おはようございます。
「小・キヨブタ作戦」の
続きです^ ^


国際水泳場には、メインとサブとダイビングの3種のプールがあり、それぞれ団体や大会利用時以外は、一般公開されています。


ダイビングの練習をするには、受付でダイビング利用券を受け取り、初回の人はオリエンテーションDVDを見れば利用できます。

まず、私はサブプールで水に身体を慣らしてから、ダイビングプールに向かいました。

飛び込み台は、1・3・5・7.5・10mと用意されていて、ダイビング2回目までの人は3mまで利用できます。
他に、30cmの台などあり、まずそれで練習して、段階的に1m、3mに挑戦していけば、済む話だと思っていました。





が。







30cmですら、脚が止まるのです。
「こ、これは...」と、腰がひけるような気になるのです。


何故ならそう、ダイビングプールは、ただ飛び込み台があるプールというだけではなく、水深が5mもあるプールなのです!


想像できるでしょうか。
ゆらゆらとゆれる青い水面の向こうのタイルが、とても遠くに見えるのです。
ふちの壁も、見たこともないくらい下に伸びています。

ビルの1階分が3mとすると、約2階分です。

普段のプールは、水深大体1.2、3mほどで、脚がつかないなんてことは考えられません。
だから、水なんて怖くない、と思っていられるのですが、5mとなると、脚は絶対に着きません。
また、水深5mのプールに入ったことなんてないので、「ここに飛び込んだら、どんどん沈んで行って浮き上がるのが困難なのではないのか」なんて妄想が浮かんできます。

そうして、30cmの台の上を行ったり来たり、他に飛び込みをしている人を見ている内に笛がなり、プール場内の休憩時間になりました。


このままでは、私は飛び込むことができない
そう思いました。


何をどうしたらいいのか、皆目検討がつかないのです。
(最初にみたDVDは、飛び込みの型の紹介ばかりで、初心者の飛び込み練習には、毛ほども触れていなかったのでした(°_°))

そこで私は、1mと3mで練習していた、若いおじさんとお兄さんの2人組に、ジャクジーで話を聞いてみることにしました。


私「あの、質問してもよろしいでしょうか...」
おじさん「はい、大丈夫ですよ!」
私「ありがとうございます(優しくてよかった...)!
飛び込みの練習にきたのですけど、飛び込むのって、怖くないのですか?」


そうしたら、お二人は、いろいろ教えてくれました。

深いのは全く怖くなく、逆にブレーキをかけないと足を怪我するのでそれに気をつけなければいけない。
(4mほど沈むこともあるので、5mだと足りなくて怖いこともある)
棒の状態から、手足を広げて身体を大の字にすることで、ブレーキをかける。
落ちるのは一瞬である。
飛び込まずに普通に水に入って潜水してみて、深さを確かめてみるといい。
そうしてから、台からではなく縁から飛び込む練習をすればいい。
ダイビングは、決して危ないスポーツではないよ。
...


私はそれを聞いて、なるほど、飛び込まずに水に入ってみて、5mの水深を確かめれば恐怖も減るし、ふちからなら、普通にプールに入るのと同じに思えるだろう。未知でなければ恐怖も減るだろう、と思い、試すことにしました。

これで少し活路が見えてきたぞ、と思っていたら、なんと、
お兄さん「では練習してみます?」
と提案までしていただけました!

ちょうど休憩時間も終わったのでジャクジーをでて、プールのふちで練習をします。
まず普通に入水してみます。
すると、身体はよく浮きますし、脚がつかないことは、思ったより怖くありませんでした。
そしてお兄さんが飛び、それを私は水の中から見て、どのように身体が沈んでいくのかを見ます。
確かに、結構身体は沈んでいき、でもすぐに上に上がってきました。
本当はそのあと、潜水して床までいく予定でしたが、私が沈めずそれは断念。

次におじさんが、ふちからの飛び方を教えて下さいました。
1.腕を横にあげる
2.それを上に振り上げる
3.腕を下げつつしゃがんで溜め、腕を前に降る勢いで飛び込む!

私「1、2の3ッ...(ヒッ、怖い」と躊躇。
けれど5,6回目ほどでジャンプした身体は、水の中に割り込んでいきました。

飛び込みって、見ているだけなら、ただ身体が水の中に入っていくだけに見えていました。
水槽に小石が沈んでいくように、静的なものだと。

しかし、実際に飛び込むと、ごぼぼぼぼ、と水の抵抗を感じながら身体が沈み、鼻に水が入ったと思ったら身体は水面を目指してわっさわっさと上昇する、という、とても動的なものでした。
どちらかというと、辛いです笑

その、沈んで上がる、水中独特の感覚は、楽しくもあるのですが、体力もかなり使うなと思いました。


こうして、なんとか0m飛び込みができるようになった私は、帰宅するお二人と別れ、1mに向けて自主練することにしました。
梅雨が明け、日差しはあるものの湿度がなく過ごしやすい最近の東京です。

みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

私は昨日、行って参りました!
東京都江東区は、東京辰巳国際水泳場へ(o^^o)


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何故ならば、この水泳場ではダイビングプールを一般公開しているからです。

そう、私はプールへダイブしに、辰巳駅へ降り立ったのでした。


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駅出口の辰?


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とても気持ちのいい並木道。

何故ダイビングかといいますと。
私が敬愛し憧れるお姉まさの一人である福寿草さんが、ダイブしたからです。

それだけでは何のことやら、ですね笑

福寿草さんは高いところが苦手だそうです。
脚がすくむだけでなく、手脚の力が抜けて座り込んでしまうこともあったそうです。

内臓がすわーとなる感じ、分かります。私もジェットコースターに乗ると、そのすわーが気持ち悪くて怖くて仕方がなかったです。

ジェットコースターでなくてもすわーとなるとは、高いところが本当に苦手な方なのだな、と思いました。
しかし、そんなに怖いのに、福寿草さんは「ありたい己」であるために、「恐怖を感じていても自分を信じる」ということを実行するために、ダイビングに挑戦すると決めて、その数日後に実行したのです。
(と、私はブログから読み取りました(^^;)


その行動の早さと、思いと行動が一致している姿に、私は胸を突き動かされました。
また、その柔軟で、恐怖に向き合う強い姿に私も近づきたい、と思いました。

また、その前に読んだ、プラクティスさんの記事に触発されたからというのもあります。

「バンジージャンプの意義」

少し長くなりますが引用します。

(ここから)
学校の時に、自分は注射を打たなくても良いことをしっている子供が、他の子供に、注射なんてビビるなよ、とか、大丈夫だよ、とか言うような、あの感じです。

で、いざ、自分にも注射を打つことになったら泣く、みたいな。

(略)

冷たいんですよ。本当に。

言っていることとやっていることが違うんですよ。本当に。

(略)

で、こういう文章を読んで、はいわかりましたとか、勉強になりましたとか、気付きを得ましたなんてことは、誰にでも言える驕りだと言うことを今回、知ったハズです。

それらは、理解でも、勉強でも、気づきでも何でもありません。

単に、映画を観て感動しました的な他人事です。

本当の理解、勉強、気づきは、実践の中にしかありません。


飛び込まない人が、飛び込む人を見て、

「なるほど、そうやって飛び込むんですね、勉強になりました」

みたいな戯言は、戯れの言葉にすぎないのです。

(略)

ですから、「できない自分にこだわる」のを止めて、ビビッて足がすくんでしまうことに、飛び込んでみることです。

(略)

未来は、今の脳(考え方)を「できない自分にこだわる」のに使わず、

「できる自分にこだわる」のに使うことで、輝いて行くのです。

これが本当かどうか確かめる術は一つしかありません。

それは実際に、飛び込んでみること、です。


いくら自分は出来ると思い込んだって、飛べなきゃ嘘だから、です。
(ここまで)


こんな話を聞いたら、飛んでみたくなりません?^ ^

それで、私もダイビングしてみることにしました。

飛んだことない、だから飛んでみたい。
私も高いところ、というか足場が不安定な高いところが苦手だけど、だからこそやってみたい。
(ジェットコースターには、ただただ乗ったことを後悔します。ディズニーランドのスプラッシュマウンテンは、一目見ただけで乗るのを拒否しました。スペースマウンテンならなんとか楽しめます。タワーオブホラーは本気で怖がります)
また、去年バンジージャンプをしたとき、自らに、落ちることへのとてつもない抵抗感があることも、知っていたました(やすやすと躊躇無くなんて、落ちられませんでした)。

と言っても、なんとかバンジーは出来たわけですし、ビルから下を眺めるのは好きなので、飛び込みも、3mなら普通にできるだろうと思っていました。

しかしそんな楽観的な思いも、プールに近づくにつれて、緊張へと変わっていきました。
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さ-て、今日の真珠'sチャレンジは...(^-^)/


