ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
スピリチュアル本で、
世界中でベストセラーになった本、
神との対話シリーズ
の内容で、
私の印象に残ったところを、
紹介、解説しています(^^;
前回、
人間の行動の動機や、
感情の源は、
「愛」か
「不安(怖れ)」か、
いずれかであると、
紹介しました。
私たちは、本来、
「愛」そのものの存在なのですが、
それを、
人生を重ねるにしたがって
忘れてしまう。
そして、しだいに、
「不安(怖れ)」を感じることが
多くなっていく。
何故か?
「愛」は条件つきだと
教えられたから。
誰に?
親や、世間から、
教えられたからだといいます。
でも、そもそも、
何で神さまは、
「愛」の存在である私たちに、
「不安(怖れ)」
の感情というものを、
与えたのでしょうか?
別に、「不安(怖れ)」
の感情などなくても、
もともと、すべてが「愛」
なのだとしたら、
「愛」だけを感じられれば、
皆、幸せなのに・・・
この疑問に、
神さまは、
「対極」を知るため。
そしてそれを、
「体験」するため。
と答えます。
「対極」を知る?
ちょっとイメージしにくいと
思いますが(^^;
「あなたでないものが
存在しなければ、
あなたであるものも
存在しない」
物質の領域
(相対性の領域)
では、
何ものも、
その対極がなければ
存在しない。
あなたが何かであると
宣言するとき、
それとは異なるすべてが
体験の中に
入ってくるだろう。
それによってあなたは、
宣言したとおりの
自分自身を
知ることができる。
あなたは
寒さを体験するまでは
「暑さ」も知りえない。
「遅い」を体験しなければ、
「速い」を知りえない。
比較する対象が
誰もおらず、
「背が低い」
者がいなければ、
自分は「長身」
であると知りえない・・・
ということなんですね。
う~ん、まだイメージしにくい?
「小さな魂と太陽」
という形で、たとえ話がありますので、
ちょっと長いですが、
そのまま引用させていただきます(^^;
―かつて、
自らが光であることを
知っている魂があった。
これは新しい魂だったから、
体験したくてならなかった。
「私は光だ」。
だが、いくら知っていても、
いくら口に出してみても、
体験にかえることはできない。
この魂が生まれた領域では、
光しかなかった。
どの魂も偉大で、
どの魂もすばらしく、
どの魂も
わたしの神々しい光を受けて
輝いていた。
そこでは、
その小さな魂は、
まるで太陽の前の
ロウソクのようだった。
偉大な光のなかでは、
その光の一部である魂は
自らを見ることができないし、
自分が何者であるかも
体験できない。
たしかに、
周りがすべて光であるならば、
小さな光の魂は、
埋もれてしまいますね(^^;
その魂は
自分自身を
知りたくて知りたくて
たまらなくなった。
あまりに知りたがるので、
ある日、
わたしは言った。
「小さいものよ、
その望みをかなえるには
どうすればいか、わかるか?」
「どうすればいいのですか、
神さま?
わたしは何でもします!」、
小さな魂は答えた。
「おまえは
わたしたちから
離れなければならない」
とわたしは言った。
「そうして、
闇を求めなければ
ならない」
「闇というのは何ですか、
聖なるかた?」
と小さな魂はたずねた。
「それは、
おまえではないものだ」
とわたしは答え、
その魂は理解した。
そこで、
その魂は全体から離れ、
べつの領域に行った。
その領域では、
魂はあらゆる闇を
体験する力を持っていた。
そして、闇を体験した。
その闇のさなかで、
魂は叫んだ。
「父よ、父よ、どうして、
あなたは私を
見捨てたのですか?」
たとえば、
あなたがたが
暗闇にいるときのように。
だが、
わたしは一度も
あなたがたを
見捨てたことはない。
つねにそばにいて、
ほんとうは何者であるかを
思い出させようとしているし、
いつも、
わが家に呼び戻そうと
している。
だから、
闇のなかの光になりなさい。
そして、
闇のなかにいることを
呪ってはいけない。
また、
まわりが
自分と違うものばかりでも、
自分が何者であるかを
忘れてはいけない。
そして創造物を
ほめたたえなさい。
たとえ、
それを変えたいと思っても。
小さな魂が、
自らが「光」だということを
体験するために、
対極である「闇」を体験する・・・
小さな魂とは、
すなわち、
私たち自身のことですね。
言い換えると、
「愛」を体験するために、
対極である「不安(怖れ)」がある。
そう考えると、
「不安(怖れ)」も、
方便のようなもので、
必要なものなんですね(^^;
「不安(怖れ)」とは、
ネガティブな感情ともいえます。
私たちの中には、
ポジティブな感情も、
ネガティブな感情も、
同じくらいあるといいます。
ネガティブな感情の存在も、
抑圧や否定をすることなく、
気づいて、認めてあげて、
感じて、味わう。
そうすることで、
はじめて、
対極の存在である、
ポジティブな感情(すなわち、愛、光)
を、みずから、
実感できるようになるのではないか
と思います(^^)
「不安(怖れ)」
も、必要なんですね(^^;
「対極の法則」は、
見渡すと、
いたるところに反映されています。
私の好きな映画、
スターウォーズの、
ジェダイ(善)とダークサイド(悪)
の対立もそうです(^^)
天使と悪魔、
磁石のN極とS極、
陰と陽、
右と左、
昼と夜、
天と地・・・
コインの裏表なんですね。
過去ブログ、
ディマティーニさんの、
でも、紹介させていただきましたが、
プラスとマイナスの
バランスがとれた中道の世界にこそ、
「愛」と「感謝」があるといいます。
マイナスの中にもプラスを見い出す。
それを中和させたところに、
「愛」と「感謝」がある。
私が大好きな
狐狸庵先生(遠藤周作さん)も、
過去ブログ、
でも紹介させていただきましたが、
病気というマイナスは、
他人の苦しみを察することができるようになる、
というプラスがある。
臆病というマイナスは、
慎重に計画する、
といったプラスがある。
口下手というマイナスは、
聞き上手になれる、
というプラスがある。
というように、
マイナスの中にはプラスがあると、
述べています(^^)
勇気が出ますね!
私たちは、
日ごろの雑事に追われて、
つい、忘れがちになりますが、
つらい時こそ、
自らが光の存在であることを、
思い出すようにしたいですね(^^;
次回に続きます。
今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)


