本日8/10付の朝日新聞で『最後の授業』が紹介されました。
こんにちは、松井です。
この週末からお盆休みの方も多いのではないでしょうか。
今年の夏はどのようにお過ごしでしょうか?
さて本日8/10付の朝日新聞の読書欄「売れてる本」というコーナーで『最後の授業』を取り上げていただきました。
常盤が取材を受け、ランディ・パウシュとの出会い(常盤の、初めてのランディ・パウシュとの出会いもやはりyoutubeの映像でした)から本になるまで、そして発売から現在に至るさまざまな想いについてお話させていただきました。
youtubeに映像を公開してから約3ヶ月。公開当初は毎日のようにyoutubeのアクセス数を見ては、「ああ、誰かがランディ・パウシュの最後の授業を観てくれたんだ!」と嬉しく思ったものでした。
そしてこのような取材を受けるまでになり、これまでにお力添えを下さった多くの方々にあらためて感謝の気持ちでいっぱいです。
皆様、ありがとうございました。
原書の造本を味わう
こんにちは。常盤です。
みなさんは、『最後の授業』の原書The Last Lecture をご覧になったことはありますか? 日本語版とは全然ちがう装丁・造本なんですよ。
原書は、古いアルバムをモチーフにしています。パウシュ先生が子供たちのためにメッセージと思い出を詰め込んだアルバム、というイメージなのですね。
カバー表4には、先生と子供たちの写真。この写真は、日本語版ではp.247に使いました。
この原書、よくよく見てみると、ちょっとおもしろい体裁になっていることに気づきます。
その名も「小口アンカット」。ページの端が不ぞろいなのです。
日本の書籍でも、ページの端っこがわざと不ぞろいになっているものがありますよね。有名な例としては、新潮文庫さん。新潮クレスト・ブックスのシリーズもそうです。
ただし、日本の書籍でアンカットというと、だいたいはページの上側(天)が不ぞろいになっているもの。これは、製本の際に機械にセットする方向と関連しています。
ではThe Last Lectureがなぜ小口をアンカットにしたのか? 事情はよくわかりませんが、これはかなりめずらしい仕上げ方です。それとも、アメリカの製本機械だと小口アンカットもそれほどコストをかけずにできるのかな?? うーん、謎。
事情をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ私に教えてください(笑)。
アメリカの大学では恒例の「最後の授業」
こんにちは、松井です。
今日は「最後の授業」についてちょっと書いてみます。
アメリカの大学では40年ほど前から「最後の授業」が行なわれるようになったそうです。
これは今回のランディ・パウシュのような意味での「最後の授業」ではなく、人気教授が学期末などに「今日が人生最後の日だとしたらなにを伝えるか」という視点で講義を行なうという伝統で、それまでの授業内容とは異なり、自分の体験に基づいた教訓などを語るというもの。
自分の人生を振り返るうえで大きな影響を及ぼした出来事や、失敗や挫折から得たもの、そういった学問では学ぶことの出来ない、大切な教えを生徒に語りかける。すばらしい慣習ですよね。
「ハーバードからの贈り物」という本があります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/427000035X/randomhouseko-22
この本は、ハーバード・ビジネススクールの名物教授の「最終講義」を15編収録しています。
ハーバード・ビジネススクールの教授だけにその顔ぶれは、企業のトップ経験者など実に個性豊か。
日本でもこうした講義があれば、ぜひ受けてみたいものですよね。
献辞の美しさについて
こんにちは。常盤です。
今日は、ちょっとマニアックですが「献辞」についてお話ししようと思います。
みなさんは献辞(けんじ)ってご存知ですか? ときどき、本を開くと最初のほうのページに「愛するエリザベスに」とか「亡き父に本書を捧ぐ」なんていう一言が添えられていますよね。あれが献辞です。
日本人著者による書き下ろしではあまり頻繁にはお目にかかりませんが(あとがきの最後に添えられていたりしますね)、翻訳モノではよく献辞のついた本を見かけます。
『最後の授業 』は、3ページめに献辞を載せています。
私は、この献辞っていうのが好きなんです。基本的には読者のほうを向いて話をしている著者が、ふと独り言を漏らしているページ。その本を書いているときに誰のことをいちばんよく考えていたかがわかるページ。それが献辞だと思うからです。
そんなわけで、私は編集する原稿に献辞がついていると、「どこにどんなふうに置こうかな」とあれこれ考えます。
本の場合、奇数ページと偶数ページどちらのほうが偉いかといったら、一般的には奇数ページのほうが格が上になります。章が改まるとき、偶数ページを飛ばして奇数ページから始めたりするのもこのためです(紙幅の都合により例外は多々ありますが)。
今回、パウシュ先生の献辞を3ページめに置いたのは、これだけのために奇数ページを1枚分割いても全然惜しくないくらい、すばらしいメッセージだと思ったからです。
夢を見させてくれた両親に感謝をこめて
そして、僕の子供たちが見る夢に期待をこめて
どうでしょう、パウシュ先生がこの本を真っ先に届けたかった相手が誰なのか、その人に何を伝えたかったのかがよく伝わってきますよね。これほど心を打たれる献辞はそうそうお目にかかれません(主観たっぷり)。
みなさんも、今度なにかの本をお読みになるときに献辞を探してみてください。サラッと読み飛ばしてしまいがちな地味なパーツですが、献辞ってじっくり読むととても味わい深いものが多いですよ。








