高齢者が多いせいか、昨今さかんに言われて、煽られるように
あちこちで行なわれているのが、断捨離
一向に捗らないし、いくらやっても、荷物が減らない昭和時代の
つまり、高齢者達の多く
若い頃、書く方が好きだった私を、読む世界に一気に引き込んでくれた
五木寛之さんのエッセイに久々に出会って、メルカリで購入しました
五木さんは終活なんてしていない、断捨離もしていない
いままで自分と共に歩んできた様々な思いが、一つ一つの物にこめられている。
それを見て昔を思い出す事もある。
自分の歴史を思い起こすヒントにもなる
捨てる必要などない・・・と語っている。
思うに、物がなかった、食べる物も着る物も、現代のように飽食時代なんて
夢の夢で、当時はクズ屋さんと言う職業があり、私が子供の頃にもしばしば
来ていた。
小さな女の子を連れて。我家も貧しい家だったが、当時の庶民は、そんなものだったから、食うに困らず(母の家計管理が優れていた)着る物に困らず(母の裁縫の腕のお陰で、布さえあればどんな物でも作ってくれた)
クズ屋さんの連れてくる子供に私のお古を、母は何度かあげていた。
そんな時代を過ごして来た者にとって、要らなくなった服はどんどん捨てて
スッキリした方がいい。必要なら買えばいい・・って、何度聞いても
どうしても違和感が出る
きょう、徹子の部屋に川中美幸さんが出ていた。
彼女は、断捨離を何度かやったが、今は、一切していない、と言っていた。
「無理に捨てる必要ないじゃないですか。そこに私の歴史があるんですよ。逝った後に迷惑をかける?いいですよ、その時は全部捨てて下さい。私が居る間は、私と共に居て欲しい。それに終活って、もう気持が暗くなりますよね。もう死ぬために
一生懸命片付けろって言われているみたいで。私はまだまだ生きていきます。
生き生きと暮したい。」
TVーCMを見ても、年寄りさっさと死への旅立ちの準備をして
冥土の旅ツアーに申し込めって言わんばかりじゃないか。
加藤茶も、終活して安心・・とニッコリ
俺はいつ死んでもいい?
ニコニコ顔は本心?
死神があの世ツアーの添乗員として来るのを、「準備できています」と
すっきりした気分で、バスに乗れる?
他の人にも、それを勧めている?
そんな事、あるものか。
人間の生への執着心って、本能ですからね
理屈通りに行く物ですか
特に今の高齢者達は、苦労を重ねて来て、時代をみつめて来ていますから
令和時代のドライなロボット人間みたいに
行く物ですか
老害、老害って
こっちから見れば、若害~ガキ害
なぜ、言わぬ?