ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

少しずつですが、

涼しい気候になってきましたね😊

 

毎朝、職場のカフェで

コーヒーを買うのですが、

ここのところ、アイスからホットに

切り換えています。

 

今回ご紹介する本は、

 

独立研究者、著作家、

パブリックスピーカー、

山口周さんの最新刊!

 

クリティカル・ビジネス・パラダイム

 

 

という本から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説していきます。

 

山口周さんは、

私にとって、

時代の最先端のビジネスの考え方を

与えてくださる方で、

 

著作を読むたびに、

「なるほど~」

と唸らされることが多いのですが、

 

この本は、

前作、

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

 

(過去ブログでも紹介しました。

よかったらご参照ください)

 

の続編的な著作になります。

 

で、タイトルの、

クリティカル・ビジネス・パラダイム

とは、いったい何なのか?

 

私は、知らなかったのですが、

こういうことです。

 

 

社会運動・社会批評としての

側面を強く持つ

ビジネスのこと

 

 

では、何故、今、

社会運動・社会批評としての

ビジネスが求められるのか?

 

今の矛盾と不条理に満ちた

資本主義のシステムでは、

持続できないからだといいます。

 

たとえば、

大量生産・大量消費は、

環境問題の観点からも、

ありえない選択ですが、

 

ただ・・・

 

従来のビジネスの世界というのは、

経済合理性限界曲線の内側の

「大きな問題」

 

すなわち、

問題の難易度が低くて、

普遍性が高いものでないと、

なかなか合わない、

 

つまり、

採算が取れないんですね(^^;

 

だから、

採算の取れない

「小さな問題」や

「社会的な問題」は、

つい、見過ごされがちになるわけですが、

 

そもそも、特に先進国では、

「大きな問題」というのは、

既に多くは解決されているのです。

 

たとえば、

生活を便利で豊かなものにする、

電化製品などは、

高い確率で普及しています。

 

では、

今、残っている、

なかなか採算の合わない、

「小さな個人的問題」や

「社会的問題」は、

いったいどうなるのか?

 

山口周さんは、

先進国を中心に、

それらの、

「小さな個人的問題」や

「社会的問題」を

自分ごととして考える

 

「共感力のある市民」

 

が増えているといいます。

 

何故、増えているのか?

 

 

一つ目の理由は、

物質的な余裕です。

 

近代以前の社会において、

人々は今日・明日の暮らしを

営むために必死で、

 

他者の状況について

慮る余裕を持つ人は

ごく一部の人々に

限られていました。

 

しかし今日、

特に先進国では、

多くの人が基本的な物質的ニーズを

満たせるようになったことで、

 

より公共的・社会的な問題について

関心を払うようになってきています。

 

 

これは、実感します(^^)

 

逆にいえば、

マズローの欲求段階説ではないですが、

「生理的」「安全」「所属と愛情」

といった下位の欲求が、

自分自身で十分に満たされていないと、

「他者への共感」

どころではないですし、

 

日本の二極化、貧困の問題は、

看過できないものがありますが、

 

一般的には、

豊かになった先進国では、

自分以外の、公共的・社会的な問題について

関心を持つ人は増えていると思います。

 

 

二つ目の理由は、

情報通信の進化です。

 

情報通信に関連する

テクノロジーの進化によって、

 

これまで知ることのできなかった

全地球的な問題に関する情報が、

感情に訴えかけられるような

フォーマットで

得られるようになった。

 

ということで

共感の地理的範囲が

大きく広がっているのです。

 

 

これは、

言わずもがなですね。

 

著者は、

空間軸の「遠くの他者」

だけでなく、

時間軸の「未来の他者」

への共感が、

広がっているといいます。

 

 

つまり、

どれだけ遠く離れた

「未来の他者」の問題を

先取れるかによって

 

問題の市場の大きさが

規定されるということです。

 

ここに

「未来の他者に共感する共感力」

が市場経済の趨勢を左右する

大きなファクターとなって

立ち現れることに

なります。

 

 

なるほど・・・

 

今は、小さな問題で、

決して大きくない市場でも、

 

未来を予測して、

未来の他者にとって大きな問題であれば、

 

時間軸で捉えると、

大きな市場といえるわけですね。

 

環境問題はもちろんのこと、

メンタルヘルスの問題、

ひとり世帯の増加などは、

これにあてはまるかも知れません。

(既に大きな問題になりつつありますが)

 

未来の他者に共感して、

その人たちの幸せのために

投資をするビジネス・・・

 

素敵ですね(^^)

 

これらの「共感」について、

とても興味深い意見が、

述べられています。

 

 

このような共感は

「倫理」や「道徳」や「義務」

といった規範によって

醸成されているわけではない、

という点です。

 

英国の哲学者、

ケイト・ソパーは、

近年、特に一定の世代以下で

顕著にみられる、

 

環境や社会へ配慮した

ライフスタイルや消費スタイルは

「自己利益を抑制すること」

 

・・・つまり一種の

「痩せ我慢」によって

駆動されているのではなく、

 

むしろ、

「環境や社会への配慮が

自己利益として

内部化されること」

によって駆動されている、

 

と指摘しています。

 

 

Z世代など若い人たちの、

環境や社会へ配慮した

ライフスタイルや消費スタイルは

「痩せ我慢」ではない・・・

 

