5日間頑張らなきゃ とか言ってたら

見事に その前の日から体調が崩れた

私だけ一向平気なのが不思議だったんだけど

やっぱ来る時には来るようで

 

美容院の後こっそり行けちゃうかも と

リセール情報が届くように設定したのに

一向に飛んで来ない上に

肝心の美容院までキャンセルする始末

そりゃ飛んで来ないわけだ

 

ほんでも初日の学校関係をなんとかこなして

2日寝込んで(笑)

土曜日の塾→大遠征からもなんとか帰還して

1日寝込んだ(笑)

ま 寝込んだと言っても

高熱出して唸ってたわけではないけど

私は熱が出ないタチで

発熱以外の症状が順繰りに回って来るタイプ

 

最後の日の最後の最後に味噌が付いて

痛い喉をさらに痛めるというオチ

ほんでもさ どこの世界に

2時間かけて両手に提げてった差し入れ

自分の子は食べられなかったって聞いて

あぁそうですか で済む親がいるんだよ

 

普段あまり寄らないようにしてるお菓子コーナー

あれこれ見定めて買うのは楽しかったけど

裏見て あんまし食べさせたくないなぁ(汗)と

思っていたことは確か だから

ほら 食べさせないで済んだでしょ

そうしてあげたのに なに怒ってんの? と

上から聞こえて来る 気もする だから

心底ガッカリ で終わらせるのが正解だってわかってる

 

そこまでわかってて まだ折り合いが付かないのは

お菓子みんなで分けて食べたよ! と

息子が笑顔で言ってくれなかったのが

やっぱり この私でも 堪えたからだろう

 

 

学校から戻って 本格的におかしくなって来て

ふとスケジュール見たら

初日と2日目の過密さにビビった

マタイも似たようなものかもしれないけど

自分の体調が悪い分だけ

大変なお仕事だなと改めて感じた

 

体調不良は私が引き受ける! みたいなことを

勝手に思ってたことも確か だから

実際に体調が崩れても ばっちこーい ってな

もんだったんだけど

最終日 ぶり返して臥せってた時

オイコラ そんだけ言うなら

どんな重病でも難病でも引き受けられるのか?

と問われた気がして それに対して

そんなん当たり前っしょ! ばっちこーい と

即答できなかった自分があまりに情けなかった

でもこれは逆に

誰かの問題を引き受けることは出来ないんだよ

と諭されたようにも思う

 

横になって頭がぐるぐるめぐってる間

 

声をかけたら 人が集まってくれる

一緒に仕事をしたい と言ってもらえる

頼りにされる 慕われる 教えを請われる

そういう人って 本当に素晴らしい と考えていた

そういう人 そういう人生 に

私はなれなかったけど 少なくとも

そういう人って 本当に素晴らしい と思えるだけ

私は恵まれているし 幸せだな と

 

でも振り返ってみると

私は下について動く方が楽だし得意だったかもしれない

大学とか 職場とか すべてにおいてそうだった

だから 自分でも意外なんだけど

同い年に囲まれて どう振る舞うべきか

常に考えなければいけなかった十代より

年上の人達に囲まれて過ごした二十代以降の自分の方が

ずっと楽に振る舞えていたように思う

キャラクター設定をちょっと変えれば良かったのかもな

十代失敗した(笑)

 

常にそういうキャラクターでいられるから

ドイツの生活が楽しかったのかもしれない

 

この看板?にグッと来て写真撮影開始

つっても こういう陸橋?も

 

パンタグラフの無いワンマン2両編成も

ワタシテキには全然珍しくないんだけど

 

なんて見事な単線! と動画撮影開始

以下は動画のスクリーンショットなんで画質アレだけど

 

やっと乗り込む電車がやって来て

 

上下並んだ~! 達成感ある~(笑)

この絵面見て思い出した

 

息子が小さい頃よく観た動画

駅名を覚えてたんでなんとか探せたけど

 

絵面テキにはこの動画かな 並んでる感じが

浅草駅ホームの急カーブもおもしろかったな

 

 

文字にしたら現実化するかもしれないので書いてみる

 

ナクソスで知った3人の作曲家の作品を

君様の音で聴きたい

個人的には 今日び わざわざ円盤の形にすることに

どこまで意味があるのか疑問なんだけど

CDにしないとナクソスには上がらないのかもだけど

とにかく 君様の演奏を CDでも動画でもいいので

いつでもどこでも何度でも

完璧に再生できるものを手に入れたい

 

どのCDも よく眠れるのよ これが(笑)

違う ってわかってるからだと思うけど

でも最近この 違う ってのに耐えられないというか

満足できなくなってきた

君様の音で聴きたい

 

 

別の話 すんごい昔 もとい前の

バッハじゃないCDを聴くのがマイブームなんだけど

それとか だいぶ前のバッハもそうなんだけど

聴いてる最中に ふっと

すんごい若い君様の顔が浮かぶようになった

これはね~ ビックリした(笑)

一度もお目にかかったことがないのに

単にYouTubeの観過ぎかもしれないけどさ

これも ブックレット見て なるほど って

わかってるから起こる現象なんだと思うけど

 

時々でいいから 時空を超えて

音楽を聴かせてもらえたらいいのにな

 

こんな文章書けるくらい体調戻ったっぽい ふぅ

 

 

あと1年ちょっとしたら

ずっと聴きたかったカンタータが聴ける

あと1年 それまで あんまり怒らずに

明るく楽しく 頑張ろう

『モモ』を借りようとして ちょっと迷って

『はてしない物語』を先に読むことにしたんだけど

やっぱ意味があるんだなと思った

「瞬間は永遠」とか

「願った時には叶っている」とか

今のこの時代に必要な要素があちこちに書かれてる

数年前にしっかり読んだはずなのに

話ぜんぜん覚えてなくて

後半はストーリー展開に引きずられた感じで

集中力を欠いていた もっかい読んでみないと

 

 

次の曲に進んでる段階で前のこと書くのもアレだけど

こないだはお酒入った状態で書いてて

自信がなくて書かなかったことがあったので追加する

 

楽しみにしていた曲のうち

 

前半のは いつもよりちょっとゆっくりで

鬼気迫る! に慣れた私にはちょっと聴きづらかった

聴きづらいのは演奏しづらいのと関係があるのか

あるわけないけど

丸みを持たせたバージョンとすれば当然かもだけど

 

テンポ問題ってのは 結局のところ

その人のデフォルト値がどこにあるか ってだけで

議論にならない というのを読んで納得してたので

いつもよりちょっとゆっくりだな~ で終わり で

良かったんだけど あとであちこち眺めてたら

そうだ 昔 もとい 前はこんな感じだった と

思い出して 久しぶりに前のCDを聴いてみたら

ほんとにそんな感じだった ということは

デフォルト値も変わり得る ということで

いちいちあれこれ言っても仕方ないわけだ

 

でも 自分の好みというか

こういう演奏が好きだ というのは

大切にしないと と思う

具体的には 特にバッハに関しては

高速演奏は欲しない

一音一音が大切にされない速さは好きじゃない

 

シングルカットして欲しい曲にしたって

シングルカットされてたじゃん(汗)

でもそのおかげで この曲は即 頭に浮かぶ

曲の流れに影響されない

 

最後の曲は 渾身の とひとことで書いたけど

ひとつひとつのフレーズが

スラー単位というのか とにかく

ひとつひとつが丁寧で綺麗で 心と力がこもってて

本当にすばらしかった

 

後から思えばだけど さっき書いた

「願った時には叶っている」って

こういうことを言うのかな と

ちょっと 言いたいことと違う気もするんだけど

こういう演奏を聴きたい という無自覚の願いが

目の前で実現されていく そんな感動をもらった

 

この2曲は うっかりしたら

もう二度と聴けないかもしれなくて

記憶の中に確かに刻まれているはずの演奏を

完璧に再生できない自分が悔しくてならない

でも そんな深刻に落ち込まなくても

大丈夫かもしれないし

 

 

ちょっと前 学校で琴に触れて来た と言われて

『春琴抄』の想い出などぺらぺらしゃべくった後

オイコラ 春琴は三味線だろがい で今度は

『蘆刈』の想い出などにふけりながら

そうだもう青空文庫に入ってるんだよね~と

延々と続くひらがなを眺め始めてようやく

『吉野葛』にたどり着くというテイタラク

 

今の私からすれば どうしてあんなに

谷崎作品にハマっていたのか 不思議に思う

先生にも指摘されたように 他の作家の方が

当時の自分は ずっと書きやすかったはずなのに

 

褒めてもらえたか否かも関係してるかもだけど

卒論はともかく 修論は ほとんど覚えてない

記憶から抹殺したいほどの黒歴史 でもないが

なんというか もう興味が持てないのと

 

当時は 言いたいことが言語化できなかった

何も 誰にも 伝わらなくて でも

肝心の 言いたいこと も 自分自身でも

明確に理解できていなかったのかもしれない

 

 

今わかるのは

ただ 読んでいたかった それだけ

心にひっかかる作品を与えてもらって

問題を探して 自分なりの答えを考えて

文章にまとめる という作業は楽しかった

でも 私がしたいことって 結局

誰かに認めてもらうための発言や論文を生み出すことではなくて

好きな文章と一緒に時間を過ごす

ただ それだけ

ほら 社会的に成功するわけないでしょう(笑)

 

これは 『はてしない物語』のあとがきの

エンデの言葉を読んで気付かされたことで

それもまた なんて情けないんだって話だけど

 

今はよくわかるんだよね

音楽を聴いている自分がまさにそうだから

 

音楽だって 聴いた瞬間から消えていくけど

消えるから無駄だなんて思わないでしょう

好きな音楽と一緒に時間を過ごす

今の私が最も価値があると思う行為で

思い返せば 昔からこうだったような

何も変わってない でも気付いてなかった

 

そういう意味では 谷崎作品って

凄まじく魅力がある世界なのでね

ハマってしまうのもわかる

私が言うのもなんだけど(笑)

 

そこまでわかっていて

どうして息子には

反対のことばかり言ってしまうのか

彼が『モモ』を読んだら

反対のことばかり言われて来たことに

気付いてしまうだろう

それはそれでいいのだ 正しいことだから

 

 

音楽を聴く時は

コンサートホールに行って いつもの席に座って

ステージを見ている自分 になって なりきって

聴くことにした

本を読んでいる時は 用意された時間と場所に

招待される感じだけど

音楽を聴く時は 記憶の中にある時間と場所

もしくは これから訪れるだろう時間と場所に

意識を座らせて 過去に経験した

もしくは これから経験するだろう

感動を 今に持って来る感じ

意識にとって 時間と場所なんて

どうにでも扱えるわけで

実際そうやって聴くと

気持ちが何倍にも膨れ上がる

 

最後の曲への感謝と感動を

チョコレートに変えて贈ることができないことを

残念だと思ってしまう辺り

私もまだまだだな

 

 

写真を見ちゃうとなおさら

やっぱりチケット取っとけばよかった

 

でも ちょっと前のテレビ番組

家にいたのでオンタイムで観て

けっこうお腹いっぱいになった

五千円は払っていい内容だった

 

魔笛の間は 珍しく用事が詰まってて

千秋楽まで 私も頑張らないと

結局は何も起こらなかったわけだから

ほら 何の問題もなかったでしょ? と

また諫められちゃうのかもしれないけど

 

マエストロのお話はとても興味深かったのだが

最後の最後 もう無いかなと油断してた案件が

話題に上がった瞬間 メンタル崩壊

 

2024年にもなって こんなことが起きるなんて

もとい こんな気持ちになるなんて

私もまだまだ 修行が足りない

 

コチラ側からしたら

絶対にやってはいけないこと

なぜなら

届けたい人には届かないから

 

これが

その辺のどうでもいいイベントとか

学校行事とかだったら

1ミリたりとも 何とも思わないのに

 

だめだった

どう思われるだろう とか

嫌われたくない とか

とっくに卒業したはずのネガティヴが

戻って来てしまって

 

音楽とは切り離さなきゃいけないとわかっていても

時間がかかってしまった

 

待て待て 私が一足先に会場を出ればいいだけじゃん

誰も何も 私すら 気付かないし傷付かないし

と気付いたのは

ハーフタイムに競歩でベンチ取って

作って来たおにぎり食べて

席に戻ってからだった

最近はなるべく平常心で臨むようにしていて

平常心ってのは 洗濯したり お米炊いたり

つっても 家事はまるきりできないのだけど

なるべくいつもどおりのことをして家を出る

炊き立てのご飯で作ったおにぎり美味しかった

朝息子に持たせたおにぎりは美味しくなかったかも

 

本物の善意から行動している人には

真実を伝えても わかってもらえない

 

複雑だったが こういう場合は

今までして来てもらったことを思い出す

私は 特にこの数年間 たくさん助けてもらった

息子が突撃した時も 快くお話しして下さったり

 

感謝しかない 本当に

 

だから私も 魂を売るようなことはしない

 

 

ケルンからのライヴやCD録音とは違って

丸みのある感じだった Facebookの解説の通りだった

個人的には ケルン方面の

鬼気迫る! という感じの方が好きかもだけど

今日のは今日ので 興味深かった

 

生で聴けて嬉しかった曲のうち

 

前者は 今まであまり聴いて来なかったもんで

どうなってるのかよくわからないところが

とてもおもしろかった

どうなってるのか ってのは

楽譜を見ないと複雑過ぎてわからない って意味

キラキラツートップの役割分担とか

ポジションの受け渡しとか

何度も書く ここだけ切り取って

シングルカットして売って欲しい

 

後者は 終曲ですが これはもう

渾身の という表現しか見付からない

この曲にたどり着くまで

自分のダメさ加減に失望していたけど

この曲がすばらしいと思えただけで

生きている価値があると思った

 

わかりやすく天に上っていく感じのこの曲は

全体を観ながら聴きたかったのに

だめだった(笑)

 

うまく表現できないから書かないで来たけど

君様の音は 言葉みたいというか

言語って意味じゃなくて 言語ではない

メッセージとか 感情とかが

入ってるというか 乗ってる気がするんだよね

 

ほら書くとつまんない 書かなきゃ良かった

 

でも だから 渾身の って思ったんだ

 

 

けっこう急いで出たつもりが

出口付近はいつもと何ら変わらない様相で

ほらね と また言われそう

 

この世界はホログラムだ というのが

未だに理解できない だって

物は触れるし 人だって生きてるでしょう

 

でも 途中で一瞬

舞台が遠くなり 映画のように見えた

 

それはそれでしょうがない

ぜんぶ消えてしまっても

それはもう 私の力ではどうにもならない

そう思ったら なんかすごくラクになった

どう思われるだろう とか

嫌われたくない とかも どうでもよくなった

 

いつのことだったか忘れたけど 三十代かな

いま見えてるものはすべて幻で

本当は何も実在してないんじゃないか

って認識に至った時期があったんだけど

あの時 既に ちょこっと覚醒しかけてたのかもしれないな

 

でもそのままマトモに覚醒していってたら

サラリーマンなんかやっていけなかっただろうし

そもそも 今ここにはいないかもしれない

 

ここ数ヶ月 私の目に映る君様は

少しずつ 微妙に 若返ってるように見える

どのような理由であれ 私としても嬉しい(笑)

 

ビールと赤ワインで酔って観たら超おもしろかった

次から私も飲んでから観よ(笑)

「おしごと拝見」も極まれりって感じで

いつもと違う顔ぶれの大勢のお客さんの中で

明らかに 一番 何も わかってない私

会場に入った瞬間

場違いなとこ来た と思った

 

明らかな「主役」がいる公演に対する姿勢 に加え

悩んで取った割に 鍵盤も指使いもよく見える席で

いや いろいろ考えて取った それまでの経験を踏まえて

とにかく この日は 鍵盤に集中することにした

いつもの席は先に押さえられてしまい買えなかったのだが

いつもの席だったら あんなによくは見えなかっただろう

 

でも いつもと違う姿勢を続けていたからか

翌日は背中がバキバキになってしまった

風邪ひいたのか 内臓から来てるのか とビビったが

どうやら単なるコリだったみたい ふぅ

 

YouTubeで予習してる時は

正直あまり興味が持てなかったけど

鍵盤を見ながら聴いたら なかなか楽しかった

どれだけ難しいことをしているかが 他の楽器と違って

体感としてわかるから なおさら

 

それでも

私もあんな風に弾いてみたいな とか

うらやましいな とかは

まったく思わなかった

 

鍵盤を弾くという行為は

少なくとも今の私にとっては

遠いことになってしまったみたいで

悔しさとか僻みとかもまったくなく

単に 聴いている方が楽しい

 

それと ショパンの楽曲だとこうなる というのが

よくわかった

Wikipediaを書いた人は 君様のファンに違いない(笑)

 

 

見たい方向を見ないようにすることは

もちろん意識してやっていたことだけど

それが本当はとてもしんどかった と

自分の身体に証明されてしまった感じ

 

それと ちょっと書きづらいけど

これは聴きたい音楽とは違うな という

建前上 表には出せない気持ちが

身体の方に出ちゃったのかなと

 

とても美しいし 昔から好きな曲もあるけど

心臓や脳がバキバキ反応する音楽は

もっと前の 音楽史的に言って前の

 

それと 個人的な想いを元に書かれた曲より

みんなのために書かれた曲

我々より高いところにいる存在のために書かれた曲

みたいな方が 私には合っているのか

まぁ 後者だって結局 個人的な想いなわけだけど

 

もっと素直に振る舞えばよかったのに

せっかくの あまり見かけない楽器 だったのに

なんかこう がんばっちゃった(笑)

 

 

名古屋は結局 諦めてしまった

前日ぴあか何か見たらチケットまだ手に入りそうで

その気になれば行けそうではあったのだが

諸々 障害が多過ぎた

 

名古屋は二度とも

この曲をどうしても聴きたい! という強い想いで

訪れた場所だったから

今回もそうすればよかったのに

 

時計を見ながら もうそろそろ演奏が始まる頃

猛烈に寂しくなってしまい こういう

次が楽しみだなぁ とか

かっっっこよかっっった!!!!! とかいう

感情の高まりや膨らみが 最近強くなった気がする

箱がいっぱいになる感じ

胸がいっぱいになる ってこういうことなのかもね

 

 

魔笛は結局 チケットを取らなかった

同じことを思うのだろうか

チケット取ればよかったなって 思うだろな

 

 

素晴らしいレクイエムがふたりにも届いたのか

あの後 彼から返信が来た

私の気持ちをそのまま受け取ってくれたようで ほっとした

 

散々泣いて改めてわかった

結局誰にも 彼の悲しみは引き受けられない

その人の問題は その人にしか解決できない

 

私自身の問題も 嬉しさや楽しさや幸せも

私にしかわからないし 私にしか解けない

 

 

数年前の私なら次に照準を合わせていただろう

商業主義的一大イベント

つい先日ケーキで大ブレイクしたばかりの百貨店から

何事も無かったかのようにメールが届いて

いつもどおり商品チェックする懲りない私

 

去年まで買ってたブランドは

入数やら内容やらマイチェンしていたのでやめて

違うとこでイイの見つけた♪ んだけど

 

仮にルートが開通していたとしても

入口のチェックが 数年前までのやり方では

許可されないだろうと予想 何より

一度止めたことを再開するのはリスキーだなと

迷惑がかかるリスクが高い という意味

 

というわけで 買うのを止めてしまった

 

入数が縁起イイ

 

中身こんな感じ お酒のは入ってなかった

 

よく見たら発送可能日が2月4日以降で

物理的に無理だったというオチ

 

うさもぐさんが食べてくれてた! 14:25~

そっか 百貨店に行けば買えたんだ(汗)

 

>心の中で愛をささげる

(笑) いやいや これが本来の形かもね

「推し」って言葉は好きじゃないので使わないけど

 

そもそも私は この茶色くて甘くて小さなものに

不相応な重過ぎる荷を担わせて

後は任せた! みたいな

自分勝手な行為を何度もして来たので

いい加減 おとなにならなければならない

 

あ~でもやっぱり 買って自分で食べるべきだった

買いもしないで って 一番ダメなヤツだ あーあ

 

 

名古屋に行ってない私でこれだけ疲れるんだから

本当はとてもお疲れなのではないかと心配だけど

陰ながら応援するしかない この

陰ながら応援する って 本当は

とても大事なのかもしれないので 私もがんばる

結局翌日にアーカイブ配信を買い

30日の夜ギリギリまでメサイアを流し続け

配信が切れた後は第九など聴いたりして

この日がとても待ち遠しかった

 

時間の感覚が一層おかしくなっており

先月は3週続けて聴きに行けていたことに

半券の日付を見て気付くような状態で

何ヶ月も空いてしまったわけじゃないのに

 

YouTubeでいろんな演奏を観て

だいぶ聴き慣れたこともあるのか

聴きどころも覚えたし

この日をとても楽しみにしていた それは事実だけど

 

まさか本当に 現実的に レクイエムになってしまうなんて

そんなこと 望んでいるわけがないでしょう

 

 

少し前に数人で集まってくれた時

どうも彼は話したいことがあるようだ とは聞いていて

その後に送ってくれたメールにも

いつかふたりには話すね と書いてあったから

何か込み入った事情があるのかなとは思っていたけど

彼女がこの世を去るなんて

1ミリも 0.00000001ミリも

考えもしなかったから

だるま落としの 足を綺麗にすくわれた直後に

一番上の頭を叩き割られたようだった

 

かける言葉など何ひとつ見つからないとはいえ

この場合 書くのは私の仕事で

とにかく メールを読んで事情を理解したことは

今すぐ伝えなければと思い 画面に向かったが

 

常識的な慰めの言葉を並べるよりも

今の私が確信していることを

今の彼には酷かもしれないことを承知の上で

正直に伝えることにした

 

彼女は今 あなたのそばにいるから

話し掛けてあげて欲しい

彼女はいなくなったわけじゃない

何かを共有できなくなるわけじゃない

今そこに確かにいる彼女が悲しまないよう

話し掛けてあげて欲しい

 

 

有限なのは肉体だけで 魂は不滅であり

肉体が終わったら 源のところにいったん戻って

またあれこれ設定し直して 次が始まる

これは たくさんの人が同じことを言っていて

もう 100%確か らしい

 

亡くなった方が 嘆き悲しんでいる家族を

上から見ていて といった話はよくあるので

私もそういう情景を思い浮かべた

 

だとしたら 彼女はとても寂しいに違いない

彼女がどんなに話し掛けても

彼が気付いてくれなかったら

とても寂しいし悲しいだろうと思った

だから 今は 自分の悲しみを抑えて

彼女が笑顔になるように 寂しくないように

なんとか踏ん張って欲しかった

 

 

そんなこと言われたって

魂は不滅だ それが真実だ なんて言われたって

今の彼の悲しみをやわらげることは出来ないとわかっていた

だから 酷だな と 何度も思い返したけど

私に伝えられることはそれしかなく

私のことはいくら恨んでもらってもいいから

今 伝えようと思った

後は任せた 私は もう会ってもらえなくてもいいから

 

人間ドックで引っかかって

専門医の予約日を待つ1ヶ月の間

私も いろいろと考えた 考えて

残される悲しみも

先に逝く悲しみも

両方 想像出来た

それは 同じ大きさと重みがあり

どちらも耐え難く辛かった

 

だから 今の彼の悲しみと苦しみは

肉体の苦しみから解放された彼女にとっても

同じボリュームを持つ悲しみと苦しみであり

彼が悲しんだり苦しんだりすると

彼女も同じだけ悲しんだり苦しんだりするから

どうか それに気付いて

彼女のために 彼女を安心させるために

笑って 話し掛けてあげて欲しかった

 

 

その夜は 言葉を選ぶことで精一杯だったが

次の夜は 感情的に抑制が効かなくなった

我慢せず ひとしきり泣いた後

なんというか すっきりしたというわけではないが

この 泣けるだけ泣く という行為は

とても重要だと感じた

 

恩師の告別式の時も 会場に入って

読書会仲間のマダム達の顔を見た途端

涙が止まらなくなり

あいつはいったい誰なんだ? と

訝しがられていたんじゃないかと思うくらい

散々泣いた 全然止まらなかった

 

だけど 黒い車を見送ったら

なぜか 気持ちが収まった気がして 涙も止まった

なんというか 自分の中で 踏ん切りが付いた感じ

 

大切な人を亡くすということは 結局のところ

残された者が受け止めなければいけないことで

自分の中で それをどう受け止め 消化するか

それに尽きる と 今は思っている

消化という表現はいまいちフィットしないけど

時間が解決する という表現の方がいいのかな

それと

自分の中に生きている

これは 本当だと思う

一緒に生きて行く 人もいるだろうし

時々思い出して話し掛けるだけでも

自分の中に生きている と言えるはず

 

こんなこと書いたって

私自身 あまりに経験不足で

だいぶ取り乱すだろうな とは思う 思うけど

魂は不滅であり すべての人は 自分の人生を

ある程度決めてやって来ている ということも

確からしいので それがわかっている同士なら

ある程度は なんとかなるのではないかと たかをくくる

 

