カリフォルニアにいる知人から電話あり。


同じくレイオフされた同僚経由で既に話が伝わっていた。


幸か不幸か、この同僚はかなりのおしゃべりである。


昨日のことなのに、早いな。



彼とは5年ほど一緒に仕事をした仲で、


何度か転職した際に推薦人になったことがあった。


今、そのお返しがしたいと、電話をくれた。


思いがけない気遣い。その気持ちだけでもありがたい。


以前自分が使ったベイエリアのヘッドハンターを紹介してくれると言ってくれた。



夜、家族で出かける用事があり、


帰宅すると、別の日系人材派遣会社のA立さんという方から連絡があった。


この人も Monster.com でレジュメを見たらしい。


こちらも負けずと早い。


さっそく明日電話してみよう。

朝がやってきた。


現実に連れ戻された感じ。


そんなことを考えても仕方が無い。


子供たちは学校があり、妻には会社があり、普段通りの生活がある。


だからいつものように、寝ぼけた子供たちを起こして、一日が始まった。



一段落して、メールをチェックする。


昨日登録した転職情報サイトから、


地元のA社が 「Supply Chain Manager」 を募集しているという情報が送られてきた。



A社は10年ほど前、仕事で取引したことがあったが、知り合いはいない。


しかし誰かと何となくこのA社について最近話した記憶があり、


勘違い覚悟で、先述したDC在住の弁護士にメールを送って聞いてみる。


しばらくすると、


「今日3時過ぎに携帯に連絡くれないか。ツテになる人物と引き合わせたい。」


と、連絡を受け、3:15に連絡する旨、返送する。


この弁護士さん、いい人というだけでなく、本当に仕事が早い人だなと思う。



しばらくして、日系の人材派遣会社のA地さんという方から電話をもらう。


Monster.com で公開しているレジュメを見てさっそく連絡をくれたそうだ。


こういう人たちは、本当に早い。


いくつか質問に受け答えし、こちらの希望を簡単に伝える。


日系、非日系のこだわりはない。


大事なのは仕事内容だと思う。それは今回のリストラで痛感した。



結局自分の COMFORT ZONE から離れると、


判断力も保守的になり、仕事をそつなくこなすことを第一に考えてしまう。



内野手が外野を守っている感じである。


仕事はできるが、思い切ったプレーに躊躇してしまう。


だから今度は仕事内容については


状況が許す限り、できるだけこだわりたいと思っている。



ニューヨーク在住の知人弁護士にメールを送る。


こちらはアテは薄いかも知れないが、とにかく送ってみる。



3時過ぎにDC弁護士の方へ電話する。


紹介を受けた方は、ワシントン大学の工学博士の方。


簡単に経歴を説明し、A社の公募の件について話し、


博士の方でA社の内情について調査し、また連絡を頂くことになる。


偶然にも来週両氏がこちらを訪問する機会があるということで、


2/14 (木) に朝食ミーティングを行う約束を取り交わして解散する。


ものすごい偶然であり、DC弁護士の方に大感謝である。



とにかく動いてみること、動かないことには何も始まらない。

長かった一日が終わろうとしている。


今日はもともとサッカー観戦の予定だった。


去年サッカーを始めた次男に、本物のサッカーを見せたいと


随分前に手配したアメリカ代表対メキシコ代表の親善試合。


うちから車で片道3~4時間の遠出。



職探しを強いられた今、そんなことをしている余裕はあるのか?



という考えが一瞬アタマを過ぎったが、


次男がとても楽しみにしていた試合、やっぱり長男と3人で行くことにした。


学校へ迎えに行った時の子供たちの笑顔に救われる。


この子たちのために頑張ろうと思う。



逆境は親力の正念場である。



家に着いたときはもう深夜1時を過ぎていたが、


とても楽しかった。子供たちも楽しんでくれた。


精神面において、


きっとレイオフされたその夜が一番しんどいのではないかと思う。


ひと時にせよ、このタイミングで


現実から離れることができたのは正解だったと思う。


帰りの車、後ろでぐっすり寝ている子供たちを見ながら


家族の幸せを第一に考え、決意を新たにする。

解雇通告を受けたその日の午後から、私の就職活動はスタートした。



先ずはレジュメ (履歴書)のアップデート。


私の場合、好不況に関わらず、半年単位でレジュメを更新しているので


この作業はものの数分で終わった。


実際、3ヶ月ほど前にも、


とあるヘッドハンターにレジュメを送ったばかりであった。



次に思いついた人たちに先ず連絡を入れる。


正直にリストラされてしまったこと、


調達・サプライチェーン系の職種を探していることを伝え、


アップデートしたレジュメを添付し、


何かツテがあれば連絡をもらえるようお願いする。


困ったときはネットワークである。


ワシントンDCにいる、某有名法律事務所の弁護士、


シリコンバレーにいる、某通信系企業のCTO、


現会社でお世話になった部長クラスの方々2名(日本)へ取り急ぎメールを入れる。



次にいくつかある有名転職サイト上で、レジュメを公開する。


とりあえず Monster.com、CareerBuilders.com で公開。


両社ともすでに自分のアカウントを登録済みなので、


登録レジュメを更新し、「公開」 に設定を変更する。


ちなみに最初に転職したときは、Monster.com 経由でコンタクトが来た。


転職サイトをアテにするわけではないが、過去の成功体験もあり外せない。




年収$100,000以上の職種に特化した 「TheLadders.com 」 というサイトがある。


その中で、オペレーション系に絞った 「OpsLadder 」 というサービスがあり、


とりあえず1ヶ月間、購読してみることにした。


この$30は来年の確定申告で Job Searching Expense として申請予定



転職サイトを閲覧し、とりあえず地元の公募で5社にレジュメを送付する。


転職サイト上のプロセスなので、期待は薄いが、動かなければ始まらない。



そうしているうちに、先述した知人たちより返信が届く。


心配と励ましと合わせて、もちろん協力する、と言葉を頂く。



メールに回答しながら、ありがたいなと素直に思う。

アメリカでは解雇手当ての事を 「Severance Package」 と呼んでいる。


日本のような退職金という慣習はない。


もちろん金銭面の手当てが柱になるのだが、


それ以外の要素もあり、


先述したキャリアカウンセラーのサービスもその一環である。


パッケージは会社によってさまざまであり、


不当解雇訴訟を恐れる会社側としても、


たとえ体裁的であっても、それなりの誠意を見せる必要がある。



私の場合、金銭面の補償は三部構成になっている。


① Notice Pay: 2/6付けから、4週間分の給与を無条件支給。


② Continuation Pay: さらに6週間分の給与、但し不当解雇訴訟権利放棄等の合意が条件。


③ 未消化の有給: 最後の給料と一緒に支給。



私の場合、幸い有給休暇が4週間分残っていたので、


合計14週間分の給料が支払われることになる。


2/6から三ヵ月半。


もちろん悠長にしてはいられないが、


今すぐ、大袈裟な行動にでる必要はない。


それを自覚できることで、多少気持ちにゆとりが生まれる。


常に冷静でいられることが肝要である。

解雇通告を受けて、そのまま家路を辿る。


まだ昼過ぎの燦々とした日差しが、


沈んだ気持ちを何とか瀬戸際で抑えてくれている。


途中、先ずは妻に携帯で連絡を入れる。



妻も同じ会社で働いている。


結果的に彼女は残り、私は去った。


彼女の周りでも被害に遭った人も多く、


そういう状況を理解している分、私は救われた。



「仕事探すことになったよ。」



その一言で全てを分かってもらえた。




家に着き、最初にした事は、美容院の予約であった。



理由は二つ、


① これからの面接に備えるため


② 気分転換のため



①は大事だが、タイミング的に今は②の方が大きい。



明日、午前中にさっそく切ってもらえることになった。


バッサリ短くしよう。 


自分の中で、既に何かが変わり始めていることに気づく。


今はとにかく動くこと、切り替えること。


人と話すこと、焦らないこと。

一大事件が起きる日の朝は、


だいたい昔から何事もない普通の朝だと決まっている。


いつものようにコーヒーを買い、


いつものようにパソコンでメールをチェックする。


2月6日、水曜日もそんな朝だった。



そんな中、11:45 スタートで上司から会議案内が届く。


場所は人事VPのオフィス。


ちょうどそんなタイミングでいまさっき首を切られた人たちの噂が社内を巡る。


昔からこの会社はリストラを突然断行する。


社内の混乱を避けるために、極秘に進められ、呼び出されて通告を受けると


もう自分のデスクへは戻れない仕組みになっている。


かばんなどの私物は最後に上司が取ってきて、最後に手渡される。



私の場合もそうだった。



人事VPのオフィスに入ったとたんの重々しい空気で、全てを悟る。


その瞬間、もうこれからのことを考え始めていたので、


話はほとんど聞いていなかったが、


手にスクリプトを持つ上司の姿が、何か宣告感あるなーという気にさせる。



この会社は前に一度辞めている。


その時は自分から転職するために辞職した。


2年半前に復帰した際は、


新プロジェクトのスタートが理由だったが、


結局途中で大きな組織改編があり、方向性が真逆になってしまい、


その状態で業績に陰りが見え始め、ポジションが不要になったという話。


「I WAS IN THE WRONG PLACE AT THE WRONG TIME」



10分くらい説明を受け、分厚い資料をもらい、


人事VPと別れて別室のキャリアカウンセラーなる人と合った。


このカウンセラー、おばあちゃんである。


酸いも甘いも知った年齢だろうが、


将来とかあまり心配しなくてよさそうな雰囲気を出してる感じが


何とも逆効果だなーと思った。



このサービス、レジュメの書き方や職探しのアドバイスなどをしてくれるらしい。


必ずリストラについてくるあのサービスである。


リストラは初めてだが、転職経験はあるので、


もう初歩的なアドバイスはいらないだろう。


と言いながら、2/12&13 の二日間このセミナーに参加することにした。


先生はこのおばあちゃんなのだろうか・・・?



かばんをもらったら、そのまま帰るべきなのだが、


去る前に日本人駐在員のトップの方に挨拶だけ済ませてきた。


こういうトコ、日本人だなーと我ながら思う。


そしてわりと冷静でいられる自分に気づく。


この方が知っていたか、知らなかったかは分からなかったが、


お世話になりました、と挨拶すると、


うんうん、となみだ目になって、終始言葉に詰まっていた。


その人の人の良さが伺えた瞬間だった。



車に乗り込み、会社を後にする。


運転しながら、目まぐるしく過ぎた、


この30分程度の出来事を反芻していた。



もちろん残念ではあるが、無念ではない。


「ほぉ~、こういう球もあるんだな」


と人生の変化球を投げられ、


どう対処していこうか、という気分である。



ここ数年、子供たちが育っていく中で、


家族の犠牲を払った上で、キャリア向上を目指す意識はなくなった。


子供たちに与えるものを与えるためのキャリアだと思っている。



そこに自分自身の軸を置いて、この失業日記は始まる。


そこに自分自身の軸を置けば、絶対大丈夫だと思っている。