1977年8月16日に没・・・42才

彼のドキュメンタリー・ステージ映画で有名な

”エルヴィス・オン・ステージ”と、”オン・ツアー”を中心にリハーサル風景は

ステージの様子から、これまで未公開だったフィルムを交えての新しい映画

昨年、本国で制作されたようだが、日本公開は今年の5月15日

 

私めは、彼に魂を捧げて半世紀以上・・こうなると、

現代で言う『推し』なんて軽いものではない・・我が命

 

先月、母が他界し・・

悲劇のドン底に陥って居ないのは、母が沢山の時間をかけて私から離れゆく距離を

おいてくれたお陰なのでしょうが、やはり・・まだ心配してくれているんだろうな。と思ったのはこの時期、この時に、この映画を公開してくれた事

 

もしかしたら天国のエルヴィスの所へ行き

「娘がやっぱり心配なの。貴方がかつての姿で、娘を癒やしてくれたら・・」と

懇願したのではなかろうか・・・

と、私には感じられてならない。

 

映画はIMAX形式が今日21日まで・・と言う事なので、雨の中

行って参りました。

久々の映画館で、しかも料金が3800円なんて出たから、なに?と

係員を探していたが、彼らは若い女性優先対応らしき。それを見て

呼んで来てくれた女性・・・

「エルヴィスの映画見るんですか?」と、話しかけてきた。

 

聞けばエルヴィスが他界した直後から彼のファンになったそうな。

一足遅かった・・・と、残念がっていた。それでも歴は49年。

 

ここでは書かないけど、私のエルヴィス歴を話したら、キャ~キャ~と

羨ましがって居た・・いいえ、書きません。ウソォ~~!まさかぁ~~!と

言われるもん

大画面での再会

懐かしい・・かつての映画の場面が、矢継ぎ早にフルスピードで画面に映しだされる。それらの全ての映画のタイトルと、役名が私の頭の中に沸いて来た。

これ認知症検査したら、すごい成績だろうな~なに?古い事は覚えている?(笑)

その都度、当時に戻ってしまう・・

そして、未公開フィルム・・

リハーサル・・

 

素晴しい体験をした。

42才で他界したエルヴィス。元気なら91才のエルヴィス

 

この現代社会にフィルムでカムバックしても、少しもその歌声に衰えや

古さはない。

再び、私の心を鷲づかみにした。魂をこの人に捧げた自分が

改めて認識された思いだった。

 

彼の没後

人々は、Elvis For Ever (エルヴィスは死せず・・永遠なり)と言った。

その通りだ。

 

映画の最後で、エルヴィスが言う

 

『終わったなら幕をおろせばいい・・でも、僕は、そこに居る』

 

これを聞いた時、私は

母がエルヴィスの言葉を借りてメッセージして来た気がした。

それほど、自然に・・・

 

そう、二人とも私が生涯かけて愛した人。

形が変わっただけで、貴方の中にいるよ・・と、そんな風に自然に

受け入れる私が居た。

 

 

 

 

下は、久々のみなとみらいの写真

 

ここも以前は、よく母と来て右側のスペースで行なわれる大道芸をみたっけ

なんて、かなり昔を思い出した

 

恋川 純座長は面白い。笑って舞台を楽しめるし舞踊は艶やかで上手い!!

あまり他劇団は行かない私ですが、この日は演目が歌舞伎でも

しばしば行なわれる

”お江戸土産”

 

ゲストは劇団美山の副座長 京馬さん(すごい人気で客席は若い女性たちで一杯)

 

反物売りに江戸に来たバアサマ2人(純座長と京馬)

 

芝居見物の役者にハマる人がいるのよねぇ~あれ、絶対ダメだから・・

と、沼って居る客達を強烈批判しながら、二人も芝居を見に・・

「あたしは、ぜ~~ったいに、そんな役者なんかにハマらないから~!」と

息巻いて居たが・・・

見終わって出て来た時は、メロメロの乙女になってしまっている

 

二人のやり取りがかなり面白いし、大衆演劇の役者と客の心理・行動を

取り上げて喋りまくるから、どなたも心当たり大いにアリ!で、

様々な笑い声が・・・

 

 

写真は撮影OK

SNSはラストショーと集合写真のみと言う事ですが、

舞踊に衣装に・・・完全に引き込まれました。

 

恋川 純、その衣装のセンスは良いな・・と思って居たけど

今回は、KOくらった!

上品で実にセンス抜群!

