つまづきを幸せに変えるシンプルな意識の使い方 -17ページ目
昨日は仕事の後、職場の歓迎会でした。
朝は夫に職場まで車で送ってもらって
お酒が飲めるように(笑)
素敵な海鮮料理屋さんで
美味しい日本酒もたくさんあって
とっても楽しい時間が過ごせました。
私は子育てしはじめてからコロナ禍も
手伝って、「飲みに行く」っていうのが
できなくなっていました。
でも、ここ2年くらい
また時々行くようになるとそれがすごく
楽しいのです。
そして、意外だったのが私が飲みに行く
ことに夫がとても協力的だったこと。
出かける予定を伝えると快諾してくれて
その日の子供の夕食も何とかしてくれます。
何度か私が終バスを乗りすごして迎えに
きてもらうことが続いた後は
私が帰宅するまでお酒飲まないで待機
してくれています。
(口に出しては言わない夫ですが)
そして、帰ってきた後はどんなお店だったか
とか、写真見せながらこれが美味しかった!
とか、いう取り留めない話をするのも
また楽しくて、嬉しいのです。
子供たちも「ママだけいいな〜」とか
羨ましそうにしてる時はあるけど
「いいでしょ〜」って言って終わり笑
家族を置いて夜に出ていくなんて、
飲みに行くなんて無理だなぁ、って
当たり前のように思っていた少し前の私。
でも、やってみたら
びっくりするほど何も問題なく
できてしまいました。
「行けない」って思い込んでいたけど
それは私が自分に制限をかけていて
「行かない」という選択をしているだけ
だったんですよね。
自分に制限をかけている人は
つい、周りにも制限をかけたくなる。
逆に、自分が楽しむことを許可できる人は
周りの人が楽しむことも自然と許せるのです。
そんなお母さんでいられたら
きっと、家族みんなも心地いいですよね。
思い返すと、娘が小さい頃夫に言われて
いたことを思い出しました。
趣味の野球や飲み会に自由に行っていた
夫に対して不平不満をぶつけていた私に
「友達と飲みに行ってきたらいいのに」って。
あの頃の私は、そんなの無理に決まってる!
無責任なこと言わないでよ!って思って
いましたが、自分で自分を縛っていた
だけだったんですよね。
今の私にとって
「飲みに行くこと」は悪いことではなくて
「私と家族が心地よくすごすために
必要な時間」となっているし
罪悪感なく行って楽しめるし
二日酔い気味の翌日の私のことも許せて
しまうのです。
余談ですが、昨日は歓迎会まで少し時間が
あったので仲良しの同僚と先に軽く一杯
飲んじゃいました。
深い話もできて充実の時間。
自由って楽しい、最高です。
家族が自由に楽しむのを見て
もやもやしたり、イライラすることが
ある方はご自身に対して
自由であることを許可することに
抵抗があるのかもしれません。
相手をどうにかすることはできないの
ですが、自分の制限は自分で緩めてあげる
ことができます。
それが、自分のためだけでなく
家族のためにも大切なことなのです。
もし、難しく感じるのであれば
カウンセリングを利用されるのも
おすすめですよ。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
みなさんのおうちでは
子供とゲームの付き合い方って
どうされていますか?
「気づいたらゲームばっかりしてる」
「声かけにも止まらない」
そんなお悩みはありませんか?
