ありがとうございます。
やっぱり嬉しいですね(*^^*)
昨日の英会話教室 “ Enjoy English ” !
昨日の授業も一生懸命かつ楽しく英語の発音をしようとする子どもたちの熱心さがこちらにも伝わって来ました!本当に嬉しくなりますね(*^_^*)
英語に関する記事がありましたので、貼っておきます!
“受験英語”を“使える英語”に変える実践的会話術
東大を出ても話せない日本人の英語力
しかし悲観することはない
こんにちは、鈴木寛です。
新年度に入りました。新入生、新社会人ならずとも大半の読者の方が「心機一転」、いろいろと目標を立てられていることでしょう。毎年「定番」として上がるのが語学。「今年こそ英語を話せるようにしたい」「TOEICの点数をアップする」、そう意気込んでいる方も多いと思います。
以前聞いた話ですが、NHKの英会話講座のテキストはこの時期が年間で最も売れるそうです。週刊ダイヤモンドも4月4日号で英語の特集を組んでいましたが、しかしビジネス誌が年明けや年度代わりで「英語」特集を毎年のように組み、NHKのテキストも半年ほど経てば“脱落者”が増えていくような状況を見ていると、語学へのニーズが高い割に日本人のビジネスパーソンが英語に悪戦苦闘している現状を痛感させられます。「中学から10年英語を習ったはずなのに、さっぱり使えない」――そうした悩みがなかなか解消されません。
最近、TOEICが発表したデータによると、2014年度の日本国内での受験者数は3種類のテストの合計が262万人を超え、過去最高を更新しました。3つのテストの中でも、日本人が苦手なアウトプットの部分、スピーキングとライティングの能力を図る「S&Wテスト」の受験者数は前年度比6割超の増加率だったとのこと。
「使える英語」を志向する動きは高まっているようですが、一方で、13年のTOEICの平均点は512点。48ヵ国中40位にとどまりました。アジアではタイ(493点)、ベトナム(469点)は上回ったものの、中国(716点)、マレーシア(682点)、韓国(632点)には抜かれて久しい状況です。
もちろん、各企業の奨励で受験者数が増加し“大衆化”している日本と、少数精鋭の“エリート”受験者主体の国とでは事情が違いますので、一概に比較できない面もあります。また日本の産業従事者の約8割は海外市場と縁遠いローカルマーケットで働いていますから、英語ができないことに悲観的になり過ぎる必要もありません。ただ、我が国を代表する有名大学を出たのに、英語がほとんど話せない人が多いという状況だけは改善しないとなりません。
しかし、英語といっても所詮は言葉です。「できない」と嘆く人でも大学受験時代のセンター試験の点数を尋ねてみたら、180点以上(英語は200点満点)を取っていたりします。旧帝大の二次試験や有名私大の入試を突破していれば、語彙力は相当なもののはず。実際、日本の有力大学の入試に出される英文は、難易度の高い論文から出題されることも多く、世界的にも見ても決して劣っているとは思えません。
いわゆる“受験英語組”が抱える問題は、英語の4技能、すなわち「読む・聞く・話す・書く」のうち、「読む」ことにかなり偏重してしまっている点にあります。「話す・聞く」の訓練が不足しているために、培った知識を引き出し、組み立てるまでの時間がかかってしまうのです。
日本人の能力が低いから英語が使いこなせないのではなく、「話す」「聞く」は使う環境が無いことが大きいのです。それは、日本語よりも英語に言語構造が近いラテン系諸国でも同じこと。たとえばイタリアに旅行してみた方であれば、ホテルの従業員等、日常的に外国人と接触している現地人を除くと、英語を話せる人が存外少ないことに驚かれたことは多いのではないでしょうか。
典型的“受験英語組”だった筆者の
英会話力を引き上げたシェアハウス
さて、そんな私も典型的な“受験英語組”です。今でこそ各国の要人、たとえばOECDのシュライヒャー教育・スキル局長と直接、自分で英語を話して2030年代の教育の在り方を議論するようになっていますが、20代の後半まで英語で議論するというレベルではありませんでした。
私が大学を受験した当時の共通一次試験には、現在のセンター試験のようにヒアリングはありませんでした。東大法学部在学中は、政治学の英語の原書を読むことはありましたが、4技能のうち「読む」に偏重する状況は相変わらずでした。留学に行くこともありませんでしたし、外国からの留学生と交流する機会も年に数回程度でした。
その後、通産省に入ると、早朝から未明まで連日、霞が関の庁舎に入り浸りの生活です。在外勤務はいずれすることが分かっていましたが、その準備のための英語の勉強時間をまとまって取る余裕はありませんでした。
しかし1992年、28歳の時にジェトロに出向し、オーストラリアのシドニー大学の研究員として一年間、赴任することになりました。もともと海外に一度は住んでみたいと思っていましたので、張り切ってはいたのですが、赴任当初は学生寮のような施設に一人暮らしでした。「このままでは英語を使えるようにはならない。せっかくの1年間が無駄になってしまう」と思って、いくつかの手をうちました。
実践的に英会話ができるようになるには、日常的に現地のネイティブと接触していることが必要です。ある日、地元のタウン紙をめくっていると「同居人募集」の広告が出ています。オーストラリアに行ってから知ったのですが、現地では「シェアフラット」、つまり現在の日本で言う「シェアハウス」の習慣が存在していました。
当時の日本では、赤の他人同士が一つ屋根の下で共同生活するシェアハウスの概念は、ありませんでした。ましてや保守的な文化の官庁にあって在外勤務者でシェアハウスに住んでいた人はほとんどいなかったと思います。まさに「カルチャーショック」な体験でした。しかし、そこは私の性格。未知なるものへの興味が湧き、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションをすることが語学上達の近道と考えていたので、早速連絡を取りました。
現地には新しい“シェアメイト”を紹介するマッチングサービスがあり、そこの仲介でハウスに住んでいる同世代の男女の面談を受けます。しかし、二人はカップルではありません。男性はコンピュータープログラマー、女性は製薬会社勤務。他にも候補者がいたようですが、ウマが合ったのか私が合格して入居することになりました。
シドニーに勤務する日本人は北側の住宅街に多いのですが、私の入居先はバルメインという南側のシドニー湾に面した地域にあり、日本人居住者は少ないものの、高台を降りていくとすぐ湾という素晴らしい環境にありました。車庫が2台、ベッドルームが3つあり、リビングには6人掛けの大きなテーブルがある、ゆったりとした構えです。
ネイティブの文法だってブロークン
形に囚われなくていい
ネイティブと同居することで、炊事、食事、掃除など四六時中、日常のあらゆるシーンでコミュニケーションを取る必要に迫られます。身の上話から互いの文化紹介まであらゆることを話し込むわけですが、実践的に話す機会が増えただけでなく、同居人が2人でない3人だったことも有意義でした。というのも、仮に私とネイティブがもう一人だけなら、おそらく相手は私の英語力に合わせて、話すスピードや表現等を“手加減”したことでしょう。しかし、ネイティブが2人いるので、私の前では彼らは自分たちのペースでそのまま話しています。そのやりとりを見聞きして、私の聞く力、話す力を一層引き上げてくれます。
シェアハウスで過ごしているうちに、あることに気づくようになります。
私たちの日本語での会話に置き換えても当たり前のことですが、英語のネイティブも日常の会話では文法的には「ブロークン」な形で話しています。英語は日本語と違い、主語を多用しますが、2人と話していると頻繁に省略しています。たとえば「あなたは日本人ですか?」を英訳すると、教科書どおりなら主語と動詞の順番を入れ替えて「Are you Japanese?」と話すところですが、実際の会話では「You are Japanese?」と語尾を上げるだけでいい、という具合です。
私たち日本人はどうしても完璧な英語を話そうと力んでしまいますが、ネイティブでも形に囚われていないことが分かると肩の力が抜けます。
実際の会話で気づいた「間」の使い方
相槌ひとつ打つだけでも違う
もう一つ、私が日々の英会話で会得したことがあります。それは「間」の使い方です。
日本で生まれ育ち、学生時代まで在外経験も無い“受験英語組”は、「聞く」力はなんとか身につけても、日本語で思い浮かべたことを英語に置換して「話す」までのスピードを上げるのは労力が要ります。
英会話が苦手な多くの日本人は、会話での「間」が続かないことに焦ってしまって、かえって頭が混乱してしまいがちですが、会話の流れを途切れさせなければ何でもいいのです。相槌をひとつ打つだけでも違います。
少々、「姑息」なテクニックかもしれませんが、「Could you tell me the detail of your opinion?(あなたのご意見をもっと詳しくお聞かせくださいませんか?)」とつないでみる。こうすると、相手の意見の大意は理解していることを伝えた上で、向こうから詳しく内容を教えてくれますし、時間を稼げます(笑)。その間に自分の答えを英訳しきってしまうのです。間の使い方は英会話の初心者には結構おすすめです。
なお、シェアハウスは代替わりしていきます。プログラマーの男性がやがてロンドンに旅立つことになり、次の入居者を製薬会社の彼女と私が面談して決める側に回りました。それまでに日々の実践的会話で、英語を話すことへのバリアはかなり無くなっていました。
シドニーでの1年間で培った英会話の基礎力は、その後の私の活躍の場を広げることになりました。
時は、インターネット黎明期の90年代半ば。通産省に戻ってから局長のシリコンバレー視察に同行し、私が通訳を務めて、現地のIT企業の幹部と懇談しました。今だからこそ話せますが、局長が話している内容に私の知識を掛け合わせてかなり行間を補完し意訳して伝えることで、「日本の通産省幹部はITへの造詣が深い」と良い印象を持ってもらうこともありました。
そして政治家になってからは、英語で直接海外の要人とコミュニケーションできたことは、私自身の利益というよりも、国にもたらすメリットが大きかったと思います。
FIFAでのプレゼン、五輪招致──
直接、話ができることの意味は大きい
