この作品の一番の魅力は、謝憐と花城の愛の物語だけでなく、他の登場人物の描写が丁寧に紡がれている点だと思います。今日は「賀玄」(黒水沈舟)についてまとめたいと思います。完全なネタバレを含むので、まだ最後まで視聴していない方はご注意ください。

 

天官賜福の登場人物の中で一番奥深くて、色々な意味で最後まで考えさせられるのが「賀玄」ではないかと思います。

賀玄」というのは生きていた時の人間の名前で、死んで鬼になってからは「黒水沈舟」と呼ばれます。

 

彼は師无渡(水師)によって、神官になる予定だった運命を盗まれ、その弟である師青玄(風師)にあてがわれ、そのせいで賀玄は一家滅亡、壮絶な人生を送ることになります。

 

どんな壮絶な人生だったかというと...

彼は人間として生きていた時、生まれた家は貧しくてもとても才能があり、頭が良く努力家でした。それにも関わらず、役人に贈り物をしなかったことが原因で試験は間違いなく一番の成績なのに何度も落とされます。器量の良かった妹と婚約者は、お金持ちの家に妾として連れて行かれた後、殴り殺されたり、従わずに自殺します。賀玄がそのお金持ちの家に乗り込むと、あらぬ罪を着せられて牢に入れられ、食事もろくにもらえず(これが後に大食になった原因)、母もこの時に亡くなります。その後、商売を始めると軌道に乗り、同業者の嫉妬を買って嫌がらせを受け、わずかに儲けたお金も巻き上げられ、借金まみれになります。最後、彼は人生に絶望し、今まで自分を苦しめた人全てを惨殺して力尽きて死にます。

 

この人間としての壮絶な人生の果て、死ぬ間際に、ある男が自分を見ていることに気が付きます。人間としての人生を終え、鬼と化した「賀玄」は、様々な妖怪を吸収し、最上位の等級「」の鬼「黒水沈舟」になります。そして五十もの分身を作り、天庭に潜入して調査する中で、その男が、師无渡(水師)であることを突き止めます。

 

なぜ水師たる身分の高い神官が、一人間の自分の死に際を見に来たのか?と疑問に思い調べていくと、元々神官になる予定だった自分の運命が、師无渡によってその弟の師青玄と入れ替えられていたことを知り、壮絶な人生は師无渡のせいだったと理解し、復讐の道を辿るのです。

賀玄は天庭に潜入して調査する中で、五師のうちの「地師」として師青玄(風師)と長年親友として過ごします。もちろん師青玄と関わる中で、師青玄が何も知らないことぐらいは分かっています。しかし、自分の運命を入れ替えられて、自分は壮絶な人生を送る羽目になり、その最大の利益者である師青玄が、何も知らずに過ごし続けることなんて、許す事ができるはずがありません。

 

師青玄からどれだけ「親友」として扱われても、仇であるその兄の師无渡には復讐しない選択肢はないわけで、復讐する以上、師青玄とは友達で居続けることは不可能なわけで...

賀玄は生前の悲惨すぎる人生を歩む中で、おそらく楽しいことなんてほとんどなかったと思います。それが天庭に潜入して師青玄と過ごす中で、一緒にバカなことしたり、女装したり、任務に繰り出したり...。常に明るく楽しく、純真無垢で、太陽みたいに周りを照らしてくれる師青玄の存在が、どれだけ彼にとって温かく大きかったであろうか、容易に想像できます。

最後、師无渡(水師)と師青玄(風師)と対峙する時、一番辛かったのは賀玄ではないか、とさえ思います。

彼を「絶」の鬼にならしめたのが「復讐」なわけで、復讐する以上、親友という存在も、温かさも、自分の手で完全に摘み取ることにならざるを得なくなるわけで...

 

長年そばで、天真爛漫に「一番の親友だよ」と言ってくれる師青玄には、やはり親友としての(もしくは何か特別な)情はあったと思います。(二人をカップル視する声もありますが、個人的にはこの時点ではまだ「親友」という見立てです。)

師无渡を殺して敵討ちを果たした後、賀玄は師青玄を人間界に放置して立ち去ります。

 

師青玄はその後、片腕と片足が折れ、乞食として生活します。神官としての力もなくなり、ただの人間になります。

兄がしたことは知らなかったとはいえ、自分のせいで賀玄が壮絶な人生を送ることになったことに変わりはなく、彼の性格上、自分なりの贖罪をしたかったのではないかと思います。

 

手足が不自由になっても、乞食になっても、彼は相変わらず周りを明るく照らし、明るく、純真無垢な心を失わずに生きます。この部分は、作品のテーマである「身在无间,心在桃源(身は無間地獄にあるとしても、心は桃源郷にある)」を深く体現しています。
 

その後、終盤で賀玄が花城に化けている時に、花城に借金した莫大なお金で修復した風師扇を師青玄に返します。

もう親友としてはもうお互い会うことはできないけれど、賀玄は本当に心の底から師青玄を憎むことはできないし、風師扇は師青玄のお兄さんが師青玄に贈ったものなので、せめて手元に返してあげたかったのではないでしょうか。

念願の復讐を果たすことで、一番の「親友」を失い、親友とは二度と元の関係に戻る事ができない...。そんな黒水沈舟がたまらなく不憫で仕方がないのです。

 

ではこの二人にもっと良い他の選択肢があったのか?と考えると、多分これが一番現実的な選択肢だったのではないかと思います。

 

お互いの大事な人をお互いのせいで奪われて、だけど、そんな相手のことを心から憎めず、合わせる顔もない。そんな二人の結末としては、やはり「別々の道を歩む」、というのが一番現実的な道だったのではないかと思います。もう、やるせなさしかない。。

 

ただ、個人的にはそれだと寂しすぎるので、少し未来に期待を馳せたくなります。師青玄は人間になってしまったので寿命はしれていますが、もし生まれ変わることができたなら、もし神官として飛昇して再度天界に戻る事ができたら、これから何百年たって、二人のわだかまりが解けて、また親友(もしくは親友以上の関係)として仲良くできる未来があれば良いなぁと思います照れ

 

鬼が鬼たるには「執念」と「骨灰」の両方が不可欠です。敵討ちを果たした黒水沈舟は、敵討ちという執念がなくなってから、消えてしまうのか、あるいは消えないとするとどんな執念が取って代わるのか、考えるのも楽しいです。

 

追記:二次創作の作品ですが、二人のその後について描かれたものを見つけたので、こちらで紹介しています。(全12回+番外編3回)