ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、私も参加させていただきました、

シギさんの「真夏の夜の大人のBOOKカフェ」

のリブログをさせていただきます!

 

主催者のシギさんのお人柄のせいか、

参加者の皆さんは、あたたかい方ばかりで、

終始、和やかで自由な雰囲気の読書会でした😊

 

毎月開催されるようですので、

興味のある方は、是非、お気軽に参加してみてください。

(聞くだけ参加もありですよ)

 

本好きの方はもちろんのこと、

そうでもない方や、

安心、安全の場で癒されたい方にも・・・

 

おすすめします!

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

首都圏は、ゲリラ豪雨に

悩まされておりますが💦

皆さんの地域はいかがですか。

 

今回、ご紹介させていただくのは、

宇宙飛行士 野口聡一さんの本、

 

どう生きるか つらかったときの話をしよう

 

 

野口聡一さんといえば、

 

国際宇宙ステーション(ISS)

からのTV中継で、

ユーモアも交えながら

余裕で振る舞うお姿を拝見したりして、

 

「うわっ、

肝が据わったすごい人だなあ~」

という印象がありましたが、

 

そんな野口聡一さんが、

「どう生きるか、つらかった」

時があるという・・・

 

「はたして、

どんなことで悩まれたんだろう?」

 

興味が湧き、

さっそく、拝読させていただきました。

 

 

------------------------------------------

 

 

宇宙飛行士といえば、

「地球は青かった」という

ガガーリンのセリフがありますが、

 

宇宙に行くと、

何か人生観が変わるような、

神秘体験をするのではないか、

 

そして、いわば、

「さとり」のような

境地になるのではないかと、

私は勝手に想像していました(^^;

 

本書にも引用されていますが、

立花隆さんの名著、

「宇宙からの帰還」では、

そのような体験談が

紹介されているようです。

 

(ちなみに「宇宙からの帰還」

は私は未読なのですが、白石一文さんの小説

この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(下)

に、とても興味深い考察が述べられています)

 

しかし、

野口聡一さんは

そんな境地には達しなかった(^^;

 

もちろん、

宇宙に行ったことは、

何ものにも代えがたい

素晴らしい体験だったようですが、

 

それだけでは、

「人生観が変わる」

ということはなかったのです。

 

むしろ、

2回目のフライトの後には、

大きな苦しみを抱えることになります。

 

 

苦しみの大きな原因の一つは、

 

それまで寝ても覚めても

ずっと頭の中にあった

「宇宙でのミッション達成」

というプレッシャー(重石)が取れ、

 

今後自分がどこへ向かって

いけばいいのか、

方向感を失ってしまったことに

ありました。

 

また、

他の宇宙飛行士が

次々に脚光を浴び、

自分が打ち立てた記録が

更新されていく中で、

 

「自分はもう必要とされていない」

「自分には価値がない」

と感じ、

 

「あれだけ夢中になっていたことは

一体何だったのか」

 

「それに価値がないとすると、

自分の存在意義は何なのか」

 

という思いに

さいなまれるようになり、

何もやる気が

起きなくなってしまったのです。

 

苦しみは、

40代半ばから50代半ばまで、

約10年続きました。

 

寂寥感や喪失感を抱えた

この10年間は、

 

僕にとって

「つらいことだらけの時代」

でした。

 

当時の僕は、

おそらく宇宙一暗い

宇宙飛行士だったのではないかと

思います。

 

 

ううっ、

宇宙一暗い宇宙飛行士とは、

よほど辛かったんですね。

 

何もやる気が起きなくなった・・・

つまり、

「燃え尽き症候群」に

なってしまったんですね。

 

 

もっとも、僕は、

燃え尽きること自体は

決して悪いことではないと

思っています。

 

燃え尽きるのは、

何かの目標に向けて

自分が持っている能力を

全部使い果たしたということ、

何かに全力を注いだと

いうことであり、

 

それはとても

幸せな事でもあると

思うからです。

 

 

そうですね・・・

 

ふつう、そこまで

全力で打ち込めるものは、

なかなか、ないですから。

 

 

ただ、大事なのは、

燃え尽きた先で

どうするかです。

 

ずっと燃え尽きたままでいるのか、

新しい目標を探して

立ち上がっていくのか。

 

そして、

何か大きなことを

成し遂げると、

同じレベルのことは

次の目標にはなりづらく、

 

新たな目標を見つけることが

難しくなるのはたしかです。

 

 

たしかに・・・

 

オリンピックで金メダルを取った選手も、

同じ心境になるかもしれません。

 

どうやって、

新たな目標を見出すのか。

 

野口聡一さんも、

いろいろと試行錯誤しますが、

なかなか見つけられなかったようです。

 

10年もの長きにわたり、

苦しみ続けます・・・

 

そして、

「当事者研究」に関わったりしながら、

自分自身としっかり向き合う中で、

 

ようやく気づきを得ます(^^)

 

それは・・・

 

 

「他者の価値観や

評価を軸に、

 

『自分はどういう人間なのか』

という

アイデンティティを築いたり、

 

他者と自分を比べて

一喜一憂したり、

 

他者から与えられた目標ばかりを

追いかけたりしているうちは、

 

人は本当の意味では、

幸せになれない」

 

 

 

「自分らしい、

充実した人生を送るためには、

 

自分としっかり向き合い、

自分一人でアイデンティティを築き、

 

どう生きるのかの方向性や目標、

果たすべきミッションを

自分で決めなければならない」

 

 

 

「自分がどう生きれば

幸せでいられるか、

 

その答えは自分の中にあり、

自分の足の向くほうへ

歩いていけばいい」

 

 

・「他人軸」ではなく「自分軸」。

 

・どう生きるのかは、

自分としっかり向き合い、自分で決める。

 

・幸せの答えは自分の中にある。

 

言葉にしてまとめると、

意外と、あっさりした感じですが、

 

10年間、

野口聡一さんが苦しみながらも、

得た気づき。

 

深いし、示唆に富みます(^^)

 

 

・・・次回、

もう少し深堀りしていきますね(^^;

 

 

 

********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます(^^;

 

 

********************************

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

遠藤周作さんの岩波文庫「新刊」

(新作ではありません)

 

遠藤周作短篇集

 

 

を紹介・解説しています(^^)

 

この本には、

全部で15の短編小説やエッセーが、

掲載されています。

 

前回は、

遠藤周作さんの「父親」を

投影したと思われる短編小説、

「船を見に行こう」

を取り上げましたが、

 

今回は、

「母親」に関するエッセー、

「母と私」

を取り上げたいと思います。

 

私は、別のエッセー集などでも、

何度か読んだことのある内容ですが、

 

遠藤周作さんのお母様は、

いろいろな作品に

色濃く投影されているとともに、

 

作家になるきっかけを

与えてくれた人でもあります。

 

 

私の記憶している母は

非常な勉強家で、

一日に四、五時間は

絶えずヴァイオリンの練習をし、

 

冬の寒い時など

ヴァイオリンの糸で指が破れ、

ピッピと血がとび散ったのを

見たことがある。

 

 

お母様は、

今でいう芸大で、

ヴァイオリンを学んだこともある、

音楽家だったんですね。

 

血が飛び散るまでとは、

頭が下がりますが、

 

いわゆる、

「烈しい」タイプの女性だったようです。

 

 

ところが、

そういう母の息子でいながら

私は子供のころから

ぐうたらで、

自分から動くことが

嫌いだった。

 

そのせいか犬や猫が好きで

飼っていた。

 

それは動物の方が

動いてくれるからという

無精たらしい理由からである。

 

 

「動物の方が動いてくれるから」

というのは笑えますが、

 

実際は、両親が不仲で、

その辛さを紛らわすために、

動物に語りかけていたということも

あるようです。

(そのエピソードが、

他のエッセ―によく出てきます)

 

 

そういう調子なので、

小学校も中学も不成績で、

 

周囲の者や親戚の人たちから

馬鹿にされるばかりか、

学校の先生からも

馬鹿あつかいを受けて、

 

自分でも俺は

ほんとに馬鹿ではないかという

劣等感に悩まされた。

 

 

これは多分に

謙遜もあるような気がしますが、

 

ただ、実際に、

お兄さん(将来東大に行く)が

超優秀だったため、

比較されて苦しんでいたのは

事実のようですね。

 

 

そうした時に、母は、

 

「お前には

一つだけいいところがある。

 

それは文章を書いたり、

話をするのが上手だから、

小説家になったらいい」

 

と、言ってくれた。

 

とにかく、

算術はからっきし出来ないし、

他の学科もさんざんだったが、

 

小説というのか

童話というのか、

そんなものを書いて母に見せると

褒めてくれるので、

 

それを真にうけて、

大きくなったら小説家になろう

という気持ちを、

その頃から持つようになったのだが、

 

―それだから

小説家になったのでもない―

もし、その当時、

母が他の人と一緒になって、

私を叱ったり馬鹿にしていたら、

 

私という人間は

きっとグレてしまって、

現在どうなっていたか

わからないという気がする。

 

母が私の一点だけを

認めて褒め、

 

今は他の人たちが

お前のことを

馬鹿にしているけれど、

 

やがては自分の好きなことで、

人生に立ちむかえるだろうと

言ってくれたことが、

 

私にとっては強い頼りと

なったと言える。

 

実際、

小説家となった今日、

 

あの時母がいなかったら、

小説家にならなかったに

違いないと思う。

 

 

そうですね・・・

 

やっぱり、

親や、重要な大人が、

その子の好きなことや、

得意なことを見出してあげて、

 

それを認めて、褒め、

背中を押してくれるということは、

 

その子が人生の荒波を

乗り越えていくうえで、

とても心強い支えになると思います。

 

ここでポイントになるのは、

あくまで、

その子が認めてほしいことに対して、

背中を押すということです。

 

アドラー心理学では、

よく「褒めてはいけない」

と言われます。

 

アドラー心理学は、

私も大好きで、

 

有名な「嫌われる勇気」も、

過去ブログでかなり詳しく、

紹介させていただいたことも

あるのですが、

 

嫌われる勇気 岸見一郎・古賀史健

 

(よかったらご参照ください)

 

「褒めてはいけない」

とは、

どういうことなのでしょうか。

 

私なりの解釈ですが、

 

親などの立場の上の人が、

子供や下の人を、

「操作」(コントロール)しようとして、

「褒める」のはよくない。

のだと考えます。

 

たとえば、

親が子供に勉強をさせようと、

コントロールしようとする意図で、

テストの点が高かったときだけ、

「すごいね~」と褒める。

 

これだと、子供は、

操作されようとしていることを

見抜きますし、

「テストの高得点をとらないと、

わたしは愛されないんだ・・・」

と思ってしまうわけです。

 

そうではなく、

もし、子供が、

「見て見て!100点取ったよ!」

と自ら言ってきた場合は、

「うわっ、すごいね~」と、

大いに褒めてあげればいいのです。

 

他のケースだと、

たとえば、

「見て見て!逆上がりできたよ」

と自分からいってきたら、

「すごいね~」と褒めてあげる。

 

ここで、

「すごいね~」といわずに、

いわゆるアドラー心理学的に、

「私も嬉しいよ~」というだけだと、

ちょっと不自然でもありますので(^^;

 

親や、社会通念としての

価値観を押し付け、

コントロールするために

「褒める」のではなく、

 

その子の価値観で、

その子が認めてほしいことは

大いに「褒める」

そして、

「背中を押してあげる」

 

大切なことだと思います。

 

これは、子供だけでなく、

大人同士でも同じですね😊

 

 

 

*********************************

 

 

 

ちょっとアドラー心理学に

脱線した感じがありますが・・・

 

戻りまして(^^;

 

遠藤周作短篇集

 

内容に関しては、

ネタバレにもなりますので、

これくらいにしておきますね。

 

15の短編小説やエッセーは、

遠藤周作さんの思想や、

長編小説の背景を知るうえでも、

バランスよく選定されていると感じます。

 

ファンの方が、

久々に読み返すのはもちろんのこと、

 

遠藤周作さんの作品に

あまりなじみのない方にも、

おすすめいたします!

 

 

 

********************************

 

 

 

最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は、別の本を紹介する予定です(^^;

 

 

 

*******************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

 

 

サルスベリの木、

酷暑の中、

燃えるように花を咲かせています(^^)

 

 

 

横浜みなとみらいの、

ランドマークタワー内、

ドラクエのイベントをやっていました(^^)

 

今日は、カウンセラー逐語記録の検討会、

何とかやり遂げました(^^;

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回はリブログをさせていただきます。

 

お寺meets本屋、とっても素敵な試みだと思います。

おーじーさんの「おもい」に共感します!

 

誕生ヒストリーも、とても興味深いです。

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

遠藤周作ファンの皆様!

遠藤周作さんの「新刊」が出たのは、

ご存知でしょうか?

 

といっても、

「新作」ではありません(^^;

 

あの岩波文庫からの新刊です!

 

遠藤周作短篇集

 

 

ついに遠藤周作さんも、

「古典」の仲間入りをしたのかと思うと、

感慨深いものがありますが、

 

考えて見れば、

もう数十年以上前の作品なんですよね。

 

今回取り上げられた短編は、

エッセーを含む15篇。

 

私は半分以上は、

既に読んだ記憶のある作品でしたが、

 

やっぱり遠藤周作さんは、いいですね~。

もちろん長編は素晴らしいですが、

短編も、なかなか味わい深いです。

 

長編が生まれる前段階のような作品も

いくつか収録されています。

 

あと、この短編集で特徴的なのは、

遠藤周作さんの自叙伝的な作品が多いことです。

 

もちろん小説なので、

脚色はされていると思いますが、

 

いくつかの作品からは、

少年時代の遠藤周作さんの揺れ動く気持ち、

特に父と母に対する思いを、

うかがい知ることができます。

 

今回、ネタバレに注意しながら、

その箇所を引用・解説させていただきます。

 

短編「船を見に行こう」

より、

遠藤周作さんの父がモデルと思われる

人物が登場します。

 

 

海に出る。

 

そのむかし中学生のころ、

姉と母親との重荷を

肩からふり棄てて

海にいこうと夢見たように、

 

彼は少しずつ

妻の横で

あたらしい海のことを

思いだしたのである。

 

彼はもちろん自分が

我儘な身勝手な男だと知っていた。

 

知っていても

自分の中の男は

海を求めてやまなかった

からである。

 

そのことを今、

この子供にどう話したら

よいだろうか。

 

 

男が、束縛を嫌って、

新しい世界、

すなわち「海」に出たくなるということ、

 

少しステレオタイプのような気もしますが、

でも、やっぱり、

個人差、程度の差こそあれ、

そのような志向というものは、

男の中に、あるような気がします。

 

もちろん、

私自身の中にも(^^;

 

 

お前は母とお前を捨てた父親を

長い間憎むだろう。

それもわかっている。

 

「寒くないか」

 

しかし今度も子供は

母親のためにジュースの瓶を

しっかり握りしめたまま黙っていた。

 

父親は彼が今やっている行為が

やがてこの子供の人生の上に

ふかい空洞をつくることに

気がついていなかった。

 

子供はいつか大きくなる。

 

しかし彼は

人間を信じる気持ちを

この父親のために喪うだろう。

 

その空洞をうずめるために

くるしい努力をせねば

ならぬだろう。

 

 

実際、遠藤周作さんのご両親は、

遠藤周作さんが少年のころ、

離婚したんですね。

 

「彼は人間を信じる気持ちを

この父親のために喪うだろう。

 

その空洞をうずめるために

くるしい努力をせねばならぬだろう。」

 

これは、

遠藤周作さん自身の本音、

心の声だと思います。

 

実際、

人間不信という空洞をうずめるために、

大変な苦労をされた。

 

