ニュース記事(毎日新聞)
またしても、穏やかではないタイトルの記事が目に飛び込んできました。記事内容は以下の通りです。
山形大職員組合は2日、山形大有機エレクトロニクス研究センター(米沢市)で、複数の教授らが4人の男性教授らに対して、着任前に約束した内容とは異なる業務をさせるなどのパワーハラスメントを行っていたと発表した。
組合によると、パワハラを行っていたのは同センターに所属する教授ら4人。被害に遭った男性教授の1人は、当初、豊富な研究費があることや、ベンチャー企業設立に関わる補助などの業務があると誘われ、昨年11月に採用された。だが、実際にはベンチャー企業設立の責任を負わされ、業務が遅れると、「こんなに遅れていたら来期は雇用できない」などと告げられたという。
他にも、国や企業から研究費として獲得した財源を研究とは関係の無い設備の購入に流用したり、実際の研究者が正当な評価をされず、一部の教授らが成果を上げたように報告したりするなどの行為もあったという。
また、今年6月の同センターでの火災のあと、パワハラを受けていた別の男性研究員が、その数日後に亡くなっていたことも明らかになった。男性は機能不全の機械の運用などを任されていた。
組合によると、大学側からの事情聴取の申し出に対し、組合は被害者4人が一緒に聴取を受けることを条件にしていたが、大学側はこれを拒否したという。ただ、同大のハラスメントに関する規定では、複数人で聴取を受けることは禁止していないとしている。組合の仁科辰夫教授は県庁で開いた記者会見で「大学側には被害者の権利を不当に侵害しない形式での手続きを求める」と訴えた。
パワハラの法律が施行された
2020年6月1日からパワハラに関する法律が施行されているところですが、パワハラを行う企業の景色は、法律云々ではないようです。いつになっても起きています。我々社会保険労務士もパワハラの相談を受けない時がない状況です。
まず、6月1日から適用になっている法律は以下の通りです。法律ですので、少々、小難しい文言が並んでいますが、一応、このようになっていると知っていただければと思います。
この法律により、パワハラ対応の整備や必要な措置を講じることが義務となっています。
ただし、2020年6月1日から義務になったのは大企業です。中小企業の義務化は、2022年4月1日からで、それまでは努力義務です。
努力義務というと安易に考えがちですが、努力義務でも「義務」なわけです。努力しなければいけないわけで、何もしなくていいというわけではないのです。
【労働施策総合推進法第30条の2(抜粋)】
第30条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう」
どうやら、ここまでの部分をとらえて、パワハラの定義との案内も散見されますところですが。パワハラは、定義ありきで考えても、簡単に白黒つくものではありません。実務では、やたらと定義に該当しないするでもめるケースも多くあります。
一応の基本的な概念としては、「優越的関係による言動で」「業務上の必要な相当の範囲を超えて」「職場環境が害される」行為ということではあります。
ただ、どちらかというと、これはパワハラの定義というよりは、「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」という、そういう行為がないように措置義務を講じなさいというつながりであると解釈できます。
その意味では、パワハラの問題は、定義ありきで考えることはお勧めできません。
パワハラは、職場環境を害される行為を受けたと被害者が主張すればパワハラになるわけではなく、また、加害行為者やその者が属する企業がパワハラではないと主張すればパワハラにならないというものでもありません。
国が典型的なパワハラの6類型(身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害)を示していますが、この6類型もこれに当てはまる、当てはまらないありきで決定できるわけでもありません。典型的な事案の場合の目安にはなり得るかと思います。6類型については、別な機会に詳細に触れたいと思います。
定義や6類型については、今後もパワハラのお話の際には、ブログで登場するかと思います。ちなみに、この6類型にあたらないからパワハラにならないわけではないことは、意外に重要事項です。
