体調がいい時のメサイアはあっという間

どこで取ったのか忘れたけど

ものすごく良い席でビックリした

皆さんこういう画角で鑑賞してるのかぁ

こんな良い条件でメサイアを聴く機会は

もう無いかもしれないと思って

君様ばかり観ないように(笑)

全体をよく観て聴くように頑張った

 

そもそも いつもマニアック?な席に座っていて

ソリストや合唱の方々と正対することはないので

とても緊張した 私なんてどうでも良いのだけど

歌っているおひとりおひとりが なんていうか

音の塊ではなく 独立して素晴らしいことを

私なりに理解しているので そういう姿勢で

お顔を観ながら聴かせていただいた という感じ

 

序盤は こちらがちょっと緊張しちゃう感じだったけど

次第に解けて和やかなステージになっていくのがわかった

せっかくの素晴らしい画角なので

上から金銀のキラキラが降って来たり

色とりどりのプレゼントの箱が飛び交ったりするのを

イメージしながら聴いていたのだが

まさか本物のトランペットが左右から登場して

星だのリボンだの紙吹雪だのを吹き出すとは

もともとの演出なのか

若マエストロのアイディアなのか

こういうところ 頭が上がらない

 

 

今ここにいるだけでいい ったって

何の手ごたえもない っていうのは

なかなか厳しい

何もやってないから手ごたえも何もないわけだが

何をやればいいのかわからなければ

何もやりたくないのが正直なところ

 

何もやってないくせに 情報すら取れない

先週は終わってから気付いた

それはそれでいいし 毎週ってのはさすがに

月3でギリOKか 微妙にOUTなのかもだが

ともかく 情報すら取れなかった時って

部外者は来るな と言われてるようで凹む

被害妄想も甚だしいというか 間違ってる

 

でも所詮 人間は今しか生きてなくて

過去は存在しないし

未来は自分で選び取るもの とわかれば

今が幸せなら全てOKなわけで

何も悔んだり悲しんだりする必要はない

 

この美しいメサイアを聴いている今も

楽しそうに演奏している君様の姿を観ている今も

とても幸せだった

この幸せをつなぐために

次の幸せをつかむために

チケットを買っておく

私がチケットを買った公演は 必ず開演されるし

行けば必ず 素敵な光景と音楽が待っているから

 

大手町のお店が使いづらくなった頃に見つけて

いつかここで買ってみようと思っていたお店が

まさかここにあるとは (調べたら激増してた)

クリスマスのデザインのがネットに出ていて素敵だった

 

けど 2月の件はともかく

かつての数々のヤラカシを

今になって ものすごく反省していて

穴があったら入りたいってレベルじゃなく

自分をどうにかしてやりたいくらい

それに気付けて良かったとも言えるけど

迷惑をかけることだけは どうしても避けたかった

 

「おしごと拝見」な公演に行くたびに

同じ後悔に打ちのめされるだろうけど

しょうがない 私の常識がなさ過ぎた

 

 

メサイアって長いな と思ったのは一昨年かな

体調が悪いと どうしても長く感じるけど

体調が良いと あっという間に終わってしまう

最後は あまりに眩し過ぎて直視できなかった

 

幸せな時間を ありがとうございました とても楽しかったです

終わってみれば

いったいどこに不満があったの!? と

我ながら呆れてしまうほど 人間は

ほんの少し先のことすら知ることが出来ないから

きっと大丈夫 と前を向いて行動すればいいだけ

なんだけど その一歩までに 右往左往し過ぎる


自分の誕生日みたいな席番号のとこにしたんだけど

まさかこんなに見えないとは

どんだけ運ないねん自分

迷って迷ってやっと取ったチケットだったんだけど

それにしても 失敗加減が過ぎる

そもそも「おしごと拝見」のつもりだったし

ご遠慮下さい と言われるのも怖いし このまま

こっそり聴いてこっそり帰ろうかとも思ったのだが

 

やっぱり 言ってみるもんだと思った

ハーフタイム中に 意を決して申し出てみたら

確認に行って下さって トイレから戻って来たら

私の席の横で待っていて下さって

あの列でしたらどこでも大丈夫です と

はぁぁ ありがたいやらほっとするやら

お手数おかけしました ありがとうございました

 

ど真ん中からひとつずつ動いて

今までの鑑賞経験を活かして 遮る物のない

音も視界も一番良さそうな席に座らせてもらった

ふと背もたれの座席番号を見たら

君様の番号がふたつもついていて

とっても座り心地が良く(笑)

お目当ての曲は 最高の状態で聴かせていただいた

 

 

