幸せはいつも自分の中にある*人生を支える意識の法則* -14ページ目
こんにちは、うちこしあかねです。
みなさんのおうちでは
子供とゲームの付き合い方は
どうされていますか?
「気づいたらゲームばっかりしてる」
「声をかけても中々やめられない」
そんなお悩みはありませんか?
家庭によってのルールも違うし
子供の性格やゲームへの興味の強さも
十人十色。
特に不登校の子や
ゲームにだけ強い興味を示す子を見ていると
「ゲーム依存症になってしまうかも」
「現実の世界に楽しみを見出せなく
なってしまいそう」
などといった不安を感じるお母さんも
少なくはないのでしょうか。
私自身もそうでした。
わが家の息子は学校を休んでいて
体調が悪くても、気力がなくても
どんな時でもゲームだけはできるんです。
私は
「ゲームしかできない」とか
「ゲームはできるのに学校にはいけない」
って皮肉に感じて、ゲームを悪者にして
しまうこともありました。
大切な子供を心配する気持ちの源は
愛情なのですよね。
でもね、実はこの愛情
子供に伝わりにくいタイプの愛情です。
心配されたり、不安を向けられると
子供には「分かってもらえない」
「否定された」と受け取られてしまうのです。
不安は具体的にすると和らいでいくので
そのままにしておかないことが
大切です。
お母さんの不安が和らいだら、改めて
この子にとってゲームは
どんな存在なのかな
という視点で見てみてほしいのです。
ただただ楽しくて好奇心を満たすもの
疑似体験や創作体験から学びの機会を
与えてくれるもの
現実の辛さやしんどさを忘れさせて
くれる避難場所
オンラインで繋がる友達との
コミュニケーションの場
その子によっても、時期によっても
ゲームの存在って違うのだと思います。
でも、何かしらゲームから受け取っている
ものがあるのですよね。
その魅力を感じているからこそ夢中になる。
息子にとってのゲームの存在を考えると
ありがたいな、ありがとうゲーム
と感じるようになりました。
その上で、子供の状況や年齢によっては
親が時間の制限が必要だと感じるのなら
子供と相談して決めてもいいと思います。
このご時世、ゲームの他にもスマホや
YouTubeなど付き合い方や距離感を
自分で掴む力が求められるツールは
たくさんあるので「制限」という方法の
限界は絶対にあります。
この週末、
不登校ジャーナリストの石井しこうさん
の公演を聞く機会がありました。
ご自身も不登校経験者であり
多くの不登校の子供や若者、親の取材を
されてきたしこうさんも
会場からのゲームに関する質問に
「心配ですよね、ムカつきますよね、
でも、デジタルデトックスはしない方が
回復は早いです」と明言されていました。
それでも
時には親の責任で子供の負担を
軽くしてあげる、そんな形の愛情も
あっていいのではないかと思います。
コントロールではなく、サポートの
形での関わりが目指すところだと
感じています。
自分が大切にしているものを
分かってもらえず否定されるって
大人でも辛いこと。
共感できなくてもいいし
理解できなくてもいいのですが
「子どもにとってどういう存在なのか」
との視点で寄り添ってみることは
子供との関係を深めていく上で
とても大切な一歩になりますからね。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
「分かってほしいのに分かってもらえない」
そんな悩みを抱えた人は実は多いものです。
「どうして分かってくれないんだろう」
「分かり合えないな」という気持ち。
パートナーからや職場で、そんな
もやもやを感じることはありませんか?
家族や友達、職場の人
色んな人と関わっていく中で
「分かり合えること」って喜びになること。
自分のことを分かってくれる人がいて
「それすごくいいね!」
「私もそう思う、分かるよ」
って言ってくれたり、
「あの人の考え方いいな、好きだな」
「この人からはいい影響がもらえそう」
そう思える人が、近くにいることもまた
自分にプラスのエネルギーをもたらして
くれることです。
一致団結した時のチームのエネルギーって
相乗効果ですごい力になるなんてことも
ありますしね。
「分かり合える」ってそれぐらい
素敵なことです。
でも、この気持ちに対する思いや期待が
強すぎると執着が生まれて、苦しくなって
しまうことがあります。
「分かってくれない」相手に対して
怒りが湧いてきたり
「分からせよう」とするコントロールの
気持ちが出てくるのですよね。
でも、相手のことは変えられないし、
変わらないんです。
そうなると、負のスパイラルにはまって
しまいます。
私も夫婦関係で経験済みなのですが
「分かってほしい」という意識が
強ければ強いほどに
相手から「分かってもらえない」現実を
作ってしまうのです。
でもね、不思議とうまくいく方法があるんです。
それは、
自分が自分のことをわかってあげること。
「分かってほしい」気持ちが強い時って
実は自分も自分のことが分かっていない時
だったりします。
生まれた時からずっとあなたと一緒にいて
あなたが何が好きで、何が嫌いか。
何が心地よくて、何が不快なのか。
どんな言葉をかけて欲しいのか、
どんな言葉をかけられたくないのか。
誰よりもあなたのことを知っているのは
あなたご自身です。
今、もし分からなくても
じっくりと自分の中にある答えを
聞いてみてくださいね。
自分のことをちゃんと分かってあげて
大切にできるようになれば
他人に求めなくなるし
不思議と「分かってもらえる」現実が
手に入るなんてことが起きてくるのが
意識のおもしろいところなんです。
子供に感じる「分かってくれない」はこちら↓
UMIカウンセリング
モニター準備中です。
詳細が整い次第このブログでご案内
いたしますね
うちこし あかね
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
「子供のことは見守りましょう」は
令和の子育て界隈ではスタンダードな
考え方になってきましたね。
私の生まれた昭和の時代は
こうすればうまくいく、こうあるべきが
比較的はっきりして、学歴、我慢、いい子
そんな言葉がキーワードになる時代で
移行期といった感じの平成は
いかに親が子を導けるかが重視されて
きたように感じます。
大切な子供の幸せを望んで
先回りしてレールを引こうとしてきた
私も、心の勉強をして「見守る」を
意識して取り入れるようになりました。
でも、これ私のように
これまでやってこなかった人には
ちょっと難しくもあるんです。
それは「見守る」が
「見守らなきゃいけない」
「何もしちゃいけない」と変換されやすい
からです。
私の場合は子供の勉強でした。
この一年、五月雨登校と不登校の時期を
繰り返している小4の息子を見て
本人がやる気にならないうちは勉強は
無理にさせてはいけない、と言わないよう
にしていました。
先日ある方と息子の話をしていた時に
「この子には勉強はさせた方がいい」
と言われたんですね。
その理由は勉強が
「この子の未来に必要になること」
だから。
未来の自分のことを考えてあげてね
というメッセージを伝えていったり
その子が興味を持ちそうなことを
さりげなく見せてあげる。
体験させてあげる。
世界を見せてあげること。
そのためには
さも子供が自分で気づいたように
感じられるように仕向けるテクニックも
必要ということを言われたのです。
それを聞いた時に私が感じたのは
「その視点すっかり忘れていたな」
ということです。
元々の私はそういうお母さんだったんです。
先回りというと聞こえが悪いけど、
この子は音楽が好きなようだから
ピアノを習わせよう。
数字が好きなんだな、この子の強みに
なるかもしれないからくもんをさせて
みよう。
そんな風に感じて習い事を選んだり
ここに連れていってあげたいな、
これを見せてあげたいな、と
子供の知らない世界を見せてあげたり。
でも、不登校や心の勉強をきっかけに
こういうことまで親のエゴや
コントロールになるような気がして
引っ込めるようになっていた自分に
気づいたのです。
「子供に任せること」
「親が機会を作ってあげること」
どちらも間違いではないのですが
極端に偏りすぎると子供の負担に
なってしまいます。
大切なのはバランスなのです。
物事には陰と陽がありますからね。
SNSで情報の溢れるこの時代、
「これだけやっておけば大丈夫!」
みたいな謳い文句は溢れていますが
子育てのようなナマモノに限っては
決まったやり方も、正解もないのです。
私たちお母さんが見るところは
今ココにいる子供と
今と同じとは限らない、少し未来の子供。
そこが見えると
この子にとって何が必要なのかな?
ということは見えてくるはずです。
子供の生きてる世界は、大人のそれと
比べると狭いし、経験値も予測能力も
まだまだ未熟です。
そんな子供に大人が見せてあげられる
世界や、伝えられることって
実はたくさんあるのではないでしょうか。
子供の力を信じて「見守ること」は
もちろん大事なことです。
でも、それと同じくらい親は伝えてもいいし
時には、子供の世界を広げるための
優しいコントロールが必要となる
場面もあるのです。
親子の心がいい形でつながっていれば
その子に応じた、バランスやタイミングが
見えてくるはずです。
(ご褒美目当てではありますが)
久しぶりに勉強して
「全部あってた!天才すぎて怖いわ〜」と
おどける息子を見ていると
「この子の未来に必要なこと」なんだな、と
すとんと腑に落ちた私でした。
人気記事です♪
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました

