こんにちは。
今回は、ハロウィンと罪の報酬について話をします。
ハロウィンは、10月31日です。もうあと1か月と少しという時期に入り、事前にみなさんに知っておいていただきたいために、いつものとおり、聖書を交えて説明します。ひと昔前の日本では、それ程話題にもなっていなかったものですが、最近は年々、仮装する人が増え、例えば、日本においては、東京の渋谷では多くの人々が仮装しては騒ぎ、ゴミを散らかし、どさくさに紛れて痴漢行為、わいせつ行為に及ぶ者もいるとニュースになっています。ひと昔前は何もなかったのに、何故最近になって、これほど騒がれるようになったのでしょうか。それは、もう終わりの時に入っているからです。終わりの時には、サタンは最後のあがきをして、より多くの人間を滅びへと導き、世に属する人間をとことん堕落させます。
新約聖書 ヨハネによる黙示録 12章9、12節
この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。
(中略)
悪魔は怒りに燃えて、
お前たちのところへ降って行った。
残された時が少ないのを知ったからである。
神に反逆した天使たちは、天で居場所を失い、地上に落とされ、堕天使になりました。これがサタン、悪魔、悪霊と呼ばれるようになったのです。そして、悪魔は、残された時間が少ないことを知って、ありとあらゆる手段を使って、全人類を惑わし、取り込んで神から引き離し、サタンを崇めさせ、滅びに導きます。日本人に限らずですが、ほとんどの一般人は、ハロウィンがどういうものなのか、その本質を知りません。ハロウィンがどういう意味かはよく分からないけれども、仮装して楽しそう、祭りみたいで楽しそう、普段できない事をしても仮装しているから恥ずかしくないから面白いという感覚でいるのではないでしょうか。ディズニーランド等でイベントやるから行きたいとか思っているのではないでしょうか。ディズニーは、あの創始者がフリーメーソン会員で、悪魔崇拝者によって作られたものです。その証拠に、ディズニー映画には多くの下品なサブリミナル効果が散りばめられています。参考までにこちら(Naverまとめ)。日本でハロウィンを流行らせたのは、ディズニーランド等でのイベントが発端ではないかと思います。しかし、中には、きちんとハロウィンがどういうものかよく分かっていて敢えてそれを祝っている者たちがいるということも知っているでしょうか。
ハロウィンの起源について話をしましょう。起源は、ローマ帝国の支配が始まる前のヨーロッパの先住民で古代ケルト人の祭りで、サウィンと呼ばれるものが起源です。その古代ケルト人でドルイドという祭司が悪魔崇拝、占い、心霊術、自然崇拝(樹木など)をしており、人々を惑わしていました。彼らは、ローマ帝国の侵攻により、今のイギリスやアイルランドに追いやられ、そこを拠点としていましたが、大陸からケルト人が完全にいなくなった訳ではありません。ローマ帝国の支配により、キリスト教が国教となりましたが、ドルイドの宗教をはじめとする様々な異教文化と次々に融合してカトリック等という異教分派ができました。イギリスにストーンヘンジという遺跡があります。これは、ドルイドが生贄の儀式をしていた場所です。彼らにとって11月1日は新年にあたり、その前日に当たる10月31日は彼らにとっては聖なる日です。このストーンヘンジにて、人間を生贄として悪魔を崇拝する儀式をしていたのです。ウィッカーマンというのも有名で、大きな人の形をした偶像の中に人間を詰め込んで火を点けて燃やして殺害するという悪魔崇拝儀式で生贄となり、実際にかなりの数の人骨が採掘されており、それを裏付けるものです。それから時が経過し、イギリス人やアイルランド人がアメリカ大陸に渡っていきました。きちんと聖書の教えを守った人はハロウィンの習慣を忌避しましたが、サタンや悪霊に惑わされた人が増えて多数派になり、アメリカにおいてもハロウィンとして定着し、カナダでも普及するようになりました。ハロウィンは、実質、このドルイド発祥といってもよく、そこからイギリス人が渡ってイギリス文化の影響を受けた土地である、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランド等は影響が強いです。
