大丈夫は自分の中にある*人生を支える意識の法則* -15ページ目
調子の悪い日ってありませんか?
やろうと思っていたことを
また今度にしようと先送りしてしまったり
だらだらとスマホを見たり、
ゴロゴロしてベッドやソファーから
中々起き上がれなかったり。
そうこうしているうちに
休みの日が終わってしまった、
ということはありませんか?
私はよくあって、
子供のことや親のことなど、
自分以外の人のことは「やらなきゃ」
が発動するのに、自分のこととなると
「まあ、いっか」がよく出てくるのです。
「まあ、いっか」でもいいんですが、
複雑なのが、実はそれを自分が許して
いない、というところ。
誰に責められるわけでもないのに
こんな自分ダメだなって
どこかで否定しているんですよね。
でもね、この「まあ、いっか。」って
とても大切な感覚。
やらなきゃ、と思っている時
心はぎゅっと緊張しています。
それをふわっとゆるめてくれるのが
「まあ、いっか。」ですからね。
そんな自分を責めることは
折角ゆるんだ心を再び締め上げる
というもったいないことなんですよね。
体はだらんと休めても
エネルギーはチャージできず、
寧ろじわじわと消耗してしまいますから。
どういう意識で休んでるか、というので
エネルギーの動きは大きく変わってくる
んですよね。
だから、「まあ、いっか。」を責める
自分の思考に気づいたら、
そっと手放してみましょう。
そして、そのまま今この瞬間の自分に
戻ってきてみてください。
ゆっくりと自分の感覚に
意識を向け直すのがいいかもしれません。
だらーんと、伸びてる
身体のゆるんでる感覚や
深く呼吸できる感覚。
何もしていないのではなく
今ここにはこんな心地よさがある。
そこをしっかりと受け取れると
いいですね。
休む時は休む。
休むことは大切なこと、必要なこと。
その感覚が育つと、
だらだらする自分にもっと優しく
なれるかもしれませんね。
そんな自分も大切な自分ですから。
今日の日曜日
みなさんはどう過ごされますか?
アクティブに楽しむのも
エネルギーチャージに使うのも
ご自分の選択であればどちらも最高です。
よい休日になりますように。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
ある患者さんと話していて、
幸せは自己満足で十分なのかもしれない。
私はそう感じました。
先日、患者さん(Aさんとしますね)
から
「昨日俺の夢にうちこしさんが出てきた
んだよ。」と言われました。
「あら、出演料もらってないけど〜」
とか言いながら聞いていると
私は新入りのホステス役らしく(笑)、
No. 1にするためにAさんは後輩を
連れて高いお酒を入れるぞ!と
意気込んでお店に来たそう。
ところが、用意していたお金は玄関に
忘れてきてしまって、後輩の持っていた
10万円を頼りにすることになった
んですって。
「俺は会社経営してて、車の部門や
出身地のHの物産も取り扱ってるんだ。
8階建ての自社ビルがあって、
地下が居酒屋とバーになっててな」
どんどん話は続きます。。。
ニコニコして、とっても楽しそう。
聞かされている私は、
あまりの妄想劇場に置いてきぼりな
気分になってきました。
あまりにまことしやかに話すので、
「〇〇さん、それ夢の話ですよね。」
と腰を折りにいっても、
気にしちゃあいません。
そんな様子を見ながらふと思ったんです。
「幸せな人だなあ」と。
夢の話で、
相手の反応も気にせずに
あんなに楽しめるなんてね。
今は大分ゆるんできたものの
ちゃんとしてるかな?
人からどう思われるかな?
と他人の目線が気になる私も
ちょこちょこ顔を出します。
そう思うと、
例えそれが、自己満足であっても
人の目を気にせず
自分の世界をあれほど楽しめるのは
才能かもしれないなって思ったりね。
羨ましいか、と言われると
そうは感じませんがね(笑)
でも、「幸せ」ってそれくらい
主観的なものであっていいんです。
ともすれば、私たちは
「世間のものさし」を使いがちです。
「世間一般から見てどうだろう?」
って見てみたり、
人と比べてみたり、して
苦しくなることもあるかもしれません。
でもね、幸せの基準って人によって
違うもので、
自分が「幸せ」と感じれば
それが幸せなんですよね。
Aさんが、
夢の話をしながら見せてくれた
キラキラした顔を思い出すと
そんな気がしてきます。
あなたは今幸せですか?
そして、
どんなことで幸せを感じますか?
そうやって考えてみると、
ご自身の「幸せのものさし」が
見えてくるかもしれません。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
落ち込んでいる子供を見て
どう感じますか?
先週のことです。
中3の娘、塾で5教科のテストがありました。
クラス替えがかかっていて
今のクラスのままいたい娘は
毎日自習室に通い、
勉強をがんばっていました。
疲れてそのまま寝てしまったり、
イライラしてる日も多かったので
大変そうだなぁ、と見ていましたが
本人は、
「この生活結構気に入ってる!
楽しい!」とニコニコで話してくること
もあり、がんばってるんだなと
私は送迎係をしながら見守っていました。
そして、テスト当日。
塾が終わってから、30分自習して帰る
と言っていたのですが、
「やっぱり10時に迎えにきて」
と娘からLINEがあったんです。
迎えにいくと、どことなく元気のない様子。
「社会はできたと思う。」
と言ったあと、しばらく間が空いて
「国語のテスト裏面があることに
気づかなくて、半分できていなかった。
43点も無駄にしてしまった。
クラス落ちてしまうかも。
あんなにがんばったのに
もう塾やめたい。。。」
話しているうちに、段々涙声に
なってきたのです。
「そうやったんやね。
そりゃあ悔しいよね。」
そう聞きながら、
ダメ元だけど、塾の先生に相談して
みようというアイデアが浮かんできました。
言うだけ言ってみよう!というのは
私の強みです(笑)
泣いている娘に聞いてみると、
電話してみてほしいというので
家の前に停めた車の中で電話して
みました。
事情を話すと、
「やっぱりそうでしたか。
国語の担当講師ともったいないなぁ
悔しいやろなって話してたんです。
再テストは難しいですが、
よくがんばっていたのも見ているので
何らかの救済措置はとれるように
検討してみます。」
そう返事をいただきました。
娘は少し安心した様子では
あったものの、
涙は止まず「悔しいよ〜」と
シクシク泣き続けました。
横で見てた私は、居た堪れず
「今この経験ができてよかったやん。
これからも、」
ここまで言ったところで
「うるさい!黙っといてくれる!!」
って一喝されました。
娘の機嫌を取りに行こうとしていた
自分に気づき、
「私ダサい!」と恥ずかしく感じながら
口を閉じました。
30分くらい車ですごしてから
家に入ろうと声をかけると、
先に入っててと玄関で留まる娘。
後は本人に任せて、そっとしておこう。
そう感じた私は、
寝る準備をして寝室に入りました。
翌朝、キッチンにいると
シャワーから出てきた娘がやってきました。
ニッコニコの笑顔で、
「ママ、見て!えくぼができてん!」
と見せてくれました。
(実際はえくぼではなさそうでしたが笑)
なんだかすっきりして、
清々しい娘の様子は前日の夜とは
別人のようでした。
そして、出勤する時に玄関に
アイスのゴミが置いてあったのです。
夕方娘に聞くと、
あれからお店まで歩いて行って
買ってきたんだそう。
自分のご機嫌をとったんでしょうね。
感情はしっかりと感じきると
ちゃんと抜けていくんです。
娘を見ていると、
本当にそうだなぁ、すごいなぁ、と
感心した私でした。
余談ですが、
他にも裏面に気づいてなかった人が
数人いたようで、
塾側も表記が悪かったから
点数は変わらないけどクラス替えには
影響しないよう配慮してくださることと
なりました。
娘も、
「誰も嫌な思いしない対応でよかった!」
と納得の対応に感謝してました。
その人の感情はその人のもの。
分かっていても、家族や近しい人が相手
だとついつい「何とかしなきゃ」という
意識が発動します。
人の気持ちの分かる優しい人ほど
感じやすい感覚です。
でも、
「何もしないこと」
「ちゃんと感じさせてあげること」
こそが相手から感じる機会を奪わない、
深い愛情となることもあるんですよね。
与えることよりも、
奪わないことを意識していくと
いいのかもしれません。
娘からそんな学びを得た私でした。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました

