ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

前回から、

今、話題のビジネス書

(というか思想書でしょうか)、

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

 

 

を紹介、解説しています。

 

著者は、

山口周さんです。

 

前回、

経済成長としてのビジネスが

既に終焉しているという、

著者の主張を紹介しました。

 

今は、既に成長が完了した、

「高原段階」

の社会である。

 

そして、

「安全で便利で快適な(だけの)世界」

から、

「真に豊かで生きるに値する社会」

に変換していく必要があるといいます。

 

しかし、

大きな課題があります。

 

近代から続いている

上昇の放物線の

惰性のうちにあって、

無数の成長が続く

ということを

当たり前の前提として

考えている人たちにとって、

成長の完了した

「高原状態」の社会は、

刺激のない、

停滞した、

魅力のない世界のように

感じられるかもしれません。

 

ここに、

私たちが向き合わなければ

ならない

本質的な課題があります。

 

真に問題なのは、

「経済成長しない」

ということではなく

「経済以外の

何を成長されれば良いのか

わからない」

という社会構想力の

貧しさであり、

さらに言えば

「経済成長しない状態を

豊かに生きることができない」

という心の貧しさ

なのです。

 

 

そうですね。

私は、アラフィフの

団塊ジュニア世代なのですが(^^;

私の周りを見渡しても、

まだまだ、ビジネスは、

あくまで、

「成長を目指すべき」

もしくは、

「シェアNo,1を目指すべき」

という考えの人が多いような気がします。

 

そして、

「経済成長しない状態を

豊かに生きることができない」

 

うーん、

痛いところを突いてきますね(^^;

 

では、

私たちは、

どこへ向かうべきなのでしょうか?

 

この本では、

明確に答えが示されています。

 

「便利で快適な世界」

「生きるに値する世界」

へと変えていく

 

ということ、

これに尽きると

思います。

 

これを別の言葉で

表現すれば、

 

「経済性に根差して

動く社会」

から

「人間性に根差して

動く社会」

へと転換させる、

と言うことになります。

 

私たちがこれから迎える

高原社会を、

柔和で、友愛と労りに満ちた、

瑞々しい、感性豊かなものに

していくためには、

この

「経済性から人間性」

への転換が

どうしても必要になります。

 

これを実現するために

必要なのは、

ここ100年のあいだ、

私たちの社会を

苛(さいな)み続けてきた

三つの脅迫、すなわち

 

「文明のために

自然を犠牲にしても仕方がない」

という文明主義

 

「未来のために

いまを犠牲にしても仕方がない」

という未来主義

 

「成長のために

人間性を犠牲にしても仕方がない」

という成長主義

 

からの脱却が

必要になります。

 

 

なるほどです(^^)

 

そして、

目指す「高原社会」

の方向とは、

 

大きな北欧型

社会民主主義国家

 

イノベーションによる

社会課題の解決

 

企業活動による

文化的価値の創造

 

だと、述べられています。

 

ここで、

ありがちな反論が

取り上げられています。

 

「イノベーションによって、

まだまだ経済成長ができるのではないか?」

 

しかし、著者は、

説得力のある論理で、

この反論をつぶしていきます。

 

たとえば、

イノベーションを

もたらしたといわれる

「GAFAM」

すなわち、

グーグル、アップル、フェイスブック、

アマゾン、マイクロソフトといった、

巨大企業が生まれても、

全体の経済成長率の低下には、

歯止めがかかっていない。

 

「全体のパイ」は増えず、

市場の内部で、

お金を移転させているに

すぎないといいます。

 

また、「経済合理性」

の問題も述べられています。

 

ちょっと図でなくて、

伝わりにくいと思いますが(^^;

(本誌ではマトリクス図式化されています)

 

社会の課題解決のために、

問題の普遍性(量)が、

低、中、高とあります。

 

問題の難易度が、

低、中、高とあります。

 

突然ですが、

ここでクエスチョンです(^^;

 

あなたが、

もしビジネスマンなら、

普遍性と、難易度、

どの組み合わせのビジネスを選びますか?

 

 

 

ちょっと考えてみてください・・・

 

 

 

そりゃ、

問題の普遍性が高くて、

難易度が低いビジネスですよね(^^)

 

本誌には、

成功事例として、

たとえば、

昭和後期の日本の

自動車、家電産業が挙げられています。

 

しかし、

今の「高原」の時代、

問題の普遍性が「高く」て、

難易度が「低い」ビジネスは、

すでに、

ほぼやりつくされているんですね(^^;

 

課題が残っている

ビジネス領域の多くは、

真逆の、

問題の普遍性(量)が「低く」、

難易度が「高い」もの。

 

ただ、それだと、

いわゆる、

「経済合理性限界曲線」

の外側になってしまうので、

費用対効果が悪くなってしまう。

 

商売をやっている方なら、

ピンとくると思いますが、

投資が回収できない、

いわゆる、

「採算の合わない(赤字の)ビジネス」

になってしまいがちなんですね。

 

例として、

「子どもの貧困問題」や

「希少疾病」

(罹患する人が希少な難病)

が挙げられています。

 

いずれも、

解決すべき重要な課題ではありますが、

従来の経済合理性で考えると、

たしかに、

「子どもの貧困問題」

は、マネタイズ(収益化)が難しいし、

「希少疾病」

の治療法、特効薬の開発は、

需要が少ないので、

採算が合わないと思います。

 

「高原」社会で、

残っている課題は

問題の普遍性が「低く」、

難易度が「高い」もの。

 

しかし、そこは、

従来のビジネスモデルで考えると、

「採算の合わない(赤字の)ビジネス」

になってしまい、

なかなか手が付けられない・・・

 

う~ん、

では、どうすればいいのか?

 

次回に続きますね(^^;

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回から、

今、話題のビジネス書

(というか思想書でしょうか)、

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

 

 

を紹介します(^^)

 

著者は、

山口周さん。

 

元々は、

電通やボストンコンサルティンググループなどで、

コンサルとして、

ビジネスの最前線でバリバリ活躍されていた方です。

 

他の著作だと、

光文社新書の、

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

が有名ですね(^^)

 

その、山口周さんが、

冒頭に、いきなり疑問を投げかけます。

 

「ビジネスはその歴史的使命を

すでに終えているのではないか?」

 

で、その、答えは

 

「イエス」

 

というのです。

 

えっ・・・

ちょっとびっくりですね!

 

この場合のビジネスというのは、

いわゆる、

「経済成長」を目指すという意味の

ビジネスのことですが(^^;

 

(日本では)すでに多くの

「物質的不足の解消」

という課題が解決されていて、

「経済成長」という意味では、

現在地は、上り坂ではなく、

「高原」に到達しているというのです。

 

21世紀を生きる

私たちに課せられた仕事は、

過去のノスタルジーに

引きずられて終了しつつある

「経済成長」

というゲームに

不毛な延命・蘇生措置を

施すことではなく、

私たちが到達したこの

「高原」

をお互いに祝祭しつつ、

「新しい活動」

を通じて、

この世界を

「安全で便利で快適な

(だけの)世界」

から、

「真に豊かで生きるに

値する社会」

へと変成させていくことに

あります。

 

 

「安全で便利で快適な(だけの)世界」

とは辛辣ですが(^^;

 

でも、

私たちは、

やはり、

「真に豊かで生きるに値する社会」

 

言い換えると、

「生きる意味を感じられる社会」

を求めているのだと

思います。

 

WHO(世界保健機関)

は2017年、

全世界的に増加傾向にある

鬱(うつ)病が、

21世紀中に

先進国でもっとも深刻な

疾患の一つになる

可能性を警告しましたが、

これは

文明化の終了という問題と

密接に関わっています。

 

私たち人間は

「意味」をエネルギーにして

生きていますから、

意味も意義も感じられない

営みに携わって

生きることはできません。

 

私たちの社会が今後、

大きな危機を迎えることに

なるのだとすれば、

それは経済的な衰退や

物質的な不足などではなく、

間違いなく

「意味の喪失」

という問題によって、

引き起こされることに

なるでしょう。

 

たしかに、

「生きる意味」

を持ちにくい時代だからこそ、

鬱(うつ)病が増えているということは、

あると思います。

 

コロナ禍で、

先が見えない時代ということも、

もちろんありますが、

そもそも、

「何のために働くのか」

「何のために生きるのか」

が見えにくい時代。

 

「高度経済成長期」

であれば、

迷いなく、皆で、物質的豊かさを目指して、

経済的成長に邁(まい)進できました。

 

しかし、

既に、ある程度豊かな、今の時代、

そこには、意味を見いだしにくい・・・

 

近代化によって

物質的豊かさを獲得した人々が、

この「意味の喪失」

という状況に陥ることを

予言したのが、

19世紀の哲学者、

フリードリヒ・ニーチェでした。

 

ニーチェは、

物質的豊かさが増していく

一方で、

科学の勃興によって

宗教という規範の解体が

進んでいく時代において、

市井の人々が

「意味の喪失」

という重大な病に侵されることを

予言しました。

 

ニーチェによれば、

意味を喪失した人々は

ニヒリズムに陥ることに

なります。

 

では

「ニヒリズム」

とは何でしょうか?

 

それは

 

「何のために?

という問いに

答えられない状態だ」

 

というのが

ニーチェの回答です。

 

 

「何のために?」

 

現代において、

このニーチェの問いかけは、

重くのしかかっていると思います・・・

 

 

この本は、親切にも、

「忙しい読者のみなさんのために」

ということで、

前半に、サマリー(まとめ)

を示してくれています(^^)

 

見出しだけ紹介しますと・・・

 

1、私たちの社会は、

明るく開けた「高原社会」へと

軟着陸しつつある。

 

2、高原社会での課題は

「エコノミーにヒューマニティーを

回復させる」こと

 

3、実現のカギとなるのが

「人間性に根差した衝動」

に基づいた労働と消費

 

4、実現のためには

教育・福祉・税制等の

社会基盤のアップデートが

求められる

 

 

となりますが、

次回以降、

私が特に印象に残った部分を、

紹介、解説していきますね(^^)

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

野口嘉則さんの本、

「これでいい」と心から思える生き方

 

 

の内容を、

紹介、解説しています。

 

今回で10回目!

 

だいぶ回数が多くなったので、

今回で最終回にします(^^;

 

前回は、具体的な、

「自己受容の訓練法」

を紹介しました(^^)

 

訓練法とは、

自分の感情や気持ちを

受容する練習をするということです。

 

「今、何を感じてる?」

 

「悲しいんだね」

 

「それでいいんだよ」

 

と、自分にささやきかけるのです。

 

自己受容には、

ネガティブな感情も含めた、

様々な感情に、

まずは、気づき、

それから、

それを、感じて、味わうことが大切です。

 

しかし、

攻撃的な感情、

すなわち、

怒り、イライラ、

恨みなどの感情については、

感じて味わうのは、

避けた方がいいと述べられています(^^;

 

これらの攻撃的な感情は

第二感情と呼ばれ、

単独で生じることは

ありません。

 

この第二感情の前には

必ず第一感情

(元になる感情)

が生じており、

その第一感情を

感じたくないがゆえに、

第二感情によって

覆い隠しているのです。

 

たとえば、

部下から

批判的なことを言われた

上司がいて、

その上司の中に

怒りが湧いてきたとします。

 

この場合、

いきなり怒りが

湧いてきたように

感じられますが、

実はその前に、

第一感情が生じていた

はずなのです。

 

 

えっ・・・

第二感情の前に、第一感情?

 

どういうことでしょうか。

 

この人は、

自分が上司の立場で

あるにもかかわらず

部下から批判された

わけですから、

本当は悲しかったり、

惨めな気持ちだったり

するのかもしれません。

 

だとしたら、

それが第一感情です。

 

しかしこの人は、

第一感情を認めたくないし

感じたくないので、

 

「自分をこんなに悲しい

(惨めな)

気持ちにさせる部下は

許せない」

 

という論理で、

無意識のうちに

怒りという第二感情に

すり替えているのです。

 

 

「怒り」は「第二感情」で、

その前に、

「悲しい(惨め)」という、

「第一感情」がある。

 

「第一感情」の、

「悲しい(惨め)」という、

感情を感じるのが怖いので、

無意識に、

「怒り」という

「第二感情」にすり替えてしまう。

 

ということなんですね。

 

う~ん・・・

 

怒りが込み上げてくる時って、

相手から言われた瞬間に、

「怒り」の感情が

自然発生するような感覚がある・・・

 

「怒り」は一次感情では?

と思いませんか?

 

私は、はじめ、そう思ったのですが、

その場合は、

 

「そもそも、怒りという感情がないとしたら、

どんな感情になる?」

 

と考えるといいです(^^;

 

そう考えると、

「怒り」という感情が使えないとしたら、

たしかに、

「悲しい」「惨め」「不安」

といった感情が、

最初に湧いているのかもしれない、

と思えてきます(^^;

 

ちなみに、

この考え方は、

同じ野口嘉則さんの文庫本、

 

3つの真実

 

 

にも、とても分かりやすく解説されています。

 

過去ブログでも、少し触れました。

よかったらご覧ください。

3つの真実(4) 真実その3「感情は感じれば解放される」

 

 

本誌に戻ります(^^;

 

第二感情は、

それを感じ、

それに浸っていると、

その感情が

ますます増幅してしまう

という特徴があります。

 

たとえば、

怒りに浸っていると、

怒りを増幅するような

思考や想像が湧いてきて、

ますます怒りが

激しくなってきます。

 

これ、分かります(^^;

 

怒りの感情に浸っていると、

それは、どんどん増幅してくる・・・

 

ムカムカ!ムカムカ!

 

そのうち、復讐したくなってくる(笑)

 

ですので、

怒りなどの第二感情に対して、

まず「怒っているんだね」

と自分に声をかけて、

その第二感情を

受け入れるとともに、

それを客観視するのは

とてもいいのですが、

その第二感情を

そのまま感じることは

しないほうがいいのです。

 

そして、

そのもとにある

第一感情を探って見つけ出し、

 

「悲しいんだね」

「惨めな気持ちなんだね」

 

と、その第一感情を

受け入れる言葉を

自分にささやきかけて、

その第一感情のほうを

感じて味わうようにします。

 

攻撃的な気持ちが湧いてきたら、

第一感情を意識して探し出し、

それを、感じて、味わう。

 

う~ん、

そんな余裕ない!

(と、もう一人の自分がいっています(^^;)

 

その場合は、

いったん、その場を外す。

 

たとえば、

トイレに行ったりするといいかもしれません(^^;

(私はよくやります(^^;)

 

 

第一感情を受け入れることは、

実際やってみると、

けっこう難易度が高く、

ある意味、

自分の弱さを受け入れるという

「勇気」

を必要としますが、

自分のためにも、

チャレンジしていきたいですね(^^;

 

 

ちなみに、

「怒り」の感情じたいが、

悪いわけではありません。

 

怒りは、

感じたくない感情

(第一感情)が

自分の中に生じていることを

教えてくれるサインであり、

対処が必要な問題があることを

教えてくれるものでも

あります。

 

怒りのエネルギーを

建設的な行動に向ければ、

第一感情の原因になっている

出来事や問題を

現実的に解決する

原動力にもなります。

 

 

つまり、

「不安」「悲しみ」「惨めさ」

といったネガティブな感情を

受け入れることができれば、

地に足がついて、

解決のための、

現実的なアクションが取れるようになる、

ということですね。

 

それから、

子どものころ

親に対して

怒りを表すことを

ゆるされなかった人は、

外に向けられない

怒りや攻撃を、

自分に向けるように

なりがちです。

 

自分を責めるように

なるのです。

 

このような人が

心理的により健康的に

なっていく過程においては、

人に対する怒りの感情が

戻ってきます。

 

つまり、

自分に向けていた

攻撃心を

外に向けられるように

なるのです。

 

これは

心の健康上は

好ましいことなのですが、

怒りのままに

人を攻撃してしまうと、

相手を傷つけてしまうし、

トラブルになって

しまいかねませんね。

 

ですので、

怒りをうまく吐き出す方法を

知っておく必要があります。

 

お読みいただいている

皆さまの中にも、

このように、

「怒り」を自分に向けてしまう、

すなわち、

自分を責めてしまう方、

いらっしゃるのではないでしょうか。

 

そのような方には、

怒りの感情を外に向けられるのは、

いいことなのですが、

アクティングアウト(行動化)

せずにすむ、

おすすめの方法は、

「紙に書きなぐる」

ということが述べられています。

 

同じく、野口嘉則さんのミリオンセラーで、

有名な、

完全版 鏡の法則

 

 

にも、やり方が、

詳しく具体的に紹介されています(^^)

 

おすすめします!

 

--------------------------------------

 

以上、10回にわたって、

野口嘉則さんの本、

「これでいい」と心から思える生き方

の内容を、紹介、解説してきました。

 

紹介した以外でも、

小此木啓吾先生のロングセラー

対象喪失―悲しむということ

にまつわる話や、

メメント・モリ(死を想え)の話。

 

有名な、スティーブ・ジョブスさんの

卒業式のスピーチ、

「コンステレーション」(布置)

にちなんだ、著者の話。

 

ユング、フランクル、

など・・・

 

まだまだ、

取り上げたいところは、

たくさんあるのですが・・・

 

是非、本誌をご覧ください!

 

この本、文章が読みやすくて

(野口嘉則さんの著作はみなそうです(^^;)

すーと読めてしまうのですが、

中身はとても濃く、

繰り返し読めば読むほど、

味わい深く、新たな発見があります(^^)

 

特に、

「これでいい」と心から思える生き方

をしたい方には、おすすめします!!!

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^;

 

次回は、

別の本を紹介します(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

野口嘉則さんの本、

「これでいい」と心から思える生き方

 

 

から、

私が特に有益だと

感じたところを、

紹介、解説しています。

 

今回で9回目になります(^^;

 

前回から、

「自己受容を深める」

ことについて、

触れておりますが、

今回は、

その、具体的な、

「自己受容の訓練法」

について、紹介、解説いたします。

 

これは、私にとって、

とても役立ちましたので、

皆様も、是非、

参考にしていただければと思います(^^)

 

本から、引用します(^^;

自己受容を深めていくうえで

最も有効な方法は、

自分が感じていることを

受け入れる訓練を

することです。

 

つまり、

自分の感情や気持ちを

受容する練習をするのです。

 

自分の感情や気持ちを

しっかり受容できるようになると、

自分が自分であることの

確かさを感じられるように

なります。

 

これはまさに

自己受容が深まっているという

証拠なのです。

 

しかし

実際のところ、

自分の感情や気持ちを

受け入れるのは

簡単なことではありません。

 

なぜなら、

私たちの心の中には

「自分を見つめる自分」

がいて、

多くの場合、

これが自分の感情や

気持ちに対して

けっこう手厳しいからです。

 

そうなんです(^^;

 

私たちは、特に、

ネガティブな感情が沸き起こってくると、

それを受け容れたら、

何だか、自分が

ダメな人間になってしまうような気がして、

抵抗してしまいがちです(^^;

 

何故なのでしょうか?

 

こう述べられています。

 

人は子どものころに、

「泣く」とか「はしゃぐ」とか

「気持ちを伝える」

などの感情を表現し、

そのことによって

傷つくという経験を

何度もします。

たしかに・・・

たとえば、

悲しさや悔しさを感じて

泣いているときに、

「いい加減、

泣くのをやめなさい!

みっともない!」

と親に叱られたり、

「やーい、泣き虫、弱虫」

と友達にからかわれたりして

傷つきます。

 

また、

嬉しくてはしゃいでいるときに、

大人から

「調子に乗るんじゃない!

おとなしくしていなさい!」

と叱られることもあれば、

友達に

「仲間に入れてほしい」

と正直に気持ちを伝えた時に、

「イヤだ」

と拒否される場合もあります。

 

う~ん・・・😢

 

これは、多かれ少なかれ、

幼少期に、誰もが経験しますよね・・・

 

だから、

自分の感情に、

抵抗し、ダメ出しをしてしまう・・・

 

しかし、

抵抗し、ダメ出しをしたところで、

その感情が消えるわけでは

ありません。

 

感じられなかった感情は、

心の片すみに追いやられ、

溜めこまれていきます。

 

そして、私たちが

意識できない領域から、

私たちを振り回すように

なってしまうのです。

 

また、

自分の感情を

抑えてばかりいると、

自分が自分であることの

確かさを

感じられなくなるとともに、

感情を感じるセンサーが

鈍くなってしまって、

他の人の気持ちを

感じ取り理解する力も

低下してしまいます。

 

そうですね。

たしかに、

感じられなかった感情は、

消えるわけではありません。

 

ネガティブな感情を殺したつもりでも、

いずれ、それが「怒り」となって

噴出することって、

ありますよね。

(私は、けっこうあります^^;)

 

自分の感情を抑えてばかりいると、

感情に対して鈍感になり、

他者への共感力が低下するというのも、

実感としてわかります。

(私は、妻に対して自覚あり^^;)

 

では、

どうすればいいのか?