ハロウィンは、悪魔にとって最大の祝典です。特にアメリカでは子供の誘拐が多く、ハロウィン当日の殺人事件も多いです。本当は普段から夜遅くまで遊び歩いて欲しくないところですが、特に、ハロウィンの数日前から当日にかけては不用意に夜道を歩き回らないようにしてください。上述したように、ハロウィンは、悪魔に人間を生贄として献げる習慣があるためです。ハロウィンは上記の起源を持ち、現代社会では、その実体を隠され、楽しい娯楽かのような宣伝をし、人々を誘惑して悪魔の祭典に参加させようとしています。そして、長らく影響のなかった日本でも、21世紀になってからは本当に破竹の勢いでハロウィン騒ぎになっています。悪魔が暗躍していることに気付いてください。一部の教会でもアメリカで流行っていることに乗じて真似してやっている所もあるでしょう。教会でハロウィンの催しをすれば、それがキリスト教と関係していると無知な人々は思い込みます。そのような反キリストたちに、にわかクリスチャンや不信仰の者たちは簡単に騙され、悪魔に取り込まれます。何も考えずに、何も疑問を持たずに他人と同じことをし、世に惑わされ、世に従った結果、その結末がどういうことになるかは聖書と私が宣べ伝えたことを理解している人は分かりますね。はっきり言っておきますが、ハロウィンは、悪魔崇拝者の祭りです。秋の収穫祭と嘘をついて、カボチャをくり抜いてロウソクを灯したり、吸血鬼、幽霊、魔女やゾンビ等と悪魔の格好に仮装し、子供にもお菓子をもらえるからと誘惑して参加させている大人たちが大勢います。無知な子供たちは、「trick or treat」と言うように大人に教わり、お菓子を集めます。元々は、これはドルイドが人々に悪魔への献げ物を集めさせるために言わせていたことなのです。貢がないと罰が降ると脅していたのが由来です。それが習慣化し当たり前で違和感を覚えない子供が成長して大人になると、お菓子をもらうことは止めて、代わりに酒宴を催して酒に溺れたり、オカルトや心霊術に傾倒したり、悪魔崇拝をするようになります。非常に嘆かわしいです。本当にやめてもらいたいです。
聖書は、働く者が報酬を得ることを教えています。
新約聖書 マタイによる福音書 10章9~10節
帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。
上記のように、主イエスが弟子たちに対して、伝道、汚れた霊を追い出したり、皮膚病を癒すために派遣される際に戒められた御言葉です。この御言葉の趣旨は、伝道、汚れた霊を追い出したり、皮膚病を癒す等の神の業に関する活動を熱心にできるように、生活の糧について思い煩わないようにと主イエスは仰ったのです。マタイ10:8に「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」ともあり、これらの活動で金銭対価を受け取らないようにとも主イエスは仰いました。要するに、神に選ばれ、神に属する人間が、神の業に関わる活動をしていれば、神がその人を養ってくださるということです。したがって、たとえ対価が是認されるとしても、それらの活動に従事する人は自ら金銭対価を要求しないのです。もし要求するなら、それは神が養ってくださっていない証拠、即ち、神から選ばれていないということです。なぜなら、神の業に関する活動で金銭対価を要求する人は、自分を捨てて神にすべてを委ねていないからです。金銭対価を要求するということは、自分の力で何とかしようということの表れだからです。
新約聖書 コリントの信徒への手紙一 9章9~10節
モーセの律法に、「脱穀している牛に口籠をはめてはならない」と書いてあります。神が心にかけれおられるのは、牛のことですか。それとも、わたしたちのために言っておられるのでしょうか。もちろん、わたしたちのためにそう書かれているのです。耕す者が望みを持って耕し、脱穀をする者が分け前にあずかることを期待して働くのは当然です。
新約聖書 テモテへの手紙一 5章18節
聖書には、「脱穀している牛に口籠をはめてはならない」と、また「働く者が報酬を受けるのは当然である」と書かれています。
パウロは上記のように言いました。モーセの律法とあるのは、申命記25:4のことです。これは通常の労働に対する対価を受け取ることの正当性を述べています。つまり、食べていくための報酬は、通常の労働によって得るということです。しかし、聖書の福音を使って、金銭を貪るのは真のクリスチャンの行動ではありません。このコリント一9章すべてを読めば分かるでしょう。したがって、ハロウィンで仮装して「trick or treat」等と脅迫する言葉を子供に言わせてお菓子を得させるというのは、明確に非聖書的な言動です。仮装した子供にお菓子をせがまれても断りましょう。そして、理由を説明して、ハロウィンに参加するのをやめさせましょう。当記事の読者が子供を持つ親で、また、私の言うことを信じるならば、事前に説明してあげてください。
No more Halloweenとスローガンを掲げます。
少なくとも、クリスチャンならば、この行事に絶対に参加してはならないし、肯定的になってもいけません。肯定するのは論外として、肯定も否定もしないといういい加減な態度を取るのも問題です。過去記事「カトリック、統一教会、神道、仏教、イスラム教等はすべて嘘」、「安息日の重要性とモーセの律法」でも糾弾した中川健一牧師は、批判が怖くてハロウィンに参加するのは個人の問題だと言っています。これが牧師の発言なのですから呆れます。証拠はこちら(聖書入門.com)。確かに、個人の問題ですが、秋の収穫祭だの、アメリカで定着しているからというのは理由にならず、肯定する要素が皆無なのですから、非聖書的、かつ、悪魔に関わる事柄は明確に否定しなければいけません。
ハロウィンは、1年のうちたった1日の出来事だから構わないと思いますか。何故、あなたはこの習慣に従うのですか。楽しいからですか。周りと合わせないといけないと思うからですか。肉の欲に従ってはならない、世に倣ってはいけないと私は過去記事「最近の周囲の様子と大半の人々が陥る罠」、「死後の世界」等で散々宣べ伝えてきました。ハロウィンで仮装することによって、歩くゾンビと化し、悪魔崇拝に加担していることに気付いてください。これだけ言っても懲りずにハロウィンに参加しようと、今のうちにせっせと衣装を準備したり、どこで着替え、どこを練り歩こうかと計画を立てている人が多いです。滅びに至る人間たちは、サタンや悪霊に惑わされて自ら滅びの道に行きます。しかし、私は、はっきり言っておきます。あなたが生きている間にしてきた行為はすべて天の父なる神がご存知です。夜だから暗くて見えない、建物の中に入れば見えないとか幼稚なことを考えないでください。それらは人間の目を気にしているだけにすぎません。
不信仰な者たちや聖書の真理を愛さないにわかクリスチャンたちは、肉体的な死(第一の死)がやってきて、陰府に留め置かれ、最後の審判の時になって復活し、一人で神の御前で弁明しなければなりません。主イエスを信じない不信仰の者、口先だけの信仰で従順ではなかった人々を主イエスは弁護することができません。そして、ハロウィンで仮装し、悪い行いに加わっていたことも明らかにされます。勿論、それ以外の数々の罪についても暴かれます。過去記事「死後の世界」で紹介したものですが、再度掲載します。
新約聖書 ローマの信徒への手紙 1章20~21節
世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。なぜなら、神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。
新約聖書 ペトロの手紙一 4章5節
彼らは、生きている者と死んでいる者とを裁こうとしておられる方に、申し開きをしなければなりません。
ハロウィンを悪魔崇拝儀式と知っていて参加する者は論外としても、何の疑いも持たず、悪い行いに加わっても弁解の余地はありません。悪魔を崇拝する意図は無かったという言い訳をしても、それは神を信じなかったからです。聖書をきちんと読んで神を信じていれば、ハロウィン行事に参加しないでしょう。いかなる言い訳も神の前では通用しません。今のうちにどう言い訳をしようかと考えても無駄なことです。
新約聖書 ヘブライ人への手紙 10章26~31節
もし、わたしたちが真理の知識を受けた後にも、故意に罪を犯し続けるとすれば、罪のためのいけにえは、もはや残っていません。ただ残っているのは、審判と敵対する者たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れつつ待つことだけです。モーセの律法を破る者は、二、三人の証言に基づいて、情け容赦なく死刑に処せられます。まして、神の子を足げにし、自分が聖なる者とされた契約の血を汚れたものと見なし、その上、恵みの霊を侮辱する者は、どれほど重い刑罰に値すると思いますか。
