「おしごと拝見」も極まれりって感じで

いつもと違う顔ぶれの大勢のお客さんの中で

明らかに 一番 何も わかってない私

会場に入った瞬間

場違いなとこ来た と思った

 

明らかな「主役」がいる公演に対する姿勢 に加え

悩んで取った割に 鍵盤も指使いもよく見える席で

いや いろいろ考えて取った それまでの経験を踏まえて

とにかく この日は 鍵盤に集中することにした

いつもの席は先に押さえられてしまい買えなかったのだが

いつもの席だったら あんなによくは見えなかっただろう

 

でも いつもと違う姿勢を続けていたからか

翌日は背中がバキバキになってしまった

風邪ひいたのか 内臓から来てるのか とビビったが

どうやら単なるコリだったみたい ふぅ

 

YouTubeで予習してる時は

正直あまり興味が持てなかったけど

鍵盤を見ながら聴いたら なかなか楽しかった

どれだけ難しいことをしているかが 他の楽器と違って

体感としてわかるから なおさら

 

それでも

私もあんな風に弾いてみたいな とか

うらやましいな とかは

まったく思わなかった

 

鍵盤を弾くという行為は

少なくとも今の私にとっては

遠いことになってしまったみたいで

悔しさとか僻みとかもまったくなく

単に 聴いている方が楽しい

 

それと ショパンの楽曲だとこうなる というのが

よくわかった

Wikipediaを書いた人は 君様のファンに違いない(笑)

 

 

見たい方向を見ないようにすることは

もちろん意識してやっていたことだけど

それが本当はとてもしんどかった と

自分の身体に証明されてしまった感じ

 

それと ちょっと書きづらいけど

これは聴きたい音楽とは違うな という

建前上 表には出せない気持ちが

身体の方に出ちゃったのかなと

 

とても美しいし 昔から好きな曲もあるけど

心臓や脳がバキバキ反応する音楽は

もっと前の 音楽史的に言って前の

 

それと 個人的な想いを元に書かれた曲より

みんなのために書かれた曲

我々より高いところにいる存在のために書かれた曲

みたいな方が 私には合っているのか

まぁ 後者だって結局 個人的な想いなわけだけど

 

もっと素直に振る舞えばよかったのに

せっかくの あまり見かけない楽器 だったのに

なんかこう がんばっちゃった(笑)

 

 

名古屋は結局 諦めてしまった

前日ぴあか何か見たらチケットまだ手に入りそうで

その気になれば行けそうではあったのだが

諸々 障害が多過ぎた

 

名古屋は二度とも

この曲をどうしても聴きたい! という強い想いで

訪れた場所だったから

今回もそうすればよかったのに

 

時計を見ながら もうそろそろ演奏が始まる頃

猛烈に寂しくなってしまい こういう

次が楽しみだなぁ とか

かっっっこよかっっった!!!!! とかいう

感情の高まりや膨らみが 最近強くなった気がする

箱がいっぱいになる感じ

胸がいっぱいになる ってこういうことなのかもね

 

 

魔笛は結局 チケットを取らなかった

同じことを思うのだろうか

チケット取ればよかったなって 思うだろな

 

 

素晴らしいレクイエムがふたりにも届いたのか

あの後 彼から返信が来た

私の気持ちをそのまま受け取ってくれたようで ほっとした

 

散々泣いて改めてわかった

結局誰にも 彼の悲しみは引き受けられない

その人の問題は その人にしか解決できない

 

私自身の問題も 嬉しさや楽しさや幸せも

私にしかわからないし 私にしか解けない

 

 

数年前の私なら次に照準を合わせていただろう

商業主義的一大イベント

つい先日ケーキで大ブレイクしたばかりの百貨店から

何事も無かったかのようにメールが届いて

いつもどおり商品チェックする懲りない私

 

去年まで買ってたブランドは

入数やら内容やらマイチェンしていたのでやめて

違うとこでイイの見つけた♪ んだけど

 

仮にルートが開通していたとしても

入口のチェックが 数年前までのやり方では

許可されないだろうと予想 何より

一度止めたことを再開するのはリスキーだなと

迷惑がかかるリスクが高い という意味

 

というわけで 買うのを止めてしまった

 

入数が縁起イイ

 

中身こんな感じ お酒のは入ってなかった

 

よく見たら発送可能日が2月4日以降で

物理的に無理だったというオチ

 

うさもぐさんが食べてくれてた! 14:25~

そっか 百貨店に行けば買えたんだ(汗)

 

>心の中で愛をささげる

(笑) いやいや これが本来の形かもね

「推し」って言葉は好きじゃないので使わないけど

 

そもそも私は この茶色くて甘くて小さなものに

不相応な重過ぎる荷を担わせて

後は任せた! みたいな

自分勝手な行為を何度もして来たので

いい加減 おとなにならなければならない

 

あ~でもやっぱり 買って自分で食べるべきだった

買いもしないで って 一番ダメなヤツだ あーあ

 

 

名古屋に行ってない私でこれだけ疲れるんだから

本当はとてもお疲れなのではないかと心配だけど

陰ながら応援するしかない この

陰ながら応援する って 本当は

とても大事なのかもしれないので 私もがんばる

結局翌日にアーカイブ配信を買い

30日の夜ギリギリまでメサイアを流し続け

配信が切れた後は第九など聴いたりして

この日がとても待ち遠しかった

 

時間の感覚が一層おかしくなっており

先月は3週続けて聴きに行けていたことに

半券の日付を見て気付くような状態で

何ヶ月も空いてしまったわけじゃないのに

 

YouTubeでいろんな演奏を観て

だいぶ聴き慣れたこともあるのか

聴きどころも覚えたし

この日をとても楽しみにしていた それは事実だけど

 

まさか本当に 現実的に レクイエムになってしまうなんて

そんなこと 望んでいるわけがないでしょう

 

 

少し前に数人で集まってくれた時

どうも彼は話したいことがあるようだ とは聞いていて

その後に送ってくれたメールにも

いつかふたりには話すね と書いてあったから

何か込み入った事情があるのかなとは思っていたけど

彼女がこの世を去るなんて

1ミリも 0.00000001ミリも

考えもしなかったから

だるま落としの 足を綺麗にすくわれた直後に

一番上の頭を叩き割られたようだった

 

かける言葉など何ひとつ見つからないとはいえ

この場合 書くのは私の仕事で

とにかく メールを読んで事情を理解したことは

今すぐ伝えなければと思い 画面に向かったが

 

常識的な慰めの言葉を並べるよりも

今の私が確信していることを

今の彼には酷かもしれないことを承知の上で

正直に伝えることにした

 

彼女は今 あなたのそばにいるから

話し掛けてあげて欲しい

彼女はいなくなったわけじゃない

何かを共有できなくなるわけじゃない

今そこに確かにいる彼女が悲しまないよう

話し掛けてあげて欲しい

 

 

有限なのは肉体だけで 魂は不滅であり

肉体が終わったら 源のところにいったん戻って

またあれこれ設定し直して 次が始まる

これは たくさんの人が同じことを言っていて

もう 100%確か らしい

 

亡くなった方が 嘆き悲しんでいる家族を

上から見ていて といった話はよくあるので

私もそういう情景を思い浮かべた

 

だとしたら 彼女はとても寂しいに違いない

彼女がどんなに話し掛けても

彼が気付いてくれなかったら

とても寂しいし悲しいだろうと思った

だから 今は 自分の悲しみを抑えて

彼女が笑顔になるように 寂しくないように

なんとか踏ん張って欲しかった

 

 

そんなこと言われたって

魂は不滅だ それが真実だ なんて言われたって

今の彼の悲しみをやわらげることは出来ないとわかっていた

だから 酷だな と 何度も思い返したけど

私に伝えられることはそれしかなく

私のことはいくら恨んでもらってもいいから

今 伝えようと思った

後は任せた 私は もう会ってもらえなくてもいいから

 

人間ドックで引っかかって

専門医の予約日を待つ1ヶ月の間

私も いろいろと考えた 考えて

残される悲しみも

先に逝く悲しみも

両方 想像出来た

それは 同じ大きさと重みがあり

どちらも耐え難く辛かった

 

だから 今の彼の悲しみと苦しみは

肉体の苦しみから解放された彼女にとっても

同じボリュームを持つ悲しみと苦しみであり

彼が悲しんだり苦しんだりすると

彼女も同じだけ悲しんだり苦しんだりするから

どうか それに気付いて

彼女のために 彼女を安心させるために

笑って 話し掛けてあげて欲しかった

 

