのかな

お腹空いた 早く行って座るとこ見つけて

おにぎり食べよ と向かった真正面に

まさかのビックリサプライズ

こういう時の頭と体の働きって素晴らしくて

いつぞやみたいに回れ右して柱の陰に隠れる

 

こういうのってもう起きないのかなと思ってたから

うれしかった 見つからないところがイイ

というか そもそも

「見つかる」という動詞が成立するか否かが不明で

だから出て行けないというのもあるんだけど

 

1つでも欠けたら起きなかった出来事

ということは 逆に言えば

すべて仕組まれていたこと ってこと?

私の上にいる人たちは 時々こういう

楽しいビックリをくれるからやさしい(笑)

 

 

家で聴いてた曲順とは変わっていたので

聴きながら書く

 

前半は なんていうか

このホール特有の聴こえ方というか響きに

なかなか慣れなかった

なんかこう 聴こえづらい気がしてしまう

 

今回は君様テキにも超絶技巧がたくさんあって
ワタシテキにこっそり楽しませていただいた

他の楽器が注目されることはわかっていたので

私も含めて 皆の目と耳が主役? の楽器に

行ってしまう陰? で鳴っている音を聴きたかった

 

 

知りたかった情報をハーフタイムにゲットして

席に戻ったら マダムの旦那さんが

別の公演のフライヤーを持って来て下さり恐縮

事前に知っていたその公演は

まるで私に知らせるためみたいなタイミングで

見つかったので迷ってるんだけど

やっぱりちょっと 難易度が高過ぎるので

自分でゲットしたその翌月の方に行こうかなと

そこはそこで 難易度は高いのだけど(汗)

知ってて行かないってのは既に変だなって

変な言い方だけど

 

 

今回の目玉はこれだな と思った曲は

前回のあのアリアとほぼ同じ構成で

その構成について マエストロが

とても貴重なお話をされて感激したのに

数時間経ったら 完全に忘れてしまった

こんな忘れ方ってある!? と我ながら

いや もう洗濯機で体験済み

何が起きても不思議じゃないし

私はもう 今 しか生きてないのだろう

 

その曲は 楽器が前回と違うから

前回と同じ心持ちで入ったわけではなかったけど

途中から 君様の音色が変わっていった

私の気もとい耳のもちようなわけだけど

その不思議な感覚をもっと味わいたいと

思っていたところで 終わってしまった

 

今 聴きながら書いてるんだけど

確かにこの曲 トリップしちゃう感じがあるね

調にも何かそういう特性があるのかもしれない

 

2曲目のデュエットを聴いていて

マエストロのお話にもあったように

伴奏が通奏低音だけだったんだけど

この曲を聴いてて初めて たぶん初めて

うらやましい と思った

あんな風に弾けたら楽しいだろうなって

鍵盤が伴奏だという認識や理解は

最近になって身についたもので

それまでは基本 主役 という考えだったけど

 

この話はいいや 詰めるとしんどくなる

 

曲順の変更? は 本日の大トリに

君様の超絶技巧を持って来た形になり

私はもう 全機能を停止して聴く感じなのだが

ご本人テキには何でもないものなのか

他の聴衆の皆さんがどう思うかはどうでもいいが

ワタシテキには 本当に凄かった そして

ご本人テキには何でもなかった感じだったのが

また凄かった

このカンタータが人気なのは

このアリアがあるから でもいいと思うよ

 

 

あのまままっすぐ歩いて行ってたら

どうなっていたんだろう

ネモのパンぶちまける みたいに

おむすびころりんになっていたのか

それはヤだな(汗)

 

歯が痛いのも

数日前にまたお腹が壊れたのも

この日には必ず良くなってる

あの席に座って楽しんでる自分を信じて過ごしたら

その通りになった

 

自分がにぎったおにぎりしか食べられない人生なんて

食べることしか能が無かった私は一体どうすれば

なんて思ってても 身体は偉いもので

時間がかかっても しっかり治して来る

お酒が飲めない人生も もしそうなれば受け入れるけど

誰かと一緒に飲めない ってのは

せっかく少しは飲める体質に生まれたのに 無念だなと

でも昨日ゆっくり飲んだら普通に飲めた

なんだ ぜんぜん大丈夫だよ 心配ない

 

ワタシテキに見やすくて快適な席というのは

前にも書いたけど 退席のタイミングが難しくて

どうしようか迷いながら後ろ向いて

h-Moll Messe の話などしてたら

時間が経過してしまったけど 振り向いたら

お見送り出来てうれしかった 素直でヨロシイ

 

 

歌詞の意味は

必ずしも理解していなくてもいいと思うがね

とは亡くなった恩師の言葉だけど

意味はともかく

歌詞そのものは 無視しちゃいけないかな

って最近思うようになった それは

君様の演奏が ちゃんと歌詞に即している

ということに気付いたからであり(遅い)

でも私としては 意味的なことについては

思うところがあるので とりあえず今は

そのように演奏されていることを認識して

真摯に丁寧に聴こうと思います

 

 

