今回のテーマはテレワークに関する労災適用の問題です。テレワーク、主に在宅勤務が主流かと思いますが、テレワークが原因と思われる腰痛が業務災害として扱われるかという、問題です。
この問題を聞かれると、労災認定されるのかと迫られることが多くなります。しまし、いかなる専門家でも二つ返事で「イエス」「ノー」などと答えられるものではありません。もちろん、労働基準監督署も同様です。
「何だ、じゃ、誰もわからないのか」と言いたくなるかもしれません。そもそも、調査・審査の結果で判断することですので、だれも結論づけはできないのです。とはいっても、これで終えてしまうと、白けてしまいますので、このブログでは考え方を示したいと思います。
【作業環境のガイドラインがある】
テレワークにおける腰痛ということに限定しますと、関係してくるガイドランがあります。「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(令和元年7月12日付け基発0712第3号)です。
●情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/000539604.pdf
●同 パンフレット
https://www.mhlw.go.jp/content/000580827.pdf
このガイドラインでは、作業環境として、照明、情報機器の選択(ディスクトップかノート型か、そのほかか)、ディスプレイ、入力機器、ソフトウェア、机や作業台などについて、作業環境を適切にするように示されています。
そして、椅子についても示されています。次のようになっています。
㋑安定しており、かつ、容易に移動できること。
㋺床からの座面の高さは、作業者の体形に合わせて、適切な状態に調整できること。
㋩複数の作業者が交替で同一の椅子を使用する場合には、高さの調整が容易であり、調整中に座面が落下しない構造であること。
㋥適当な背もたれを有していること。また、背もたれは、傾きを調整できることが望ましい。
㋭必要に応じて適当な長さの肘掛けを有していること。
なぜこのようなガイドラインを知る必要があるかと言いますと、ガイドラインが示されている以上、労働基準監督署の労災課もガイドラインに沿って検討せざるを得ないことから、必ず、作業環境の安全ラインをどの程度確保していたかは見られるからです。
●作業環境イメージ
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000546922.pdf
【テレワークを行う労働者への配慮事項も示されている】
「会社が提供している作業場以外でテレワークを行う場合に、事業所衛生基準規則、労働安全衛生規則及び情報機器ガイドラインの衛生基準と同等の作業環境となるよう、テレワークを行う労働者に助言等を行うことが望ましい」というものです。
これは、「情報技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(平成30年2月22日付け㋖基発0222第1号、雇均発0222第1号「情報技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの策定について」を参照して必要な健康確保措置を講じることというものです。
●情報技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/content/000545678.pdf
●同 パンフレット(簡易版)
https://www.mhlw.go.jp/content/000545706.pdf
正式に示すと何やら細かくて厳格なようですが、本来は、テレワークをスタートする前に検討してガイドラインに沿った環境で就労させるようにしておくことが適切とされています。
ガイドラインであっても、労災保険の適用審査の段階では、問われますので必要となります。
【腰痛の労災認定の実務】
一般に、労災、つまり 業務災害と認められるためには、㋐業務遂行性と㋑業務起因性が必要になります。この2点はけっこう有名ですから、耳にしたことがある方も多いかと思います。
㋐は、業務中に生じたかというものです。仕事中に、捻った、躓いた、落ちたなど災害性が明確な場合は、それによってケガした場合は、労災の㋐の要件はクリアと言えます。しかし、明確でないもの、たとえば、精神疾患、脳・心臓疾患、そして、今回の腰痛などでは、災害性との結びつきが明確でない部分が多くあるため、業務遂行性でさえ、グレーになります。
腰が痛いのは、仕事をしている時間帯だけではなし、休んでいても痛みがあるのであれば、果たして、症状の原因は仕事だと言い切れるのかということです。
たとえば、もともと、潰瘍性大腸炎などの持病があって、症状がひどく就労できなくなったという場合は、症状が業務中に頻繁に起きているからといって、どう考えても業務災害にはあたりません。
㋑は、さらに難易度を高くします。症状の原因は、仕事であるかということです。これは判断が非常に難しくなります。
たとえば、業務中に脳梗塞で倒れたとします。脳梗塞は病気だから仕事は無関係だとは出来ないのです。もしかしたら、会社の長時間労働やその月にたまたま業務過多になっていたことから起きたかもしれないからです。ただし、脳梗塞の経験があるなどの場合は、判断はグレーになります。
〔予見可能性〕
労災の判断において、予見される事故として発生したかという点が重要になります。端的に言えば、そのような状況で仕事をすれば多くの人がけがをすることが想定されるなどが典型です。精神疾患がわかりやすいのですが、そのようないじめであれば多くの人が疾患を発症するだろうと判断できるか、その人が発症しても他の人たちはまず疾患を発症するほどのものではないだろうと判断されるかです。
つまり、労災は、被災者の主観で決まるものではないということが重要な点になります。
【テレワークの腰痛をどうみたらよいか】
そこで、テレワークの腰痛ですが、とても判断は難しくなります。
椅子自体の高さが合っていないために疲れやすかったとか、椅子を変えたばかりで慣れていないとか、座り方が腰によくない座り方だったとか、椅子に問題になくても机の高さなどとの関係で腰に影響した可能性がみえるとか、様々な要因が考えられてしまうからです。
この辺の状態になりますと、かかりつけの医師はわかりません。医師は仕事で使用している机や椅子などの作業環境を知りませんし、実際に見てもいないからです。医師にとっては患者が診察室の数分間で伝えた内容がマックスです。
こうしたことが原因だとなれば業務災害だとは認められない可能性が高くなります。また、作業場所とプライベートで座る椅子が同じだったなどもそうです。たとえば、ダイニングテーブルで仕事をしていて、いつもその椅子で仕事をしていたが、コーヒーを飲んだり、食事をしたりするのも同じ場所、同じ椅子だったなどが典型です。
【業務災害を主張するための対策】
㋐可能ならば、プライベート空間と業務用空間を別にする。部屋を区分けする、部屋が区分けできない場合は部屋に間仕切りを設置して区別するなどです。要するに、プライベートと業務空間を共用しているという状態をなくしておくことです。
㋑仕事の記録を細かく残しておくことです。在宅勤務の場合は、上司が業務場所の様子や業務の様子を一切見れませんので、会社からの指示の有無にかかわらず、自分の就労状態などを自分で記録に残す工夫が必要です。
記録があることで必ず業務災害と認められるわけではありませんが、客観的なある程度の記録で示し主張できることは、まったく何も示すことができない状況とは比べものになりません。
㋒テレワークのガイドラインに沿って行っておくことです。先に示しました、ガイドラインを参考に、可能なかぎり、それに沿った作業環境で頑張っておくことが重要です。
逆に、あまりにもガイドラインからかけ離れた作業環境で業務遂行していた場合には、労災認定は厳しいものになる可能性があります。
【どう対応したらよいか】
㋐会社は、前掲のガイドラインに沿って、在宅勤務の作業環境を指示する。環境の報告を受け、助言をしておく。
㋑テレワークのルールを細かく定め、通知しておく。テレワーク実施前の研修などを行っておく。
㋒テレワーク原因の腰痛と言われたら、「労働基準監督署に労災の書類を出す手続きは協力する」・・・これで大丈夫です。
「労災はやらない」「労災だから出すよ」・・・これはよくない発言です。
当事務所でも、これまで腰痛の労災事案は扱ってきておりますが、さすがに100%労災とはなりません。腰痛の内容にもよりますし、業務内容なども関係します。腰痛は労災になるということでもないし、労災にならないということでもないのです。
ちなにみ、労災請求は、請求人は労働者です。労災の様式に会社の押印がなくても、労働基準監督署への労災請求は可能です。一応、労使ともに知っておくといいかと思います。
お読みいただきましてありがとうございます。