 

その夜は 言葉を選ぶことで精一杯だったが

次の夜は 感情的に抑制が効かなくなった

我慢せず ひとしきり泣いた後

なんというか すっきりしたというわけではないが

この 泣けるだけ泣く という行為は

とても重要だと感じた

 

恩師の告別式の時も 会場に入って

読書会仲間のマダム達の顔を見た途端

涙が止まらなくなり

あいつはいったい誰なんだ? と

訝しがられていたんじゃないかと思うくらい

散々泣いた 全然止まらなかった

 

だけど 黒い車を見送ったら

なぜか 気持ちが収まった気がして 涙も止まった

なんというか 自分の中で 踏ん切りが付いた感じ

 

大切な人を亡くすということは 結局のところ

残された者が受け止めなければいけないことで

自分の中で それをどう受け止め 消化するか

それに尽きる と 今は思っている

消化という表現はいまいちフィットしないけど

時間が解決する という表現の方がいいのかな

それと

自分の中に生きている

これは 本当だと思う

一緒に生きて行く 人もいるだろうし

時々思い出して話し掛けるだけでも

自分の中に生きている と言えるはず

 

こんなこと書いたって

私自身 あまりに経験不足で

だいぶ取り乱すだろうな とは思う 思うけど

魂は不滅であり すべての人は 自分の人生を

ある程度決めてやって来ている ということも

確からしいので それがわかっている同士なら

ある程度は なんとかなるのではないかと たかをくくる

 

 

本当のレクイエムになってしまったとわかった時は

ちょっと心配だったんだけど

席に座った瞬間 なんて薄情なんだと我ながら思うが

いろんなことが 吹っ飛んでしまった


YouTubeでは 繊細過ぎて聴こえない音にも

どう頑張っても表せないだろう迫力にも圧倒された

低音部の真上だからこうなのかと思ったけど違う

オルガンだと思うけど すさまじい重低音で

多少の体調不良なら治療されちゃうんじゃないかってほど

まぁすごかった(笑)

 

位置的に 音テキにはどうかな な席だったが

そんな小さいこたぁどうでもいい大迫力だった

特に ソリストの歌声が本当に素晴らしくて

月並みな表現で申し訳ないが 大変感動した

 

どれだけ美しい音だったか

拍手の大きさが表していた

いつもと少し違う角度からの視覚的にも

とっても美しくて この

美しさに感動した時の表現の仕方がわからない

伝わって欲しいけど どうかな

 

 

失うということは

どこに座っても見えない ということで

目をつぶれば聴こえるでしょう なんて

字面的に慰められることじゃない

 

私が設定して来ている体験要素ではないので

それは起きない そんな悲しいことは

前回までの人生で既に体験済みか

耐えられずにその後の人生を放棄しそうなので今回は無し

のどっちか いずれにしろ 無い

 

逆に関しては まぁどうでもいいのだけど

年間シートを買った以上

そこを空席にすることは許されない という姿勢

私の席は ある意味ちょっと目立つので

オイなんであそこが空いてるんだヨ! と

叱られる感じだしね

 

いろんな人が前もって語っていた通り

結局なんだかんだ 2025年までかかりそうな気配

そんなら 2024年度と2025年度の定期公演

ぜんぶまるごと聴いたる! みたいな覚悟を 覚悟か?

決めたところだった だから

空席にはしない マタイも望んでた席が取れたし

チケットが取れたってことは

聴きに来ていいよ と言われている と解釈する

 

 

端の席は メリットしかなさそうに見えるが

デメリットもあって 気にCのワタシテキには

極力 公演直前に座るのがベターだし

公演後は速やかに出るのがベターだしで

前はともかく 後とか 休憩前とかは

不本意な離れ方をすることが最近多かった

 

この日はカラの舞台を眺めているだけで大興奮で

かなり早めに座ってしまっていたのだけど

私の隣のご夫婦が いったん扉の外に出て

わざわざ逆側から座りに来られて恐縮した

私ひとりが一瞬よければよかっただけなのに

 

