体を使う
久しぶりに肉体労働、ということで、今日は実家の庭を整備。久しぶりに体を動かすと気持ちが良い。毎日仕事でもプライベートでもパソコンに向っていることが多いから、昼日中から晴れ渡った青空の下で体を動かして何かをしていると、日頃の頭痛の種になるようなことをきれいさっぱり忘れることができて心地よい。もちろん、悩みの種を忘れているだけで、実際にそれは存在しており、明日になったらまた思い出すのだろうけれども、少なくともわずかな間だけ、そのようなことから解放されるのは、実に気分爽快である。
もともとデスクワークというか、机に向ってじっと座って何かをするというのが得意ではないし、好きでもない。どちらかと言えば、体を動かして何かをする方が好きなのである。日曜大工をするとか、料理をするとか、クルマをいじるとか……どちらかというと、そっちのが楽しい。もともと賢いわけでもないし、記憶力が優れいてるというわけでもないし、知識が豊富なわけでもないし、要するに頭が悪いから、頭を酷使するよりも、体をちまちま使って何かする方が向いているのかも知れない。かといって体力が有り余って力がみなぎっているというわけでもなければ、手先がものすごく器用というわけでもないので、体を動かすと言っても、ある程度できることは限られてくるだろうが。
さてさて、好きなことをやって食っていければ困らないんだろうけど、それは厳しかろう。これは私の勝手な想像であるが、世の中の大半の人々は、食っていくためには嫌いなことでも我慢してやっているのだろう。まぁ、私はそんな多数派の中の一人にすぎないのだろう。ちぇっ。
もともとデスクワークというか、机に向ってじっと座って何かをするというのが得意ではないし、好きでもない。どちらかと言えば、体を動かして何かをする方が好きなのである。日曜大工をするとか、料理をするとか、クルマをいじるとか……どちらかというと、そっちのが楽しい。もともと賢いわけでもないし、記憶力が優れいてるというわけでもないし、知識が豊富なわけでもないし、要するに頭が悪いから、頭を酷使するよりも、体をちまちま使って何かする方が向いているのかも知れない。かといって体力が有り余って力がみなぎっているというわけでもなければ、手先がものすごく器用というわけでもないので、体を動かすと言っても、ある程度できることは限られてくるだろうが。
さてさて、好きなことをやって食っていければ困らないんだろうけど、それは厳しかろう。これは私の勝手な想像であるが、世の中の大半の人々は、食っていくためには嫌いなことでも我慢してやっているのだろう。まぁ、私はそんな多数派の中の一人にすぎないのだろう。ちぇっ。
文学賞とか
私は芸能界に疎いから、歌手だの俳優だのといった有名人のことを言われても誰が誰なのかさっぱり分からないが、なんでも水嶋ヒロという元俳優がポプラ社小説大賞を受賞したとか。水嶋ヒロさんというのが誰なのか全然分からないし、ポプラ社なんていうのもあまり聞かない出版社だなぁと思っているのだが、一部ではいわゆる「出来レース」ではないかとの噂も囁かれている。
まぁ、出来レースなら出来レースで、最近もっぱら電子書籍等に圧されて斜陽気味の出版業界が小説を書いてみた元芸能人に見つけて、文学賞を与えることによって、出版社としての認知度を上げることで、書籍の売り上げの向上を狙っているとしたのなら、あまり公平な手法ではないにしても、冷静に考えればビジネスのあり方のひとつとして、それもありなのかもしれない。出版社側にとっても作家側にとってもお互いに利することが多いのだから、そうなったとしてもやむを得ないだろう。出版社とはいえ、所詮は営利目的の集団である。慈善団体でも公共団体でもないわけだから、業績と公平さを天秤に掛けて業績の方が重要となったら、そちらに力を注いでも誰も文句は言えまい。
しかし、陰で言われているような出来レースなどではなく、本当に水嶋ヒロさんという人が、本人の才能と実力で大賞を取ったのであれば、それはそれで好みに合う合わないは別としても、認めるべきであろう。考えてもみれば、作家というのは、才能と実力さえあれば誰でもなれるものである。学歴もいらないし、資格もいらない。年齢も関係なければ、性別も国籍も関係ない。その人の書いたものが認められさえすれば良いのである。まぁ、考え方によっては「作家」に価値があるのではなく「作品」に価値があるわけだが。もちろん、作家の側からすれば、本人が認知されるよりも、自らの作品が認められることの方が喜ばしいだろう。
そう考えると、俳優が作家になっても不思議ではない。もしかしたら、作家としての才能があったにもかかわらず、何かのはずみで俳優になってしまったということもあるだろう。いずれにせよ、こればかりは時間が証明してくれるに違いない。才能が本当にあるのであれば、長い年月にも渡って、それこそ本人が没した後でも作品は残るだろうし、出来レースであったとしたら、すぐに廃れて人々に憶えられることもないだろう。
まぁ、出来レースなら出来レースで、最近もっぱら電子書籍等に圧されて斜陽気味の出版業界が小説を書いてみた元芸能人に見つけて、文学賞を与えることによって、出版社としての認知度を上げることで、書籍の売り上げの向上を狙っているとしたのなら、あまり公平な手法ではないにしても、冷静に考えればビジネスのあり方のひとつとして、それもありなのかもしれない。出版社側にとっても作家側にとってもお互いに利することが多いのだから、そうなったとしてもやむを得ないだろう。出版社とはいえ、所詮は営利目的の集団である。慈善団体でも公共団体でもないわけだから、業績と公平さを天秤に掛けて業績の方が重要となったら、そちらに力を注いでも誰も文句は言えまい。
しかし、陰で言われているような出来レースなどではなく、本当に水嶋ヒロさんという人が、本人の才能と実力で大賞を取ったのであれば、それはそれで好みに合う合わないは別としても、認めるべきであろう。考えてもみれば、作家というのは、才能と実力さえあれば誰でもなれるものである。学歴もいらないし、資格もいらない。年齢も関係なければ、性別も国籍も関係ない。その人の書いたものが認められさえすれば良いのである。まぁ、考え方によっては「作家」に価値があるのではなく「作品」に価値があるわけだが。もちろん、作家の側からすれば、本人が認知されるよりも、自らの作品が認められることの方が喜ばしいだろう。
そう考えると、俳優が作家になっても不思議ではない。もしかしたら、作家としての才能があったにもかかわらず、何かのはずみで俳優になってしまったということもあるだろう。いずれにせよ、こればかりは時間が証明してくれるに違いない。才能が本当にあるのであれば、長い年月にも渡って、それこそ本人が没した後でも作品は残るだろうし、出来レースであったとしたら、すぐに廃れて人々に憶えられることもないだろう。
ヒーター
今日は比較的暖かな一日だったと、私には感じられた。それでもさすがに今日から11月が始まるので、薄手の上着を羽織って出勤したのだが、地元の駅に着いた頃にはすっかり体が暖まってしまったので、上着を脱いでしまった。当然、中は半袖である。さすがに長袖+上着にはまだ早い。んで、結局その後は一日ずっと半袖のまま過ごしてしまったのだ。もちろん、屋内で半袖なのはそれほど変わったことでもないかもしれないが、夜帰宅するときもずっと半袖のままだった。コートとかを着ている人が増えてきたというのに、私はまだ半袖なのである。どうもこれは目立ってしまうような気がしなくもなかったが、暑さには耐えられない。そんなこんなで、家にたどり着く頃には、ちょっと額と首筋に汗が浮かぶくらいまでに体が暖まってしまった。ところが、家に帰ってきてドアを開けると、なんという熱気!なんとヒーターがついているではないか。おいおい!そんなに今日は寒いのか!?いくらなんでもヒーターをつけるような気温だとは思わないんだけれども……。
はて、やはり私が変わっているだけなのだろうか、それとも周りに寒がりな人がたまたま多いだけなのだろうか。
それにしても、この程度でヒーターをつけて暖まっていたり、厚着をしたいたりするようでは、これから冬になったときに果たしてどうするのだろうか。なんだ、これではみんな体が弱くなっちまうんじゃないかと他人事ながら心配になってしまうよ。
はて、やはり私が変わっているだけなのだろうか、それとも周りに寒がりな人がたまたま多いだけなのだろうか。
それにしても、この程度でヒーターをつけて暖まっていたり、厚着をしたいたりするようでは、これから冬になったときに果たしてどうするのだろうか。なんだ、これではみんな体が弱くなっちまうんじゃないかと他人事ながら心配になってしまうよ。
灯油
今年初めての灯油を買いに行ってきた。でも、今日は灯油のチカラを借りる必要の無い天気だったけどね。でも、今夜からまた雨が降るようだし、また気温が低くなってから慌てて買いに行くのも、なんだか準備不足が目立ってしまい、ちょっとスマートではない。昔から、備えあれば憂いなし、というではないか。だからさほど冷え込みの厳しくならないうちに灯油を買いに行ったのだ。
しかし、昨日おとといと比べて今日は比較的暖かな陽気だった。午前中、礼拝に行く前に、曇った空を見て、昨日出してきたばかりの長袖のシャツを着てみたのだが、ドアを開けて外に出てみると、ちょっと暖かく感じられた。そんなわけで、長袖を脱いで、半袖に着替えたわけだ。一日そんな格好で過ごしていたのだけれども、人は寒くないのか?と聞いてくるのだけれども、ちっとも寒くない。むしろ快適なくらいだった。そんなことより、皆さん、長袖を着ていて暑くないのか?と私の方が聞き返したいくらいである。
そんなわけで、今日の夕方-さすがに日が沈むのは早くなったものであるが-すっかり辺りが暗くなった時分、半袖を着たままの格好で灯油を買いに行ってきた。しかし、過去を振り返ってみると、半袖を着て灯油を買いに行ったのは、今回が初めてじゃないだろうか。うーん、季節感がないなぁ。というよりも、半袖で灯油を買うヤツなんて、普通はいないだろうなぁ。半袖で平気な人間には、灯油や灯油を使うヒーターなんて必要ないのである。
しかし、昨日おとといと比べて今日は比較的暖かな陽気だった。午前中、礼拝に行く前に、曇った空を見て、昨日出してきたばかりの長袖のシャツを着てみたのだが、ドアを開けて外に出てみると、ちょっと暖かく感じられた。そんなわけで、長袖を脱いで、半袖に着替えたわけだ。一日そんな格好で過ごしていたのだけれども、人は寒くないのか?と聞いてくるのだけれども、ちっとも寒くない。むしろ快適なくらいだった。そんなことより、皆さん、長袖を着ていて暑くないのか?と私の方が聞き返したいくらいである。
そんなわけで、今日の夕方-さすがに日が沈むのは早くなったものであるが-すっかり辺りが暗くなった時分、半袖を着たままの格好で灯油を買いに行ってきた。しかし、過去を振り返ってみると、半袖を着て灯油を買いに行ったのは、今回が初めてじゃないだろうか。うーん、季節感がないなぁ。というよりも、半袖で灯油を買うヤツなんて、普通はいないだろうなぁ。半袖で平気な人間には、灯油や灯油を使うヒーターなんて必要ないのである。
秋物
さすがの私も、とうとう秋物を出してきた。さすがに昨日と今日の冷え込みは厳しい。とは言っても、来週はまたちょっと気温が上がるようだったので、夏物もまだシャツだけは半分ほど残しておいたが。しかし気温が上がるとはいっても、もう明後日から11月である。なんだかこの一年もあっと言う間だったなぁ。
さて台風が関東に接近、今夜から明日朝に掛けて大荒れの予想であったが、気がついてみれば、台風は太平洋上に抜けてしまったではないか。まぁ、結果としては台風の進路が逸れて、良かったのかも知れないが、台風や雷雨といった荒れた天気に何とも言えぬ魅力を感じてしまう私にとっては、ちょっとばかり残念な結果である。それにしても、私の人生において竜巻に遭遇したことはまだ一度もない。夢では見たことがあるけれど、現実にはまだない。果たしてこれからもあるのかどうか分からないが、あれは生きている間に一度でもいいから直接本物を見てみたいものだ。もちろん、それが人生の最後に見る物になっては困るのだけれどもね。
さて台風が関東に接近、今夜から明日朝に掛けて大荒れの予想であったが、気がついてみれば、台風は太平洋上に抜けてしまったではないか。まぁ、結果としては台風の進路が逸れて、良かったのかも知れないが、台風や雷雨といった荒れた天気に何とも言えぬ魅力を感じてしまう私にとっては、ちょっとばかり残念な結果である。それにしても、私の人生において竜巻に遭遇したことはまだ一度もない。夢では見たことがあるけれど、現実にはまだない。果たしてこれからもあるのかどうか分からないが、あれは生きている間に一度でもいいから直接本物を見てみたいものだ。もちろん、それが人生の最後に見る物になっては困るのだけれどもね。