仕事と家庭を両立しながら
海外女子旅プランニングと
ボタニカルアート(植物画)を愛する
美衣(Mie)です。
ひとり娘(現在24歳)
の子育ての日々。
最終章です。
高校時代
公立進学校に入学。
制服なし(式の時に着るだけの制服あり)
ピアス、茶髪なんでもOK
という自由な校風。
でもそれは
生徒の自主性を重んじているから。
娘が憧れた高校。
そんな高校に入り、
『沢山の中のひとり』
に落ち着いた娘。
とはいうものの、
1年生の1学期に
学校へ通う電車で息苦しくなり
電車を降りて
私に連絡してきた娘。
「お母さん、電車に乗れない」
「そのまま家に帰っておいで」
娘は
しばらく電車に乗るのが怖くなり
私が車🚗で学校まで送ること数日。
出勤前に娘を高校まで送り、
家へ戻って車を置いて
会社へ行く。
なかなかハードな日でした
「中2の壁」再来⁉︎
と思いましたが、
程なく始まった文化祭準備。
生徒が自主的に運営するため
「文化祭実行委員会」
なるものが発足し、
1年生から3年生の有志が集うその会に
またまた居場所を見つけた娘
大学進学に際しては
もう親がどうこう言えることもなく
自分で頑張るしかない。
娘の高校では
浪人してでも
本人が行きたい大学に行かせてやってください
と保護者に伝えられ、
浪人者多し
娘も御多分にもれず
行きたい大学1校しか受験しない
という無謀なことをやってのけ
見事玉砕!!
1年間の浪人生活
これまでにないくらい勉強をし、
理系から文系に変わるという
破天荒なことをやる
チャレンジャー
いったい誰に似たんだ?
最終的に
志望の大学には
行けませんでしたが、
小学校の頃から大好きで、
母娘でよく行った京都で
4年間
初めての一人暮らしを満喫しました。
大学時代
最初は不安だった一人暮らしでしたが、
すぐにひとりを満喫
大学ではお友達にも恵まれました。
保育園時代から高校まで
一緒だったお友達
高校の文化祭実行委員で一緒だった
男子達
大学は違えど同じ京都で一人暮らしの
仲間達に誘ってもらい
素敵なフレンチレストランでの
アルバイトを4年間続けました。
ウエディングもしているそのお店で
花嫁花婿のご親族へのご案内や
アルバイト代では割に合わない
責任ある仕事をさせてもらったり
大学の勉強だけでなく
社会の学びもしました。
大学4年間
家に帰ってくるのは
お盆とお正月くらい。
その他で帰ってくるのは
地元のお友達に会う為で
自宅は寝に帰る感じ
今の子って
こんなものなのでしょうか?
4年間
干渉せず、
何かあれば言ってくるでしょう
くらいで
非常にクールな親子関係だったと思います。
でも、
それも中学2年生の時の出来事で
私が学んだこと。
娘が
自分ではどうしようもなくなった時
一度だけLINEをしてきたことがありました。
具体的に
何かを言ったわけではないけれど
異変を感じた私は
「土曜日にちょっとだけそっちに行くね。」
と娘に伝え、
娘が喜びそうなものを買って京都に向かい
バイト終わりの娘と
お茶だけして
話を聞いて
帰りました。
娘がSOSを出した時に
そばにいて
話を聞いてあげる
それだけで
充分だと思っています。
大学4年生~就活~
都会好きな娘は
支店などが都会にある会社を
狙って活動していました。
しかし、
東京へも面接などに通ううち
ここでずっと働く
生活 する?
と思い悩み
自分のいる場所は
東京ではない
と結論を出しました。
最終的に
関西にある
3つの会社に内定をいただきましたが
地元の会社に就職を決め
今年の3月に
京都から神戸へ戻ってきました。
大学が決まり
京都に出すときに
もう戻ってこないだろう
と覚悟して送り出しましたが
今は毎日娘のお弁当を作り
会社に送り出しています。
お金が貯まったら
一人暮らしする
と宣言しているので
そのうち
出ていくのでしょうが
やはり娘がいてくれることは
ほっこり
心が暖まります
娘と私。
性格的に
とても似ているところが多いです。
そのために
お互いのことがよくわかります。
何を考えているのか
何を感じて
何を欲しているのか・・・
だからでしょうか
おもしろいことに
シンクロすることが多いのです。
特に苦しい時。
娘が浪人時代の大学受験の時期
私は初めての任された
イベントの本番でした。
娘が就活で苦しんでいた時
私は会社で未だかつて行ったことがない
大きなイベントのリーダーとして
残業につぐ残業
そして
ハードな10日間の本番を迎えていました。
お互い
「しんどいけど
頑張ろう」
と励まし合いました。
就活の際、
面接では
自分の性格、長所をきちんと把握したうえで
答えないと
取り繕ったところで
いずれボロが出る。
そのためには
自分の育った環境
どんな子供時代を過ごしてきたのかを
詳しく知る必要がある
と言われ
どんな子供だったのかを
娘に聞かれた
2人で
1時間以上話していたことがあります。
「好奇心旺盛で
何にでも興味を持つ子だったかな」
エピソードを交えながら
娘に話すと
娘は
「何かやりたい!って言った時
ダメって言われたことなかった。
なんでもさせてくれたよね。
私の話を否定せずに
ちゃんと聞いてくれたよね。
感謝してる。」
そう言ってくれました。
うるうる~
泣いてまうやんか~
私が子育てで貫いてきたこと
娘が興味を持ったこと
やりたいと言ったことは
何でもやらせてあげよう。
子供としてではなく
ひとりの人間として接すること。
それを
娘はちゃんと感じ取ってくれていた
とても嬉しかったです。
一緒に住む今、
週末に
作り置きおかずを準備していると
「手伝うよ。」
と声をかけてくれます。
一人暮らしをいたことで
全て一人でしないといけないことを経験し
働きながら
家事、子育てをしてすることが
女性にとってどれだけ大変かを
何も言わずとも感じ取ってくれています。
冷静で
しっかりもの
理論的に物事を考え
客観的に周りを観察する
私が相談すると
的確で
クールな答えを返してくれる
我が家で一番オトナな娘。
あとどれくらい
一緒に過ごせるかわかりませんが
もう少しだけ
母娘の時間を
楽しみます
そして来年は
初めての「母娘海外旅」を
実現させたいと思っています。
長い
長い
ひとり娘を
育てた話。
読んでくださって
ありがとうございます
それから・・・
⇒娘との日々 そして、今