~豊かな人生を送るために必要なもの~
先日、「豊かな人生を送るために必要なものは、感謝の気持ちを持つこと」という話を聞きました。
その話を聞いたときに、ふと頭の中をホノルルマラソンのことがよぎり、最初は自分のために走っていたけど、気が付けば一緒に行ってくれる仲間がいるから今でも続けられていることに気が付きました。
毎年一緒に行くメンバーは変わりますが、小学生の子どもと一緒に家族で参加してくれる方や、来年行きます、再来年行きますと毎年誰かが声をかけてくれるようになり、年々年齢を重ねていく自分自身がどこまで走れるのかも楽しみですが、今年は誰が一緒に行ってくれるんだろうと、今ではそちらのほうが楽しみになっていました。
この話を聞くまでは、それすらも気が付いていませんでした。
今更ですが、やはり自分一人では生きていけない。自分以外の人との関りがあるからこそ、生きがいややりがいというものが出てくるのだと思います。
他力本願という言葉がありますが、始めるきっかけは自分のためかもしれませんが、やり続けるうちにそのためには自分以外の人がいないと出来ない、やり続けられないことがわかってきます。ただそれに気づくかどうかは人それぞれかもしれません。
そのことに気づけば、ありがとうという感謝の気持ちになれるのではないかと思います。
この感謝の気持ちがあれば、かける言葉や態度、対応が変わってくると思いますし、そのことでまた新しい輪が広げていき、良い繋がりが広がります。良い縁は必ず良い結果となってきます。
逆に自分が自分がとなっていると、一緒にやってくれる人は離れていき、だんだん独りぼっちになり、今度はそれに付け込んでくる悪い縁がやってきます。
そうなると、悪い縁は必ず悪い結果になっていきます。
目先の結果だけでなく大器晩成を迎えるためにも、この感謝の気持ちを持ち、またそれを忘れずに生きていくことが、豊かな人生を送ることが出来るのだと、今更ながらに気が付くことが出来ました。
孫と一緒にホノルルマラソンへ行きたいという現在の目標を実現するためにも、走れる体づくりはもちろん、良い仲間との縁をこれからも続けていきたいと思う今日この頃でした。
~執着が無くなった?~
健康のためと15年以上一日一食を続けていましたが、トレーナーからフルマラソン走るなら米を食べなさいと言われ続けたことや、加齢と共に落ちてくる体力をカバーするためにも、半年前くらいから朝食を食べるようになりました。
面白いもので、一食の時は朝も昼もお腹がすくことは無かったのですが、朝食べるようになるとちゃんと朝はお腹がすきます。しかしお昼はお腹がすきません。
なので、三食食べるようになると、きっと朝昼晩とお腹がすくのでは無いかと思いますが、結局習慣なんでしょうね。人間の身体は本当によく出来ているなと感心します。
朝食を食べるのもどちらかというとエネルギー摂取が目的なので、ご飯、味噌汁、納豆、梅干し、ゆで卵。食後にプロテインとほぼ毎日同じメニューで、寄る年波かどうせなら美味しいものをという拘りは無くなりました。
なんて事を友達と話しをしていたら、食べ物の執着は無くなったということは60過ぎてついに悟りを開いたか?なんて笑われました。
もちろん悟りは開いていませんが、確かに食べ物に対しての執着は無くなっているかもしれません。
どちらかというと必要なエネルギーが摂取出来ればいいかなという感じです。
ただ大好きなビールだけは、昔は酔っ払うためだったものが、量より質で美味しいものに変って色々拘ってしまうので、こちらは逆に執着が増えていて、執着が無くなったのか増えたのか分からない状況ではあります。
そう考えると、美味しいものを食べたいという食に対する執着は無くなっただけで、美味しいビールを飲みたいや、必要なエネルギーは摂取したいという執着は増えたような気がします。
結局、何に興味があるかで拘りが出てくるので、結果それが執着と言うことになるのかもしれません。
最近始めた終活も「どう生きたいか」という拘りだし、お釈迦様には怒られるかもしれませんが、拘りを無くすというのは生きている内は難しい問題だと思うので、無関心や無気力ではなく、どうせなら良い拘りを持つことや見つけ、それに必死に打ち込むことが、より良い人生を送るには必要な事ではないかと思います。
執着が無くなったのかと思いましたが、結局興味が変っただけで執着は無くなっていないただの人間だったと友達と話をしながら気がついた今日この頃でした。
執着を無くすといのは難しいことですから、中々悟りは開けませんね。
~終活始めました。その3~
行ってきました北海道。
終活を始めるにあたり、過去から現在に至るまでの色々なことを考え直すようになったのですが、そもそもオーt-バイに乗るようになったのは、小学校のころに読んだ、タイトルは忘れたのですが自転車で日本一周をするという漫画があって、その影響を受けて自転車で旅をしたいと思っていましが、実際に行くと当然ですが平坦な道ばかりでは無く坂道もある訳で、これでは身体が持たないと思って、それなら自分で漕がなくていい坂道も楽に登れるオートバイへと移っていきました。
これが車では無く、オートバイというところが何かあったんだと思います。
終活を初めて、忘れていたオートバイに乗るようになったきっかけを思い出し、オートバイが乗れる身体が動くうちに日本全国を回りたいという想いが沸き、悔いを残さないように出来るときに出来ることをしようと、今回の北海道ツーリングになりました。
今回の目的は、北海道自体はツーリングで2回来ていますが、まだ行ったことの無い宗谷岬と高校生の時に行った友達が絶賛していた礼文島です。
北海道初日天気は良かったのですが、本州の猛暑が嘘のように肌寒く、これから最北端に行くのに少し不安を覚えながらの走行でした。
宗谷岬についたのが15時前だったのと時期的なものからか、多いときは写真を撮るのに並ぶそうですが、比較的観光客も少なく写真もすぐに撮れました。
お約束の日本最北端到着証明書もゲットし、特に何があると言う場所ではないのですが、広島から日本の端っこまで来たんだという、なにかこみ上げるものはありました。
翌日は、礼文島。今回のツーリング中で最高の天気だったという事もあって、本当に素晴らしい景色で風景が変るたびにヘルメットの中で「すげえ~」と叫んでいましたが、友達が絶賛していたのも納得できる場所で、やっと来られたんだという想いと、来て良かったという想いが島を回っている間中溢れてきました。
残念ながら、フェリーの時間の関係で隣にある利尻島には行けませんでしたが、逆にこれでまた来られる理由が出来たと思い、悔いの無いようにはしたいけど、悔いがなくなってしまうとそれはそれで寂しいという複雑な心境の中で、次の目的に向かって準備や行動が出来るようになるため、今度は何しよう、次はこうしようと考えられる、身体と心とお金の準備をしっかりとやっていきたいと思います。
死ぬ間際には過去の事が走馬灯のように蘇るといいますが、人生100年時代といっても元気で100年とは限らないので、年齢に関係なく、いつ来るかは分からない最後を迎える前の元気なうちに、これまでの自分の人跡を一度振り返ってみるのもいいのではないかと思います。
北海道で残すは函館と利尻島。東北もまだ回っていないので、次の機会がいつかはまだ分かりませんが、それまでにしっかりと準備をしていきたいと思います。