 

京馬さんとの身長差はすごい・・が、純座長、

身長が低いなんて舞台で舞う姿からは全く感じない。

すごい迫力と技量だった。

 

写真撮るより、見ていたい・・で、

2枚ほど・・

 

 

 

 

トークは、マシンガンのごとし・・ではなく、

まんま・・マシンガン(笑)

 

充実の観劇デイでした。

 

お疲れ様です。有難うございました

 

 

お疲れ様でした~と、皆さんホッとしたご様子

 

 

『本日のゲスト、小泉たつみ座長です』

 

 

「みなさ~ん、本日お邪魔しています。小泉たつみです」

 

 

「こちらの劇団では、たくさんの事をお勉強させていただきました。」

 

三吉劇場に今年の11月に来る事をPR

 

新宿の劇場に出ても入りが悪いと、そのまま・・もうお前は来なくていい!なんて

言われるかもしれない・・そうなったら大衆演劇の存続も・・(?)

だから、皆さん是非来て下さいね~

 

 

昼は、ここであまりトークしなかったんですが、裏方の手伝いで『あさみちゃん』が

来てくれる事になっていたんですが、前日にギックリ腰になって来られなくなり、皆さんには、その分お世話になって、どうも申し訳ありませんでした。・・と、昼夜で

言っていました。裏方への気遣いですか・・

あさみは、TEBやめてから、たつみさんの関東公演での専属裏方みたいになったんですね~


夜はここで、色々な若い頃の話
どこそこの健康センターでやったときに・・
子供の頃ですよ~と言いながら、
 
「お風呂場の電気を消しておいて・・真っ暗じゃないですか? そこでパンツ一丁で
 三角座り(関東では体育座り?)していて、誰かが来るのを待ち構え、脅かしたりとか、ある時は・・・」
 
ゴリラの玩具がたくさんあるのを見て、誰かが来たら、それを動かして脅かしたりしてね・・それ、凄く受けると思って居たら、あとで、こっぴどく叱られて~
 
純「え?だって子供の時でしょ?」
たつみ「うん、22才の時」
純「子供じゃないでしょう~!」
たつみ「大人がする事かーーー!」って怒られた
 
場内大笑い
 

 

はい、それじゃ集合写真です。まず、こっち側 は~い

 

今度は、こっちね

 

純「たつみ座長に焦点合せてるんでしょう?こっちからちゃんと見えてるよ~」

 

純「そのまま撮りましょうね。編集はあとでやればいいでしょ」(笑)

 

 

なんだ?この顔は・・

 

は~い、そろそろ良いですか~

 

あっちもかな?

この後、すぐに帰って誕生日公演のとか色々あるんですよ。明日が・・なんだっけ、私が主役なんです。オーディションに受かったから。

「え?オーディションあるの?」

「そうなの。中々受からなくて・・・ダイヤが主役に」

大笑い

「誕生日公演はオーディションうかって、私がでます」

「そりゃ、そうでしょ~(笑)」

 

 

さっさと舞台を駆け去ったかと思ったら、花道で止まり

また、少しお喋り・・・

新幹線乗らなくちゃ~と、楽屋へ・・・

 

行ったと思ったら、戻ってきて舞台を駆け足で横切った(笑)

 

お疲れさまでした。

慌ただしかったけど、すっごく、すっごくステキな1日でした

 

 

ステキな舞台を有難うございました~(^o^)

 

 

※ お見送りがないので、最後はハナミチの際で、純座長が客に対応

 

「純く~ん」と呼んでお芝居の事言ったけど、聞こえなかったようで、耳を寄せて

くれました。だから、「座頭市、すっごく良かったです!もう最高」と

言ったら、顔をクシャクシャになりそうにして、大喜びして両手で握手して

くれました。この方も対応良い座長ですね!!

 

 

 

 

 

待って居ました!久々の関東ゲスト

 

演目は、”座頭市と平手造酒”

 

見た事ない! もちろんTEBにはない演目ですが

あまりにも有名な二人

座頭市は見る前から、アァ、これって純くんピッタリだ!と言う期待

そして、平手造酒・・と言えば、たつみ座長でしょう~!!の二人のキャスト

これは期待大・大・大!

 

演技力は間違いなしだものね~!

 

勝 新太郎以外で、こんなに違和感のない座頭市は純座長だな~って

思い切り頷いてしまいます。すごく研究している! とってつけたような

真似すりゃいい・・的なギクシャクしたわざとらしさがないので、安心して

見ていられました。

 

そして、たつみ座長の平手 造酒

言わずもがな・・・!

こういう格好して下さると、私はますます、このお方に眠 狂四郎を演じて欲しいのですが・・・敢えなく却下されておりまする故・・(T_T)

 

着流しに浪人髷 また少しお痩せになりもうしたか?

胸をわずらっている薄命の平手 造酒に、ぴ~~~ったりで御座いました。

 

昼の部では、座頭市との出会いでの会話が、鬼平っぽいなぁ~と思ったんですが

夜の部では、たつみ座長のバージョンになっていました。

ウンウン、そうだよね~鬼平は、ちょっとスペシャルキャラだもん

 

ラストシーンは、出来れば真の友となれたであろう平手 造酒を、その手で斬った

(と言っても平手先生の武士の魂を守った故ですが)辛さ、悲しみ、悔しさ・・を

にじませ、鬼気せまる表情で舞台から客席を通して去る・・その迫真の演技

純座長はすごかった。

そして、舞台中央奥に、息絶えて座る平手 造酒の小泉たつみ座長

その前にすごい立ち回りを演じ、座頭市との死闘・・その直後なれど

息絶えている姿は微動だにしない。

息がハアハアしているだろうに・・・いくら見ていても、胸も肩もピクリとも

しない・・・本当に死んじゃった??みたいな・・

すごい人だ!!

 

見応えあるお芝居でした。

昼の部では多少、純座長が笑わせるアドリブを入れましたが、夜はほぼ

ありませんでした。

 

 

写真のSNSアップは禁止だったのですが、ラストショーはOKとの事で、

嬉しや、嬉し(^o^)(^o^)(^o^)

 

ラストショーの写真を少々・・

 

”義風堂々” からです。(昼夜混合)

 

座員達の群舞から、花道より登場した、たつみ座長

この出で立ちは、嬉しい~~(個人的にお芝居 ”鳥の群れ” 思い出す・・)

 

そして、次・・昭和時代には、こう言うのをバックシャンと言いました。後ろ姿が

美しい・・・

 

刀を肩に・・これもいい!(何でもいいんだろうってか?そうなんだけど・・特に色っぽい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わってホッとすると、こんな笑顔・・二人ともマッチしていますね~(^o^)

 

少し長くなったので、ラストトーク・ご挨拶と集合写真はパート2へ

 

 

 

 

最近、どこの店に行っても通行人に道を聞いても、とても親切で良い人達に出会う。

 

ところが、先日

有名な量販店Xでも・・zでもないアソコね。

 

スマホ音痴なので聞いた方が早いから、何度か行っていますが

とてもスタッフさん、親切だし。というか、私がまず聞く。

 

誰かと目が合うと

「詳しい?」

「はい」

「親切?」

「はい」ここでスタッフさん笑い出す。

 

 

所が先日はそうは行かなかった。

何人か居るスタッフは、一応「何かお探しですか」と聞いてくるが・・

「詳しいですか?」

「内容によります」

「親切?」

「何がですか?」

 

この時点で、融通がきかない、日本語でヘリクツが多い令和人だなとみなして

私は却下するのだが、この日は、そんな類ばかり

 

苦手の若い女の子が来て、しつこく用件を尋ねるので答えたが、案の定

こっちの言ってる事が通じない。しかも耳元でキンキン声で喋るから

こっちもわからなくなる。

 

で、一人のヤングマンが来たから呼んだ

すると、先ほどのヤングガールが、とんちんかんな説明を始めた。

だから

「私が自分で言いますから」

 

さてさて、何をしに行ったかと言うと?

iPhoneのストレージが少なくて写真・動画を保存できなくなっているとかで

確か以前、、増量の契約をした筈だが・・・で、調べてもらった。

すると?

「増量になっていないですよ」

「あら?この間は受付OKになった筈なのに」

「なっていないです。しますか?iCloudのパスワード入れて下さい」

 

オットット・・

確か、これ・・この間ハネられた覚えが・・メモったものとちがっていたっけ

で、それを言うと

 

「じゃあ、出来ない」

「そっちでわからないですか?」

即答で

「わからない。パスワードがわからなければ何も出来ない」

 

腕を組んだ横柄にふんぞり返っての言い方に、不安と(出来ない不安)イラッが

「じゃあ、今後・・なにも出来ないってこと?他に手段ないんですか?」

「ない!」

 

ウソつけ~!

だって、こういう客は私だけって事ないべ?

 

そしたら、タブレットをさかんにいじっていて、その内に

それを、無造作に私の方へ向けて・・(乱暴な奴だなぁ)

「そこにパスワード」

「だから忘れたって」

「(溜息)新しいパスワード」

入力

「今度はこっちに暗証番号」(面倒くせぇ~と言う顔)

入力

「で?ストレージ増加これでいいんですかぁ?」

 

なに?なに?出来るじゃん。

パスワード再設定できるじゃん・・なんだ、この男

で、解決。何なの?この態度

 

で、用件は他にもある。

スマホの写真データをUSBに移したいので色々とアクセサリーを買ったが

コードが充電コードしかなかったので、データ移動用のが必要だった。

それを聞くと

また、ふんぞり返って、

そっぽを向き(誰かみたいだなぁ・・誰?w)

 

「ここはスマホの事しかわからない。アクセサリーはやってない。他行って」

「データ移動はわかるでしょ」

「コードの事までしらない。わからない。他、行って」

 

で、少し離れたアクセサリー売り場に行ったら、スタッフの何人かが

「ご用件お聞きしますか?」と、声をかけてきた。勿論 笑顔で

 

中の一人と目があったので、直感で私の中に「OK」サイン

スラリと背が高くてイケメン、優しい顔(単に私の趣味だろってか?)

 

実に、実に親切に優しく教えてくれました~(^o^)

それで、ついさっきのスタッフの事を言ったら、

 

「ここのスタッフですか?失礼な事を・・僕からお詫びします。申し訳

 ありませんでした。」

そして、一緒に私のスマホに対応するものを探してくれた。

「えっと、スマホのOSとか・・いくつ・・とかわかります?あ・・ここ見れば

 わかります。あ・・僕のと同じだ」とか

 

本当に爽やかな対応で、テキパキ

 

さっきのは悪魔だ!

この彼は天使だ!

 

よ~し!相殺できた(^o^)

 

結果が良い方だと気分も良いですね~

 

後で、アンケートが来たから、た~~~~っぷりと書いてやったぞ~(笑)

と、今度は私が悪魔の笑みを浮かべた・・

 

 

締めの葬儀の事は、書かない事にしました。

ただ、私は最終的な母の姿・・は見ることを拒否しました。

 

完璧な美しさを私の脳裏に焼き付かせてくれた母への敬意です。

 

 

色々な事務的な手続きとかGWに邪魔されて、思い通りに進まない。それが

却って面倒だ。元々仕事でも、始めたら一気に最後まで~!と完遂して

さぁ、終わったゾ~!主義なので途中でストップすると、イライラ~

 

 

施設へ残った荷物を運び出す為に従兄弟の1人が車を出してくれたので助かった。

介護士さん達が寄って来て、また泣かれた。

1人だけ交流のあった方が、「知らなかったの!」と来て号泣

 

帰りに、近所の八百屋さん(昭和時代のおじさんが昔ながらのやり方で店を開いている)花や鉢植えも置いているのだが、前日に「アァ、これいいな」と大きめの鉢植えの真っ白い花を予約しておいたので、それを取りに寄った。

 

先日、母の他界を告げたら、「そうか・・ダメだったのか・・・」と、

そっと前掛けで涙を拭った・・昭和の男!

 

花を取りに来たよ~と言ったら、「待ってな、今・・包んでやるから」と

ん?小さな紙袋を出したから、あら?何かと間違えているかな?と

思ったら、そうじゃなかった。

 

販売している石焼き芋の大きめのを一本取って、袋に入れ

 

「お母さん、最後に『おいも食べたい』って言ったんだろう?」

え?覚えていてくれたのか?

 

「これ、お母さんにやってくれ」と、下を向いて鉢植えの花の方へ。

肩がかすかに上下していた。

 

このオジサン、二十数年前に父が他界して、新盆の時

メンタルの病気になっていた母が、いきなり「お盆の支度をしていない!」と

言い出して、慌てて色々と買い集めたのだが、最後のオガラとミソハギが

なかった。

 

この時、この八百屋のおじさんに聞いたけど、ここでも売り切れだった

そしたら?

「待ってな」と、奥に行き、その二つを持って来た。

 

「お父さんを迎えるんだろ?新盆だから、ちゃんと迎えてやろうな」と、

それをくれた。

「もう、なかったんでしょう?」

「うちのだけど、半分やるから。いいから、いいから。来られなかったら

 お父さんがが可哀想だ。いいから、使いな」

 

と、自分のところのを、分けてくれたっけ。

 

 

父も、あちこちで他人様を笑顔にしたり元気にしたりしていた人だから

と言うこともあるけど、この八百屋のオジさんは、本当に

昔の日本人そのもの。

 

人情にあつい・・

昔世代の男です・・

こういう人が、どんどん居なくなるのが、淋しい日本だな~と、

つくづく思います。

 

このオジサンにも長生きして欲しいな~

 

施設の部屋へ行くと、ベテランの女性介護士さんが泣きながら、母の身体を綺麗にしていた。

 

「まだ着替えさせたばかりだけど・・新しいのに変えますね」。と、涙ボロボロ

 

他の介護士さんたち(あの献身的な男性も、インドネシアのVさん、食事時に係でいてくれた人達、その他)が

次々にやってきて、

「〇〇さん!もっと、たくさんお話できると思って退院を喜んでいたのに・・!戻っておいでよ」と

口々に母に呼びかけてくれた。

やっぱり可愛がられて居たんだよね、お母ちゃん。

 

「お母さんね、嫌われないようにしてるんだよ」と、小首をかしげながら言った事がある。

大丈夫、貴方はどこへ行っても居るだけで可愛がられるんだから・・と、私は言っていた。

本当に、どこの施設でも病院でも・・とにかく人から可愛がられる人だった

 

小一時間して医師が到着。

確認して臨終宣言・・これが死亡時刻になるだと初めて知った。

 

葬儀社が来るまでの間、母と2人きりにしてくれた。

手を握り、まだ柔らかさの残って居る身体を抱きしめて、頬ずりし、今迄育ててくれたことや

年齢に拘わらず甘ったれさせてくれた事を感謝し、有難うと言った。

 

手が冷たくなってくると、怖くなった・・

どうして良いかわからなくなり、いきなり冷蔵庫をあけて中に作っておいた

氷水や氷を取り出し、洗面所にぶちまけて、水でザーザー流した。なんでこんな事しているんだろ・・

私の手が冷たくなってしまったので、

 

「お母さん、手がね・・氷みたいになっちゃった」

と言って、母の冷たい手を私の手の上に乗せた。

そしたら・・・

そしたら、凍り付いた私の手に柔らかい、いつもの母の柔らかい手の感触とぬくもりが伝わって来た。

 

もしかして!生き返った!?と、鼻の下に指をあてたが・・息はない。

でも、私の手は母の冷たい筈の手に包まれた、暖まって来ている。

 

母の手が・・実は冷たいんだ・・と気付いた時、

私の手はすっかりあたたまっていた。

 

後で、その話をしたら介護士さんが

「お母さんの最後のプレゼントだね、愛情だね。」

と、またボロボロと涙をこぼしてくれた。

医師も、

 

「一生懸命、お母さんに寄り添った貴方へのプレゼントだよ。お母さんからの感謝ですよ」

と言ってくれた。

 

葬儀社が母を搬送していき、私は暗い中を帰宅

 

バスが来ない。タクシーも来ない。昼間は通るのに・・

いくら待っても来ないので道路沿いを歩きだしたが、全く来ないので

コンビニの前からタクシーを呼んだ。

でも、混んでいるのか一向に来ない。だんだん空しくなって来た。

そんな時、一台の自転車が止まった。

 

「〇〇さん、どうしたんですか。」

インドネシアの介護士Vさんだった。丁度、帰る所で私を見て来てくれた

タクシーが来ないから待ってると言うと

「暗い所で1人、ダメです。私います」と言う

「もう帰るんでしょう?疲れているんだから、早くお家に帰って休んで」と言ったが

「大丈夫。一緒に居ます。一緒にお星さま見ましょう。とっても綺麗です」

彼女は、私のそばに居て、母の事は一言も言わなかった。星がきれい・・とか、

少し風あるけど、気持良いですね?とか、優しい微笑みで私を癒やし、心を温めてくれた。

 

そして、タクシーが来るまで、本当に寄り添っていてくれた。

有難う!

 

帰宅すると、なんだか・・

元気な時の母が・・家に居る気がした。

 

妙な落ち着きと冷静さが自分でも不思議でならなかった。

「お母さん、そこに居る?」と、自然に言葉が出た。

 

お膳の前に座ったら・・以前みたいに隣に母の気配を感じた気がする。

それで・・以前みたいに母と手を繋いだ・・・気がした。

 

 

施設に戻って、良いことがあった。

時期的に介護士さんたちの入れ替えがあり、新しいメンバーが。

その中に50年配の男性がいて、彼が母のフロアーの担当に配置された。

 

驚きました。

本当に驚きました。母は幸運なのか、これまで自分以外の人達に尽して来た人生の

ご褒美なのか・・

 

この男性介護士さんAさんの介護振りは、まるで自分の母親に精一杯尽すが如くの

献身的な対応

 

食事介護は、もう何も口に入らないので一口食べさせるのだけでも大変

スプーンで口元に持って行ったって、はい、食べて!と言うわけには行かない。

これを実に根気強くやってくれていた。

入居者を〇〇様と呼ぶ、この施設だが・・

 

「はい、おかあさん、おいしいよ。少し食べてみようか?ね?ほら・・あ~

 そうそう、えらいな~食べられたね?ゴックンはゆっくりでいいからね。慌てないで・・大丈夫?アァ、えらいえらい。出来たよ。大丈夫だよ。こうやって少しずつ食べて行けば、元気になるからね・・」

 

と、こんな具合だ。10年以上のキャリアがあるそうで、流石だが

彼はただの年数ではなく介護士の仕事に真剣に向き合って、どうしてやったら

お年寄り達が少しでも幸せ気分になれるんだろう・・と、いつも模索して勉強しているそうだ。

 

私が居るからではなく、不意に行っても彼の担当だと同じようにしているから

誠心誠意の人なんだろうな・・と感じた。

 

そして、もう1人

この施設では初の外国人・・インドネシアの若い女性がきてくれた。

Aさんに教えられながら「はい、はい」と真剣に学びながら介護してくれるのだが

お・・恐ろしい程の美人・・・インドネシアのお姫さまか!と言う位のすごい綺麗な

綺麗な女性。

 

東南アジアの女性は年長者を敬う・・とは言うが、前の施設じゃベトナムの

衛生管理大丈夫か?と言う事がしばしばあったので・・

 

彼女は・・V さん。

優しい、物凄く優しい・・・母にかがみ込んで一生懸命、優しい声で話しかけ

母もあまりの美貌のお姫さまの顔を見て、ジッと見つめる事が多い

優しいトーンと、優しい仕草・・時に床に膝を付いて、母に近づき

「〇〇さま、これ・・とっても美味しいです」と、スプーンを近づけると

母は、彼女には気を許しているようで協力していた(笑)

 

良い介護士さんたちが入ってくれて良かった。

 

それと基本的に母は他人に迷惑をかけるのが絶対イヤなので、

オムツを替える時や、身体を清浄したり着替えさせたりするときに

誰が担当でも、横を向かせると反対側の手すり(ベッドの)を掴んで身体を向こうに

向ける・・協力態勢大!

 

そして食事も口を開けないけど、「お薬だけ飲んで欲しいな~」と言うと、それに

必ず協力する。

 

だから、マニュアル介護士以外は皆、「ご協力有難うございます」と笑顔になっていた。(マニュアル介護士は外してもらいました。はい、食事。食べない?じゃ片付けます的な人)

 

日に依って、目を閉じたまま何も話さない時もあったけど、まだ大丈夫

聴覚は最後まで大丈夫と聞いていたので、私は後で悔いる事なきよう

今迄の懺悔(これが多い)と、感謝と、どれだけお母さんが好きか・・を

毎日、毎日耳元で言い続けました。いつも手を繋いで・・握って

 

ある日、具体的に「いついつ・・こんな事があったとき、酷い事いってごめんね。

本当はすごく嬉しかったのに、私がいじけて、お母さんに意地悪言っちゃったよね。」と言ったら、母が毛布をひっぱりあげて顔を隠した・・泣いちゃった・・母との暮しでは、ごめんね・・・が多すぎる私でした。

 

もう声が出なくなってしまった頃、

耳元で言ったんです。

 

「お母さん、今度また生まれ変わったら、〇〇ちゃん(私の事)のお母さんになってくれる?」

 

母がしっかり二度頷いてくれた。

「また、我が儘娘を育ててくれる?」

また、二度頷いてくれた・・・それで、じゃあ約束・・と、指切りしました。

 

そうそう、ある日スキヤキを作ったんですが、スキヤキのタレを使ったのに

美味しくなかった。それを母に言ったら、首をかしげた。

だから、

 

「お母さん、また家にもどって作ってくれる?」と聞くと

頷いてくれた。丁度来た施設の看護師さんにそれを言うと

「ワァ、いいですね。〇〇さま~私にもスキヤキ作ってくれますか?」

そしたら、母が首を横に振った(笑)

 

 

料理が上手な母です。縫い物も何でも見たら、すぐに作ってしまう。

習った事がないのに、どういう風に出来て居るか頭の中にパズルが組立つように

浮かぶらしい・・抜群に頭がいい。(ちなみに私にその遺伝子は来ていない(T_T)

 

母のまぜご飯が食べたくて食べたくての私に、

病院にいるとき、こんな事を言ったっけ。

 

「きのうね、お弁当作ってあげたよ。」

「誰に?」

「お前に(ニコニコ)」

「何を作ってくれたの?」

「まぜごはん」

 

夢で作ってくれたんだ~(^o^)

 

そう・・夢と言えば

やはり病院で、こんな夢を見たと言った

 

「お母さんね、死んだ夢を見たの・・それであんたが、無理矢理そこから

ひっぱり上げて・・真っ白い所を歩いたの」

 

「真っ白な所?怖かった?」

「怖くないよ。だって、お手々繋いでいたから(^o^)」

 

切なくなった・・

ずっと手を繋いでいるからね・・・と言うと

「うん」

「だから、どこ行っても怖くないし、心配ないよ」

「うん」

 

 

 

今月になって、かなり動かなくなって来ていた。水が一滴も飲めなくなっていたから

私も・・さすがに・・

 

16日 帰るね・・と言ったら、イヤイヤイヤイヤと首を横に振ったので

少しだけ延長したが・・ずっと居られないので、明日また来るねと帰った

 

17日 何の反応もない。手を握り続けた

 

18日 眠って居るだけ・・・なのに、この日は私が手を触ると振り払った。

え?と、また今度はそっと指にふれた。スッと離れる。反対側の手に触れると

それも避けられた。動けるの?手だけ?どうしてきょうは、まるっきり触らせてくれないの?

手を繋いでみた。すると、こんな力があるの?と思う程、押しやられた。

 

「ご機嫌悪いのかな?じゃ、また来るね」と、1時間早く帰ることにしたのだが

戸口で、母を見た時 なんか胸騒ぎがした・・

いつもと同じ姿でベッドにいるのだが、何かが胸をざわつかせた。

それを振り払い、気のせいだと自分に言い聞かせて帰ったら

 

1時間ほどで施設から電話。

「呼吸がとまっています・・・」

 

アァ、やっぱり!!と、思った。

お母ちゃん、私が居たら逝けなかったのね?だから、追い払ったんだね?と咄嗟に

感じた。

 

 

 

 

今年1月に100才の誕生日を迎え、施設では初めての”おめでとう”祝いと

言うのをしてくれた。

100才とは誰も信用しない若々しくて美人で、人なつっこくて人気者

1人で歌を歌って皆に聞かせ、誰もかまってくれなくても1人で塗り絵したり

歌詞を写したり・・で、この年齢になって初めて『文字を書く』苦手分野を撤回

 

介護士さん達から、ついつい・・このお部屋に来ちゃうの~♪と、可愛がられていた

 

その母が、1月23日に咳が酷くて止まらないから・・と、施設から呼び出しが来たので急いで飛んで行った。

この辺、略しますが赤十字病院に救急搬送。

年齢的にヤバいと言う医師がびっくりするほどの回復をして、1週間後には

ナースステーションのど真ん中で、塗り絵をして看護師さんたちに

「可愛い、可愛い」と言われて居た。

 

そして2月10日頃に退院

 

この後、私は推しのたつみ劇団を見に大阪日帰り、翌日は東京ゲスト公演・・を。

そして翌日 母の所へ。

 

母はそれを待っていたかの様に翌日、高熱を出して再び救急搬送

 

感染症だという。なんでだよ!?急に

医師は、持ち直してくれると良いけど・・と言っていたが、幸い

菌がわかったのでそれを退治。再び元気になってきて、

来週、退院できそうですよ。と言われた途端、まるで・・そうはさせるものかと

何かが脚を掴んだかのように、別の菌に襲われた。それからは急降下

 

 

どんどん体力が落ちて行き・・

物が食べられなくなって来た。点滴で栄養補給をしているから状態を

保っている・・と言う具合で・・

日1日と飲食の量が減って行く。好きな物は?と、看護師さん栄養士が来てくれて

考えて提供してくれたが、もう殆ど 食事拒否になってしまい、

私が持って行くイチゴを少し食べたり、病院で出してくれたカロリー〇イトを

食べたりして、なんとか繋いで居たが・・

 

急性期病院なので、治療がなくなると入院していられなくなる。

 

眠って居る時間が多くなった。

老衰です。と言われても頭は抜群にしっかりしているし・・何しろ認知症ゼロですから

 

どこが老衰だ?

動けないから?

確かに弱って来ているけど、病院にいるのに、何も治療なし?

と、私は歯がゆいばかり・・

 

退院して欲しいけど・・何を望みますか?と、残酷な選択を迫られた。

 

このまま何も出来ない状態。

つまり?

 

最初の面談で、辛い目には遭わせたくない・・と答えた事から

それじゃ、施設に戻って、そっとしておく事ですね?と言われた。

返事はした。だって、それしかないんでしょう?

 

でも、それ以来、ものすごくイヤな気分になった。

だって、それって

まるで、あの世行きのプラットホームに母を送り込むみたいじゃないですか?