これは、分かる気がします。

彼ら、彼女らは、

とても自然体ですよね。

 

たとえば、

若い人は、

車を所有することにこだわらず、

カーシェアリングにも

抵抗のない人が多いようですが、

 

私のような

団塊ジュニア世代のおじさんは、

 

やっぱり、所有欲もあるし、

何より、好きな時に

好きなところへ行けるという、

自由さを手放せませんが、

 

そんなおじさんでも、

少しでも環境に配慮しようと、

ハイブリット車には乗っているわけで(^^;

(そんなに距離乗らないので、

ガソリン車のほうがコスパはいいのですが)

 

 

彼女は、

端的にこの現象を

「Alternative Hedonism

=新しい快楽主義」

という概念として

整理しています。

 

自分たちの欲求や快楽を

抑制することによって

新しい消費のスタイルが

生まれているのではなく、

 

より環境に適した

消費生活を送りたい、

他者の問題を解決したいという

新しい欲求や快楽の登場によって、

 

新しい消費のスタイルが

生まれている、

ということです。

 

まさに

「資本主義のハック」が

起きている、

というのが

ソパーの理解です。

 

 

欲求や快楽を

痩せ我慢で「抑制」しているのではなく、

 

むしろ、それ自体が、

新しい「欲求」や「快楽」である。

 

すなわち、

「より環境に適した消費生活を送りたい」

「他者の問題を解決したい」

というのは、

 

「~すべき」といった規範や、

いわゆる「きれいごと」ではなく、

「本音の欲求」である。

 

山口周さんは、

欲望や欲求の「抑制」ではなく、

「アップデート」だ!

 

とおっしゃっていますが、

たしかに、世の中、

そういう流れに移行しつつ

あるような気がします。

 

「より環境に適した消費生活を送りたい」

「他者の問題を解決したい」

 

これは、もともと

私たち人間に備わっている

自然な欲求なのかもしれません。

 

それを思い出して、解放する・・・

 

そんな時代が来たのかもしれませんね😊

 

 

 

************************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回もこの本の紹介を続けます(^^;

 

 

************************************

 

 

おまけ写真集(^^;

 

鎌倉、大人の遠足。

 

 

大船の常楽寺。

渋い門構えでした。

 

 

 

高野の切通。

 

鎌倉は切通が多いです!

(低山に囲まれているので)

 

 

 

六国見山展望台。

旧国の六国が見渡せる低山です!

 

 

 

おお、富士山もばっちり見えました!

(もやってますが(^^;)

 

 

 

散在ガ池を通って・・・

 

 

 

今泉不動尊。

 

「見猿、言わ猿、聞か猿」

は関東地方に多いようですね。

 

 

 

奥にある滝。

 

なかなか趣がありましたよ(^^)

 

 

 

滝の横の、

崖の中にいらっしゃった、

不動明王と石仏・・・

 

不思議なオーラ―を

放っていました。

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回紹介する本は、

私の敬愛する作家、

遠藤周作さんの、

 

女の一生 一部・キクの場合

 

(表紙は今のものと違います(^^;)

 

という小説です。

 

実は、

「女の一生」シリーズは、

私がブログを開設した初期の頃に、

 

「二部・サチ子の場合」

を紹介させていただいているんですね(^^;

 

こちらです↓

 

(よかったらご参照ください)

 

何故、二部から紹介したかというと・・・

 

その中に取り上げられている

「コルベ神父」の話が、

私の人生、生き方に

大きなインパクトを

与えたものだったからです。

 

ですので、

まず、二部からと思い、

先に紹介させていただいたのですが、

 

考えて見たら、

一部はまだ紹介してませんでした(^^;

 

もちろん、

一部もまた素晴しい小説で、

特に「目頭が熱くなる・・・」

という意味では、

引けを取らないと思います。

 

ちなみに、

一部・二部は、

それぞれ独立した話ですので、

(実は繋がってはいるのですが)

どちらから読んでも、

問題はないと思います。

 

で、今回は、

「一部・キクの場合」

を紹介させていただくのですが、

 

ひとことでいうと、

長崎の隠れキリシタンの物語です。

 

小説「沈黙」よりも後の時代、

時は、幕末から明治にかけて。

 

江戸時代の期間、密かに、

キリスト教の信仰を、

守ってきた人々がいた。

 

その中に、

「清吉」という青年がいるのですが、

子供の頃のある出来事がきっかけに、

「キク」という女性が、

彼に恋心を抱きます。

 

この、

キクという女性は、

とても一途で、

まっすぐな女性なんですね。

 

「そこまで思い詰めなくても

いいのに・・・」

と思うくらい、

清吉に健気な想いを寄せます。

 

やがて、

江戸時代から明治時代になりますが、

キリスト教の信者に対する弾圧は収まらず、

清吉は・・・

 

・・・と、

ネタバレになりますので、

内容紹介は

これくらいにしておきますが(^^;

 

信者を弾圧する役人で、

「伊藤清左衛門」

という登場人物がいます。

 

この伊藤という人間は、

とんでもなく卑劣な奴なんです。

 

遠藤周作さんの小説によく出てくる、

いわゆる「弱い」タイプの人間ですが、

小役人として、

ちょっとした権力を握っているので、

よけいに質が悪い(^^;

 

やがて、伊藤は、

自己嫌悪に苦しむことに

なるのですが・・・

 

伊藤とプチジャンという神父の会話です。

 

 

「あんたの神とやらは・・・

あん本藤舜太郎より、

こん俺ば愛しとるて言うとか。

 

俺はあんたら切支丹ば責め、

苦しめた男ばい」

 

「あんたは苦しんでおられる。

ばってん本藤さまには

心の苦しみはなかです。

 

あのお方の心には

ただ開けていく明治の世のなかへ

立身出世の夢が

おありだけですたい」

 

「そいが・・・

なして悪かか。

俺は・・・

むしろ、出世していく本藤の

羨ましか」

 

「だが神さまは

そげん本藤さまよりも

あなたさまのそのひがんだ心、

傷ついた心に

入りこもうとされます。

 

神さまは今のような

出世欲にもえた本藤さまには

興味ばもたれんとです。

 

ばってん

伊藤さまのその心のほうに

ひかれとられる」

 

 

本藤舜太郎とは、

過去に、伊藤の同僚だったのですが、

要領がよく、先見の明もあったので、

明治維新の新政府内で、

どんどん出世するんですね。

 

一方で、伊藤は、

与えられた任務に

バカ正直だったせいもあり、

 

出世に取り残され、

やがては、

ダークサイドに落ちていくのですが・・・

 

そんな伊藤のほうが、

本藤よりも、神から愛されているという。

 

 

(中略)

 

「いつか、わかります。

あんたは浦上の切支丹を苦しめて、

自分で自分の体に

血ば流された」

 

「俺あな、

そげん男じゃなか。

俺あな、

あいどんば責めとるのが楽しかけん、

責めとるだけばい。

 

あいつらは

苦しめるとの面白かけん、

苦しめとるだけばい」

 

(中略)

 

「ではあの者たちば

よかように苦しめられるが

よかでしょう」

 

「何ば言うとか」

 

「苦しみはあの者たちの間に

愛ば生み出しますけん。

 

苦しみのなければ・・・

伊藤さま、

愛も生まれんですたい」

 

(中略)

 

彼は思った。

 

自分のような卑劣、卑怯、

狡く利己主義、

欲望を抑えることのできぬ人間は

虫けらと同じだと。

 

その虫けらが

神の眼には本藤舜太郎より

はるかに価値があるという

プチジャンの奇怪な言葉は一体、

何だろうと・・・。

 

 

先日、

北九州のNPO法人

「抱樸(ほうぼく)」

理事長の奥田知志さん

 

(過去ブログで紹介しました。

よかったらご覧ください)

 

の講演を

聴く機会がありました。

 

その中で、

奥田和志さんは、

 

 

「痛みの場所こそが魂の場所だ」

という遠藤周作さんの言葉がある。

 

 

とおっしゃっていました。

 

その言葉の引用元は、

私は知らないのですが、

 

「痛みの場所こそが魂の場所だ」

 

痛みや、苦しみがあるからこそ、

神は寄り添う、

 

言い換えると、

痛みや、苦しみを、

分かち合うことこそが、

愛なのかと思います。

 

 

私は今回、

この小説を読み返したのは、

3回目くらいだと思いますが、

 

若い頃に読んだときは、

伊藤に対して、ひたすら、

「嫌悪感」のようなものを

感じた記憶があります。

 

小説を読んでいただければ、

分かりますが、

とにかく、卑劣な奴なんです。

 

「こんな奴にはなりたくない!」

と思った覚えがありますが、

 

でも、今回、

改めて読み返してみると・・・

 

「自分の中にも、

伊藤のような、卑劣、卑怯、

狡く利己主義なところはあるなあ・・・」

 

という気がしてきました。

 

もちろん、

こんなひどいことは、

しませんし、

したくはないですが、

(どんなことをしたのかは、

是非、小説をご一読ください)

 

しかし、

もし、私が、伊藤と同じ立場だったら、

絶対にしないといえるだろうか。

 

もしかしたら、

同じことを、してしまうのではないか。

 

そんな気がしています。

 

これが、

成長といえるかは分かりませんが、

 

私は、今まで生きてきた中で、

自分が、口でいうほど立派な人間ではない、

ということが

身に染みてわかってきましたので(^^;

 

そういう意味では、

それが自覚できるようになったことや、

人を裁くような気持ちが薄れたことは、

少しは成長したといえるのかな~

と思っています。

 

 

・・・と、今回は、

「伊藤清左衛門」にフォーカスして、

解説をしてきましたが、

 

純粋で真っすぐな主人公、

「キク」について

触れられませんでした(^^;

 

ネタバレになるので、

引用は避けますが、

 

小説を読み進めていくと、

最後のほうで、

 

雪の降る中、

教会で聖母と対面する

クライマックスのシーン

がありますが、

 

そこを読むと、

いつも目頭が熱くなります。

 

人間の嫌な部分を描いてきて、

最後に、

純白の雪に浄化されるようなイメージ・・・

 

遠藤周作さんの小説の中でも、

最も美しく、

記憶に残るシーンのひとつだと思います。

 

是非、皆さんも、

お読みになって、

その感動を味わってください!

 

 

 

*********************************

 

 

 

以上、

遠藤周作さんの、

 

女の一生 一部・キクの場合

 

 

の一部ですが、

紹介・解説をしてきました。

 

最後に、小ネタですが、

この小説にも、

「ミツ」という女性が登場します。

 

過去ブロブでも紹介しましたが、

 

(よかったらご参照ください)

 

こちらも名作、

「わたしが・棄てた・女」

の主人公が「ミツ」という名なんですね。

 

この「ミツ」は、

他の遠藤周作さんの小説にも

よく登場するのですが、

 

今回、面白いシーンがあります。

 

 

「ミツ、何ばしとっとか」

 

「朝顔に水ばやっとるさ」

 

「アポン。

雨の日には水はやらんでもよか、

雨は水と同じやっか」

 

 

雨の日に傘を差しながら、

朝顔に水をやる・・・(笑)

 

これは、

遠藤周作さんが、

ご自身の子どものころを語るエピソードでも、

出てくるんですね。

 

遠藤周作さんは、

ご自身の、

ちょっと鈍いけど純粋だった部分を

「ミツ」に投影しているんだな~と(^^)

 

こんな発見も、

久々に読み返してみて、ありました。

 

昔、読んだことのある方も、

読み返してみると、

いろいろと新たな発見が、

あるかもしれませんよ😊

 

 

 

**********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回は別の本を紹介する予定です(^^;

 

 

 

**********************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

産業カウンセラーの関係で、

よく、横浜「みなとみらい」方面に行きます。

 

 

 

ランドマークタワー、

真下から見上げると、

やっぱり迫力ありますね~!

 

 

 

横浜美術館越しの夕暮れ・・・

 

私は一応、横浜市民なのですが、

内陸の港北区に住んでいるので、

「みないとみらい」に行くと、

未だに観光客気分になります(^^;

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

残暑がなかなか終わらないですね(^^;

 

私は、小説ですと、

遠藤周作さんの作品が好きで、

現代作家だと、白石一文さんの小説を

比較的好んで読むのですが、

 

最近は、

平野啓一郎さんの小説も、

よく読んでいます(^^)

 

何より、内容的に深みを感じますし、

今の社会問題を提起するような作風にも、

刺激を受けます。

 

「分人主義」という、

人が生きやすくなる考え方にも、

共感します(^^)

 

分人主義は、

過去ブログで紹介しました。

 

 

(よかったらご参照ください)

 

で、今回、

紹介させていただだくのは、

映画化も予定されている小説、

 

本心


 

内容は・・・

 

この小説、

ミステリー的な要素もありますので、

ネタバレに注意しながら、

紹介・解説していきますが(^^;

 

設定は、近未来、

といっても2040年代、

すぐそこの未来。

 

主人公の青年が、

急逝した母親を、

AI技術で復活させる話なのです!

 

VF(ヴァーチャル・フィギア)

というのですが、

この技術自体は、

もう既にあるらしく、

 

何年か前に、

(NHK紅白だったかな?)

美空ひばりさんが、

VFで復活した映像を見たことがありますが、

 

この近未来の世界では、

お金を出せば、

誰にでも実現可能なのです。

 

そこで、主人公は、

大金を払って、

母親をVFで復活させるのですが・・・

 

実は、この時代、

自分の死というものを

選択できるのです。

 

「自然死」と「自由死」。

 

「自由死」

つまり、

自分の死に時を選択すること。

 

母親の死は、

(実際は違ったのですが)

母親は、

「もう十分」

といって、

自由死を強く望んでいた。

 

主人公の青年は、

それが、

母親の「本心」だったとは、

どうしても納得できません。

 

青年は、

自由死の認可をする医師に、

こういいます。

 

 

「どうしてそれが、

母親の本心だって、

先生にわかるんですか?

 

母は本当は、

もっと生きたかったんです。

 

だけど、

今の世の中じゃ、

そんなこと、

言い出せないじゃないですか。

 

母の世代は、

ずっと将来のお荷物扱い

されてきて、

実際そうなったって、

社会から嫌悪されてる。

 

『自由死』

を美徳とする本だって

溢れかえっている。

 

『もう十分』と、

自分から進んで言わざるを得ない

状況は、

先生だって

よく知っているでしょう」

 

 

母親は、

物語の設定の2040年代で70歳、

ということは・・・

 

何と、

私と同じ世代ではないか!

 

この物語の近未来、

日本は劣化していて、

より貧富の差が激しくなっている

ディストピアの設定

(このままいけばそれが現実?)

なので、

 

いわゆる、

老人は、生産性の低い、

邪魔な存在。

 

まるで、

姥捨て山の世界ですが(^^;

 

しかし、

事はそう単純ではなくて、

 

心から望んで、

「自由死」を選ぶ人も、

多いというのです!

 

医師はいいます。

 

 

「私だって、

然るべき時が来たら

『自然死』の前に、

『自由死』を選ぶますよ。

 

そういう共感があるから、

携われる仕事でもあるな。

 

その時にはね、当然、

子供に財産を遺すことを

考えますよ。

 

よく考えてごらん、

一度、まっさらな気持ちで。

 

そのお金でね、

うちの娘が、

少しでも楽に

暮らしていけることを

想像したら、

 

それは親としては

幸福なんだよ。

 

自分の介護費に使われるより、

よほどね。

 

 

う~ん、

ディストピアの設定とはいえ、

それは・・・

 

 

(中略)

 

私はね、

あなたがその考えを、

深く感謝しながら

受け止めて、

 

その代わりに、

お母さんの最期を、

しっかりと手を握って、

ベットの側で

看取ってあげた方が、

 

どれほど、

お母さんにとっても

幸せだったかと思うよ。

 

―いや、待って。

『死の一瞬前』

っていうのは、

人生で一度だけの、

絶対に取りかえしのつかない

時間だ。

 

その時に感じ、

思うことが、

この世界で人間として出来る

最後のことだな。

 

それをどうしたいかを

決める権利は、

絶対に個人にあります。

 

 

たしかに、

そうかも・・・

 

「自由死」

すなわち、

死ぬ瞬間を自分で選べる

メリットとして

考えられるのは、

 

たとえば、

死ぬ日時の予定が

前もって立てられるので、

 

愛する人の手をしっかり握ったり、

家族に囲まれて死ぬことが

可能になることです。

 

「自然死」だと、

いつ死ぬか分からないし、

臨終の場に、

家族が間に合わないケースもある。

(ちなみに、私事になりますが

私は、父親の死目には、

遠方にいたため間に合いませんでした)

 

そう考えると、

「自由死」も、

それはそれで、ありなのかもと、

思えてくる・・・

 

・・・いや、

 

それは、

やっぱり、おかしい。

 

経済的な不安がなければ、

「もう十分」などという気持ちには

ならないはず。

 

つまり、

世の中が豊かで安定していれば、

決して、死の選択などしないはずでは。

 

というふうにも思えるし・・・

 

う~ん・・・

 

大いに、

考えさせられます。

 

 

この小説は、

考えさせられる内容が多いのですが、

こんなことも述べられています。

 

ヴァーチャルの世界に

逃げ込んでいるのは、

実際、リア充できない

弱者や貧しい人なわけであって、

 

ヴァーチャルの世界を肯定したら、

それこそ、

リアル世界の格差や差別を

認めることになる。

 

だから、

バーチャルの世界を充実させるよりも、

現実の格差社会を是正することが先決だ。

 

・・・いや、違う。

 

弱者や貧しい人にとって、

ヴァーチャルの世界は

実際、救いになっているわけであって、

 

それさえなくなってしまえば、

彼らの居場所がなくなってしまい、

絶望するしか、なくなってしまう。

 

だから、

ヴァーチャルの世界は必要である・・・

 

・・・う~ん、

どちらも真なり、ですね。

 

 

主人公は、

母親の「本心」が知りたくて、

VFで復活させ、

対話を重ねていくのですが、

 

やがて、

母親と同僚だった女性や、

 

ある出来事が契機となり、

若くして富裕層となった、

有名なアバターデザイナー

との出会いがあったり・・・

 

・・・とこれ以上は、

ネタバレになりますので、

やめておきますが(^^;

 

生と死、

格差や差別、

リアルとバーチャル、

といった、

今の時代の重要なテーマが

扱われていたり、

 

人の「本心」とは何か?

「他者性」とは何か?

「優しさ」とは何か?

といった、

本質的な問いもある。

 

とても、考えさせられ、

心を揺さぶられる小説でした。

 

ちなみに、ラストは、

ほのかな希望を感じさせる終わり方・・・

 

ご一読をおすすめします😊

 

 

もうすぐ映画化もされるとのこと。

 

VF(ヴァーチャル・フィギア)や、

メタバース(仮想現実)の世界が、

どのように映像化されるのか。

 

楽しみです!

 

 

 

*******************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました。

 

次回は別の本を紹介する予定です(^^;

 

 

 

*******************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

 

本棚の上も、

お気に入りスポットです😸

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

宇宙飛行士 野口聡一さんの本、

どう生きるか つらかったときの話をしよう

 

 

の内容で、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています。

 

今回で、

この本の紹介は最終回です(^^;

 

前回、

「ニンジン」を自分で作る、

という野口聡一さんの考え方を

紹介しましたが、

 

その「ニンジン」とは、

「夢」とも言い換えられます。

 

本書から引用します。

 

 

僕は、

本当に幸せな人生を送るための

最大の処方箋は、

夢を見ることだと

思っています。

 

(中略)

 

ただ、その夢は、

他者から与えられたものでも

他者の価値観に

沿ったものでもなく、

 

自分自身で見つける

必要があります。

 

たとえば、

「いい会社に入り、出世する」

「アーティストとして有名になる」

「たくさんお金を稼ぐ」

というのは、

社会の価値観に沿った目標、

相対評価に基づいた

目標にすぎません。

 

その目標が達成されないと

不満が残りますし、

さまざまなことを犠牲にして

目標を達成しても、

必ずあとで

 

「自分は何のために、

必死で頑張ったんだろう」

 

と後悔することになります。

 

 

他者から与えられたり、

他者の価値観に沿った

「夢」の場合、

達成されないと不満が残るというのは、

わかる気がします。

 

自分で見つけた夢ではないので、

うまくいかないと、

人のせいにしたくなりますし(^^;

 

たとえ、うまくいったとしても、

あとで虚しくなることがある。

 

 

しかし、

自分の棚卸しを行い、

 

「自分は何が好きか」

「自分には何ができるか」

「自分が何を大切にしているか」

 

を考え、

自分という土台を

しっかり築いたうえで、

 

「宇宙の謎を解き明かし、

多くの人に伝えたい」

 

「弱っている人、

困っている人に

手を差し伸べられる

自分でありたい」

 

「子どものころに遊んだ

地元の川を、

もう一度きれいにしたい」

 

など、

どうしても譲れない、

そして相対評価に左右されない

 

「やりたいこと」

「こうありたい自分」

を見つけられれば、

 

どれほど環境や状況が

変わろうと、

一生かけて

追いかけることができます。

 

そして、

一時的に困難に陥ることが

あったとしても、

常に前を向いて

生きていくことが

できるはずです。

 

 

つまり、

「夢」とは、

短期的な目標というよりも、

「ありたい自分」

のことであり、

 

それを一生かけて

追いかけること自体が、

「幸せ」

だということですね。

 

 

野口さんは、

どのような状況の人であっても、

夢を見ることは

十分に可能だといいます。

 

 

夢=仕事ととらえ、

仕事やお金に結びつかない夢を

抱くことができない人、

 

お金を稼ぐことに

つながらない夢を抱くことに

罪悪感のようなものを

抱いてしまう人も

いるかもしれません。

 

でも、

夢は本来、

必ずしも仕事やお金に

結びつくものではなく、

もっと自由で幅広いものです。

 

前項で例に挙げたように、

 

「弱っている人、

困っている人に

手を差し伸べられる

自分でありたい」

 

「子どものころに遊んだ

地元の川を、

もう一度きれいにしたい」

 

といったことでも

かまいませんし、

 

「家族との時間を

大切に過ごしたい」

 

といったことでも

かまいません。

 

 

そうですね。

 

私は「仕事」と「夢」を

結び付けられれば、

それに越したことはないと考えますが、

 

ここでいう「夢」とは、

「あり方」のことですので、

必ずしも、

同じでなくともいいと思います。

 

「ライスワーク」と

「ライフワーク」という

考え方があります。

 

仕事は、

食べていくための

ライスワークとして取り組み、

 

仕事とは別に、

ライフワークで

自分なりの夢を追いかける

ということ。

 

それも全然ありだと思います(^^)

 

 

また、

「夢」という言葉を聞いて、

今の自分から遠く離れたこと、

現実離れしたことを

イメージする人や、

 

「若くないと夢が見られない」

「健康じゃないと夢が見られない」

と思っている人も

いるかもしれませんが、

 

もちろん

そんなこともありません。

 

現時点での

ありのままの自分をベースに、

 

「どうしても実現したいこと」

「こうなりたい自分」

などを思い描き、

 

そこに向けて前向きに

動いていくこと。

 

それこそが夢を見ることだと、

僕は思っています。

 

 

同感です(^^)

 

 

たとえば、

重い病気を抱え、

余命わずかだと宣告され、

自暴自棄に陥っていた人が、

 

「自分のこれまでの経験や

今の思いを、

ほかの人に伝えたい」

といった夢を抱いたことにより、

 

前向きさを取り戻し、

この世を去る瞬間まで

命を燃やして生きられたという

ケースを聞いたこともあります。

 

いくつになっても、

どのような状況の人であっても、

夢を見ることは

十分に可能なのです。

 

 

・・・何だか、

勇気が湧いてきますね😊

 

フランクル博士の

「態度価値」を想起します。

 

 

野口さんは、

自分なりの「夢」を考える際、

同時に

「こうあってほしい社会」

を思い描くことも大切だといいます。

 

 

僕は、

夢に向かって行動することと、

あってほしい社会の

実現に向かって行動することは

切り離せないと考えています。

 

この本ではずっと、

自分らしく、幸せな人生を

送るためには、

 

他者の価値観や

評価軸から離れて

 

自分一人で

アイデンティティを築き、

自分自身で本当にやりたいこと、

ミッション、夢を見出し、

 

そこに向けて

新たな一歩を

踏み出す必要があると

お話ししてきました。

 

ただ、単に

自分の好きなことだけを考えて

好きなこと、

得意なことをやっていても、

いつか行き詰まるときが来ます。

 

人が自分一人だけで

得られる幸せ、

自分のことだけを考えて

得られる幸せには

限界があるからです。

 

 

私は、

自分の好きなことだけを

やっていても、

それはそれで、

悪くないような気がしますが、

 

たしかに、

その幸せには限界がありますね(^^;

 

 

一方で、

自分が楽しんで

やっていることによって、

ほかの人が幸せになり、

 

少しずつでも

「自分がこうあってほしい社会」

に近づいていると実感できれば、

 

より大きな幸せを

得ることができるはずです。

 

マズローが提唱する

自己実現においても、

 

「自己=自分のため」と

「利他=他者のため」を

両方満たすことが大事だと

考えられています。

 

 

まず、

自分を満たすことが先決ですが、

 

他者を満たすこと、

すなわち、

「自分がこうあってほしい社会」

に少しでも貢献することができれば、

 

「幸せ」は、

より大きくなりますね(^^)

 

 

また、

やりたいことや

自分自身の夢と

「こうあってほしい社会」

を常にセットで考えることは、

 

やりたいことや夢に

自分なりの意味づけを

することでもあります。

 