追記

ナクソスの曲順を変更した後 聴きながら

気になったので Wiki を見てみたら

例のアリアは h-Moll だった むむむ

息子にも教えておこう

まだ2ヶ月もある~長い~と思って過ごしてたら

あと1週間 早い~

 

この2ヶ月は いわゆるスピ系というか

気になるけどサムネ止まりだった動画を

そろそろちゃんと見てみようと思って

いろいろと見せていただいた

 

あれ YouTube貼れなくなってる なんで

 

ともかく

自分が世界を作っている とか

ワンネス とか

今までちんぷんかんぷんだったけど

少しだけ 理解できた気がする ほんのちょっこし

これは貼れた この方の

「本当に分かっちまったよ。~」という動画から始めて

いくつか 前のも少し 見せていただいた

同じことをたくさんの人が語っているけど

この方の表現が一番腑に落ちた ありがとうございます

 

 

夢の中の私は 別の世界線にいる私自身なのかどうか

相変わらず大忙しというか

ありそうでなさそうで絶対にないけどリアルな夢に

毎朝ぐったり

 

今朝の夢が凄かったので記録したいんだけど

その前に その前に見た夢

 

すごく頑張れば再会できるかもしれないけど

たぶん再会することはないだろう人と

私は偶然再会して

その瞬間に よくある言い方を使えば

まるであの頃のように ということになるのだろうが

それを超えて なんていうかな

 

特定の人との特別な関係性というのは

結局のところ 私にとってはという限定だが

こういう

一緒にいる時間と空間を完璧に共有し共感している状態

これに尽きるのではないか と思った 起きてから

 

それ以外のことは まぁ 些末であって

 

例えば結婚っていうのは 大雑把に言うと

誰からも祝福される状態でなければならなくて

そうではない関係性というのは

やっぱり秘さなきゃいけないっていうか

 

でもそれも結局 社会的人間として見た場合で

私自身は そんなことなんとも思ってなくて

結婚は契約でしかない っていう考えは

けっこう当たってたわけだし

さっき書いたように 一番大事なことは

全然別のところにあって

でもそれこそが

私が渇望しているものでもあるのだろう

 

 

今朝の夢だけど 書きたいってことは

憧れの人が出て来たからに決まってる(笑)

ほんでも

開演に間に合わない!

席から全然見えない! といった

お決まりのネガティヴドリームからのスタート

 

途中

直接レクチャーみたいなものを受けて

すぐ横に陣取って超~イイ思いしてた(笑)

こんなイイ思いをしてる私がどこかにいるのか?

でてこいやー(いない)

 

とても長い夢で 長い夢だと自覚できるのも

私としてもすごく珍しくて驚いてるんだけど

 

最後 これもまたおっかしいんだけど

それまでずっと練習してきた歌唱(!?)を

発表する場が設けられており しかも

こないだすごく感動させてもらった

あのカンタータのあのアリアでさぁ

ありえなさ過ぎておかしいんだけど

なのに そんな大事な場面で

私は控室?に楽譜を忘れて来てしまい

どうしようか激しく困ってた

 

今ここにいる私なら

そんなへまは100%しないのにな

 

だけど その時の私が偉くて(笑)

舞台に立って

 楽譜を忘れて来てしまいました

 取りに戻ってよろしいでしょうか

って聴衆に向かって聞いたんだよ

当然リアクションはなく

つまり拒否されたってことで

そこで私は

 わかりました それではこれで

 私の番は終わりにさせていただきます

と言って そのまま舞台を降りた

 

これはね 私からしても

良かった と思える内容なんだ でも

 忘れて来てしまいました

と言った瞬間

会場のどこかにいる君様の

落胆の声 心の声というか が聴こえて来て

それが とても悲しくて辛かった

聴けなくて残念っていう落胆じゃなくて

もっと違う 別の感情だった

勝手に悪者?にしてごめんなさい(笑)

 

こんな風に いくつかのエピソードが

連続性を持ってつながっている夢って

本当に珍しいと思うので記録しておく

 

 

話を元に戻して

 

現在しかない なら

今この瞬間

誰かと何かを共有し 共感している

これ以上の幸せなんて あるわけない

 

時間は過去から未来に向かって流れている という考え方も

時間は未来から現在を通り過去に流れ去る という考え方も

どちらも正しい というのは理解できた

これが腑に落ちてしばらくして ちょっと前かな

この 未来から現在を通り過去に流れ去る って

音楽そのものじゃん って理解できた時は

すごくうれしかった この気付きのために

ここまで生きて来たのかもしれないってくらい

 

 

それと

時間軸的には過去の出来事や関係性であっても

あの時 私は確かに 大切に思われて

大切だからこそ 去って行く人もいて

今 そのことに感動し その人に感謝することも

現在の私にとって とても大切なことだなと

後にならないと わからないこともあるから

 

こういう 反芻っていうか

繰り返し 感動したり感謝したりするのも

音楽そのものだよね

 

どうしても

君様は演奏する側

私は聴く側 って

衝立を立ててしまいがちだけど

そうじゃなくて

今 同じ音楽の中にいるんだって

気付きながら 次は聴きたいです