「おしごと拝見」というのは この日のような

明らかな「主役」がいる しかも

私があまり聴かない時代の楽曲の場合に

どんな楽器で どんな演奏をするのかな と

まぁ 見てもよくわからないんだけど(汗)

あまり見かけない楽器だなぁ くらい

 

ちょっと予習した時に思ったのと違って

たくさん聴きどころがあった

このようなピンポイント過ぎる聴き方は

マナー違反なのかもしれないけど

こういう なんてことないように見えるのが

本当はすごく難しいんだろうな~ とか

本当は全然わからないのに 勝手に感動する

 

とにかく皆さん楽しそうなのが良かった

それ以上のことなんて 今はないと思う

 

それと 自分が聴きたい音楽 は

外部に影響されない方がいい と改めて思った

この日は 聴きに来て良かった と素直に言えるけど

それと 私自身の嗜好とは 分けなくてはいけない

今まで中途半端に終わったあれこれのように

誰かがこうだから みたいなのは卒業したのだから

 

ちっちゃくしたら描いたのが見えない(笑)

このビルとビルの間に飛行機が飛んでいたんだけど

撮る余裕が無かったので ペイントで編集しました

ちなみに これはキレイなのかヤバイのか

半々だな と思いつつ撮影した帰り道の空

昨日はやっぱりヤバイのが撒かれていたらしい

でも それを掃き清めた後だと私は解釈します

 

 

メサイアとクリスマスオラトリオと第九のループに

さすがに周りが飽きてそうだけど

この時季は仕方がない 今年第九ないし

 

久しぶりにメサイアのCDを聴いてみた

今はすべてナクソス上で聴いてるから

駆け出し?の頃 Amazonで 最後の1枚(セット)らしき

ずいぶんと倉庫で眠らされていたのかケースが曲がっている

CDをゲットしたことを忘れていた

 

クリスマスオラトリオのCDも

いまナクソスに上がってるのはジャケットが違うから

持ってるはずなのに どっかに隠れてるらしい

 

クリスマスオラトリオを改めて聴いてみて

確かに これは大変な曲だとわかった

忙しいというより 負荷が高い

全曲演奏は 普通のカンタータを

1日で6曲やるみたいなものだから

確かに これは 無理かも(笑)

正直 そんならマタイ3日間とかどーよ とか

中日にチケットを取る私は思ったりもするけど

今はクリスマスオラトリオの話

 

この演奏はとても好みというか聴きやすい 似てるからだろうな

しかもイムラーさんが若くて素敵過ぎる

男性は年齢を重ねても素敵なのに

どうして私はおかしげな方向にいくのか 納得いかん

 

でもって 通しで観てみて

このようなパワー分散は 理解できるけど

私は やって欲しくない

1曲目とか6曲目とか 特に6曲目の始まりは

最も心を動かされるところなので

ここを君様に演奏してもらえないのは

とても悲しい もしそうなるのであれば

全曲演奏なんか望まない 私も成長した

 

それと メサイアに関しては

コンサートホールに行くこと自体

私にとっての 最初の一歩であり

この曲と クリスマスオラトリオとで

私は育った と言っていいと思う

カンタータは大好きだけど その土台が

この2曲なのかも 今頃気付く

 

そうそう 去年喜んだキラキラだけど

CDの時点で既に付いてた

楽譜上そうなってるのかな いずれにしろ

私の耳も大したことないね 育ったとか言っといて

 

 

形のないものに価値があると考える私が

今のこの社会で社会的に成功するわけがなかった

序盤はけっこう優秀でうまくいきそうだったのに

よくわかんない方向へ  もしかしたらどこかで

昔は優秀だったのにねぇ なんて言われていたのか

そんな興味ないか 私に

 

逆に言うと こういう私が

社会的な成功を目指すルートに乗ってしまったら

大変危険だったわけで

もし今まで無事なら 途中で辞めたってことだし

もし続けていたら 今ここにいないかもしれない

いや 今ここにいないならまだマシで

とんでもないことをやらかしていたかもしれなくて

そうならなかっただけで 成功しているわけだけど

 

それがわかってから

自分を必要以上に卑下することはなくなって

ダメなところはダメでしょうがないと

自分を直すことは先延ばしにしてる

 

それでも

私は何のためにここにいるのか と悲しくなることは まだある

星に帰りたい とはまだ一度も思ったことないから

私はそういう存在ではないのだろうけど

数年前から気付き始めた者として

今のこの状況は かなりしんどい

 

昨夜おすすめに上がって来た

この方の動画はそれほど観たことがなかったし

調べたらけっこう前にアップされたものだけど

一度起きて夜中眠れなくて困ってたら上がって来てくれた

 

前に進むしかない 確かにそうですね

後ろには戻れないし 立ち止まっててもしょうがない

わからないなりに とにかく 今を楽しく

笑って過ごすようにします ありがとうございます

お昼食べるまでは平気だったのに

やっぱり食べたものが原因だとわかって避けて来たのに

でもこの時は ドイツにいた頃の不調と似ていた

 

なんぼ普段着野球だからって

1万歩以上歩いた後で はダメだよね

疲労と不調でぐったり 序盤は視覚を休ませてもらった

 

さぁこれから という時になって 今度は

まさかの心臓バクバク 手まで震える なんで???

ただ座って聴くだけの身なのに なんで緊張してんの

私が手に汗かくって本当に珍しいことなもんで焦った

演奏が始まってしばらくしたらピタッとおさまり

それまでの疲労も不調も全て吹き飛んでしまったのだけど

 

なんでって 自分が一番よくわかっているだろうが

 

私はあの場所に 笑顔とか 安心とか 幸福とかを

持って行かなきゃいけないのに こんなことでは

オマエハナニヲシニキタノダだ まったく面目無い

ごめんなさい 以後気を付けます

 

 

私の記憶が確かならば 最近不確かでアレだけど

曲目が変更になった時 聴きたかったカンタータが

消えてしまってガッカリしたのと

あぁあれか みたいに思ってしまったのだけど

よくよく考えたら いやそうじゃない これは

私が一番 喜ばなきゃいけない選曲だ と気付いた

 

十年ちょっと前の自分がどんな気持ちでそこにいたのか

思い出しながら聴くことは難しかった

結局 音楽はその時その時で常に新しく

あの時もベストだったし 今この時もベストなのだ

 

あの曲を聴いてからの十年ちょっとというのは

私の属性が大きく変わって

それまでとは別人のような人生を送って来たわけだけど

あの時は全くの初見ならぬ初聴で(スミマセン)

足が跳ね上がるほど感動した大好きなアリアは

それから数え切れないほど聴きまくった後でも

新しく 新鮮で とてもとても美しかった

 

あの時は聴けなかった 楽しみにしていた楽章は

本当に素敵だった あまりに素敵過ぎて

この部分だけ小さく切り取って 財布に入れて

好きな時に取り出せないことを 本気で嘆いた

 

こういう演奏は キラキラツートップの手にかかると

無敵だ 音はもちろん

パフォーマンス自体がめちゃくちゃカッコイイ

皆さん気付いてるのかな でも

視覚的な素敵さを堪能できるのは

限られた観客しかいないんだよね

どなたと組んでも素敵な音になることはわかってるけど

キラキラツートップが並んで立つと

うーん なんて書けばいいのかな

言葉に出来ないくらい 嬉しくて楽しい

クリスマスオラトリオの時を思い出した

 

本当はとてもお辛かったのかもしれないけど

そんなこと全く感じさせない 完璧な演奏で

とても幸せでした ありがとうございました

 

 

ハーフタイムの後の2曲は

楽しみにしていた通りの楽しさを満喫

隣のご夫婦も言っていたけど

本当によく音が聴こえた

そういう位置に私がいることもあるけど

よく聴こえるようになったんだと思いたい

特にここ数年

 

NY公演のあの音のように

時々 神がかった音が鳴ることがある

アリアのどれだったか 全部かもしれないけど

最初から最後まで 音が輝いた時があった

 

視覚的なハプニングに囚われて

家に帰ってからやっと気付いたのだけど

CD録音とは違う編成のアリアがあって

逆に言うとなんでCDがこうなってんのかわからんのだけど

ともかく ナクソスでは再生できないことが判明

楽器を替えて脳内再生するのは難易度が高過ぎる

しょうがない 記憶に頑張ってもらうしかない

 

最近 記憶が不確かというか とっちらかって来た

何十年も思い出すことのなかった場面とか

行ったことないのに なぜか知っている場所とか

これは夢で何度も訪れている場所なのだと思うが

そういうものが瞬間的に目の前をよぎることがある

絶対に会ったことのない人の顔が浮かぶとか

前から不思議なことは多々あったのだけど

最近とみに増えた

いま記憶がとっちらかるのはポジティヴなことだと思うので

気にはしていないけど

そんな要らんことまで覚えてるくせに

肝心な思い出したいことは まとまって再生できない

 

 

今日辺りじゃなかったかなと思って財布を開いて

クリスマスオラトリオ全曲演奏のチケットを見たら

あたり 23と24 で今日が25

その翌日に名古屋に行ったんだっけと記録を見たら

はずれ 翌日から舞浜に行ってた

 

あの年の2日連続公演のせいで

クリスマスオラトリオの全曲演奏は

今後されなくなったんだと思うけど

私にとっては とても大切で素敵な想い出だ

クリスマスオラトリオ自体が大好きなのもあるけど

 

あの年 人間ドックでひっかかり 再検査になって

テレビにも出ている有名な専門医に予約を入れたら

1ヶ月待ちだと言われて それでも予約をして

あの2日間は診察待ちだったのかな 忘れたけど

とにかく 初めて死ぬことを意識した時期だった

テレビCMで洗脳されてたのもあるのかもしれない

まだ小さい息子の将来を悩んだりして

あの2日間は 大好きな音楽を聴きながらも

大きな悩みを こっそり抱えていたのだった

 

それこそ心臓バクバクで臨んだ検査の後 先生の

「なんでもないですねぇ」のひとことに

ほっとするより ズコッ(笑)ってなもんで

さらに 後日がん保険に入るために

「なんでもないです」のたった一行のために

チケット代並の証明書代を払ったりと

まぁ今からすれば笑える話なんだけど

 

クリスマスオラトリオに治してもらった

という気持ちは今でもある

この曲は どこを聴いても

楽しくて 元気が出る そして何より

君様が大活躍だから

もう二度とやってもらえないくらいね

 

 

この日はマダムとはお話し出来なかったけど

帰り際に旦那様をお見掛けして挨拶したら

○○○○○、すばらしかったね! 大活躍だったね!

と言ってもらった これもいつものことだけど

確かにこの日の君様は大活躍で

すばらしさを共感してくれる人がいるのは

すごく嬉しいことだと改めて思った

 

十年ちょっと前から おふたりには

同じようにお声掛けしてもらっている

ド素人の私が定期に通うようになって

なんか褒められでもしたのか(違うか)

いや~でもぼ~っと聴いているだけですから~

と言ったら 旦那様に

いや ぼ~っと聴くのがいいんだよ~

と言われて とてもほっとしたものだった

 

あの2曲を小さな薄い黄緑の箱に入れて

産婦人科の機械につながれる数十分の間

いつも聴いていたことも思い出した

でも そのCDに

今は君様のサインが入っていることを思い出すのに

時間がかかってしまった

 

 

1週間ずれたら大変だった 風邪ひいちゃった

でも来月の3連荘は なんでの理由を持たずに

こっそりのんびり聴いていられそうだから

早く治して 光を持って行こう

いやぁ いろんなことがありました

 

1.乗ってる最中に直通運転中止

2.入場前大行列

3.狙ってた席が使用不可

4.ハーフタイム中に自分の席がなくなる

5.大階段踏み外し未遂

6.メトロ乗り入れのはずがJRに乗ってる

 

しかし 慌てず落ち着いて対処すれば

 

1.1本かまして予定時刻に到着

2.狙ってた付近はまだ空席多し

3.諦めて座った席が大正解

4.席復活(先方から荷物を取りに来てくれた)

5.未遂に終わる(新選組の羽織がちらついた)

6.JRのみで乗換駅まで到達

 

このように よりよい結果がもたらされるということを

学ばせていただきました ありがとうございました

 

 

何度も予習して臨んだはずが

目視しないとわからないことってやっぱりいっぱいあって

「!?」「!!」の連続 とても楽しかった

 

予定より 普段より かなり遠かったけど

とてもよく聴こえた この日もステキな音だった

最初 また私がアンラッキーを持ち込んでしまったかと焦ったり

皆さんがとても楽しそうに音や声を重ねているのを見て

またしても孤独の泥沼に足を突っ込みそうになったけど

こないだキーリーさんが語っていた

あなたは を わたしは に置き換えて

わたしは 「孤独」を体験しに来た

孤独ってどういうものか どう感じるのか

孤独なんて無い場所から それを体験しに来たんだ

そう考えるようにしたことを思い出して踏み止まった

 

長いメサイアを 体調の不安なく最後まで満喫できたことは

本当に幸せで この幸せな感覚は とても不思議なんだけど

すごく長く続いた 今も思い出せる

胸の前に 見えない箱みたいな 20cm四方くらいかな

丸っこくないのはどうなんかなと思ったりもするけど

その箱というか 塊みたいなものが

とても幸せで 温かくて

それが胸の前にあることを思い出せることは

いつもイライラガミガミしている自分が

いくらかマシに 新しい自分に なれた気がする

 

この箱みたいなものは 贈り物なのかな

この箱の中に音楽と時間と空間を入れて

いつでも開けられるようになったのかな

 

 

少なくとも 私が価値があると考えるものは

この箱みたいに 目に見えない 形のないもので

それをしっかり認識できるだけで まずはよしとする

自分で書いといて文句言うなって感じだけど

これマジで何の修行!? ってくらい

体調が悪かった

帰りの電車(なぜかすべて最高の乗継)の

向かいの窓に映った自分の顔を見て

既に終わったはずのハロウィン再び

こんなひどい顔で会場に座っていたなんて

ホラーでしかない

 

この歳になって 人前で

倒れたり吐いたりすることは避けたいので

途中どうしようか何度も迷ったけど

とにかく何事もなく家に帰れますように!! の願いは

きちんと聞き届けてもらえた ふぅ

 

直前に食べたものがダブるから勘違いしがちだけど

結局のところ 緊張と不安が引き起こす

精神的なトラブルのせいだと結論づけた

表面的には平静を装っていても

無自覚的に そして自覚的にも

帰宅ラッシュが怖いとか

いい席が取れるか心配だとか

脳より偉い内臓が それを真面目に反映するらしい

もっと怠けてくれていいのにさぁ

 

しかも想定外の暑さが加わって

熱中症の一歩手前だったかもしれない

ハンカチで汗を拭くって私にしては珍しいことで

一刻も早く屋外に出なくてはならず

出掛けに顔を上げる余裕は全く無かった

ライプツィヒ並みに暑かった~ に

(笑)を付ける余裕も全く無かった

演者の皆様も同じ条件なのだからと

自分と皆様を励まし続けて何とか耐え抜いた

 

思い通りにならない身体から離れて

なんとか心だけででも存分に楽しみたかったけど

なかなかそううまくはいかず

離れては引き戻されての連続

 

でも この日の君様の音はとっても素敵だった

この楽器をこの距離で聴くとこんな風に聴こえるんだ

と 激しく感動できる時間も ちゃんとあった

 

自分のコンディションがどうであれ

演者の皆さんも 会場の皆さんも

元気に音楽を楽しんでいることが

今一番大事なことであり

自分がどんなにボロボロであっても

会場に足を運んで それをこの目で確認することが

私の仕事というか 役割というか だと今は思うのと

この音楽を聴くために 自分でチケットを買って

独りで来ている人も少なからずいるようだったし

明らかな観客数の増加を目の当たりに出来たことは

素直に嬉しかった

 

それよりなにより

本当に すばらしい音だったんだよ

ワタシテキには あの楽器の場合は

ちょっと引いてかかるのが普通かもだけど

よく知らないからこそ 無条件で感動した

 

もうあの会場は怖くない 緊張もしない

行き帰りの電車も怖くないし

あんな素敵な音が聴けるなら

君様が見えなくても気にしない(嘘)

もう平気 ぜんぜん行ける かかってこいやー

 

 

せっかくあの辺りまで行くんだから

職場復帰した同期の顔でも見て来ようかな

なんて思ったりもしたのだが

今このタイミングで会っても

いろいろと難しいだけかもと思い やめておいた

それでも開場を待つ間がしんどいので

そのビルの近くまで歩いてみることにした

 

朝ご飯に毎日買ってたおにぎり屋さんは

たぶんもうなくなってて

その付近の雰囲気も「国際化」しており

そりゃ30年近く経てば変わるだろってもんだが

なんというか 自分が通っていた界隈という感じは

あまりしなかった

時間がなかったのでビルの前までは行かずUターン

 

たくさんの人に慕われ 頼られ 囲まれて

自分とは対局にいる人だといつも思う

 

でも そのビルに通っていた数か月間 この私も

30人の同期と 様々な形で がっちりつながっていた

どうしてあんなに強固なコミュニティになりえたのか

今となっては不思議でたまらない

 

当時の私は 今とはまるで別人のように

元気で 明るくて パワフルで

どうしてあんなに頑張れていたのか ほんと

今となっては不思議でたまらない

 

人付き合いから遠ざかった今だからわかる

人に囲まれて生きるって

楽しくて 幸せだけど

疲れるし パワーが要る

私の場合は 若かったから出来たことで

今はとても無理だ

 

それでも今 同期のみんなと会えば

昔と同じように接してくれることも

わかっている 会わなくてもわかる

だから いくらホラーな顔になり下がっても

絶望なんかしちゃダメだよね

 

 

なんだかんだ言っても

いい席に座れてしまう自分 やるな

いや 欲を出す余裕が無い ことが

たぶん功を奏しているんだろう

次も無欲で行こう