FishFlyのブログ -10ページ目

FishFlyのブログ

音楽のブログと思っていたけど、狭心症になってしまったので「健康的な事」にテーマを変えよう・・

 Sentimental Journey

Sentimental Journey : 1970  Sentimental Journey 星4つ

 

 ポール・マッカートニーがグループ脱退を表明する直前の1970年3月にリリースされました。けっこう各自やっていたんですね。スタンダード・ナンバーを集めたものですが、けっこう歌えるものなんだと感心しました。ビートルズの時には10曲くらいしかボーカルを担当していないと思いますから、ソロアルバムを出すことも想定していなかったですね。特徴でもある、「ホンワカ」とした雰囲気が受けたのか、シングル盤が何曲もヒット・チャートを賑わしました。あと、バックのミュージシャンもジョンやジョージと共通する、ベースのクラウス・ブーアマンやドラムのジム・ケルトナーといった


Beaucoups of Blues : 1970 星3つ

 

ジョージもそうでしたが、ビートルズの呪縛が解けたのか、一番順調な感じのリンゴ・スターです。前作はジャズ・スタンダードをホンワカと決めて、今度は一番の得意分野と言えるカントリーのアルバムです。もう完全にエンターテイナーですね。音も良いです。

ただ私はそれほど好みのジャンルではないので、チョット聴いた程度です。

Ringo

Ringo : 1973 星5つ

 

シングルでは、自作の「明日への願い」や「ボークー・オブ・ブルース」などのビッグヒットを連発し、ジョージ・ハリスンとも共作で「想い出のフォトグラフ」や「ユア・シックスティーン」をリリースし、これも全米チャートで№1を記録するなど、リンゴは1970年代前半から後半にかけて元ビートルズのメンバーとしては最もコンスタントにヒット・シングルを連発しました。

どうも今考えると信じられない感じです。時代の要求に合致したんでしょうか。さらに アルバムでも成功して、このアルバムも全米1位にランクインしました。う~ん凄い!


より詳しくは
パワーブルースサイト   


オール・シングス・マスト・パス

All Things Must Pass : 1970 星5つ

 ジョージはビートルズ解散の前からソロ活動に対する意欲があったようで、まあレノン-マッカートニーの存在の大きさの中でやってれば、そうなるなとも思いますね。ソロ1作目はサントラ盤で「ワンダー・ウォール」と言うのが出たんですが、聴く機会が無かったです。2枚目は前衛的な作品で、シンセサイザー(ムーグ)で何かをやったらしいのですが、これも記憶に無いと言うことで、このアルバム「All Things Must Pass」から紹介します。

 これがまた3枚組のアルバムでしたが、かなり曲を作ったのに採用されなかったフラストレーションが爆発したのか、当時は例が無かった事だと思います。この3枚組みは、最初は無謀とも思われましたが、全米・全英のアルバムチャートで7週連続1位となる大ヒットを収めました。シングル「マイ・スウィート・ロード」も米英それぞれ4、5週連続No.1となりました。この曲は、後に盗作の裁判沙汰になり結果的には敗訴でしたが、世の中には盗作と思える曲がいくつも在りますから、私はジョージ・ハリスンの良い曲と思って聴いてます。

バングラディシュ・救済コンサート

Concert for Bangladesh : 1971 星5つ

 エリック・クラプトン、レオン・ラッセル、ボブ・ディランなどの大物が参加し、ジョージが主催したライブのアルバムです。イベントは大成功を収め、20世紀最大のロック・イベントとも称されたほどで、その模様を収めたこのライヴ盤は、1972年度グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーも受賞しました。全米・全英ともにNo.1にもなりました。ジョージの交流する人脈を含めた、ジョージのパフォーマンスが一番輝いた頃でしょう。
リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド

Living in the Material World : 1973 星4つ

 

 ビートルズ解散後のジョージ・ハリスンは初期のこの時期で極まったと言っても過言ではないと思います。ジョンとポールのソロ・アルバムはビートルズ時代の実績から当然それなりの評価はされると思いますが、ジョージのアルバムは「All Things Must Pass」から本作までの3枚で両者に肩を並べるところまで来た感があります。

このアルバム以降は疎遠になりましたが、当時はリンゴ・スターとともにけっこう話題性が高かったと思います。」


より詳しくは
パワーブルースサイト  

Mccartney

Mccartney : 1970 星4つ

Paul Mccartneyのソロ1作目ですが、一人で全部のパートをやっています。(奥さんがコーラス参加してますが・・)
ポールはギターも上手ですが、ドラムなどもかなり上手いです。「ジャンク」と「メイビー・アイム・アメイズド」あたりは、いかにもポールらしい名曲ですね。これには入ってませんが、シングルで「アナザー・デイ」もこの頃ヒットしてました。(メリー・ホプキンのプロデュースや曲の提供などもやっていた記憶があります)



ラム

RAM : 1971 星5つ

ポールのソロは、当時は賛否両論が多く、私はよく聴いてはいましたが不評だった気がします。後には見直されて名盤とも言われたりしてますが、世間の評価をあまり気にしないで聴くなら、これはよく出来たアルバムだと思います。当時はジョンよりもポールをよく聴いていました。


ワイルド・ライフ

Wild Life : 1971 星4つ

やっとバンドを結成した感がありましたが、それほど評価されなかったような気がします。私はけっこう聴きましたが、確かに後の2枚に比べるとシングル・ヒット的な曲はないですので地味ではあります。まだバンドとしてよりもポールが一人でやっていた事の延長線上にある感じです。それでもよく聴いてましたが・・・


レッドローズ・スピードウェイ

Red Rose Speedway : 1973 星5つ

ギターに名手(あまり話題にならないですが)ヘンリー・マックローが加入して、かなり重厚な印象になりました。そのマックローのギターソロもかなり聴かせる名曲「マイ・ラヴ」がシングルで全米一位を獲得し、アルバム自体も全米No.1になり、ウイングスも成功した感があります。この翌年の「Band on the Run」の方が評価が高いですが、先に出たということで、こちらの方を聴く時間が長かったですね。あと、当時はもう一枚のアルバム、映画「007-死ぬのは奴等だ」のサウンドトラック盤が出ていました。(私買いました。映画も見ました)


バンド・オン・ザ・ラン

Band on the Run :1973 星5つ

 ウイングスのソロも、当時は賛否両論が多く、メンバーも出入りが激しく、このアルバムもギターとドラムが突然脱退して3人で録音したものです。しかしそれでもトータルアルバムとしての評価が最も高く、商業的にも一番の成功を収めました。私自身はこのアルバムの後は、黒人のブルースとソウルを聴き漁り始めたので、以後のビートルズがらみのアルバムはほとんど聴いていないのですが、ここまではほんとによく聴きました。


より詳しくは
パワーブルースサイト 

ジョンの魂

Plastic Ono Band : 1970 (ジョンの魂) 星4つ

 68年ころからすでにソロでの活動はしていて、シングルのヒット「平和を我等に」「コールド・ターキー」「インスタント・カーマ」なども出ていました。アルバムも奥さんのヨーコ&プラスティック・オノ・バンドで出ていたと思います。ポール・マッカートニーも「アナザー・デイ」などシングルをリリースしたりといろんなレコードが出ていた記憶があります。(前後は少し曖昧ですが・・)ポールのビートルズ脱退宣言(4月)の後に、すぐポールがソロ・アルバムをリリースして、その後にジョンも制作が始まり、暮れ近く(11月)にこのアルバムのリリースです。ジョンのソロとしては1枚目で、「マザー」「悟り」「ゴッド」など精神的なものや、「労働階級の英雄」や「ウェル・ウェル・ウェル」のような社会的な曲など、ジョンらしい感じがします。


イマジン

Imagine : 1971 星5つ

何と言ってもジョンの曲の中でも一番有名なイマジンです。もうどの曲も良いです。スローの「イマジン」「ジェラス・ガイ」「オー・マイ・ラブ」あたりは、ジョンの曲作りの才能が溢れています。もっともこの頃は、ポールとの不仲も頂点と言った感じで、お互いに曲の中で攻撃しあってますが・・、実際はどうなんでしょうか?




Sometime in New York City : 1972  不明?

このアルバムは聴いていなかったと思います。(かなり曖昧ですが・・)シングル盤の「女は世界の奴隷か」だけ記憶にあります。勿論ジャケットは覚えています。何しろ40年前の記憶なので、かなり忘れていますが、誰かから借りて聴いたような気もします・・




マインドゲームス

Mind Games : 1973 星4つ

1973年はビートルズのメンバーだった4人全員がアルバムを出して、ポールが「レッドローズ・スピードウェイ」から「マイ・ラブ」のビッグ・ヒットを出し、リンゴ・スターは「リンゴ」がけっこう人気あったような記憶があります。ジョージの「マテリアルワールド」はあまり印象が無いですが、ジョンのこれもタイトルの「マインド・ゲーム」しか覚えていませんでした。今聴くと良い曲が揃っていて、やはりボーカル旨さが良いです。




 Walls And Bridges

Walls And Bridges : 1974 星5つ

これはかなり好きです。曲も良いですし音的にも好みでしたね。まあどれも同じような事しか書けないで恐縮ですが、バンドの音としても今聴いても良い感じです。特にこのバンド(プラスティク・オノ・バンド)のドラム(ジム・ケルトナー)とベース(クラウス・ブーアマン)が好きでした。

最近はクラウス・フォアマンと書いてありますが、昔はブーアマンと書いてあったと思いますが・・、この人の音は太くて良いです。





Rock.N.Roll : 1975 星5つ

 タイトル通りの、スタンダードなロックン・ロールやポップなナンバーをカヴァーしたアルバムで、いかにもデビュー前のライブでやっていたままのジョンに戻った感じで、活き活きとしていてカッコいいです。あらためてジョンのボーカルの凄さを再認識しました。「スタンド・バイ・ミー」「ビバップ・ア・ルーラ」だけでも凄いものがあります。


より詳しくはパワーブルースサイト


食中毒に関する事故は夏場は特に多く、その原因も様々ですが、「食品衛生」の講義などを受けたことがない一般の人は、知らないうちに危険な事をやっている場合もあるので気をつけたい所です。

これからしばらくは、主に食に関する毒を書きたいと思います。

Born:1910 (13年説あり) : Died:1975

BB Kingが最も影響を受けたブルースマンの一人です。エレクトリックギターによる、単弦ソロのアドリブスタイルを確立した人で、「モダンブルース・ギターの父」と言われます。

1910年5月28日テキサス州リンデン(ラグ・タイム・ピアニストのスコット・ジョプリンの育った街でも有名)の生まれです。少年時代には盲目のブルース・シンガーで、テキサス・カントリー・ブルース最初のレコードを出した事でも有名な「ブラインド・レモン・ジェファーソン」の手を引いていた事もあると言うのは有名な話です。

16歳で「オーク・リーフ・ティーボーン」名で録音しているらしいです。30年代前半にはフォートワース(テキサス州)に移り、その後しばらくは「マ・レイニー」や「アイダ・コックス」と言った古典ブルース歌手の伴奏で腕を磨きます。1934年(38年説もあり)にウエスト・コースト(おそらくロサンゼルス)に移り、生涯をウエスト・コーストで暮らします。

29年には初レコーディングを経験したものがありますが、生年にありますように10年生まれなのか13年生まれなのかわかりませんので、はっきりした事は言えませんが、最初はテキサスでの録音と思います。

ウエスト・コーストで「レス・ハイト楽団」に加入し、「T・ボーン・ブルース」を歌い知名度を上げ、42年~44年にフレディ・スラック(Freddie Slack )楽団に加入し、キャピトル・レコードで「アイ・ガット・ア・ブレイク・ベイビー」「ミーン・オールド・ワールド」を録音します。

40年代後半にはシカゴで「マール・ヤング楽団」「ジャック・マクヴィ楽団」などでレコーディング。誰でも知ってる「コール・イット・ストーミー・マンデイ」「T・ボーン・シャッフル」などのブルース・スタンダードとなる曲など多くの名盤を残しました。キャピトル時代と50年~55年まで在籍したインペリアル時代は一番の充実期だと思います。

ピー・ウィ・クレイトンはティー・ボーン・ウォ-カーからギターの指導を受けたと言っていますし、10歳~15歳ほど年下のロウエル・フルソン、ゲイトマウス・ブラウン、B・B・キング、アルバート・キング、アルバート・コリンズ、フェントン・ロビンソン、ジョニー・ギター・ワトソンなどの直系とも言えるブルース・マンから、オーティス・ラッシュ、フレディ・キングなどのアーバン・ブルースマン、ロックン・ロールのチャック・ベリー、その後のロックやブルースの多くのギタリストに絶大な影響を与えました。

60年代以降は渡欧して公演や録音も行なっています。晩年まで活動を続け、ジャズ、ロック、フュージョンなどの人達とも多くのセッションを行いました。75年3月16日に肺炎で亡くなりました。