隣が年配の男性だと ちょっとな~ な時も多いのだが

その紳士は全然そういうことがなかった

終わった後 ○○さんあそこにいたんだね~ と

少し前にtwitterでプチバズリした方の名前が出て

私もそれで気付いた次第 パンフ読んどけよ~

いや 読めないんですよ ピント合わないもんで

その方の演奏している姿も好きだから

公演中は見えなかったのは残念だけど

隣の紳士のおかげで気付けて良かった

 

何の話かというと 最後の最後

気にCな私は多少気にしながら残っていたのだが

見るからに素人な私が頑張って拍手を続けていたからか

私が立ち上がるまでそのご夫婦も退出を待って下さって

最後まで座っていられたことがうれしかった という話

 

舞台から出て行く姿を見送ることが出来たら

舞台に出て来る姿を次また見ることが出来る という話

 

それと そのために ではないにしろ

そういう状況を残してもらえたことがうれしかった

ありがとうございました とてもうれしかったです

 

 

すべての人は自分の中で生きているということを

気付かせてくれてありがとう

もうしばらく 彼のそばにいてあげて

 

 

Alte Oper って スタジアムからHbfまで戻って来て

自由席だから次のICEで帰れる男の子と別れて

指定席だから乗るICEまで時間が余ってしまった

ne-さんとふたりで散策し始めたまではよかったが

同じような建物が立ち並ぶ金融街

どこ歩いてんだか皆目わかんなくなって

うろうろうろうろ ひたすら歩いて歩いて

あれ たぶんオペラ座だ! とやっと地図が読めて

ここから引き返そう って決断した地点かな

1年目は携帯だけレンタルして

敢えてカメラ持って行かなかったもんで

画像が無いのが残念でならない

という番組が某民放局の深夜帯の黄金時代にあった

ポップスがメインだったように記憶しているけど

ワタシテキにはすごくおもしろい番組だった

 

私は1年遅れで観始めたので

Qや地理には間に合わなかったけど

数学もおもしろかったし

文學は その後の人生を変えるキッカケのひとつ

だったかもしれないくらい とても興味深かった

 

1005の話は何度か書いてると思うのでアレだけど

 

写真で謎解きをする番組の中でいつも流れていた曲が

バッハの無伴奏の1005のラルゴ だとわかるまで

15年くらいかかったのかな

洋館の中庭で2人の紳士が紅茶を飲みながら語る場面

 

レイチェル・ポッジャーさんが2日に分けて

無伴奏を全曲演奏したのは何年のことなんだろう

珍しく雪が降り 電車が止まって行けなかったら

どうしようと心配したのを覚えてる

 

1005は 敢えて予習せずに行った

真ん中?のラルゴだけはわかるけど

前後はわからない という無謀な挑戦

 

目をつぶって聴いていたら

右から左に 光の玉みたいなのが

飛び跳ねながら流れて行った

時々複数になって絡まったりしながら

動いて行くのがとてもおもしろくて

唐突に これは宇宙だ って思った

 

バッハの音楽は宇宙だってよく言われるけど

そんな知識がまったく無かった時に

本当に唐突に あれはなんだったんだろう

 

イメージ的にはこんな感じかもしれない

私の場合は音が消えたら光も消えるので

こんな高度なものじゃないんだけど

 

佐藤俊介さんが1日で全曲演奏した時は

衣装から演奏からもう斬新で

バッキバキで聴いて来れたはずなのに

この日はなぜか猛烈に眠気に襲われて

ガックンガックンしながら聴いてた

なんか盛られたのかってくらい

あれもなんだったんだろう

今となっては もったいなくって仕方ない

それだけ素晴らしい演奏だったとも言えるけど

ならバッキバキで聴かなきゃしょうがないよね

 

1005はハ長調って書いてあるのに

ラルゴはハ長調に聴こえないな~と思って

YouTube上で調べてみたら

ラルゴだけフラット1個付いてた ふぅ~

 

そもそも440の

押せば常に同じ音が出る楽器で育った私の耳は

常に半音 うっかりすると全音ずれて聴こえていて

最近ようやく いま何の音? と息子に聞くことで

すり合わせが出来るようになって来たんだけど

それでもまだまだ 曲の途中からおかしくなったり

調なんて知識ゼロみたいなものだからいいんだけど

 

440を415に変えてくれて

チェンバロ風の音色まで出してくれる

押せば常に同じ音が出る楽器 とはいえ

インヴェンション(の数曲)まで

自力で弾けるようになるとは思わなかった

私はメヌエットが短調になったところでストップ

息子の脳と体は 私が知らない音楽を知っている

 

右手と左手の役割が完全に異なる弾き方を

11年も続けて さらに30年以上のインターバルを経て

右手と同じスキルを左手に求めることは

私には 少なくとも今の私には 難し過ぎた

しかも ありえないミスをする

十代だったら絶対にやらなかったミスをすることに

今風に言えば 心が折れた

 

メヌエットに関してはもうひとつあるのだがここには書かない

 

 

私は 将来の夢 というのが持てない子どもで

そのまま大きくなって今に至るのだけど

作文は得意なのに そのテーマだけはどうしても書けなかった

地元に引っ越す直前だと思うが

上野に観に行った「白鳥の湖」の絵を描いたりして

どうにかこうにか逃げていた 恥ずかし過ぎる

この 将来の夢がない ということにも

明確な意味があるんだろうと 今は思うけれども

 

親戚の家に行くたびに

ma-ちゃんは○○の先生になるの? と

言われることがしんどかった

簡単に先生にはなれないこともわかってたし

何より そんなわけあるかい! と思ってた

親戚にしても それしか言いようが無かったってのも

今はわかるけど とにかく

十代の私には しんどい台詞だった

 

ほんでも 前回書いた後お風呂に入ってて

これまた唐突に

あの広い緑色の空間で弾きたいな と夢想していた

かつての自分を思い出してしまった

「白鳥の湖」に匹敵する恥ずかしさだが敢えて書く

それこそ大学に入るよりよっぽど難しいことなのに

 

この あの場所で弾きたいな と思っていたことは

なんというか 君様には知られたくない案件

メヌエットが絡んでいるかもしれないし違うかもしれない

 

 

水色もサックスブルーも行儀の悪いレッドも

いわゆる黄金時代で 応援していて楽しかった

たまたまなのか 露出が高いからそうなるのか

チームの勢いが落ちると私の興味も失われるのか

そうかもしれないし違うかもしれない

 

今も黄金時代なのかなと思った そうかもしれない

その前のことは 当然そうじゃない時期も

あったかもしれないけど 私に過去は認知できない

それよりも 今と これから先

にしても 今回は長いな 長い すごく長い

勢いが落ちる ってことがもうないのだろう

今の私は幸せだね

 

 

今朝の夢

合同演奏会に向けて?

海外のオーケストラの面々と一緒に

リハーサルなどやっているところが

番組的に編集されている映像を観ていた

第九の たぶん第4楽章の 一番ステキな音の

すぐ次の音から別の人が演奏するという

超謎のパワー分散(笑) あんなこと書くから

 

いつのまにか

私自身も映像の中というかその場にいて

ピアノを聴かせてもらった ピアノ!!

私は右の少し後ろに立って

ちょっと弾いてくれただけだけど

なんかすごい おもしろい弾き方してた

右手と左手と どう動かしてたかも覚えてる

 

このままだと自分がダメになってしまうから

情報はある程度シャットダウンして

好きなもの 楽しい気分になれるものだけに

集中しようと決めた矢先の夢だったので

目が覚めてとても幸せな気分だったのだけど

それにしてもピアノって いやはや(笑)

 

なるほど ありがとうございます

学校で全員に配られたと持ち帰って来た

紺色にアルファベット1文字の帽子

かつて好きで通っていたチームのそれだとは

教えてもらわなければわからなかった

 

義父の影響なのか なぜか野球盤を欲しがり

やっと手に入れたものの

基本的ルールも知らない男子なんて

昭和育ちの女子としてはアリエナイ

しばしスパルタで教え込まれた後は

独りでナイター中継を観戦してたりする

チーム名もリーグ名もよくわかってないくせに

 

 

今は下宿とは呼ばないのだろうが

大学のそばの狭いアパートから

直線距離にすれば大して遠くないはずなのに

ちょこまか何度も乗り換えてやっと到着するあの場所に

今 君様が通っている とわかった時は

ビックリでも 感激でもなくて

そうなんだ みたいな 不思議な感じだった

 

初めて訪れたのは高3の夏

学校見学に行く名目で友達と示し合わせて

学校見学はちゃんとしたんだけどね ちょっとだけ

後で親にけっこう叱られた記憶がある

 

翌年からはファンクラブみたいなのに入って

友の会って言ったかな

指定席と自由席の入場券が数枚ずつ送られて来て

定期的に通っていた

最後の年の自由席は

何枚か手元に残ったように思う

 

敢えて別競技の用語で

本来はホーム側の席を取るべきなのだが

私はアウェイ側の席にいつも座っていた

お気に入りの選手がよく見えるように

 

 

せっかく希望の大学に合格して上京したのに

精神的にも肉体的にも地元に片足を突っ込んだまま

今から思えば 中途半端で不安定な生活をしていた

そこそこ出来る高校生から 出来損ないの大学生に転落

家のこと何も出来ないまま一人暮らし

そのくせ土日は渋谷でバイト

たぶん いろんな意味ですごく無理をしていて

肉体的には あちこちに故障を抱え

精神的には 自分では楽しんでいるつもりでも

黄金時代だった某民放局の深夜番組ばかり観て

徒歩5分の教室に着けず授業を飛ばしたりした

 

大学に通っていた私も

渋谷に通っていた私も

球場に通っていた私も

同じ時間軸の4年間に収まるはずなのに

そう思えない なんかバラバラに感じる

別人のようだとは思わないまでも

 

一緒に行っていた人の記憶も無い

一緒に行っていたことはわかる でも

そこで過ごした想い出みたいなものを

まったく思い出せない あるはずなのに

 

唯一 そこの名物だった

冷たいお茶 お に産地が入る

たぶん甘味が加えられていただろう

まだ生ビールを美味しいと感じるところまで

成熟していなかった私の 唯一の想い出

しばらくして その売場が見つからなくなり

私自身も その場所に行かなくなっていった

 

 

思い出そうとしなければ思い出さなかっただろう

あの場所の記憶は

消えてしまってもかまわない という程度のものに

なり下がっていたのに

今 君様が通っている とわかったことで

楽しくも苦しかった大学生の自分を

肯定できるようになったように思う

それまでは 無為な4年間だったな と

否定していた

もっと別の過ごし方があったろうに と

 

フライブルクからの約15年と同じく

あの場所からは その倍の約30年も経って

あこがれの人に 自分の人生を肯定してもらうって

なんかもう すごいとしか言いようがない

 

その無為な4年間があったから

今の私がいるかもしれないんだから

否定しちゃっちゃ 自分がかわいそうじゃんね

 

 

息子にくっついて毎週土曜に

渋谷に通うようになった時も

人生わかんないもんだなと思った

バイト先のお店は無くなっていたけど

同じ建物の上の階に

私の髪を理解してくれる美容師さんを見つけた時も

ほんと人生おもしろいなと思った

 

片足を突っ込んだまま4年間も過ごしたくせに

地元に帰る気はぜんぜん無かった

無かったというより ちゃんと考えられなくて

だから ちゃんと答えられないし決められないしで

結果的に 意識的にではないとはいえ

あちこちに迷惑をかけていたのかもしれない

 

ちゃんと決められなかったけど それは

結果的に 今につながっていて だから

ちゃんと決まっていたんだと 今はわかる

 

フリーきっぷ使用日 途中下車して

窓口でチケットを買った帰り

橋の上で写真を撮っているご夫婦がいて

振り返ったら 空がこんな感じに燃えていた

交通費ゼロ 手数料ハンターからも逃走成功

よく考えたらチケット代の方が高いのに

でも こういうのに達成感を感じる(笑)

 

私はもう 行くことはないかな

同じ県内 だけどこの県ってムダに広くて

反対側に住んでる私にとっては大変に遠い

 

濃い青か 薄い青か どちらにしても

今年もあの場所で

楽しい時間を過ごしてもらえることが

私もうれしいです

 

あけましておめでとうございます

 

 

水色だったそのチームでも

競技が替わって

サックスブルーのチームでも

近場のレッドなチームでも

同じ あるいは似た 背番号なのは

何か意味があったのかな

今は この数字からは卒業したような気分

リハーサル見学招待券は必ず届くはず!と思い込み

外れたらしいと気付いた後も数日間待ってしまった

でも今日が蹴り納めだったから

当たってたら揉めてたかもしれない

当たらなかったのには意味があるのだろう

 

毎日散々聴かされて

曲の流れを覚えてしまったらしい

それでもメサイアは長くてまだ無理だろうから

リハーサルだけでも体験できたら良かったのだが

既に何度も鑑賞経験のある人は 年齢を問わず

ちゃんと正規の公演に来なさい ってことかな

 

 

おととし同じこと書いていた 恥ずかしい

なのに3年連続同じ席を取るという

先週のことがあった分 聴こえ方の差にちょっと凹んだ

 

しばらくやめていたメサイア鑑賞を

自分へのプレゼントと称して再開した と

おととしも書いていた 恥ずかしい でもって

自分へのプレゼントなら もっとイイ席を

値段的に という意味も含めて

買ってあげなきゃダメじゃんね なんて

考えてしまった

 

開演前 奥様をお待ちの旦那様と廊下でお会いして

おふたりの座席を聞いてビックリ 超VIP席!!

これがあったから余計そう思ってしまったんだろう

 

私のことを言ってるのだと思ったら違った

同じ側なんですね と言ったら

○○○○○がよく見えるように だって

そっか そうですよね!(笑)

他にもいろいろ教えてもらって

すごく久しぶりに笑って楽しく話せた

もちろん 君様の話だったから もあるけど

こうやって おしゃべりしながら笑うって

私 ぜんぜんしてなかった

 

少し曲が進んだ頃

いやその前に 自分を祝ってあげなきゃダメじゃんね

私は誰かから祝ってもらうことばっか考えて

自分自身を祝ったり褒めたりすることが下手だから

もうちょっと まぁ褒めるところはないにしろ

まずは自分で祝ってあげないでどうする と

考えるようになった

 

イエス・キリストの誕生日は 本当はこの日ではない

という話が事実だったら

若マエストロはどうするだろう どうもしないかな

私はもう そういうものだと思えるようになったけど

だとしても 私個人に限って言えば

この日を祝うべき権利はシッカリあるわけで だから

この日じゃなかったの~(涙)なんて残念がらないで

自分独りでも 喜んで 祝ってあげなくちゃ

誰が祝ってあげるの って話よね

 

でも 子を産んだ今だからわかる

母は 産んだ日のことを忘れないだろうなって

自分がそうだから 前の晩のことから思い出せるから

 

 

聴こえ方云々は嘘だ

もちろん先週のそれとは大きく違うけど

個人的な聴き方をしている私には

とてもよく聴こえる席なのだし

 

3年連続同じ席を買ったのは

個人的に とても素敵な席だからでしょう

 

連れて来るなら 全体が見える席の方がいいから

来年以降はどうなるかわからない

定期も 運良く取れたロ短調ミサ曲の後は

しばらくやめて その後は 別々に座ることになるのか

十年経ったんだ そりゃいろいろと変わるだろう

 

 

今日のメサイアは ちょっと個人的過ぎて

星だのリボンだの出してる余裕が無かった

せっかくのイブなのにもったいないと思って

アンコールの間に 星と雪を降らせてみた

 

あこがれの人と

同じ空間で 同じ音楽を

一緒に聴いていることが

すばらしいプレゼントだった

 

余韻を残すと悲しくなるので

メサイアで区切ることにしてる

次は何だっけ 左にずれるんだっけか

その前に美容院か

 

はてしなくだらしなく行儀の悪い私が

3時間お行儀よく座っているのはやはりしんどく

肩が凝って疲れてしまった

行きとは別ルートにした帰り道

遠くなった地下鉄の駅まで 独り寂しく

ぽちぽち歩いてる自分が なんとも面白かった

おつかれ私 おめでとう

 

今日もとても素敵でした

ありがとうございました

良いお年をお迎え下さい

 

 

名古屋の話

私は帰れなくなるので無理っぽいです~と言ったら

メンバーと一緒にタクシー乗っちゃえば帰れるよ!

いやいやいやいやいやいや(笑笑)

私も大変お世話になったホールなので行きたいけど

どう考えても物理的に無理

仮にタクシー乗ったとしても 先々で無理で

行くなら泊まり それもまた楽しそうだけど

いつか気付かず逃してしまった曲なので聴きたいけど

そんなすぐにはリピート(再演)しないよね うーん