まずは、今回とりあげます事案の新聞記事です。
雇い止めを巡る労働審判の内容を口外しないよう長崎地裁の裁判官らでつくる労働審判委員会に命じられたことで、支援してくれた元同僚らに解決内容を伝えられず精神的苦痛を受けたとして、長崎県大村市の男性(59)が慰謝料など150万円の国家賠償を求めた訴訟の判決で、長崎地裁は1日、口外禁止条項を付けたのは違法と判断した。男性が明確に口外禁止を拒否していたのに命令したことで「過大な負担を強いた」と指摘した。
原告代理人の中川拓弁護士によると、労働審判で裁判官らが口外禁止を命じたことを違法と判断したのは初めて。労働審判は毎年3000件以上が申し立てられており、判決が今後の労働審判に影響を与える可能性がある。一方、地裁は労働審判委が口外禁止条項を盛り込んだのは「早期解決の道を探るためで、審判に違法または不当な目的があったとは言えない」として、国賠請求を棄却した。
男性は2016年4月から県内のバス営業所に有期雇用の運転手として勤務していたが、同僚と共に会社に待遇改善などを訴える要望書を作成したところ、17年3月に雇い止めにされた。男性は同11月、会社に地位確認と損害賠償など約270万円の支払いを求める労働審判を長崎地裁に申し立てた。
判決などによると、18年1、2月にあった労働審判の審理で、審判官の武田瑞佳(みか)裁判官(現大阪高裁裁判官)は、会社側が要望した「内容を第三者に口外しない」とする口外禁止条項を盛り込むことを条件に会社が解決金230万円を支払う調停を男性側に打診。男性は泣きながら「同僚の励ましが精神的な支えになってきた」などと述べて拒否したが、武田裁判官は同条項を盛り込んだ労働審判を言い渡した。
判決で古川大吾裁判長は「労働審判法上、労働審判の内容は事案の解決のため相当なものでなければならない」と指摘。そのうえで、男性が涙ながらに拒否した経過を踏まえ「原告が将来にわたって口外禁止条項に基づく義務を負い続けることからすれば、原告に過大な負担を強いるもので、原告が受容する可能性はなく、相当性を欠く」と判断した。
判決について、男性は「お金と引き換えに口をつぐむように言われて苦しかったが、主張が認められて良かった。判決をきっかけに労働審判を申し立てる労働者たちが口を封じられるようなことがなくなってほしい」と話した。
(毎日新聞 2020年12月1日)
そもそもの労働紛争の内容は3段落目に出ている通りなのですが、労働審判はあくまで調停よる和解になりますので、何を条件に合意するかなどは各事案ごとに様々なわけです。
支援してくれた同僚の励ましが支えになってきたことから、申立人の男性は口外禁止条項を拒否しています。会社側はどのような態度を示したかは明らかになっていませんが、最終的に裁判官が合意文書に口外禁止上条項を盛り込むことを決定したとのことです。
男性にしてみれば、事件が終結すれば、こういう内容で終わったよと報告もしたいし、支援してくれた同僚からは遅かれ早かれ聞かれるでしょう。一生口外できない合意条項は厳しいものがあると言えます。
ただ、和解の口外禁止の争点について初めて判決がなされた点で非常に貴重だと考えられます。小職がお手伝いさせていただく、労働局や労働委員会のあっせんにおける和解でも、合意文書に必ず、口外しないことというのが盛り込まれますので、思わず感がさせられましたし、参考にせざるを得ないところです。
労働審判での口外禁止条項の問題ですので、労働審判の和解の際に影響してくる可能性が考えられますが、あっせんにおける和解でも、口外禁止条項という点では同様ですので、影響してくる可能性はあります。
あっせんの和解の際には、労働者側から口外禁止条項の拒否を主張してみることは可能ですので、主張する労働者が増加してきて、どこかで主張が通った例がでてきますと変わってくることにもなるでしょう。
会社側が拒否に応じないとの姿勢を貫くと、あっせん委員も動かない可能性はありますが、今回の裁判所の判決を根拠に(特別の事情があればなお根拠づけができますが・・)主張してみる価値はありです。
少し補足しておきますと、あっせんというのは、裁判外の紛争解決の手法で、労使(労働者と会社)が譲り合って解決をする、例えるなら、双方ともに手ぶらで帰ることがないようにして、握手して終了(本当に握手をするわけではありません)・・というようなものです。
小職の経験では、あっせんにおける口外禁止条項は、期限など尽きませんから未来永劫禁止という意味です。禁止条項は、あっせん委員から自動的にかつ無条件に盛り込まれる形になることが多いと言えます。ただし、事案内容や被申請人(会社側)の意向などにより、郊外禁止条項でも表現や内容が微妙に異なってくることもあります。
こうした郊外禁止条項つきの合意文書を交わしても、実務レベルでは、後日、社内で従業員にあっせんの内容等が広まっていたというのもあるようです。こうした場合には、会社側が話していると考えられます。
また、退職者のあっせんの場合は、元同僚などとLINEや電子メールなどのやり取りをすることで伝わっていることもあるかもしれません。
いずれにしましても、労使双方とも、未来永劫、誰に対しても口を閉じていることが現実になることは考えにくいわけです。今回の判決ではないですが、そもそも、苦痛をかなり伴うというのはその通りかと思います。
応援してくれた仲間がいれば、仲間は当然聞いてくるわけで、その際に黙秘すれば、人間関係の破壊になる可能性があります。特別な事情がなくても相当な苦痛になることは間違いありません。
こうしたことが現実かと思われます。その点で、今回の毎日新聞のニュースは、一つの指針を示してくれたと言えます。今回の判決が端緒となって、労働者側が、合意文書への郊外禁止条項を拒否してくるパターンが増えるかもしれません。
企業からすれば、紛争とされ金銭要求されていることで、もう抵抗感いっぱいですから、実際実現するかどうかに関係なく、その和解の場では、何が何でも口外禁止を遵守させたいと強く思うでしょう。
あっせんでも、労働者のほうから積極的に口外しませんということは、まずありませんから、そのような構図になるのが一般的です。
今後は、和解の場で口外禁止条項を拒否する労働者が出てくる可能性が考えられるところですが、今回の事案では、支援してくれた者に伝えたいという事情が絡んでいるからこそ、口外禁止条項の盛り込みが違法とされたともみることができます。
その点では、一事案を素材に、やたら口外禁止条項を拒否すればいいということになるものでもないと考えておくべきかもしれません。
もちろん、紛争解決の合意文書に口外禁止条項が入った場合には、労使双方とも「はい、わかりました」との態度に徹する必要があることはいうまでもありません。
参考になりましたら幸いです。
特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