こちらのブルースサイトも参考に:パワーブルースのティー・ボーン・ウォーカー (T-BONE WALKER)

かれこれ18年前になるかな、十二指腸潰瘍で通院していた時でしたが、病院の帰路に何となく、駅と駅の中間くらいにある(場所からして中途半端)、デパートのような大きなスーパーのような、中途半端な店に入ったんですが、そこにCDコーナーがあって、ブルースが5枚くらい置いてあったわけです。

その中に、「アルバート・コリンズ」があって、やっぱり売れてんだなと思ったのですが、それが何と「追悼盤」で、かなり驚きました。当時(10年前)は、CDもLPもほとんど買ってなくて、雑誌なども見てないし、亡くなったのも全然知らなかったです。

でも、相変わらずレコードは良く聴いていて、アルバート・コリンズのビデオも繰り返し見ていたんですが、まさか亡くなっていたとは・・・

でもその時は情報も少なくて、そのアルバムは聴いていなかったわけです。ライブ盤だったので、沢山あるから「昨日見たビデオと同じライブじゃないか」とか考えたわけです。

最近のお気に入り

アルバート・コリンズ

それから10年経ちましたとさ・・・

このアルバムは92年の「マウント・フジ」でのもので、最近聴いて、音も良いし、問題の歌も何か良く聴こえるんですね。もちろんギターはすさまじいです。

それで調べてみたら、偶然にも上の「追悼盤」と同じものでした。気になってたんですよね、けっこう。

追悼盤の方は、92年(マウント・フジ)と93年(場所不明)の2つのライブから5曲ずつくらいの選曲で、下のはマウント・フジの2ステージ分みたいです。(全部英語解説文で疲れます)

同じ曲が何曲か入ってますが、ベースが替わってるみたいで、まあ、それはどうでも良いかなと。

かなりホーン・セクションが厚いので、ゴージャスな音ですが、その辺りは好みの問題なので・・・

私はAC・リードのサックスが1本でいいのですが。サイド・ギターがかなりソロを弾いています。これがいけてます。コリンズ相手に、しっかり弾いてるなと感じますね。

最近のお気に入り。毎日5回くらい聴いてます。

アルバート・コリンズの詳しくはこちらでも。


 サムクックと同じような時期に、初期のソウルを歌っていましたが、後にファンク・ミュージックの元祖となっていきます。

 まだファンクなジェームス・ブラウンになる前の、ワイルドなソウル・シンガーといった感じの頃のライブで、私はこの頃のジェームス・ブラウンが一番好きです。
(勿論、ファンクなJ・Bも好きです)

James Brown Live at the Apollo-Please,please,please / You´ve got the Power / I Found someone

 J・Bのバンドは、メンバーチェンジが激しいですが、とてもウルサイ人なので、このライブも良いサウンドです。


こちらのブルースサイトも参考に:パワーブルースのソウル


 この時代はブルースのライブ盤もかなりリリースされていますが、1964年のBBキング、リーガル劇場(シカゴ)でのライブは実に素晴らしいです。

こちらのブルースサイトも参考に:パワーブルースのBBキング

1950年代に、ゴスペルやR&Bを元に、ソウル・ミュージック(ディープなタイプ)を確立した功労者



この人を起点にして、オーティス・レディングジョニー・テイラーボビー・ウーマックと言ったサザン・ソウルの名シンガーが育っていきました。

いつものように「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」をひきあいに出しますが、見事に第4位に選ばれています。まあ、1960年代に活躍したソウルシンガーは、本来実力派が多いのですが、その元祖とも言える人です。

1963年のライブですが、この翌年には33歳の若さで亡くなってしまいます。


さらに詳細は、パワーブルース・サイトの「ソウル」で 



 昨日、散歩しながらラジオを聴いていたら、女性の料理研究家がゲストの番組があった。
初めて聞く「グリーンスムージー」と言う飲み物の作り方などを解説していたが、確かに体に良さそうです。ダイエット目的が一番なのかな?

これはこの方の作り方で、材料はいろいろと代えてみても良いらしい。

葉物野菜×果物×水。
これが定番のグリーンスムージーらしいです。

ラジオでは、「セロリ・パイナップル」あたりを話していましたが、セロリなどは茎の方は、ミキサーにかけると、それほど癖がないと言ってました。

私は好き嫌いが多い割には、セロリあたりはOKなので、良いかなとも思いましたが、詳しく知りたい方は、「グリーンスムージー」で検索してみたら良いでしょう。