「イライラを、お菓子や食事で誤魔化さない」ですv(^-^)v♫


このイライラは、結局勉強が追いついていない焦りからくるものなので、ここでお菓子を食べて誤魔化しても、イライラは続き、現実は変わらないと思いました。


思うように復習ができてなくても、1問ずつでも、解くしかないです...。





(説明しよう!
「真珠'sチャレンジ」とは、理想の自分になるために、1日の中で、今までしなかったことで1つやること決めて実行する試みである。

1日の行動を全て今までと変えるとなると、大変な困難が伴う。

しかし、1日の中で1つなら、すぐに実行できるので、最近行っているのである。

ちなみに昨日は、
・22:00以降はiPhoneを使わない、寝る前に、寝落ちするまで深い呼吸をする
でした。)

昨日、「ここかもしれない。」という記事で、「踵の体重をかける位置を変えてみた」というようなことを書いて思ったこと。

「まだ『踵重心になっているか』ということを気にかけているのか。
結局同じところを回っているだけで、身体の変化は微々たるものではないか。

脚が細くなるような使い方は、踵重心だけではないし、レッスンなどで教わったので、使い方を全く知らないわけではないじゃないか。

なのに、今、「美脚な私」でないというのはおかしい。
今まで何をしていたんだ?

本気度は言うまでもなく、実践が足りないのだな。

踵重心というだけでなく、上半身は引き上げて、みぞおちから下全てを脚として、一歩一歩、どのように脚を使っているのかチェックして修正しながら歩くくらいでないと。

やってみよう。」

◎6/27金曜日の夜は、ファミレスにこもって朝まで簿記の勉強をしていました。

土曜日に講義があったので、それまでに予習・復習を終わらせたかった
からです。

その頃、早朝に起きての勉強ができないので、これは寝ないでやるしかない、と思ったからです。
自室だと寝てしまうので、ファミレスに行きました。
ファミレスは明かりが煌々とついているので、「ちょっと一眠り」という気にならないので。

◎徹夜後の予定は、翌日2コマ(6時間)講義がありそのあとウェイトトレーニング、翌日(日曜日)の午前は1コマ講義、そのあと棚卸し要員として出勤、月曜日も出勤、というものだったので、それらを考えると徹夜はあまりよろしくないとは思いました(特に棚卸しは長引くと聞いてういたので)。

◎しかし、私はどうしても予習と復習をして、講義に出席したかったのです。

何故なら、
・復習をして習った解法を身につけることで、1問でも解ける問題を増やしたいから
・これまで講義を受けてきて、予習なしでは教室講義にでていることを充分に生かせない、と実感したから
です。

私が今勉強しているのは日商簿記1級
の範囲です。
2級3級は、ある意味何も考えなくても、解き方のパターンをあてはめられれば解けるものだと思います。

だから、講義にでてざっくり理解して、問題集を解いていれば解けるようになっていきました(どうしても受かりたかった、とい思いもありましたが)。
何故こうするのか、を理解していなくても、これを問われたこれ、で処理していればよかったのです。

しかし、5月から授業を受けてきて、2・3級のときと同じようにしていたら、とてもではないけれど受からない、と思いました。

というより、「何をするためにこれをこうしてこうする」ということを考えて解かないと、受かる受からないの土俵に乗れないと思いました。
まず問題が解けないからです。

◎それで、というか単に時間配分を間違えためですが、上記のスケジュールになりました。

翌日の2コマの講義はなんとか大丈夫でした。
むしろ、これまでになく、必死に講師の話を聞いていました。
聞こうとしないと、聞かないからです。

(徹夜明けでのウエイトトレーニングは、もう金輪際しない、と決めました(*_*)
私が辛いだけならまぁいいですが、これで怪我でもしようものなら、ジムに取って迷惑ですもの。)

翌々日の、午前中の授業の帰りは辛かったです。

カフェイン剤のせいかお腹が気持ち悪いし、寒いし眠いしこのあとは作業だし、ということで、何なんだこの身体の状態は、と思っていました。

しかし、気持ちは身体とは裏腹に、

「あれ、徹夜したときより、勉強しないで寝たときの方が辛い。勉強したときの方が、プラスの気持ちになる」というものでした。

「よくやった」と自分を肯定出来るような、物に換算できない満足感を感じていました。

◎このとき私は、「私もやっと、勉強することが嫌でなくなってきたかな^ ^」と思って、少し嬉しかったです。

しかしそれは、少し思い違いでした。