「子供のことは見守りましょう」は


令和の子育て界隈ではスタンダードな


考え方になってきましたね。




私の生まれた昭和の時代は


こうすればうまくいく、こうあるべきが


比較的はっきりして、学歴、我慢、いい子


そんな言葉がキーワードになる時代で




移行期といった感じの平成は


いかに親が子を導けるかが重視されて


きたように感じます。






大切な子供の幸せを望んで


先回りしてレールを引こうとしてきた


私も、心の勉強をして「見守る」を


意識して取り入れるようになりました。





でも、これ私のように


これまでやってこなかった人には


ちょっと難しくもあるんです。





それは「見守る」が


「見守らなきゃいけない」


「何もしちゃいけない」と変換されやすい


からです。





私の場合は子供の勉強でした。




この一年、五月雨登校と不登校の時期を


繰り返している小4の息子を見て


本人がやる気にならないうちは勉強は 


無理にさせてはいけない、と言わないよう


にしていました。





先日ある方と息子の話をしていた時に

   


「この子には勉強はさせた方がいい」


と言われたんですね。





その理由は勉強が


「この子の未来に必要になること」


だから。


 


未来の自分のことを考えてあげてね


というメッセージを伝えていったり




その子が興味を持ちそうなことを


さりげなく見せてあげる。


体験させてあげる。


世界を見せてあげること。




そのためには


さも子供が自分で気づいたように


感じられるように仕向けるテクニックも


必要ということを言われたのです。




それを聞いた時に私が感じたのは


「その視点すっかり忘れていたな」


ということです。




元々の私はそういうお母さんだったんです。



先回りというと聞こえが悪いけど、



この子は音楽が好きなようだから


ピアノを習わせよう。



数字が好きなんだな、この子の強みに


なるかもしれないからくもんをさせて


みよう。




そんな風に感じて習い事を選んだり




ここに連れていってあげたいな、


これを見せてあげたいな、と


子供の知らない世界を見せてあげたり。



でも、不登校や心の勉強をきっかけに


こういうことまで親のエゴや


コントロールになるような気がして


引っ込めるようになっていた自分に


気づいたのです。




「子供に任せること」


「親が機会を作ってあげること」




どちらも間違いではないのですが


極端に偏りすぎると子供の負担に


なってしまいます。




大切なのはバランスなのです。




物事には陰と陽がありますからね。




SNSで情報の溢れるこの時代、


「これだけやっておけば大丈夫!」


みたいな謳い文句は溢れていますが




子育てのようなナマモノに限っては


決まったやり方も、正解もないのです。




私たちお母さんが見るところは


今ココにいる子供と


今と同じとは限らない、少し未来の子供。




そこが見えると


この子にとって何が必要なのかな?


ということは見えてくるはずです。




子供の生きてる世界は、大人のそれと


比べると狭いし、経験値も予測能力も


まだまだ未熟です。




そんな子供に大人が見せてあげられる


世界や、伝えられることって


実はたくさんあるのではないでしょうか。




子供の力を信じて「見守ること」は


もちろん大事なことです。




でも、それと同じくらい親は伝えてもいいし


時には、子供の世界を広げるための


優しいコントロールが必要となる


場面もあるのです。




親子の心がいい形でつながっていれば


その子に応じた、バランスやタイミングが


見えてくるはずです。




(ご褒美目当てではありますが)


久しぶりに勉強して


「全部あってた!天才すぎて怖いわ〜」と


おどける息子を見ていると


「この子の未来に必要なこと」なんだな、と


すとんと腑に落ちた私でした。




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今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり