ぴあでもe+でも買えない公演って
行っちゃいけないってことかとも思ったけど
現地に乗り込んでみたら 前にも書いた通り
交通費はともかく システム手数料も送料もかからず
サクッとゲットできたので行ってみることにした
チラシ フライヤー? に載っていた
レギュレーション(笑)を見て
ちょっと気付いたことがあったので この日は
こっそり行ってこっそり帰って来ると決めていた
こっそりってどういう意味かよくわからないけど
キモチテキな問題
あ うちはだめなんだ から始まって
そうだ そっか なるほど みたいな感じで
そこから時間をどんどん巻き戻して
最初の最初と言っていいのか
どうしても聴きに行きたい! と思える
カンタータに巡り合った日まで戻った時
あの曲の演奏が 公演も録音も素晴らしかったのは
あの曲の演奏に 特別な何かが乗っていたからで
ずっとそれに気付かず浮かれていた自分が
恥ずかしいとか情けないとかを超えて
とんでもないマナー違反をしたのかもしれない と
思い至った
そのタイミングで知り得るわけがなかったとはいえ
十年以上気付かず聴きまくってたって
どんだけ能天気で恥知らずだったんだ
いろんなことが1年ずれていることに
どんな意味があるんだろう
意味なんて何も無いのかもしれないけど
y=ax
y=ax+1
一生交わることのない平行直線 でもこれだって
グラフ3Dにして上から覗けば違うじゃん とか
あほなこと考えたり
でも 1年しか違わないらしい ことを
たまたまどこかで見た時
ものすごく喜んだのも事実で 私は
+1 と +2 に大きな意味があるらしく
その範囲に限定されているものがあるから
今 過去も含めて
私自身に起きていることは
その範囲にいる人の共通項であるかもしれなくて
だから 期待と同時に 不安も生じるわけだけど
話を戻して さっきの件は
約1年後に私自身に起こったことを考えれば
あの演奏の素晴らしさも
あの時期にするべきではなかった行為も
私は この私だからこそ
前者は 納得と共感をするべきだし
後者は 猛省をしなければならない
ただ どちらも 正直に言うと
感情的には 文字で書くほど 簡単ではなかった
レポート書きでも ゼミの発表でも
作品に書かれていることから自分が何を考えるか
というやり方に努めたことは良かったと思う
文章を正確に読めと息子にしつこく説くのも
最初のレポートを添削した先生が
読みに少し不安定なところがあります と
書いて来て下さったことが元になっている
作品分析は
作品に書かれていることに対して行うべきで
作者自身の性格とか 書いた時の境遇とかは
言い方良くないけど 基本 無視していた
それに囚われると思考が固まってしまうし
先行文献でやり尽くされてる感もあったので
どうしてもそっちに行きたくなかった
孤独な闘いだった最初の2年間と違い
院での2年間は ベテランが多い分
議論がそっちに流れがちで
どんどん興味が削がれていったことも確か
ひとつの作品で完結できた卒論と違い
修論は ボリューム的にも
いくつかの作品の流れを追う形にせざるを得ず
そうなると さっきのやり方では追い付かない
ここにもう 私の限界があったなと
でも 私の読み方は 逆に言えば
読むその時々で 常に新しく 常に新鮮に
味わえる ってことかもしれない
音楽も同じで
演奏に個人的な何かが乗っかっていたとしても
演奏そのものを素直に味わえばいいんだよね
過去を無視していいってわけじゃないけど
音楽こそ 今ここにしか存在しないものだから
今の心持ちで 素直に 新鮮に 味わうことが
正しい聴き方だよね
そして その乗っかっているものが
幸せとか 喜びとか 嬉しいものであればなおさら
聴く側も そのお裾分けをいただけるわけだから
でも 私は 私だから こう考えなきゃいけない
ってのも やっぱ大事だな 思考は義務じゃないけど
そういう気にCを失ったら 私じゃなくなる
1年しか違わないことにも 意味がなくなる
そもそも 最初から読み違えてるかもしれないんだけど
それはそれで 勉強になったってことで
自販機が見付からず
会場の向こう側まで探しに行こうとした時に見えた
大行列にビビって大急ぎで引き返したのが良かった
どこに座るといいのか読めるようになったというか
今回もいい席に座れたと思う こっそりも含めた席
前回の体調不良は 結局は自作自演だったわけで
なんとももったいない話だけど 当時はわからず
今回サクッと予習しようとYouTubeで検索したら
こんな長い曲だったの!? 数字で見てビビった
体調が良ければ なんてことない長さなんだけど
あの時はいろんな状況が重なって
ギリギリの状態で聴いていたんだけど
途中 息抜きというか 場を和ませるサービス(笑)
が入って すごく救われたのだった
それで体調が完全に良くなったわけではないにしろ
あの一声があるのとないのとでは大違いだったから
本当に有り難かった
さすがに今回はなかったけど(笑)でも観ていて
あの時は舞台上の皆さんもキツかったのかも と
気付かされた次第
そのことも含めて
どういう存在なのか また少しわかった気がした
ただひたすら 楽しい時間だった
今ここにいて良かった と心底思った
音のリボンが 幅も長さもクッキリ美しくて
同じ時間と空間でそれを味わえることが本当に幸せだった
なにをどうすればあんなにかっこよくなるのか
月イチのイライラボサボサブサイクだった私は
消え入りたい ってこういうことかと思ったよ
雨が降らなかっただけ良かったでしょ
そうだ 1日ずれたら大変だった
それだけでも感謝しなくちゃ
1年前は大変だったよね