「復讐はわたしのすること。」と言い、また、
「主はその民を裁かれる。」
と言われた方を、わたしたちは知っています。生ける神の手に落ちるのは、恐ろしいことです。
上記聖句の「罪のためのいけにえ」とは、主イエスの十字架での罪の贖いを指します。聖書の真理を知った人が、故意に罪を犯し続ければ、主イエスは罪を赦す働きをされなくなるということです。それからは、あなたの罪の記録は増える一方になります。
また、ここで、モーセの律法を守ることの重要性も出てきています。過去記事「安息日の重要性とモーセの律法」、「神を愛するということと人が生きる意味」や前回記事「人生の過去と主イエスに従う覚悟」で書いたとおりですが、律法は旧約時代で終わったからどうでもいいと律法廃止論者になっているにわかクリスチャンはいい加減に目を覚ましてください。罪を犯すというのはどういうことかは、過去記事「罪について」をお読みください。故意にモーセの律法に違反して罪を犯し、主イエスの十字架の贖いを軽んじることの恐ろしさを上記の聖書箇所では書かれています。
新約聖書 コリントの信徒への手紙二 5章10節
わたしたちは皆、キリストの裁きの座に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。
これは肉体的な死(第一の死)後の状況であり、この地上での出来事ではありません。神の御前で審判の時、あなたの行いに応じてその報いを受けるのです。そこで、主イエスを信じて従順に従い、神の掟も守り通して人生を終えた人は、裁きの場であっても主イエスが弁護してくださいます。
新約聖書 ヨハネの手紙一 2章1~6節
わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。わたしたちは、神の掟を守るなら、それによって神を知っていることが分かります。「神を知っている」と言いながら、神の掟を守らない者は、偽り者で、その人の内に真理はありません。しかし、神の言葉を守るなら、まことにその人の内に神の愛が実現しています。これによって、わたしたちが神の内にいることが分かります。神の内にいると言う人は、イエスが歩まれたように自らも歩まねばなりません。
神の裁きに際し、弁護者は主イエスです。しかし、神の掟、主イエスの教え、聖書の真理を愛して守り、口先だけでなく、行いとして体現してきた人だけが主イエスから弁護されます。私が宣べ伝えたとおり、律法廃止論者が明確に偽り者(偽善者)と上記聖句でも言われています。律法廃止論者と自分で主張しなくても、日々の生活において、神の御言葉と律法を無視した行いを改めず、適当に「主よ、主よ」と言うだけで虚しい信仰の下で好き放題しているにわかクリスチャンの行いが律法廃止論者であると証明しているのであり、かつ、偽善者であることを表しているのです。
偽預言者RAPTも、ハロウィンについて「ハロウィンももともと悪魔崇拝者たちの行う生贄儀式でした。ハロウィンとバアルと秦氏と大正天皇との奇妙なつながり。」と「日本の歴代首相も天皇もみんな古代ケルトの悪魔教「ドルイド教」の僧侶の末裔です。」と題して記事にしていますが、聖書に関する説明は何一つできていません。ひたすら、天皇と繋げたり、出雲族や秦氏というゴミ理論を展開し、世のことを語っているにすぎません。過去記事「反キリストについて」でも説明しましたが、再度書いておきます。
新約聖書 ヨハネの手紙一 4章5節
偽預言者たちは世に属しており、そのため、世のことを話し、世は彼らに耳を傾けます。
この聖句については、もはや詳細な説明は要らない位、既に過去記事で私は説明してきました。上記で説明してきた内容を踏まえてもなお、自分には関係ないと思って、ハロウィンの仮装準備に勤しみますか。私は推奨しませんが、どうしてもやりたいのなら、私には止められませんし、これ以上の勧告もできません。また、罪の報酬は、上述したとおりであり、また、過去記事「神の救いは予定か人の自由意志か」で説明したとおり、「罪が支払う報酬は死です。」(ローマ6:23)と聖書にも書いてあります。聖書の真理、モーセの律法等についても軽んじる者はその報いを受けます。ハロウィンに参加することだけが罪という訳ではありません。聞く耳のある者は聞きなさい。私は一人でも多くの人が救われることを願っています。
以上