家庭によってのルールも違うし
子供の性格やゲームへの興味の強さも
十人十色。
特に不登校の子や
ゲームにだけ興味を示す子を見ていると
「ゲーム依存症になってしまうかも」
「現実の世界に楽しみを見出せなく
なってしまいそう」
などといった不安になることも
あるのではないでしょうか。
私自身もそうでした。
わが家の息子は学校を休んでいて
体調が悪くても、気力がなくても
どんな時でもゲームだけはできるんです。
私は
「ゲームしかできない」とか
「ゲームはできるのに学校にはいけない」
って皮肉に感じて、ゲームを悪者にして
しまうこともありました。
でも、大切な子供を心配する気持ちは
愛情なのですよね。
でもね、実はこの愛情は
子供に伝わりにくいタイプの愛情です。
心配されたり、不安を向けられると
子供には「分かってもらえない」
「否定された」と受け取られてしまうのです。
不安は具体的にすると和らいでいくので
そのままにしておかないことが
大切です。
お母さんの不安が和らいだら、改めて
この子にとってゲームは
どんな存在なのかな
という視点で見てみてほしいのです。
ただただ楽しくて好奇心を満たすもの
疑似体験や創作体験から学びの機会を
与えてくれるもの
現実の辛さやしんどさを忘れさせて
くれる避難場所
オンラインで繋がる友達との
コミュニケーションの場
その子によっても、時期によっても
ゲームの存在って違うのだと思います。
でも、何かしらゲームから受け取っている
ものがあるのですよね。
その魅力を感じているから夢中になる。
息子にとってのゲームの存在を考えると
ありがたいな、ありがとうゲーム
と感じるようになりました。
その上で、子供の状況や年齢によっては
親が時間の制限が必要だと感じるのなら
子供と相談して決めてもいいと思います。
このご時世、ゲームの他にもスマホや
YouTubeなど付き合い方や距離感を
自分で掴む力が求められるツールは
たくさんあるので「制限」という方法の
限界は絶対にあります。
それでも
時には親の責任で子供の負担を
軽くしてあげる、そんな形の愛情も
あっていいのではないかと思います。
コントロールではなく、サポートの
形での関わりができるといいですね。
自分が大切にしているものを
分かってもらえず否定されるって
大人でも辛いこと。
共感できなくてもいいし
理解できなくてもいいのですが
「子どもにとってどういう存在なのか」
との視点で寄り添ってみることは
子供との関係を深めていく上で
とても大切な一歩になりますからね。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました
お子さんや身近な子供が
学校に行けなくなった時
どんなイメージを持ちますか?
一昔前のイメージだと
メンタルの弱い子、怠けてる子
甘えてる子、親の育て方が悪い‥‥
などなと、ネガティブなものが多く
「登校拒否」と問題視されがちでした。
でも、今は社会の理解も少しずつ進んできて
学校が合わない子、繊細で感受性が強い子
一時的にエネルギー切れを起こしている子
色んなパターンの子がいて、必ずしも
悪いものではないというイメージに
変わってきているのではないでしょうか。
とはいえ、自分の子供が
不登校や登校しぶりの状態になると
原因は何かな?
この子はメンタルが弱いのかな?
自己肯定感が低いのかな?
と、心配になりますよね。
私もそうで、学校を休み家にいる
息子のことを「弱い子」だと思って
いました。
でもね、息子のことをよくよく見てみると
全くの逆でとても強い子
だったんです。
息子は自分のことをよく見ていて
よく感じています。
だから、自分のことがよく分かるし
自分に無理をさせないんですよね。
私は体調が悪い以外で「学校を休む」って
いう選択肢を持っていたかったので
はじめはそんな息子のことを
「根性が足りないな」と思い込んでいました。
でも、改めて子供の頃の自分を見てみると
私には学校を休む勇気や強さがなかった。
そもそも、自分のこと
ちゃんと分かろうとしていなかったし
分かっていなかったな、と思うんです。
気持ちが辛いな
行けなくはないけど行きたくないな
という気持ちを感じても
「でも、行けるよね」って打ち消して
どんなに辛くても学校へ行く選択一択。
これって、根性はあるかもしれないけど
自分に優しい選択ではなかったな、と
今は思うのです。
それに、そんな気持ちを親に伝えたり
「学校を休む」という選択をする
勇気もなかったんですよね。
不登校になれるのはこの強さや勇気を
持っている子です。
今はエネルギー切れで
体調やメンタルに不調が出てしまって
いる子も、それだけ高性能な自分を守る
感覚が備わっているということ。
どちらにせよ
自分のことを大切にできる
ちゃんと守れるから、不登校になれた
不登校を選択できているということ
なのです。
不登校は「逃げ」ではなくて
「自分を守る力」でそれは立派な強さ
なのですよね。
この言葉に心がザワザワする方は
ずっとがんばってこられた方だと思います。
もちろんあなたも強い人です。
その強さをこれからは
自分を大切にすることや守ることに
使っても大丈夫ですからね。
ゆっくりと、自分に優しい生き方に
シフトチェンジしていきましょう。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました

