今日はリアルタイムなお話です。



夏休み前から、


学校に行っていなかった小4の息子が


今日学校に行くようです。




きっかけは友達です。



朝も、何人かの友達が時々ピンポンして


くれていたんですよね。




「K今日学校行ける?」って。




「今日は無理みたい、ありがとう。」


決まり文句みたいに、答えてたんです。




それが、一昨日の夕方一人の友達が


明日学校行こう、って言いにきてくれた


そう。




おそらく煮え切らない態度だったんで


しょうね。




暗くなってから、習い事の帰りに


もう一度うちに寄ってくれたんです。




玄関まで、息子と出て行くと、


友達はこう言ってくれました。




「K明日学校行こう。


 4時間やしさ、大掃除と音楽やから


 嫌な勉強とかないで。



 俺も早退する時もあるし、早退でも


 いいしさ。



 朝も7:40でも8:00でもいいよ。」




優しいですよね。


四年生の男の子ってこんなこと言えるん


だなぁ、と感動しましたし、




この子幼くてかわいい子だったのに、


こんなにしっかりしてきたんだなぁ、


とも、感無量で聞いていた私。




その一方で、はっきり答えない息子。



しばらく、うじうじしていたのですが、


小さい声で、



「明日は無理」って言いました。





そうだよなぁ、難しいよなぁ、なんて


感じながら見守っていると、




これまた小さい声でこう言ったんです。 





「その次の日行く」



私は平静を装いつつも、


心の中では驚いていました。




ゲームとYouTube漬けで、


「ずっと家に引き篭っとくわ」




「1%くらいは引きこもりにならない


 可能性もあるから、チャレンジタッチは


 やっとくわ」



なんて言っていた息子。




今はそう感じるんだな、と


外側の息子を見ていたのですが、




内側ではめちゃくちゃ考えていたのだと


思います。




この子の中で、行こうとする力が


少しずつ育っていたのかもしれません。




行けるか、行けないか、


現実の行動はどちらかしかないけど、


心の中では、外からは見えない階段を


一歩ずつ歩んでいたのでしょう。




行けるかどうかは、分かりませんが、


「行こうと思えたこと」は


息子にとっての大きな一歩だと思うのです。




このタイミングで、友達が


声をかけてくれたのも偶然ではない


そんな気もするのです。




昨晩の息子は、


「あー、学校だるい〜。行きたくない〜。」


と、何度も言っていましたが、


私はそれを、ただ聞いていました。




いいぞ、いいぞ、


気持ちはどんどん出したらいいよ、って


心で感じながらね(笑)





それでも、



「行くだけで精一杯だから、準備は


 ママがしてな。」



「この服きてくから、ここに置いといてな。」



「2時間目の終わりくらいで迎えにきてよ。」



などと、自分でちゃんと考えていました。




自分で「行く」って決めたから、


自分ごととして向き合っているんですよね。




動いていないように見えても、


子供の内側では小さな成長は 


起こっています。




私たち大人ができるのは、


無理に成長させようと


することではなくて、




そっと見守ること、寄り添うこと。


その子のペースでいさせてあげること


が大切だと思うのです。




だからこそ、


息子が「行こうと思えた日」を信じて


大切に見守りたいのです。




動いていないように見える時間の中でも、


見えないところでちゃんと育っているもの


があるかもしれません。




そんな部分を信じること。




それこそが本当の意味での「信頼」


なのかもしれませんね。





今日も最後までお読みくださり、


ありがとうございましたにっこり


以前の私は、


思うように動いてくれないこどもたちに


いつもイライラ怒っていて、




手がいっぱいで困ってるのに


夫にも素直に頼れませんでした。




疲れてるのにがんばることを


辞めれませんでした。




私はこんなにがんばっているのに

全部うまくいかない。




漠然とした絶望感を抱えて


暮らしていました。




そんな自分のことが恥ずかしくて、


隠さなきゃいけないと思っていました。




外では、ニコニコ笑顔で優しいお母さんを


演じていたんです。




こうやったら、


ちゃんとしたお母さんに見えるかな?と


自分なりに考えながら

 

まわりの反応ばかり気にしていました。





そのままの自分には全然自信が持てなくて、



こどもたちのために自分とは違う


「ちゃんとしたお母さん」


になろうとしていたのです。





心のことを学んでいく中で、




自分の人生なのに


自分じゃない誰かに


なろうとしてることに、


気づいた私はびっくりしました。





文字にしたらすごい違和感ですが、


当たり前にやってたので


気づかなかったんです。




でも、もうやめました。


自分のまま

自分の人生を生きる!って


決めました。


 


私が今目指しているのは


幸せなお母さん。




ちゃんとしたお母さんには、なれなかった


(なる必要がなくなった)けど、



幸せなお母さんは自分でなろうと


決めたらなれるんです。





自分に寄り添って


言いたいことを言わせてあげて


やりたいことをさせてあげて


行きたいところに連れて行ってあげる。





そんな、


自分を幸せにする覚悟


できたら、


誰かの手を借りなくても、


自分で満たせる部分が増えていきます。





最近ときめく服がないな、と気づいたので


買い物に行ってきたんです。





光沢のあるブラウスと、


長めのデニムのスカート。




試着したらいい感じに似合って


嬉しかったので購入しました。




買ってきた服を出してニヤニヤしながら


タグを切っていると、




「スカート何枚持ってるん?」(苦笑い)




私「最近、るんるんする服がなかったから


 買った」




夫「その服はるんるんするん?」




私「うん、るんるんするよ〜」



夫は笑っていましたが、私は幸せだな


って感じました。




こどもにも


「ママは好きなことして幸せそうで


 いいよな〜、早く大人になりたい」


って言われます。




二人ともふざけて変なダンスをしたり


してるので、



「変な兄弟やなぁ」って私が言うと、


「だってママが変なママやから


 仕方ないやん笑」



って言われました。





確かに私は変なママかもしれません。


じゃあ仕方ないか、


楽しい子供達で最高!って思いました。




幸せなお母さんでいると夫もこどもも、


嬉しそう。




究極を言うとお母さんの役割って


幸せな人でいることだけかも


しれません。





こどもはそれだけで安心できるし


自分の人生を作っていけますからね。





家事や育児は二の次です。


こどもが小さいうちは0にはできないけど

ちゃんとしてなくても大丈夫ですよ〜



子育てや夫婦関係が、


しんどいな苦しいな、と感じていた時


こどもや夫が変わってくれたらな、と


いつも思っていました。





でも、やってみたら


自分が変わる方がずっと

簡単でした。



自分を自分が幸せにしてあげる覚悟さえ


決まれば、


いつからでも「幸せなお母さん」には


なれるのですからね





みなさんは幸せなお母さんですか?


自分を幸せにする覚悟は決まってますか?




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり

「どんなお母さんだったんですか?」

 

そう聞かれて、私は少し言葉に詰まりました。

 

あなたならどう答えますか?

 

 

 

 

私の母は認知症で、

 

今は施設で暮らしています。

 

 

 

60歳をすぎた頃から、

 

少しずつ忘れっぽくなってきて、

 

 

そんな中、何とか手さげを作ってくれた話。

 

 

 

 

 

 

 

65歳の頃には料理ができなくなって

 

きましたが、何とか父と暮らしてきて、

 

 

 

70歳になる頃には、

 

介護の力をお借りするようになりました。

 

 

 

2年前に感染症で、

 

入院したのをきっかけに、

 

実家の近くにある今の施設で

 

お世話になりはじめました。

 

 

 

今は、私のことも父のことも

 

ほとんど分かっていないような感じ。

 

 

 

大分痩せて、髪の毛も白くなって


しまいましたが、

 

見た目は母なのです。

 


 

 

笑い方も、


時々出る「お父さん」の言い方も。

 

 

 

でも、話しかけても、会話にはならないし、

 

昔のことも覚えていません。

 

 

 

それが今の母です。

 

 


 

昨日は、3か月に一回の担当者会議でした。

 

 

 

ケアマネさん、


現場の介護スタッフさん、看護師さん

 

が母の様子を話してくださいました。

 

 


 

車椅子に移乗する時の指示が、

 

入りにくくなったりはしているよう


でしたが、概ね変わりなく、

 

 

 

みなさんのお力を借りて、

 

安定してすごせている様子に安心しました。

 

 

 

先日の介護認定では


要介護5になっていました。

 

 

 

 

最後にケアマネさんが母に、

 

「いい生活が送れているようですが、

 

 幸せですか?」

 

 

って質問されたんです。



 

正直なところ「幸せではないよなぁ」って

 

思うと同時に、


胸がわずかに締め付けられるのを


感じながら、




母がどう答えるのかを見ていました。




結局母は、無反応でしたけどね。

 

 

 

 

正確にいうと、今の母にとっては

 

とてもいい環境だとは思うのです。

 

 

 

 

でも、できることなら

 

 

 

自分で好きなものを食べて、

 

父とたわいもない話をしたり、

 

パッチワーク仲間と集まったり、

 

お菓子作ったり、旅行に行ったり、

 

孫の成長を見て喜んだり、

 

 

 

そんなことが、したかっただろうな。

 

 

 

それが


母にとっての幸せだったんじゃないかな、

 

と娘の私は思ってしまいます。

 

 

 

過去の母を知っているからこそ感じること

 

なんですよね。

 

 

 

そうやって感じると、

 

「母は幸せだったんだろうな」と思うんです。




それは、できなくなった今だからこそ


分かること。

 

 


 

そして、その幸せな母の記憶というのは

 

私にとってもとても暖かくて大切なもの。

 

 

 

何歳になっても、

 

「お母さんの幸せ」は、

 

子供の心の栄養剤であり続けるのです。

 

 

 

今の母の顔を見ていると、

 

平穏という言葉がピッタリ。

 

 

 

真顔か、笑っているかで、

 

怒ったり、嫌な顔をしたり、


悲しそうな顔をすることがないのです。

 

 

 

眉間にあった縦皺もなくなり、

 

頬のシミも何故かなくなった、

 

つるんとした顔。

 

 

 

それを見ると、

 

幸せもたくさんあったけど、

 

そうでないこともたくさんあったんだろう、

 

とも感じるし、

 

 

 

早くして認知症が進んだのも、

 

母の宿命であり、最善でもあったのかも

 

しれないとも思うのです。

 

 

 

家族は悲しいし、切ないのですけどね。

 

 

 

 

冒頭の「どんなお母さんだったんですか?」

 

という質問。

 

 

 

帰り際に母がニコニコ笑っていた時に、

 

「元々こういう人だったんです」と


言った私にケアマネさんが


たずねてくれたことです。

 

 

 

これ中々難しいな、って思いました。

 

 

 

厳しい母、鈍感な母、優しい母、可愛い母、

 

色んな母を見てきたので

 

一言では言えないんですよね。

 

 

 

そうやって少し考えていたのですが

 

気がついたら、

 

「好きなことをしている母でした」

 

って答えていました(笑)

 

 

 

 

私を産んで育ててくれた母は

 

よくも、悪くもそういう人でした。





そして、その姿は今の私の本質的な


ところにもしっかりと影響している


ように感じます。

 

 

 

あなたのお母さんはどんな人ですか?

 



その記憶は、


今のあなたに何を残していますか?

 


クリスマスローズが大好きで


イングリッシュガーデンに憧れていた母。


そんな姿も、私の中に残っています。

 

 

今日も最後までお読みくださり、

 

ありがとうございましたにっこり