しかも、施設はビジネスライクで、淡々とした対応

 

「施設は病院じゃないから点滴も何もできませんよ。いいんですよね?それで」

 

物の言い方を少し考えろ・・と、イラッとした。

 

それで再び、医師と面談

ぶっちゃけた言い方をした。感情も表した。

 

「私、ものすごい罪悪感がある。」と言った途端、優しい穏やかな医師が

怒鳴った。

「罪悪感なんて言っちゃダメだ!絶対にダメだ!貴方は、お母さんが入院して

毎日来て、2時間も3時間もずっと手を握っているじゃないか。こんな事 医師の私が言ってはいけないけど、他の高齢の親を入れている家族は、週に一度くればいい方で

10分か15分で帰りますよ。貴方の事は医師も看護師も皆が知ってる。それで罪悪感なんて持っちゃいけない!」と。

 

思わず涙が出ました。

 

そして、今後たとえば転院させても両腕がもう血管ボロボロで、今は足に点滴をしている状態。これを続ければ本人が一番辛い。身体がどんどん浮腫んで行く。

胃瘻や、鼻からの栄養補給も辛いものですよ。と説明された。

 

それで、施設に戻す事にした。

看取り・・と言う状況で。

 

相変わらず、つっけんどんで「看取りでいいんですね」なんて

言われたけど、我家には置けないから仕方ない・・毎日、会いに行ってチェック

してやる!と、決心した。

 

そして、退院の日

母は、「お母さんの靴ある?どれ着て帰るの?」なんて言っていた。

 

さてさて・・いざ、施設に戻ったら・・・

ロビーにセンター長を始めとして、介護士さん達がズラリと迎えてくれた。

ん?安心・・・ホッとするものが私の中に湧き上がった

 

そして、部屋に行くと・・

色んな介護士さんたちが次々に来て

「〇〇さん、戻って来てくれて嬉しいな」と、ハイタッチしたり

手を握ってくれたり、

「また、歌を歌おうねー」と・・・男性の介護士たちから特に

モテまくっていた(若い時からだけど)(^o^)

 

 

施設の医師とも改めて話した。

病院に見舞いに、一度母の姉(102才)が来た時、母は

初めて甘えた。「ねぇちゃん、ねぇちゃん!!」と、昔に戻った様に。

その話をしたら、医師が

「看取り解除された人達もいるんですよ。そういう精神面での嬉しい力が

治してくれる事もあるから、それを祈りましょう」と、言ってくれた。

もちろん、気休めなのはわかるけど・・そんな優しい言葉に支えられた。

 

 

長くなったので分けます・・

 

 

 

 

 

 

ラストショーに向けて・・

その他の写真を順不同に・・

 

 

ライライと大空座長の相舞踊

 

 

そうそう、たつみ座長、夜の部では

”春夏秋冬屋形船”踊ってくれました。

小粋で、色っぽいあれですわ~久し振りだなぁ~

ルンルン・・・(^o^)(^o^)(^o^)

 

 

ラストショーです。

ご確認を! しっかりと団体舞踊(何たる表現!)ですからね~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大空座長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お疲れさまでした~!!

 

改めまして本日のゲスト様、津川らいちょう座長と・・

 

たつみ座長

 

以前、ポスターで拝見した事があって、1度お会いしたいと思っていたんです。

その後、”座頭市~~”と言う踊りを見て、『ワァ・・すごいな。こう言う踊りの表現があるんだ・・と、ますます気になっていたんです。そんな時、ライチョウ座長から

ゲストの話を聞いて・・こうやって押しかけて来た次第で・・」と、たつみ座長。

それに対して、大空座長が『いや・・とんでもないです』と、しきりに恐縮

 

和気あいあいのラストトーク

 

昼夜大入り4本!

おめでとう御座いま~す

 

そして、手打ちのシャンシャンシャンが終わってから、

終わってから・・?

とどめだ~!!嬉しいとどめ!

 

 

お疲れ様でした

 

 

 

 

夜の部のお見送り。昼のはツーショットだったのでカットします

 

 

大空座長の長男くん・・

昼の部で、森の石松があまりに素晴しかったので絶賛

「パパをすぐに抜いちゃうんじゃないの?」

と、言ったら、内緒話風に笑って

 

「それって身長の事ですか?」とイタズラっぽく笑った。

この子は、踊りもすごいがエンタメ性すごい!!

 

 

そして、大空座長

ものすご~~く感じ良かったです!

 

前述しましたが、どこか若丸風のメークで似ているから勝手に親しみ

沸いちゃうのですが・・

期待以上に感じ良かったです。冗談も通じるし・・

褒めたら、すっごく喜んでくれたのも嬉しい!

 

 

楽しい日を過ごせました~~(^o^)

 

※ まとまりのない雑然としたブログにお付き合い下さり

有難うございます