 

感情が湧いてきたときに、

まず

「自分を見つめる自分」

がそれに気づいて、

感情が湧いてきたこと自体を

受け入れるようにすると

いいのです。

 

これをやっていくと、

「自分を見つめる自分」が、

受容的・共感的な目線で

自分を見つめるように

なっていき、

自己受容も深まるし、

他者受容もできるように

なっていくのです。

 

「自分を見つめる自分」

が感情を受け入れる?

 

ちょっと抽象的ですね(^^;

 

具体的には?

 

たとえば、

自分が悲しい気持ちに

なっていることに気づいたら、

「悲しいんだね」

と自分にささやきかけるのです。

 

心の中でささやきかけても

いいし、

自分だけに聞こえるくらいの

小声でささやきかけても

かまいません。

 

このとき、

悲しい感情を感じていることを

あと押しする意味で、

「それでいいんだよ」

という言葉も

付けるといいでしょう。

 

このような言葉は、

感情にダメ出しをする習慣を

ゆるめていく効果があります。

 

そしてこれをやり続けていくと、

自分の感情に気づく力も

高まりますし、

また、

感情に振り回されにくく

なります。

 

 

私は、

自分の感情に気づいて感じるのが、

けっこう苦手だったので、

ことあるたびに、意識して、

 

「今、何を感じてる?」

 

と問いかけるようにしました(^^;

 

そうすると、

少しづつ、自分の感情に

気づけるようになりますので、

その感情を、自分にささやきかける。

 

「悲しいんだね」

 

抵抗がある場合は、

 

「それでいいんだよ」

 

と自分で自分を支持する。

 

これは、

今でも、なかなか難しいのですが、

少しずつやっています(^^;

 

ここで、

 

「自分がネガティブな感情を

受け入れたら、

そのネガティブな感情と自分とが

同一化してしまうのでは?」

 

という疑問を持つ方が

いらっしゃるかもしれません。

(実は私も、はじめはそう思いました^^;)

 

同一化してしまったら、

その感情に振り回されてしまいそうですね。

 

違うんです(^^;

 

湧いてきた感情に

気づいて、

「悲しいんだね」

とか

「怒っているんだね」

とか

「不安なんだね」

などと

自分に声をかけた場合は、

その瞬間、

私たちは

感情を見つめる側の視点に

立っているので、

その感情と同一化せずに、

それを客観視

できているのです。

 

それでいて、

その感情が湧いてきたことを

受容していますので、

その感情を否定したり

無視したりしているわけでは

ありません。

 

その感情に

飲み込まれることなく、

その感情を受け入れて

いるのです。

 

 

たしかに・・・

 

感情に気づいて、

声をかけるということは、

客観視できているということですね。

(同一化していたら、

そもそも気づけませんよね^^;)

 

カウンセラーが

クライアントの

考えや気持ちを受け入れ、

それを後押しするような

言葉を返すことを

「支持」といいますが、

自分にささやきかけるときは、

それを自分にやってみて

ください。

 

自分を「支持」

することを意識するのです。

 

これも、

感情にダメ出しする習慣を

ゆるめる効果があります。

 

たとえば、

友達から批判的なことを

言われて、

怒りが湧いてきたとしましょう。

 

それも相手を

殴りたくなるくらいの

強い怒りだとします。

 

そんなときに、

自分自身に対して、

 

「怒っているんだね。

それでいいんだよ。

だって、

あんあこと言われたんだから、

怒るのも無理はないよ。

 

あんなこと言われて

傷ついたね。

あんあこと言われたら

悲しいよね。

それでいいんだよ」

 

といった感じで

声をかけると、

次第に冷静になってきます。

 

 

ちなみに、

私がカウンセリングをする場合は、

(今は制約があり、

なかなか活動ができないのが

歯がゆいのですが^^;)

この「支持」を、とても重視します。

 

私が、クライアントとして、

カウンセリングを受けた際に、

「支持」をしていただくことによって、

とても、わかってもらえたという、

実感があるからです(^^;

 

もちろん、

「支持」は、

自分一人でもできます(^^)

 

「あんなこといわれたら、

そりゃ、~になるのも、無理はないよ」

 

「それでいいんだよ」

 

ネガティブな感情に襲われたら、

繰り返し、繰り返し、

自分にささやきかけてくださいね(^^)

 

自分一人では、

うまくできない場合は、

カウンセラーやメンタルコーチの

力を借りるのも、

ひとつの手だと思います(^^;

 

 

ここで一点、注意なのですが、

特に「怒り」の感情の場合、

感情を感じるからといって、

それをアクティングアウト(行動化)することは、

支持しないでくださいね。

(ご自分が損をしますので^^;)

 

それから、

「怒り」の感情は、

あまり浸りきらないほうがいいです。

 

この本に、その理由と

対処法が述べられていますので、

次回、紹介、解説しますね(^^;

 

今回も、最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

野口嘉則さんの本、

「これでいい」と心から思える生き方

 

 

から、

私が「なるほど!」

と感じたところを、

紹介、解説しています。

 

今回で、8回目になります(^^;

 

この本では、

自分づくり(自我の確立)

をするための方法が、

大きく4つに分けて

紹介されています。

 

(1)心の安全基地を確立する

(2)選択する力を養う

(3)地に足をつけて再生する

(4)自己受容を深める

 

ですが、

今回、紹介するのは、

(4)自己受容を深める

です。

 

個人的には、この中でも、

「自己受容」は、

もっとも重要、かつ、奥の深い、

テーマだと思います。

 

私たちは、

自己受容をできる

度合いに応じて、

他者受容も

できるようになり、

健康的・建設的な

人間関係を

築いていけるように

なるのです。

 

これはつまり、

自分自身との関係こそが、

あらゆる人間関係の

基本になっていると

いうことです。

 

ですから、

豊かな人間関係を

築いていくためには、

まず自己受容を

深めていくことが

大切なのです。

自己受容をできる度合いに応じて、

他者受容もできるようになる。

 

本当に、そうだと思います(^^)

(私も実感があります)

 

同じく、

野口嘉則さんの著作、

最高の自分をつくる「心眼力」

 

 

(右の猫の表紙が文庫版です。

私の好きな「人生は引き算で輝く」

も収録されているので、

文庫版をオススメします!)

 

からの引用です。

 

自己受容は、

自己肯定とは違います。

 

「自分を好きになること」

とも違うのです。

 

たとえば、

自分の内気な性格を

好きになれない人が

いるとします。

 

その人が

「内気なことは素晴らしい」

と自己肯定しようとするのは

無理がありますね。

 

また、

自分を好きになれないのに、

「自分を好きに

ならなきゃいけない」

と考えるのも

無理があります。

 

受容するとは、

今の自分を

いいも悪いもなく認めて、

ゆるすことです。

 

「私は内気な性格なんだな」

 

「私はそんな自分のことが

好きになれないんだよな」

 

と、ありのままの

自分を認めて、

 

そっくりそのまま

抱きしめるのです。

 

必ずしも、

自分のことを、

肯定、すなわち、

好きになれなくてもいい。

 

自分のことを好きになれない

「自分」そのものを、

そのまま、まるごと、

認めて、受け入れる

 

ということなんですね。

(けっこう難しいことですが(^^;)

 

例として、

「落語」

が紹介されています(^^)

 

落語に登場する

主役たちは、

決して立派な人物ではなく、

見栄を張って知ったかぶりを

した結果、

墓穴を掘ったり、

自分の失敗を隠そうとして、

ない知恵をしぼったり、

負けず嫌いなものどうしが

意地の張り合いをしたり・・・、

 

まさに、

人間の業を

感じさせてくれる

キャラクターたちなのです。

 

そんな人物たちに

あたたかいまなざしを向け、

愛すべき人たちとして描き、

そのことによって

人間の業を肯定

(というか受容)するのが

落語というわけです。

 

(立川談志師匠)

 

そうですね。

 

私たちは、皆、

上司だったり、親だったり、

それぞれの立場で、仮面をかぶっていますが、

(それは、もっともなことです)

でも、一面では、

落語の人物のような、

「俗物」で「弱虫」な面も、ありますよね。

(特に私は、ありまくりです(^^;)

 

落語の人物は、

そういった、人間の「弱さ」を、

惜しみなく表現してくれる(^^;

 

いってみれば、

落語の登場人物は、

私たちが、普段、抑圧している、

シャドーの肩代わりをしてくれているのかも、

しれません。

 

だから、落語を聞いたり、

読んだりすると、心が軽くなるのかも(^^;

 

そういえば、私、

子どものころは、

「日本の笑い話」

みたいな本が、大好きだったんです(^^)

 

最近、固い本ばかりで、

そういう本を読んでないなあ~

 

久しぶりに、

落語でも、聞いてみようかな~

 

・・・さておき(笑)

 

「自己受容」とは、

そんな、ダメな自分も受け容れることですが、

それは、決して、

向上心を捨てるということでは、

ないんです。

 

これは、決して、

「自分はどうせ変わらない」

と、さじを投げると

いうことではありません。

 

自分の不完全さや弱さから

目を背けているときは、

それらに

いつ直面するか

わからないという

不安をか抱えることに

なりますが、

それらをしっかり見つめて、

不完全さや弱さを含めた

自分の全体を

そのまま受け入れると、

地に足がつき、

心が安定します。

 

すると、

ワクワクするような向上心が

自然に湧いてくるのです。

 

「こんな自分じゃダメだから

変わらなければならない」

 

という自己否定に基づいて

努力するよりも、

自己受容にもとづく

自然な向上心から

行動するほうが、

楽しいし、

エネルギーが高いし、

意欲が長続きするのです。

 

深く同意します!

 

「不完全さや

弱さを含めた自分の全体を

そのまま受け入れると、

地に足がつき、心が安定する」

 

そうですね、

私も、まだまだ盤石ではないのですが、

これは、実感としてあります。

 

地に足がつくと、

あまりブレなくなるし、

気持ちがラクになります(^^)

 

人と比較したり、

焦りや不安からくる、

「急き立てられる」ような

向上心ではなく、

たしかに、

「自然」な向上心が、

生まれてきます!

 

歯を食いしばって、

競いながら頑張ることも、

時には(特に若い頃は)

必要かもしれませんが、

やっぱり、

自然な向上心から、

楽しみながら取り組めるに越したことは

ないですね!

 

ここで、

この本に引用されている、

一編の詩を紹介します。

 

じっくり味わいながら、

読んでみてください・・・

 

 

「汲む ―Y・Yに―」

 

 

 

大人になるというのは

 

すれっからしになることだと

 

思い込んでいた少女の頃

 

立ち振る舞いの美しい

 

発音の正確な

 

素敵な女のひとと会いました

 

そのひとは私の背のびを見透かしたように

 

なにげない話に言いました

 

 

初々しさが大切なの

 

人に対しても世の中に対しても

 

人を人とも思わなくなったとき

 

堕落が始まるのね 落ちてゆくのを

 

隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

 

 

私はどきんとし

 

そして深く悟りました

 

 

大人になっても どぎまぎしたっていいんだな

 

ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

 

失語症 なめらなでないしぐさ

 

子どもの悪態にさえ傷ついてしまう

 

頼りない生牡蠣のような感受性

 

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

 

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく

 

外にむかってひらかれるのこそ難しい

 

あらゆる仕事

 

すべてのいい仕事の核には

 

震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・

 

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました

 

たちかえり

 

今もときどきその意味を

 

ひっそりと汲むことがあるのです

 

 

(茨木のり子さん)

 

 

私も、

子どもの悪態にさえ傷ついてしまう

小心者ですが・・・(^^;

 

でも、

 

大人になっても、

どぎまぎしたって、いいんです(^^)

 

 

何だか、

励まされますね(^^;

 

今回も、

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます・・・