企業とは違って、連休中の狭間にあっても病院はもちろん開いています。
そして、オペ室も、いつになく、連休中ゆえ、混んでいます。
そんななかで、普段思っていたことを院内広報誌に書いてみましたので、それをそのまま転載したいと思います。
ご興味のある方は、拙著「手術室からの警鐘」もご一読いただければ幸甚です。
手術室からの警鐘 (最先端医療の現場から)/平凡社
¥1,575Amazon.co.jp以下、掲載される予定の原文です。
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各科麻酔について―麻酔科医の役割を再考する
副院長、麻酔科部長
石黒芳紀
手術を受ける人口の8割は75歳以上の高齢者であると言われています。団塊の世代といわれる層の厚い世代が高齢化していくにつれて、手術を受ける人数も比例してこの10年で約1.5倍に増加することが予想されています。しかし、その増加に対してはおろか、麻酔科医の数は現在でもまったく足りていないため、全国的に麻酔科医以外の各科の医師や、または、公にはされていませんが、事実上その医師の監督下にME(臨床工学技士)や看護師が麻酔をかけている、いわゆる「各科麻酔」が常態として行われており、また今後はさらに増えることが予想されます。
麻酔科医以外が麻酔をしても、結果に大きな違いがなければ患者への不利益はないし、コストが削減できるのであればそのほうがいいわけです。そもそも麻酔症例の9割以上は、我々麻酔科医がやっていても何も重大な問題が生じない、無事に終了する症例です。そうした症例では、おそらく、専門技術や知識が十分でない、麻酔科以外の医師や他職種が担当しても問題なく終わることでしょう。
かつて、麻酔は、非常に安全域の狭い薬物を使い、モニタもないなかで行なっていたため、経験のない者が行うと、ばたばたと患者が命を落としていたという現実がありました。そこで、麻酔科標榜医制度ができて、標榜医を持たない医師は麻酔を行なってはいけないとしたわけですが、それははるか50年以上前の話しであります。現在は、私が医師になった20年以上前に比べても、はるかに安全な麻酔薬、安全に麻酔が行えるモニタが充実していますので、ただ単に麻酔をかけて無事に麻酔を覚ますという仕事自体は、おそらく、9割方の症例で知識技術レベルの未熟な人がやっても大過なくできることでしょう。実際に、大学病院などでは、右も左もわからない研修医に、麻酔を担当させているのは常のことですし、麻酔科医の少ない地域では、外科医が担当するほうが多い病院もざらにあります。MEや看護師が心臓手術の麻酔を担当している病院さえもあります。
各科麻酔が成立するのはこうした裏付けがあるからです。ただ、それでは麻酔科医は要らないのかといいますと、残りの数パーセントで生じる、生命の危機にかかわるような重大な事態が発生したとき、あるいは、そもそも安全域の非常に狭い状態の悪い患者の麻酔、侵襲の非常に大きな手術の麻酔でこそ、麻酔科医としての本領が発揮されることになります。
こうした状況においては、やはり訓練を積んだ、知識、技術のある麻酔科のプロでなくては対処ができない場面があります。麻酔科医のプロであれば、通常はまず、このような事態をある程度予期し、正確に状態を把握することができるでしょうし、予期することで、事態が悪化する前に手を打つことができます。さらに、事態が悪化した後に遭遇しても、プロとそうでないものとでは、対処の仕方で差がつきますので、患者の運命は大きく分かれてきます。
そうした意味で、クリティカルな状況に際しての精緻なマネージメントやトラブルシューティングができるかどうかに、麻酔科医としての存在が問われているのだと思います。しかし、患者の安全域、機器の進歩、外科医の腕に寄りかかって事なきを得ているだけで、なにか異常な事態に遭遇したときに適切に対処ができない実力のない麻酔科医も相当数います。また、麻酔は麻酔科医がするものという暗黙の約束事にあぐらをかいて、他の誰がやっても結果がかわらないような麻酔であっても、麻酔科医不足を逆手にとって大きな態度で権利ばかりを主張して外科系のドクターを困らせたり、法外な報酬を請求してはばからないフリーランス麻酔科医が跋扈しているのも事実であります。ただでさえ、少ない麻酔科医なのに、本当の実力をもって他科の外科系ドクターとともに医療を支え、真摯に働いている麻酔科医がさらに少ない現状では、「各科麻酔」が増えていくのもやむを得ないことなのかもしれません。
このように、今後は、「各科麻酔」が必然的に増える中で、万一の事態に備えて真の実力を備えたプロの麻酔科医の存在が絶対に必要になるでしょうし、また、逆にそうした実力をもっていないと、麻酔科医としての存在意義がなくなるともいえるでしょう。さらには、そうしたプロの麻酔科医を常時配置できない病院も淘汰されていくことになるでしょう。麻酔科医の効率的な配置を考える上でも、施設の集約化ももちろんひき続き重要な課題となることでしょう。我々麻酔科医にとっては、今後はプロの麻酔科医として認められて高い評価を受けられるか、それとも、そうでないその他大勢の単なる麻酔のかけ手に甘んじるかという差別化も進んでいく、非常に厳しい時代が到来するように思います。私自身、そうした危機感を常々感じていますし、今後の厳しい時代に備えて、特に今の若い麻酔科医には、そうした真のプロを目指してもらうべく、当院では日夜厳しいトレーニングを行なっております。
今後共、どうか引き続き当院の麻酔科にご支援を賜れますよう、心よりお願い申し上げます。