あるキリスト者のつぶやき… -131ページ目

求ム、日常からの解放

ちょうど同じような時期に、私のブログと相互リンクをして下さっている嶋田さんがリック・ウォーレン師のサドルバック教会へ、私の教会の牧師がスティーブ・ホルト師のマウンテン・スプリングス教会へと研修の目的で訪れていた。


なんとも羨まし~い!!


仕事に追われる荒んだ日々を過ごしていると、日常のすべてのものから距離を置いて、少しばかりリフレッシュしたいと思わずにはいられない。職場で嫌な客から理不尽な要求をされたり、理由もなく文句を言われたり、休みがちで頼り甲斐のない部下がいたりと、一日が終わると身も心もぐったりである。


そのような日常から解放されたい。そう思ったとしも当然だろう。


そのような生活とばっさりと完全に縁を切りたいとさえ思うが、家庭を支えていくために働いて稼がねばならないために、そうするわけにもいかない。ただただ毎日毎日耐えるばかりである。


そんな生活だから、なおさら1週間とかまとまった時間を、聖書を学んだり、礼拝と賛美と祈りに費やすことができたら、どんなに素晴らしいことか、どんなに心の洗濯になることだろうかと考えてしまう。


が、そうすることさえも今の私には許されていないらしい。


なんでだろう…(-o-;)


楽はするなってことだろうか。

久々に下書きなんぞ

エッセイの下書きが終わった。これから見直して清書しなければ。勢いにまかせて書いたところがあるので、「?」と思うところが多々あるかもしれないが、ここに記録として残しておく。あぁ、あとはちから誌のためにエッセイを書かなければ。でも、今夜はやめておこう。

イエスはさらに弟子たちに語って言った。
「世間はあなた方を憎むことでしょう。しかし、覚えていなさい。世間は先に私を憎んだのです。もしあなた方が世俗の世界に属するのであれば、世間はあなた方を歓迎することでしょう。しかし、私があなた方を選んだのです。それだから、この世の中が私を憎んだように、あなた方をも憎むでしょう。」
どう考えても励ましになるような言葉ではない。むしろ、イスラエルの王、救世主としてこの地上にやってきたのだから、それ相当の扱いを受けて然るべきであったであろうし、弟子たちも救い主に選ばれた者として、この世で歓迎こそされても、迫害されるようなことは考えていなかったであろう。イエスは弟子たちが後々、苦労することのないように、彼らが心の準備をしておくことができるようにと、このようなことを語ったのかもしれない。
そのようなことを言われてしまっては、さすがの弟子たちも気が滅入ってしまったことだろう。アタマで理解することはできたとしても、気持ちとしてそれを受け入れることはなかなかできまい。イエスはそのような彼らのことを励ますかと思えば、余計に彼らの気を落ち込ませるようなことを言った。「もうすぐ私は、私をこの地上に遣わせた方のもとに帰ります。」
どのような形でそれが現実のものとなるかは、弟子たちにはまだはっきりと分かっていなかったであろう。しかし、彼らも感じていたであろうことは、イエスが父なる神のもとに買えると言うことは、すなわち彼らのもとから去ってしまうと言うことであった。
世間から迫害されるだけでなく、師と仰いでいたキリストがどこか彼らの手の届かないほど遠くへと去ってしまうことを悟った弟子たちは、果たしてどのような気分であっただろうか。おそらく目の前が真っ暗であったことだろう。すべての希望が絶たれてしまったように感じたかもしれない。イエスも彼らの心の内を察していたようである。
「あなた方が悲しんでいることはよく分かります。しかし、本当のことを言いましょう。私がこの世界から去ることは、実はあなた方にとって益となることなのです。なぜなら、私が去ることで、こんどは助け主がやってくるからです。私がいつまでも、この世界にとどまるのならば、そのお方はやってこないのです。」
イエスは確かにこの世を去らねばならない。しかしだからと言って、弟子たちや彼を信じた人々をそのままにしておくことはしなかったのである。彼自身の代わりとなって、人々を助けるための助け主がやってくることを彼らに伝えたのだ。イエスはその助け主についてこう言っている。「その方が来ると、罪について、義について、またさばきについて、この世のあやまちを明らかにされるでしょう。」
罪についてとは、すなわち人々がイエスのことを信じることなく、彼を退けたことを意味する。また義についてとは、イエスがこの世を去って、父なる神のもとへ行くことを意味する。そして、さばきについてとは、この世の支配者が、すでに裁かれていることを意味している。
しかし、何よりもこの助け主が優れているのは、この助け主とは「真理の御霊」であり、イエスを信じる人々を真理へと導くからである。なぜなら御霊は自分自身のことを語るのではなく、神が語ったことをそのまま人々に伝えるからだ。
今となっては、地上を歩くイエスの姿をみることはないが、それでも、助け主は今でも私たちを日々見守り、支えて、導き、私たちのそばにいてくださるのである。

今…

通勤の電車の中なんだけど、目の前ですごい、というか稀に見る珍事ことが進行中。前にいる女の子のネックレスの上をシャクトリムシが這っているのです!本人は気付いてない様子でして…教えるべきかどうするか?

私ってばシャイだからなぁ。でも、出会いのチャンスって、私は妻子持ちだから関係ないし…(おいおい)

あ、駅についたと思ったら降りちゃった。

医者へ…

さて、今朝は昨日予告した通り仕事に行く前に医者に行ってきた。思った通り医者のみたては「風邪」だそうで。でも、そんなことはだいたい分かっていたけどね。それでも医者に診てもらうと、不思議と安心してしまうのです。それに処方箋もらって薬局に行くと、良く効く薬が安く手に入るしね。

ちなみに私のいきつけの医者は近所に二つあるんだな。ひとつは私が幼い頃からお世話になっているところ。いや、本当は私がこの世に誕生する前からと言った方がいいかな。もっとも子供の私を診て下さった先生は数年前になくなったんだけどね…今は先生のご主人と息子さんがやってます。もうひとつは市大病院の先生が開業しているところ。比較的新しくて設備も整って大病院の先生だけあって結構丁寧に診てくれる。今日は時間の関係と、それほど重症ではないので昔からの馴染みの医者に行ってきたのであります。

薬を四種類も出してもらっちゃいました(笑)薬も飲んだし、今日はそろそろ休むかな。

それにしても近所に信頼できる医者が二つもあるって感謝なことだね。

風邪っぴき

どうやら風邪が良くなるどころか、むしろ余計に悪くなっている気がする、体力的に優れないと、精神的にも優れないものだ。改めて健康のありがたみを感じる。今日は大事をとって早く休むとするかな。明日は仕事に行く前に地元の医者に寄って行こう。


それにしても最近、風邪をひきやすいようだ。免疫力が低下しているのかな。自分に無理の掛からない程度にやっていこう。