その意味で、6類型にあたる当たらないありきで考えることもお勧めできません。
本事案を見てみる
以下は、あくまでも記事から見える範囲においてということになります。
さて、今回の山形大学の事案をあらためて見てみましょう。記事の終盤で出てきますが、被害者とされる教授は4人です。
勤務についてみたら、約束した内容と違う業務だったという点は、まず、第一の問題点になります。これはよくないです。勤務日が訪れる前の約束、つまり、正式に雇用契約が始まる前にした約束であっても、これこれこういう仕事をしてもらうと約束をしたものです。
働く側とすれば、そういう仕事をすることになるんだと、全面的に受け止めるのは当然です。もちろん、期待もするでしょう。そういう意味では、契約締結前の信頼利益が害された行為ともいえるわけです。ここは大学側に過失ありと言えるでしょう。
そのうえ、約束と異なる業務が、約束した当初予定されていた業務よりも過大な業務または過小な業務ということにでもなれば、割りと明確な形でパワハラの典型的な類型にあてはあまることにもなるわけです。
被害者と言い得る教授がどのような業務を遂行する予定であったかを見てみますと、「豊富な研究費があることや、ベンチャー企業設立に関わる補助などの業務があると誘われ」とありますから、研究者として、潤沢な資金の基での、ベンチャー企業設立に関係する業務であったと考えられます。
しかし、「実際にはベンチャー企業設立の責任を負わされ、業務が遅れると、「こんなに遅れていたら来期は雇用できない」などと告げられた」ということです。
これは、過大な業務もしくは過小な業務の問題ではなく、ベンチャー設立責任を押し付けられた、業務の遅れも教授の責任にされた、来期は雇用できないと言われたという、教授への責任転嫁をするというパワハラ行為です。
何か企業が被りたくない部分をすべて新しく雇用した教授に押し付けたと受け止められても致し方ないかもしれません。
「国や企業から研究費として獲得した財源を研究とは関係の無い設備の購入に流用したり、実際の研究者が正当な評価をされず、一部の教授らが成果を上げたように報告したりするなどの行為」の点です。
財源を研究とは無関係な設備購入に流用していた、遂行した研究者は評価されず、別の教授らが成果を上げたように報告していた点ですが、前半の財源の流用は、被害者と言い得る教授が何か被害を被っていたかが厳密には不明ですが、ニュースの活字通りに読むと、被害者と言い得る教授へのパワハラとは言えないかと思われます。
後半の他の教授の成果にされたことが被害者と言い得る教授の業務遂行の成果についてそうなのであれば、これはパワハラになると考えられます。成果の横取りは、普通の民間企業でも時折みられるケースです。
大学側の対応
大学側の対応の点をみてみましょう。被害者4人の事情聴取ですが、組合の4人一緒の聴取申出を大学は拒否しています。
大学のハラスメント規定では、複数名で聴取することは禁止していないということなので、大学側は、4人での事情聴取を受け入れるか、もしくは、規定にない聴取の仕方を希望するのであれば、組合と話し合って決定すべきです。
この大学のハラスメント規定の現物をみないと何とも言えませんが、ハラスメント規定に聴取の方法にあたる内容を規定した条項があったとしても、小職の経験では、普通に考えると、1人ずつ聴取か、複数名でも行うのか、あるいは、複数名は行わないのかなど、聴取対象者の人数規模まで規定しているケースはほとんどないのではないかと思われます。
仮に、そうだとすれば、会社は早く聴取に応じるようにしなければいけないということになります。
こうした一連の態度は、事後対応の部分になるわけですが、まさに、最初に示しました労働施策総合推進法第30条の2の措置義務違反につながることになります。
今回の事案に関しましては、総合的に見ますと、企業側にマイナスになる点が多く見受けられると言えます。パワハラに関しては、なおのこと、事前措置が非常に重要であることが突き付けられた事案と言えます。また、いくら事前措置ができていても、事が生じた後の事後対応の仕方が非常に問題になることをも示唆している事案ではないかと思います。
企業は、しっかり対策・対応をしたいものです。
参考になりましたら幸いです。
(社会保険労務士 亀岡 亜己雄)