どんなにやりたいこと、

やりがいのあることであっても、

 

それをやる自分なりの意味を

見出せなければ、

 

一つの夢や目標を

達成した段階で満足し、

あるいは燃え尽き、

 

次の目標を

見つけることができず、

自分がどこに向かっていけばいいのか

わからなくなり、

宙ぶらりんになって

しまうかもしれません。

 

 

たしかに、

「意味づけ」

って大事だと思います。

 

 

しかし、

やりたいことや夢に取り組むことを、

「こうあってほしい社会」

の実現に近づくための

過程・手段だと捉えることが

できるようになると、

 

たとえ一つの夢や目標を達成しても、

すぐに新たな夢や目標を

見つけることができ、

モチベーションも

意地しやすくなるでしょう。

 

もっと早くに

「自分が宇宙に行くのは、

こうありたい自分、

こうあってほしい社会に

少しでも近づくためだ」

という意味づけができていたら、

 

僕自身、

あんなに長く苦しむこともなく、

次の目標が見つかったかも

しれません。

 

 

自分の夢は、

自分を超えた大きなものに

繋がっていると考えると、

 

たとえ目標を達成したとしても、

燃え尽きることはないかもしれません。

 

その夢は、

「これで終わり」

というものではなく、

一生かけて追いかけていくような

ものですから(^^)

 

 

では、

野口さんが考える、

「夢」「こうあってほしい社会」

とは何なのでしょうか。

 

 

僕が思い描く

「こうあってほしい社会」は、

 

人種や差別、

障がいの有無などによる

差別がなく、

 

誰もがストレスなく、

自分らしく暮らしていける

平等な社会です。

 

そのベースになっているのは、

宇宙から地球を見た経験です。

 

一人ひとりの

命の集合体ともいえる地球を

外から眺めたとき、

 

僕は、

「地球が自分のふるさとである」

「自分は地球で生き、

地球で死んでいくのだ」

「自分が最終的に帰属する場所は

地球なのだ」

と実感しました。

 

そして、

「この美しい地球を守りたい」

「もっと、

一人ひとりが暮らしやすい

地球にしたい」

と思うようになりました。

 

 

素敵な志ですね~。

 

「誰もがストレスなく、

自分らしく暮らしていける平等な社会」

の実現。

 

共感します😊

 

 

・・・ちなみに、

 

私の今のところの、

「夢」ですが・・・

 

このブログの

タイトルでもあるのですが、

 

「心ゆたかに生きること」

 

まずは、自分が心ゆたかに生きる、

そして、

読んでくださる方が、

心ゆたかに生きられるように、

ブログを通じて、少しでも貢献できればと

考えています(^^;

 

それと、

仕事においては、

 

「あらゆる人が、自分らしく活躍できる、

職場環境づくり」

 

ちょっと抽象的なのですが、

究極的には、やっぱりこれを目指したい!

 

自分の持ち場で、頑張ります😊

 

 

 

**********************************

 

 

 

長くなりましたが(^^;

 

以上、

3回にわたって、

 

宇宙飛行士 野口聡一さんの本、

どう生きるか つらかったときの話をしよう

 

 

から、私の心に響いた箇所を、

紹介・解説してきました。

 

あまり取り上げませんでしたが、

マズローの

「欲求5段階説」

「自己実現」

に関しても、

本書には、とてもわかりやすく

述べられていますので、

興味のある方は、是非ご一読ください。

 

「後悔のない人生をおくりたい」

「自分らしく生きたい」

 

と思う、すべての人におすすめします!

 

 

 

***********************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は別の本を紹介する予定です(^^;

 

 

 

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おまけ(^^;

 

久々の福岡出張、

 

櫛田神社、ちら見。

 

 

 

 

 

 

巨大山笠が展示されていました!

 

 

 

春吉橋から、中洲を臨む。

 

この後、呼子のイカや、

ごま鯖をいただきましたが、

うまかったです😊

 

 

 

 

最近、オットマンの下がお気に入りです😸

(動かせない(^^;)

 

 

 

 

(笑)

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

台風による大雨の被害、

皆様の地区は大丈夫でしょうか。

 

宇宙飛行士 野口聡一さんの本、

どう生きるか つらかったときの話をしよう

 

 

の内容を紹介・解説しております。

 

今回は、

前回のブログの内容を、

もう少し深堀りするような形で、

解説をいたします(^^;

 

本書から引用します。

 

 

僕たちは、

子どものころには

学校という組織の中で、

 

大人になってからは

会社という組織の中で、

社会的な生き物になるよう

教育されています。

 

常に、

他者との関係性によって

自分を位置づけ、

 

他者から与えられた

目標に応えることを

求められ、

 

他者と比較され

評価され続け、

 

いつしか自分でも、

自分自身を相対的に

評価するようになります。

 

多くの人は、

他者の目の中に

映っている姿を見て、

 

自分がどのような人間なのかを

認識し、

自分の価値や存在意義を

確認し、

他者から与えられた目標を

こなすことで

精神的な安定を得ているのです。

 

 

そうですね・・・

 

人間は、やはり社会的な生き物ですので、

他者との関係性の中で自分を位置づけ、

それによって、安定を得るというのは、

現実、あると思います。

 