特に2009年に私が文部科学副大臣に就任してからは、重要な国際会議に出る機会が増えました。私の英語生活のハイライトは2010年12月、スイス・チューリッヒで開催された国際サッカー連盟(FIFA)理事会。当時、日本は国を挙げて、2022年のワールドカップの招致を目指し、その最終プレゼンが理事会で行われました。私は政府を代表して登壇しました。他国の登壇者は、イギリスがウイリアム王子とキャメロン首相、アメリカはクリントン元大統領。国家元首クラスがプレゼンテーションを行った後でしたので、大変緊張しました。
プレゼンの最初は、サッカー少年だった私の部屋に今では理事となっているベッケンバウアーとプラティニのポスターを貼っていたことを述べ、「私はFIFAのみなさんに、日本国政府が、あなたがたFIFAに対して行った約束が、政治的、経済的、技術的、全ての意味で十分に行われる、ということを全面的に保証します」と宣言し、政府が大会運営を保証する公約を掲げました。
残念ながら、結果はカタールに決まり、日本招致はなりませんでしたが、世界のサッカー関係者に、日本が国を挙げてワールドカップ招致を本気でしていることを印象付けたことが、その後につながりました。その3ヵ月後に東日本大震災が起こり、さらに、その4ヵ月後になでしこJAPANが女子ワールドカップで優勝します。決勝戦も政府代表としてフランクフルトに赴き、メルケル首相と一緒に観戦させていただき、FIFA理事の皆さんと親交を深めました。そのことが2012年、20歳以下の女子ワールドカップの開催地がウズベキスタンから日本に急遽変更されることにつながりました。
また、これは議員生活を離れてからのことですが、2013年9月のブエノスアイレスでのIOC理事会でも英語が役に立ちました。この理事会は、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致活動の最終局面で、開催地発表前は熾烈なロビー活動の追い込みでした。私は他の招致委員のメンバーと一緒に、ホテルのロビーでIOC委員に交渉していました。随行した政治家の全員が英語を話せる人ばかりではなかったので、委員をつかまえたグループから、「すずかん、こっちに来てくれ」と“通訳”に指名されたこともありました。
私の拙い英語力が、大会招致に与えた影響は大したことはないでしょうが、少なくとも直接、話ができることで意思疎通がスムーズになったのは間違いないと思います。
若い人の語学環境は恵まれている
オンライン英会話、シェアハウスなど何でもある
実践的な英語を身につけたければ、とにかく使う場面を自分でつくり出すことです。その意味では、私の若い頃に比べて、今の20代、30代は極めて恵まれた環境にあると思います。
私が社会に出たのは1986年。私と同じ頃までに大学を出た世代に比べ、少し後のバブル世代のほうが英語力が高いように思います。というのも、私たちの学生時代は、85年のプラザ合意で為替が円高基調になる前でしたから、1ドルが200円台。大学生が海外旅行に行くのは1回がやっとという状況でした。しかし、2年後には1ドル150円を割り込む円高となり、バブル景気の煽りもあって大学生が何度も海外旅行に行くのが当たり前の時代がやってきました。
90年代以降、実践的な英語教育を行う慶応SFCが誕生する等、日本にいながらにして疑似留学的に受講できる大学・学部の開設が増えてきました。最近では、秋田県内に開設された国際教養大学が注目されています。高校でも昨夏、長野県内に開校したインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)のような新しい国際教育の試みが始まっています。
学びは学校だけでするものではありません。LCC(格安航空会社)の就航でお金のない学生でも安く海外に行きやすくなりました。語学留学もアメリカやイギリスに渡らずとも、今はフィリピンで1ヵ月、宿泊・食事付きで10万円ほどの格安コースがあります。
さらにインターネットが発達した今は、ネイティブとオンラインで会話するサービスも増えていて、大手の英会話教室よりも割安でマンツーマンの会話ができるようになりました。1ドル200円、インターネットが無かった時代に青春期を過ごした私から見れば、非常に羨ましい充実ぶりです。
そして、私がかつてシドニーで体験したように、今では日本でも流行り始めたシェアハウスを活用するのも有効な方法です。オーストラリアに遅れること20年余り。日本でも都市部を中心に普及してきました。オリンピック・パラリンピック開催決定で日本に興味を持ち、来日する英語圏の外国人は増えるのは間違いありません。
もし、あなたが独身であれば、そうした方々や留学生をシェアメイトにして、1、2年だけでも一緒に過ごしてみると、日本にいながらにして“受験英語”で培った理論を実践の場で開花できるはずです。
一昔前、語学スクールの宣伝文句に「駅前留学」というのがありましたが、オンライン英会話やシェアハウスを活用すれば、駅まで行かなくても「家庭内留学」が可能な時代です。要はヤル気と工夫次第。「習うより慣れろ」の精神でチャレンジしてみてください。
(ダイヤモンド・オンラインより)
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今日も一緒に前を向いて頑張りましょう!