 

本当のレクイエムになってしまったとわかった時は

ちょっと心配だったんだけど

席に座った瞬間 なんて薄情なんだと我ながら思うが

いろんなことが 吹っ飛んでしまった


YouTubeでは 繊細過ぎて聴こえない音にも

どう頑張っても表せないだろう迫力にも圧倒された

低音部の真上だからこうなのかと思ったけど違う

オルガンだと思うけど すさまじい重低音で

多少の体調不良なら治療されちゃうんじゃないかってほど

まぁすごかった(笑)

 

位置的に 音テキにはどうかな な席だったが

そんな小さいこたぁどうでもいい大迫力だった

特に ソリストの歌声が本当に素晴らしくて

月並みな表現で申し訳ないが 大変感動した

 

どれだけ美しい音だったか

拍手の大きさが表していた

いつもと少し違う角度からの視覚的にも

とっても美しくて この

美しさに感動した時の表現の仕方がわからない

伝わって欲しいけど どうかな

 

 

失うということは

どこに座っても見えない ということで

目をつぶれば聴こえるでしょう なんて

字面的に慰められることじゃない

 

私が設定して来ている体験要素ではないので

それは起きない そんな悲しいことは

前回までの人生で既に体験済みか

耐えられずにその後の人生を放棄しそうなので今回は無し

のどっちか いずれにしろ 無い

 

逆に関しては まぁどうでもいいのだけど

年間シートを買った以上

そこを空席にすることは許されない という姿勢

私の席は ある意味ちょっと目立つので

オイなんであそこが空いてるんだヨ! と

叱られる感じだしね

 

いろんな人が前もって語っていた通り

結局なんだかんだ 2025年までかかりそうな気配

そんなら 2024年度と2025年度の定期公演

ぜんぶまるごと聴いたる! みたいな覚悟を 覚悟か?

決めたところだった だから

空席にはしない マタイも望んでた席が取れたし

チケットが取れたってことは

聴きに来ていいよ と言われている と解釈する

 

 

端の席は メリットしかなさそうに見えるが

デメリットもあって 気にCのワタシテキには

極力 公演直前に座るのがベターだし

公演後は速やかに出るのがベターだしで

前はともかく 後とか 休憩前とかは

不本意な離れ方をすることが最近多かった

 

この日はカラの舞台を眺めているだけで大興奮で

かなり早めに座ってしまっていたのだけど

私の隣のご夫婦が いったん扉の外に出て

わざわざ逆側から座りに来られて恐縮した

私ひとりが一瞬よければよかっただけなのに

 

隣が年配の男性だと ちょっとな~ な時も多いのだが

その紳士は全然そういうことがなかった

終わった後 ○○さんあそこにいたんだね~ と

少し前にtwitterでプチバズリした方の名前が出て

私もそれで気付いた次第 パンフ読んどけよ~

いや 読めないんですよ ピント合わないもんで

その方の演奏している姿も好きだから

公演中は見えなかったのは残念だけど

隣の紳士のおかげで気付けて良かった

 

何の話かというと 最後の最後

気にCな私は多少気にしながら残っていたのだが

見るからに素人な私が頑張って拍手を続けていたからか

私が立ち上がるまでそのご夫婦も退出を待って下さって

最後まで座っていられたことがうれしかった という話

 

舞台から出て行く姿を見送ることが出来たら

舞台に出て来る姿を次また見ることが出来る という話

 

それと そのために ではないにしろ

そういう状況を残してもらえたことがうれしかった

ありがとうございました とてもうれしかったです

 

 

すべての人は自分の中で生きているということを

気付かせてくれてありがとう

もうしばらく 彼のそばにいてあげて

 

 

Alte Oper って スタジアムからHbfまで戻って来て

自由席だから次のICEで帰れる男の子と別れて

指定席だから乗るICEまで時間が余ってしまった

ne-さんとふたりで散策し始めたまではよかったが

同じような建物が立ち並ぶ金融街

どこ歩いてんだか皆目わかんなくなって

うろうろうろうろ ひたすら歩いて歩いて

あれ たぶんオペラ座だ! とやっと地図が読めて

ここから引き返そう って決断した地点かな

1年目は携帯だけレンタルして

敢えてカメラ持って行かなかったもんで

画像が無いのが残念でならない