という番組が某民放局の深夜帯の黄金時代にあった

ポップスがメインだったように記憶しているけど

ワタシテキにはすごくおもしろい番組だった

 

私は1年遅れで観始めたので

Qや地理には間に合わなかったけど

数学もおもしろかったし

文學は その後の人生を変えるキッカケのひとつ

だったかもしれないくらい とても興味深かった

 

1005の話は何度か書いてると思うのでアレだけど

 

写真で謎解きをする番組の中でいつも流れていた曲が

バッハの無伴奏の1005のラルゴ だとわかるまで

15年くらいかかったのかな

洋館の中庭で2人の紳士が紅茶を飲みながら語る場面

 

レイチェル・ポッジャーさんが2日に分けて

無伴奏を全曲演奏したのは何年のことなんだろう

珍しく雪が降り 電車が止まって行けなかったら

どうしようと心配したのを覚えてる

 

1005は 敢えて予習せずに行った

真ん中?のラルゴだけはわかるけど

前後はわからない という無謀な挑戦

 

目をつぶって聴いていたら

右から左に 光の玉みたいなのが

飛び跳ねながら流れて行った

時々複数になって絡まったりしながら

動いて行くのがとてもおもしろくて

唐突に これは宇宙だ って思った

 

バッハの音楽は宇宙だってよく言われるけど

そんな知識がまったく無かった時に

本当に唐突に あれはなんだったんだろう

 

イメージ的にはこんな感じかもしれない

私の場合は音が消えたら光も消えるので

こんな高度なものじゃないんだけど

 

佐藤俊介さんが1日で全曲演奏した時は

衣装から演奏からもう斬新で

バッキバキで聴いて来れたはずなのに

この日はなぜか猛烈に眠気に襲われて

ガックンガックンしながら聴いてた

なんか盛られたのかってくらい

あれもなんだったんだろう

今となっては もったいなくって仕方ない

それだけ素晴らしい演奏だったとも言えるけど

ならバッキバキで聴かなきゃしょうがないよね

 

1005はハ長調って書いてあるのに

ラルゴはハ長調に聴こえないな~と思って

YouTube上で調べてみたら

ラルゴだけフラット1個付いてた ふぅ~

 

そもそも440の

押せば常に同じ音が出る楽器で育った私の耳は

常に半音 うっかりすると全音ずれて聴こえていて

最近ようやく いま何の音? と息子に聞くことで

すり合わせが出来るようになって来たんだけど

それでもまだまだ 曲の途中からおかしくなったり

調なんて知識ゼロみたいなものだからいいんだけど

 

440を415に変えてくれて

チェンバロ風の音色まで出してくれる

押せば常に同じ音が出る楽器 とはいえ

インヴェンション(の数曲)まで

自力で弾けるようになるとは思わなかった

私はメヌエットが短調になったところでストップ

息子の脳と体は 私が知らない音楽を知っている

 

右手と左手の役割が完全に異なる弾き方を

11年も続けて さらに30年以上のインターバルを経て

右手と同じスキルを左手に求めることは

私には 少なくとも今の私には 難し過ぎた

しかも ありえないミスをする

十代だったら絶対にやらなかったミスをすることに

今風に言えば 心が折れた

 

メヌエットに関してはもうひとつあるのだがここには書かない

 

 

私は 将来の夢 というのが持てない子どもで

そのまま大きくなって今に至るのだけど

作文は得意なのに そのテーマだけはどうしても書けなかった

地元に引っ越す直前だと思うが

上野に観に行った「白鳥の湖」の絵を描いたりして

どうにかこうにか逃げていた 恥ずかし過ぎる

この 将来の夢がない ということにも

明確な意味があるんだろうと 今は思うけれども

 

親戚の家に行くたびに

ma-ちゃんは○○の先生になるの? と

言われることがしんどかった

簡単に先生にはなれないこともわかってたし

何より そんなわけあるかい! と思ってた

親戚にしても それしか言いようが無かったってのも

今はわかるけど とにかく

十代の私には しんどい台詞だった

 

ほんでも 前回書いた後お風呂に入ってて

これまた唐突に

あの広い緑色の空間で弾きたいな と夢想していた

かつての自分を思い出してしまった

「白鳥の湖」に匹敵する恥ずかしさだが敢えて書く

それこそ大学に入るよりよっぽど難しいことなのに

 

この あの場所で弾きたいな と思っていたことは

なんというか 君様には知られたくない案件

メヌエットが絡んでいるかもしれないし違うかもしれない

 

 

水色もサックスブルーも行儀の悪いレッドも

いわゆる黄金時代で 応援していて楽しかった

たまたまなのか 露出が高いからそうなるのか

チームの勢いが落ちると私の興味も失われるのか

そうかもしれないし違うかもしれない

 

今も黄金時代なのかなと思った そうかもしれない

その前のことは 当然そうじゃない時期も

あったかもしれないけど 私に過去は認知できない

それよりも 今と これから先

にしても 今回は長いな 長い すごく長い

勢いが落ちる ってことがもうないのだろう

今の私は幸せだね

 

 

今朝の夢

合同演奏会に向けて?

海外のオーケストラの面々と一緒に

リハーサルなどやっているところが

番組的に編集されている映像を観ていた

第九の たぶん第4楽章の 一番ステキな音の

すぐ次の音から別の人が演奏するという

超謎のパワー分散(笑) あんなこと書くから

 

いつのまにか

私自身も映像の中というかその場にいて

ピアノを聴かせてもらった ピアノ!!

私は右の少し後ろに立って

ちょっと弾いてくれただけだけど

なんかすごい おもしろい弾き方してた

右手と左手と どう動かしてたかも覚えてる

 

このままだと自分がダメになってしまうから

情報はある程度シャットダウンして

好きなもの 楽しい気分になれるものだけに

集中しようと決めた矢先の夢だったので

目が覚めてとても幸せな気分だったのだけど

それにしてもピアノって いやはや(笑)

 

なるほど ありがとうございます

学校で全員に配られたと持ち帰って来た

紺色にアルファベット1文字の帽子

かつて好きで通っていたチームのそれだとは

教えてもらわなければわからなかった

 

義父の影響なのか なぜか野球盤を欲しがり

やっと手に入れたものの

基本的ルールも知らない男子なんて

昭和育ちの女子としてはアリエナイ

しばしスパルタで教え込まれた後は

独りでナイター中継を観戦してたりする

チーム名もリーグ名もよくわかってないくせに

 

 

今は下宿とは呼ばないのだろうが

大学のそばの狭いアパートから

直線距離にすれば大して遠くないはずなのに

ちょこまか何度も乗り換えてやっと到着するあの場所に

今 君様が通っている とわかった時は

ビックリでも 感激でもなくて

そうなんだ みたいな 不思議な感じだった

 

初めて訪れたのは高3の夏

学校見学に行く名目で友達と示し合わせて

学校見学はちゃんとしたんだけどね ちょっとだけ

後で親にけっこう叱られた記憶がある

 

翌年からはファンクラブみたいなのに入って

友の会って言ったかな

指定席と自由席の入場券が数枚ずつ送られて来て

定期的に通っていた

最後の年の自由席は

何枚か手元に残ったように思う

 

敢えて別競技の用語で

本来はホーム側の席を取るべきなのだが

私はアウェイ側の席にいつも座っていた

お気に入りの選手がよく見えるように

 

 

せっかく希望の大学に合格して上京したのに

精神的にも肉体的にも地元に片足を突っ込んだまま

今から思えば 中途半端で不安定な生活をしていた

そこそこ出来る高校生から 出来損ないの大学生に転落

家のこと何も出来ないまま一人暮らし

そのくせ土日は渋谷でバイト

たぶん いろんな意味ですごく無理をしていて

肉体的には あちこちに故障を抱え

精神的には 自分では楽しんでいるつもりでも

黄金時代だった某民放局の深夜番組ばかり観て

徒歩5分の教室に着けず授業を飛ばしたりした

 

大学に通っていた私も

渋谷に通っていた私も

球場に通っていた私も

同じ時間軸の4年間に収まるはずなのに

そう思えない なんかバラバラに感じる

別人のようだとは思わないまでも

 

一緒に行っていた人の記憶も無い

一緒に行っていたことはわかる でも

そこで過ごした想い出みたいなものを

まったく思い出せない あるはずなのに

 

唯一 そこの名物だった

冷たいお茶 お に産地が入る

たぶん甘味が加えられていただろう

まだ生ビールを美味しいと感じるところまで

成熟していなかった私の 唯一の想い出

しばらくして その売場が見つからなくなり

私自身も その場所に行かなくなっていった

 

 

思い出そうとしなければ思い出さなかっただろう

あの場所の記憶は

消えてしまってもかまわない という程度のものに

なり下がっていたのに

今 君様が通っている とわかったことで

楽しくも苦しかった大学生の自分を

肯定できるようになったように思う

それまでは 無為な4年間だったな と

否定していた

もっと別の過ごし方があったろうに と

 

フライブルクからの約15年と同じく

あの場所からは その倍の約30年も経って

あこがれの人に 自分の人生を肯定してもらうって

なんかもう すごいとしか言いようがない

 

その無為な4年間があったから

今の私がいるかもしれないんだから

否定しちゃっちゃ 自分がかわいそうじゃんね

 

 

息子にくっついて毎週土曜に

渋谷に通うようになった時も

人生わかんないもんだなと思った

バイト先のお店は無くなっていたけど

同じ建物の上の階に

私の髪を理解してくれる美容師さんを見つけた時も

ほんと人生おもしろいなと思った

 

片足を突っ込んだまま4年間も過ごしたくせに

地元に帰る気はぜんぜん無かった

無かったというより ちゃんと考えられなくて

だから ちゃんと答えられないし決められないしで

結果的に 意識的にではないとはいえ

あちこちに迷惑をかけていたのかもしれない

 

ちゃんと決められなかったけど それは

結果的に 今につながっていて だから

ちゃんと決まっていたんだと 今はわかる

 

フリーきっぷ使用日 途中下車して

窓口でチケットを買った帰り

橋の上で写真を撮っているご夫婦がいて

振り返ったら 空がこんな感じに燃えていた

交通費ゼロ 手数料ハンターからも逃走成功

よく考えたらチケット代の方が高いのに

でも こういうのに達成感を感じる(笑)

 

私はもう 行くことはないかな

同じ県内 だけどこの県ってムダに広くて

反対側に住んでる私にとっては大変に遠い

 

濃い青か 薄い青か どちらにしても

今年もあの場所で

楽しい時間を過ごしてもらえることが

私もうれしいです

 

あけましておめでとうございます

 

 

水色だったそのチームでも

競技が替わって

サックスブルーのチームでも

近場のレッドなチームでも

同じ あるいは似た 背番号なのは

何か意味があったのかな

今は この数字からは卒業したような気分

リハーサル見学招待券は必ず届くはず!と思い込み

外れたらしいと気付いた後も数日間待ってしまった

でも今日が蹴り納めだったから

当たってたら揉めてたかもしれない

当たらなかったのには意味があるのだろう

 

毎日散々聴かされて

曲の流れを覚えてしまったらしい

それでもメサイアは長くてまだ無理だろうから

リハーサルだけでも体験できたら良かったのだが

既に何度も鑑賞経験のある人は 年齢を問わず

ちゃんと正規の公演に来なさい ってことかな

 

 

おととし同じこと書いていた 恥ずかしい

なのに3年連続同じ席を取るという

先週のことがあった分 聴こえ方の差にちょっと凹んだ

 

しばらくやめていたメサイア鑑賞を

自分へのプレゼントと称して再開した と

おととしも書いていた 恥ずかしい でもって

自分へのプレゼントなら もっとイイ席を

値段的に という意味も含めて

買ってあげなきゃダメじゃんね なんて

考えてしまった

 

開演前 奥様をお待ちの旦那様と廊下でお会いして

おふたりの座席を聞いてビックリ 超VIP席!!

これがあったから余計そう思ってしまったんだろう

 

私のことを言ってるのだと思ったら違った

同じ側なんですね と言ったら

○○○○○がよく見えるように だって

そっか そうですよね!(笑)

他にもいろいろ教えてもらって

すごく久しぶりに笑って楽しく話せた

もちろん 君様の話だったから もあるけど

こうやって おしゃべりしながら笑うって

私 ぜんぜんしてなかった

 

少し曲が進んだ頃

いやその前に 自分を祝ってあげなきゃダメじゃんね

私は誰かから祝ってもらうことばっか考えて

自分自身を祝ったり褒めたりすることが下手だから

もうちょっと まぁ褒めるところはないにしろ

まずは自分で祝ってあげないでどうする と

考えるようになった

 

イエス・キリストの誕生日は 本当はこの日ではない

という話が事実だったら

若マエストロはどうするだろう どうもしないかな

私はもう そういうものだと思えるようになったけど

だとしても 私個人に限って言えば

この日を祝うべき権利はシッカリあるわけで だから

この日じゃなかったの~(涙)なんて残念がらないで

自分独りでも 喜んで 祝ってあげなくちゃ

誰が祝ってあげるの って話よね

 

でも 子を産んだ今だからわかる

母は 産んだ日のことを忘れないだろうなって

自分がそうだから 前の晩のことから思い出せるから

 

 

聴こえ方云々は嘘だ

もちろん先週のそれとは大きく違うけど

個人的な聴き方をしている私には

とてもよく聴こえる席なのだし

 

3年連続同じ席を買ったのは

個人的に とても素敵な席だからでしょう

 

連れて来るなら 全体が見える席の方がいいから

来年以降はどうなるかわからない

定期も 運良く取れたロ短調ミサ曲の後は

しばらくやめて その後は 別々に座ることになるのか

十年経ったんだ そりゃいろいろと変わるだろう

 

 

今日のメサイアは ちょっと個人的過ぎて

星だのリボンだの出してる余裕が無かった

せっかくのイブなのにもったいないと思って

アンコールの間に 星と雪を降らせてみた

 

あこがれの人と

同じ空間で 同じ音楽を

一緒に聴いていることが

すばらしいプレゼントだった

 

余韻を残すと悲しくなるので

メサイアで区切ることにしてる

次は何だっけ 左にずれるんだっけか

その前に美容院か

 

はてしなくだらしなく行儀の悪い私が

3時間お行儀よく座っているのはやはりしんどく

肩が凝って疲れてしまった

行きとは別ルートにした帰り道

遠くなった地下鉄の駅まで 独り寂しく

ぽちぽち歩いてる自分が なんとも面白かった

おつかれ私 おめでとう

 

今日もとても素敵でした

ありがとうございました

良いお年をお迎え下さい

 

 

名古屋の話

私は帰れなくなるので無理っぽいです~と言ったら

メンバーと一緒にタクシー乗っちゃえば帰れるよ!

いやいやいやいやいやいや(笑笑)

私も大変お世話になったホールなので行きたいけど

どう考えても物理的に無理

仮にタクシー乗ったとしても 先々で無理で

行くなら泊まり それもまた楽しそうだけど

いつか気付かず逃してしまった曲なので聴きたいけど

そんなすぐにはリピート(再演)しないよね うーん

体調がいい時のメサイアはあっという間

どこで取ったのか忘れたけど

ものすごく良い席でビックリした

皆さんこういう画角で鑑賞してるのかぁ

こんな良い条件でメサイアを聴く機会は

もう無いかもしれないと思って

君様ばかり観ないように(笑)

全体をよく観て聴くように頑張った

 

そもそも いつもマニアック?な席に座っていて

ソリストや合唱の方々と正対することはないので

とても緊張した 私なんてどうでも良いのだけど

歌っているおひとりおひとりが なんていうか

音の塊ではなく 独立して素晴らしいことを

私なりに理解しているので そういう姿勢で

お顔を観ながら聴かせていただいた という感じ

 

序盤は こちらがちょっと緊張しちゃう感じだったけど

次第に解けて和やかなステージになっていくのがわかった

せっかくの素晴らしい画角なので

上から金銀のキラキラが降って来たり

色とりどりのプレゼントの箱が飛び交ったりするのを

イメージしながら聴いていたのだが

まさか本物のトランペットが左右から登場して

星だのリボンだの紙吹雪だのを吹き出すとは

もともとの演出なのか

若マエストロのアイディアなのか

こういうところ 頭が上がらない

 

 

今ここにいるだけでいい ったって

何の手ごたえもない っていうのは

なかなか厳しい

何もやってないから手ごたえも何もないわけだが

何をやればいいのかわからなければ

何もやりたくないのが正直なところ

 

何もやってないくせに 情報すら取れない

先週は終わってから気付いた

それはそれでいいし 毎週ってのはさすがに

月3でギリOKか 微妙にOUTなのかもだが

ともかく 情報すら取れなかった時って

部外者は来るな と言われてるようで凹む

被害妄想も甚だしいというか 間違ってる

 

でも所詮 人間は今しか生きてなくて

過去は存在しないし

未来は自分で選び取るもの とわかれば

今が幸せなら全てOKなわけで

何も悔んだり悲しんだりする必要はない

 

この美しいメサイアを聴いている今も

楽しそうに演奏している君様の姿を観ている今も

とても幸せだった

この幸せをつなぐために

次の幸せをつかむために

チケットを買っておく

私がチケットを買った公演は 必ず開演されるし

行けば必ず 素敵な光景と音楽が待っているから

 

大手町のお店が使いづらくなった頃に見つけて

いつかここで買ってみようと思っていたお店が

まさかここにあるとは (調べたら激増してた)

クリスマスのデザインのがネットに出ていて素敵だった

 

けど 2月の件はともかく

かつての数々のヤラカシを

今になって ものすごく反省していて

穴があったら入りたいってレベルじゃなく

自分をどうにかしてやりたいくらい

それに気付けて良かったとも言えるけど

迷惑をかけることだけは どうしても避けたかった

 

「おしごと拝見」な公演に行くたびに

同じ後悔に打ちのめされるだろうけど

しょうがない 私の常識がなさ過ぎた

 

 

メサイアって長いな と思ったのは一昨年かな

体調が悪いと どうしても長く感じるけど

体調が良いと あっという間に終わってしまう

最後は あまりに眩し過ぎて直視できなかった

 

幸せな時間を ありがとうございました とても楽しかったです

終わってみれば

いったいどこに不満があったの!? と

我ながら呆れてしまうほど 人間は

ほんの少し先のことすら知ることが出来ないから

きっと大丈夫 と前を向いて行動すればいいだけ

なんだけど その一歩までに 右往左往し過ぎる


自分の誕生日みたいな席番号のとこにしたんだけど

まさかこんなに見えないとは

どんだけ運ないねん自分

迷って迷ってやっと取ったチケットだったんだけど

それにしても 失敗加減が過ぎる

そもそも「おしごと拝見」のつもりだったし

ご遠慮下さい と言われるのも怖いし このまま

こっそり聴いてこっそり帰ろうかとも思ったのだが

 

やっぱり 言ってみるもんだと思った

ハーフタイム中に 意を決して申し出てみたら

確認に行って下さって トイレから戻って来たら

私の席の横で待っていて下さって

あの列でしたらどこでも大丈夫です と

はぁぁ ありがたいやらほっとするやら

お手数おかけしました ありがとうございました

 

ど真ん中からひとつずつ動いて

今までの鑑賞経験を活かして 遮る物のない

音も視界も一番良さそうな席に座らせてもらった

ふと背もたれの座席番号を見たら

君様の番号がふたつもついていて

とっても座り心地が良く(笑)

お目当ての曲は 最高の状態で聴かせていただいた

 

 

「おしごと拝見」というのは この日のような

明らかな「主役」がいる しかも

私があまり聴かない時代の楽曲の場合に

どんな楽器で どんな演奏をするのかな と

まぁ 見てもよくわからないんだけど(汗)

あまり見かけない楽器だなぁ くらい

 

ちょっと予習した時に思ったのと違って

たくさん聴きどころがあった

このようなピンポイント過ぎる聴き方は

マナー違反なのかもしれないけど

こういう なんてことないように見えるのが

本当はすごく難しいんだろうな~ とか

本当は全然わからないのに 勝手に感動する

 

とにかく皆さん楽しそうなのが良かった

それ以上のことなんて 今はないと思う

 

それと 自分が聴きたい音楽 は

外部に影響されない方がいい と改めて思った

この日は 聴きに来て良かった と素直に言えるけど

それと 私自身の嗜好とは 分けなくてはいけない

今まで中途半端に終わったあれこれのように

誰かがこうだから みたいなのは卒業したのだから

 

ちっちゃくしたら描いたのが見えない(笑)

このビルとビルの間に飛行機が飛んでいたんだけど

撮る余裕が無かったので ペイントで編集しました

ちなみに これはキレイなのかヤバイのか

半々だな と思いつつ撮影した帰り道の空

昨日はやっぱりヤバイのが撒かれていたらしい

でも それを掃き清めた後だと私は解釈します

 

 

メサイアとクリスマスオラトリオと第九のループに

さすがに周りが飽きてそうだけど

この時季は仕方がない 今年第九ないし

 

久しぶりにメサイアのCDを聴いてみた

今はすべてナクソス上で聴いてるから

駆け出し?の頃 Amazonで 最後の1枚(セット)らしき

ずいぶんと倉庫で眠らされていたのかケースが曲がっている

CDをゲットしたことを忘れていた

 

クリスマスオラトリオのCDも

いまナクソスに上がってるのはジャケットが違うから

持ってるはずなのに どっかに隠れてるらしい

 

クリスマスオラトリオを改めて聴いてみて

確かに これは大変な曲だとわかった

忙しいというより 負荷が高い

全曲演奏は 普通のカンタータを

1日で6曲やるみたいなものだから

確かに これは 無理かも(笑)

正直 そんならマタイ3日間とかどーよ とか

中日にチケットを取る私は思ったりもするけど

今はクリスマスオラトリオの話

 

この演奏はとても好みというか聴きやすい 似てるからだろうな

しかもイムラーさんが若くて素敵過ぎる

男性は年齢を重ねても素敵なのに

どうして私はおかしげな方向にいくのか 納得いかん

 

でもって 通しで観てみて

このようなパワー分散は 理解できるけど

私は やって欲しくない

1曲目とか6曲目とか 特に6曲目の始まりは

最も心を動かされるところなので

ここを君様に演奏してもらえないのは

とても悲しい もしそうなるのであれば

全曲演奏なんか望まない 私も成長した

 

それと メサイアに関しては

コンサートホールに行くこと自体

私にとっての 最初の一歩であり

この曲と クリスマスオラトリオとで

私は育った と言っていいと思う

カンタータは大好きだけど その土台が

この2曲なのかも 今頃気付く

 

そうそう 去年喜んだキラキラだけど

CDの時点で既に付いてた

楽譜上そうなってるのかな いずれにしろ

私の耳も大したことないね 育ったとか言っといて

 

 

形のないものに価値があると考える私が

今のこの社会で社会的に成功するわけがなかった

序盤はけっこう優秀でうまくいきそうだったのに

よくわかんない方向へ  もしかしたらどこかで

昔は優秀だったのにねぇ なんて言われていたのか

そんな興味ないか 私に

 

逆に言うと こういう私が

社会的な成功を目指すルートに乗ってしまったら

大変危険だったわけで

もし今まで無事なら 途中で辞めたってことだし

もし続けていたら 今ここにいないかもしれない

いや 今ここにいないならまだマシで

とんでもないことをやらかしていたかもしれなくて

そうならなかっただけで 成功しているわけだけど

 

それがわかってから

自分を必要以上に卑下することはなくなって

ダメなところはダメでしょうがないと

自分を直すことは先延ばしにしてる

 

それでも

私は何のためにここにいるのか と悲しくなることは まだある

星に帰りたい とはまだ一度も思ったことないから

私はそういう存在ではないのだろうけど

数年前から気付き始めた者として

今のこの状況は かなりしんどい

 

昨夜おすすめに上がって来た

この方の動画はそれほど観たことがなかったし

調べたらけっこう前にアップされたものだけど

一度起きて夜中眠れなくて困ってたら上がって来てくれた

 

前に進むしかない 確かにそうですね

後ろには戻れないし 立ち止まっててもしょうがない

わからないなりに とにかく 今を楽しく

笑って過ごすようにします ありがとうございます