
All Things Must Pass : 1970 
ジョージはビートルズ解散の前からソロ活動に対する意欲があったようで、まあレノン-マッカートニーの存在の大きさの中でやってれば、そうなるなとも思いますね。ソロ1作目はサントラ盤で「ワンダー・ウォール」と言うのが出たんですが、聴く機会が無かったです。2枚目は前衛的な作品で、シンセサイザー(ムーグ)で何かをやったらしいのですが、これも記憶に無いと言うことで、このアルバム「All Things Must Pass」から紹介します。
これがまた3枚組のアルバムでしたが、かなり曲を作ったのに採用されなかったフラストレーションが爆発したのか、当時は例が無かった事だと思います。この3枚組みは、最初は無謀とも思われましたが、全米・全英のアルバムチャートで7週連続1位となる大ヒットを収めました。シングル「マイ・スウィート・ロード」も米英それぞれ4、5週連続No.1となりました。この曲は、後に盗作の裁判沙汰になり結果的には敗訴でしたが、世の中には盗作と思える曲がいくつも在りますから、私はジョージ・ハリスンの良い曲と思って聴いてます。

Concert for Bangladesh : 1971 
エリック・クラプトン、レオン・ラッセル、ボブ・ディランなどの大物が参加し、ジョージが主催したライブのアルバムです。イベントは大成功を収め、20世紀最大のロック・イベントとも称されたほどで、その模様を収めたこのライヴ盤は、1972年度グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーも受賞しました。全米・全英ともにNo.1にもなりました。ジョージの交流する人脈を含めた、ジョージのパフォーマンスが一番輝いた頃でしょう。
Living in the Material World : 1973 
ビートルズ解散後のジョージ・ハリスンは初期のこの時期で極まったと言っても過言ではないと思います。ジョンとポールのソロ・アルバムはビートルズ時代の実績から当然それなりの評価はされると思いますが、ジョージのアルバムは「All Things Must Pass」から本作までの3枚で両者に肩を並べるところまで来た感があります。
このアルバム以降は疎遠になりましたが、当時はリンゴ・スターとともにけっこう話題性が高かったと思います。」
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