もちろん、

その苦しみがあったこそ、

優れた文学作品を生み出す

原動力になったとは思いますが、

 

それにしても、

両親の離婚、

特にこの時代(戦前)の離婚というのは、

さぞ辛かったと思います。

 

子供は、大人が思っている以上に、

親を愛しています。

 

親の幸せを何より、願っている。

 

だから、

両親が不仲であるというのは、

すごく辛いんですね。

 

子供は、視野が狭く、

客観視が、なかなかできないせいもあり、

 

親が不仲なのは、

自分のせいだと

思ってしまうことがある。

 

自分が悪い子だから、

自分ができの悪い子だからいけないんだと

自分を責めてしまったりする。

 

子供には何の罪もないのに・・・

切ないです。

 

実際、子供の前で、

夫婦が激しい争いをすることは、

子供の心を傷つけるので、

DVに当たるそうです。

 

 

私事になりますが、

私の両親は、

離婚こそしなかったですが、

 

私が子供のころ、

激しいケンカを繰り返していました。

 

それを見聞きするのが、

本当に嫌でした。

 

布団を被ったり、耳を塞いだりして、

耐えましたが、

どうしても治まらない時は、

ブチ切れて、

「いいかげんにしろ!」

と怒鳴りちらしたこともあります。

 

そうすると、

両親は、我に返って、

ケンカを止めることもありましたが、

しばらくして、またぶり返したり・・・

 

ケンカの最中は、

気もそぞろで、

ずっとビクビクしていました。

 

そして、

あんなに嫌だった親の夫婦ゲンカなのに、

 

私自身、大人になったら、

妻と何度か激しくやりあってしまったり、

(最近はなくなりましたが(^^;)

 

その点、

子供がいなくてよかったのですが・・・

 

 

小説というのは、

それを読むことによって、

自分の人生を振り返ったり、

内省するきっかけとなることがあります。

 

遠藤周作さんは、

両親の離婚という苦しみを、

創作活動、優れた作品へと昇華させましたが、

 

では、私にとって、

親の夫婦ゲンカは、

どんな意味があったのでしょうか・・・

 

 

思うに、

激しい夫婦ゲンカのように、

「怒り」を行動化してしまうというのは、

 

怒りの感情を抱えきれない、

さらには、怒りの感情のもとにある、

不安や悲しみといった感情を、

受け入れられなかったからだと考えます。

 

私も、両親と同じように、

あれほど嫌だった夫婦ゲンカを

繰り返してしまったのは、

 

自分の中にある、

不安や悲しみが自覚できなかったこと、

 

だから、怒りが湧いてきて、

しかも、それを、

客観視(メタ認知)できなかった。

 

ちょっと理屈っぽくなりましたが(^^;

 

要は、自分の弱さ、

ネガティブな感情を自覚して、

その感情を、正直に、アサーティブに、

妻に伝えられればよかったのかと。

 

なかなか難しいことではありますが(^^;

 

私は、心の学びを通じて、

少しずつですが、

できるようになってきました😊

 

ちなみに・・・

 

この歳になるまで、

妻と離婚せず、何とかやってこれたのは、

遠藤周作さんの思想の影響が多分にあります。

 

「棄てない」ということ。

 

いや、

「棄てられて、ない」というべきか(笑)

 

 

 

・・・と、

今回は、私事が長くなりましたが(^^;

 

次回は、

遠藤周作さんの「母」がモデルの

作品にフォーカスして、

紹介・解説をさせていただきます。

 

 

 

**********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回に続きます。

 

 

**********************************

 

 

 

おまけ(^^;

 

 

夏恒例!

三浦半島の荒井浜海水浴場。

 

平日だったので割と空いてました(^^)

 

 

 

砂浜では泳がずに、

左手の磯地帯で、

シュノーケリング遊びをします(^^)

 

熱帯魚みたいな魚も含めて、

10種類以上の魚がいました!

(小さいイカの群れも)

 

酷暑の日だったので、

気持ちよかった~

 

夏・満喫🐡