「個」を貫くということは、

よほど自分を持っていて、

強い人でないと、

なかなかできないわけであって(^^;

 

 

「一生懸命仕事に取り組み、

成果を上げる」

「大会で優勝する」

「賞をとる」・・・。

 

こうした目標の大半は、

他者から与えられたものです。

 

他者から与えられた目標を

こなしているとき、

 

その競技や仕事が

好きだという思いと同時に、

 

「他者から評価されたい」

という強い欲望も

あるはずです。

 

 

・・・正直、ありますね(^^;

 

この本には、

マズローの欲求5段階説が、

詳しく紹介されていますが、

 

その5段階の中の、

「承認欲求」というやつですね。

 

やっぱり、

人から評価されたり認められれば、

嬉しいというのは、

まぎれもない事実であります。

(少なくとも私は(^^;)

 

 

そして、

他者から与えられた

目標や評価は、

他者があなたの前に

ぶらさげている

ニンジンであるともいえます。

 

もちろん、

他者がぶら下げた

ニンジンを追いかける行為も

無駄ではありません。

 

社会の中で生きている

僕たちが

自分のアイデンティティを

築くうえで、

 

「他者から必要とされている」

 

「他者から価値がある存在だと

認められている」

 

「社会の中に

自分の居場所がある」

 

と感じることは、

非常に重要です。

 

 

そうですね~。

 

他者から与えられた目標や評価は、

他者がぶらさげた「ニンジン」というのは、

ずいぶん辛辣な表現ですが(^^;

 

でも、たとえ、

ぶらさげられた「ニンジン」だとしても、

 

やっぱり、他者から必要とされたり、

認められたり、

居場所を感じられるというのは、

大切ですし、

自信にもつながると思います。

 

 

また、

ニンジンを追いかけて

何かに打ち込み

努力を重ねた時間は

尊いものであり、

 

そこで経験したこと、

身につけたものは、

必ず力になるはずです。

 

 

ニンジンを追いかけて、

何かに打ち込んでみる経験は、

 

決して無駄にはならず、

その後の人生の糧になると思います。

 

特に若い頃には(^^;

 

 

でも、

他者から与えられた

目標に追われ、

 

他者の評価や

他者との関係性だけをもとに

自分のアイデンティティを

築いてしまうと、

 

自分が本当に

達成したいことを

自分で見出すこと、

 

自分のアイデンティティを

自分一人で築くことが

難しくなります。

 

すると、

他者からの評価や目標、

他者との関係性、

他者から与えられた役割などが

失われたとき、

 

自分のアイデンティティや

目標を見失い、

寂寥感や喪失感を

抱くことになります。

 

 

そうなんです。

 

他者の評価や

他者との関係性「だけ」をもとに

自分のアイデンティティを

築いてしまうと、

 

つまり、

自分と向き合うことをしないと、

 

自分を見失ってしまうんですね(^^;

 

他者の評価や関係性は、

移ろいやすく、変化します。

 

相手の価値観にもよるし、

いい時も悪い時も、あるわけです。

 

組織では、世代交代の波も

必ず押し寄せます。

 

もちろん、

他者の評価や良好な関係性も、

あるに越したことはありませんし、

大切なことではありますが、

 

ただし、

それだけに「依存」していると、

いずれ、行き詰まってしまうんですね。

 

 

だからこそ僕は、

みなさんに、

自分のアイデンティティや、

どう生きるかの

方向性や目標を

他者に決めさせず、

 

追いかけるべきニンジンを

自分で作ってほしいのです。

 

自分がどう生きれば

幸せでいられるか。

 

その答えは必ず、

自分の中にあるはずです。

 

 

ニンジンを自分で作る・・・

 

特に、いろいろな経験を重ねてきた、

人生の中盤以降は、

 

追いかけるべきニンジンを

自分で作る必要がでてくると思います。

 

そのニンジンとは、

言い換えれば、

 

「自分がどう生きれば

幸せでいられるか」

 

ということですね(^^)

 

その答えは、

自分の中にあるはず、

なのですが、

 

では、いったい、

どうすればそれは見つかるのか?

 

 

それを見出す手がかりとなるのは、

 

 

・自分は何が好きか

・自分には何ができるか

・自分は何を大事にしているか

 

 

の3つである、

 

そして、

自分一人で自分のアイデンティティを

築くためには、

 

次の3つのステップが

必要だということです。

 

 

ステップ1

「自分の価値と存在意義」

を自分で決める

 

ステップ2

自分の棚卸しをし、

最後に残るものを見極める

 

ステップ3

これまでの選択、

人生に意味づけをする

 

 

・・・なるほどです。

 

それぞれのステップに関しては、

本書に詳しく述べられていますので、

 

興味のある方は、

是非、本書をお読みください!

 

なお、

自分で作る「ニンジン」というのは、

本書の後半部分では、

「夢」という形で出てくるのですが、

 

では、

野口聡一さんの考える

「夢」とはいったいどんなことなのでしょうか。

 

・・・次回、

紹介させていただきますね(^^;

 

 

 

********************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回に続きます・・・

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

久しぶりに宮音(みやお)くん登場です。

 

 

夏は暑いせいか、

このポーズが多くなります😸

 

 

 

おっぴろげ~

 

 

 

飛んでます!

 

いつも笑かせてくれて有り難う😊