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今日もお読みくださりありがとうございます。
ギリシャ・ミコノス島
けいこヴァールハイトさんがミコノス島へ行かれた記事を読んで、
懐かしさと共に、あらためてここに私のどんな過去の記憶があるのか、とても知りたくなりました。
思い出すままに書いてみたいと思います。
きわめて個人的な回想録ですので、興味のない方はスルーしてくださいませ!
30年前、大学の卒業旅行でギリシャに行った話はこちらの記事にも書きましたが、ミコノスはダントツで行きたいところでした。
ギリシャには他にもたくさん島があるけど、他には目もくれずミコノスだった。
この白い街並みと青い空・エーゲ海の景色を見たい
その憧れだけで、スピ的な理由などは当時はまったくなかった。
この頃そんなこと思いもしなかったしw
アテネに近い港から船に乗って島に移動した時は、波が結構高くて船が揺れて、友達と2人かなりグロッキーだったことを覚えている。
なんとかミコノスに着くと、港で不思議なおじさんとの出会いがあった。
おじさんは何かの配達をしている人で、荷台をつなげたようなバイクに乗っていた。
私たちが船から降りてホテルへの道を確認していると、気さくに声をかけてきて、荷台に私たちを乗せてホテルまで運んでくれた。
ポーターというわけでもないし、それで小銭を稼いでいるという訳でもなさそう。
運んでもらったお礼をして別れようとすると、友達が集まってみんなで夕食を食べるから来ないかと誘われた。
小さな島だし、何か目当てがあるような人にも見えないし。
ついでに街を案内してくれるというので、行ってみることにした。
部屋に荷物をおいてひと眠りすると、船酔いの疲れも取れてスッキリした。
約束の時間。
おじさんがホテルの前で待っていた。
おじさんが連れて行ってくれたのは、地元の人が集まるレストランで、結構な人数がテーブルを囲みワイワイと食事が始まっていた。
よくわからないまま空いてる席に座らされ、テーブルの上にある料理を好きに取って食べてと勧められ、促されるままちょっとお酒もいただき宴を共にした。
こんな風に、知らない人でも気兼ねなく一緒にご飯食べるのがフツーなんだ…
それだけでもそこそこ驚きだったが、さらにここで私たちは、ギリシャ流ディナーの洗礼を受けることになる。
宴が終わりを知らないのだ!
彼らはひたすらに飲み、食べ、語り明かす。
何か特別な会というわけでもなく、毎晩のようにこうして集まって楽しく夕食を共にする。
静かに必要最低限の時間で食事を終わらせる日本の食卓とは大きな違い。
カルチャーショック!
と同時に、
人生を愉しむ
ということについて考えさせられた。
当時既に、ギリシャは経済的にかなり斜陽だったと思う。
アテネの中心地ですら、路肩に停められた車は白く埃を被り、シャッターを降ろす店も多く見られ、お世辞にも綺麗で活気がある街とは言えない風情だった。
ミコノスは人気の観光地で高級別荘地でもあるので、こぢんまりした街は綺麗で廃れた雰囲気は感じられなかったが、
セレブは別にしても、その席にいたごく普通の地元の人たちは、恐らく慎ましやかな生活を送っているに違いない。
でも見ているととても楽しそうに語らい、食事を共にしている。
日本のサラリーマンのように、仕事の後にグチを言い合うお酒ではない。
豊かさって何だろう
学生時代、ヨーロッパの国々を多く旅して来たが、明らかに日本人よりもプライベートの時間を大事にする人たちだという感覚はあった。
彼らを見ていると、何か大きなこととか業績をあげるとか賞賛されるとか、そうした目的のために生きているというよりは、
日々の生を愉しむことに生きている
そんな感じがした。
それは経済がこうだからなのか、それともそういう国民性だからそうなのか。
そんな疑問も若かりし私は感じたが、今はそれが古代ギリシャから続く生き方なんだとわかる。
話を戻して。
昼寝をしたとはいえ、さすがに旅の疲れもあって眠くなって来たのでおじさんに言うと、
じゃあ送って行くよと、これまた気前よくホテルまで送ってくれた。
夕食代はどうしたらいいか聞くと、
そんなのいらないよ。島を訪れてくれた歓迎だよ
と言って笑って終わりだった。
明日はどうするんだ?と聞くので、島をブラブラ見て回るつもりと言うと、
じゃあ、ミコノスタウンの反対側へ連れて行ってあげると。
そんな約束をして、結局翌日も仕事の合間に荷台に私たちを乗せて、島を案内してくれたのでした。
おじさんのお陰で、想定外に効率よく島を巡ることができ、いろんな場所を案内してもらうことができた。
結局、滞在中ほとんどお世話になったようなものだった。
その間、おじさんは一切見返りを求めようともせず、ただ自分の島を訪れてくれた旅人を、自分の生活のペースの中でもてなしてくれた。
もてなすという感覚すらなかったのかもしれない。
ただ、自分の島を見てほしい。
楽しんでほしい。
そんなシンプルな気持ちだったのかもしれない。
特別なことをするわけではない。
ただ自分が出来ることを、出来る範囲で。
だからその親切を受ける側も、妙な気遣いや気疲れもない。
日本人は(かつて私もその典型だった)、人をもてなすということは何かとても気をつかうことで、
もてなされることも、相手に面倒をかけると遠慮する人が多いのではないかと思う。
でも、そういうことじゃないんだな。
旅は、日本という狭い国の中だけにいると気づかない、自分のいろんな思い込みや囚われを解放してくれる。
考えすぎずシンプルに
今でこそ私もセッションでよくお伝えすることだが、今こうして思い出しながら、おじさんやギリシャ人の生き方には、生きる基本のヒントがあったんだなと気づいた。
島を出発する前の晩、私たちをホテルまで送ってくれたおじさんは、名残惜しそうに別れを告げて来た。
私たちも滞在中にお世話になったことへ感謝を伝え、それぞれハグして別れを惜しんだ。
昨日、瞑想しながらその時のことを思い出した時、
忘れないでくれ
という言葉が大きく私の中でこだました。
それは、おじさんがその時そう言ったのだったか記憶は定かではないが、
何か別の、もっと私の中の深いところから湧き上がってきた声に感じた。
その言葉と同時に、涙が溢れて来た。
ああやっぱり、ミコノスに眠る魂の記憶だったんだ。
誰?
何かとても大事な約束がそこにはあるような気がした。
現実の記憶と、潜在意識に眠る記憶の両方をたどりながら、
このおじさんの存在、そして30年経った今、けいこさんによって再び記憶の蓋を開けられたことの意味を思った。
この2つの仕掛けによって、忘れてはならない大事な約束を思い出すのか。
長くなったのでつづく→★
私たちの力がますます解き放たれ
世界が愛と光に包まれますように

今日もすべての導きにありがとう。
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のんさんのインタビュー記事はこちら→★



