最近 何度もアメトピに記事を掲載していただいています。

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ありがとうございます。

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自己紹介

最近 私の勤務校を含む州立大学がまた共通テストの成績を大学受験時に提出させるべきだという意見が出ています。

特に理数系の学生が簡単な計算すらできないということが指摘されています。

 

私はアメリカの大学受験を経験していないのですが、娘が受けていたSATなどの問題を見ると確かに高校の数学の知識がしっかり身についていないと解けない問題は非常に少なく、しかもテストは選択式(multiple choice)なので、基礎的な計算能力が低くてもある程度の点数は取れるようです。ましてや海外(中国など)で数学を学習してきた留学生には「どうしてこんな簡単な問題が出るのか?」と首をかしげるようなレベルなのでしょう。

 

今や完璧な成績(ストレートA)では十分ではなく、大学レベルのコース(AP)を取り、高校在学中にコミュニティカレッジや大学でコースと履修して、スポーツやったり、コンテストに出たり、ボランティア活動をしていないと入れなくなった州立大学(の一定のキャンパス)ですが、もともとは州内に住む大学生が「大学で学ぶべきこと」を学ぶ場でした。だから高校では「高校で学ぶべきこと」を学び、大学に入ってから専門的な知識を持った教員に学ぶべきことを高校で習い、テストだけ受けて一定のレベルなら大学では履修しなくていいという制度になってから問題が生じてきたのです。

 

私は高校の先生を見下すつもりは毛頭ありませんが、高校の先生が大学レベルの授業をするのは無理があると思います。高校の先生は私たち大学教員よりはるかに仕事量が多いです。ゆっくりとシラバスを考えたり、学生に合わせた指導をしたり、自分自身も研究を続ける時間が持てないと言うのが現状です。そして「大学レベルのコースを教えろ」と言われても大学で教えた経験がないので、自分たちが大学で習ったコースデザインや内容を思い出してカリキュラムを作るかAPテストの予備校的な授業内容にするかになってしまいがちです。

 

そのため、成績優秀で、すでに高校時に大学の必修科目を取った学生が大学に入ってきて、いきなり大学の専門科目を取ると大学の教員が「こんなこともできないのか」と思ってしまうのは、学生のせいというより制度に問題があると言えます。

 

大学は「高等教育」と呼ばれていて、そもそも誰でもが入れるとか、誰もが行くところではなかったのですが、今のアメリカは学歴インフレが起きているので、以前の「大学生」のレベルは「大学院生」のレベルと考えた方がいいのかもしれません。

 

1万人くらいいる大学1年生が4年間大学で学習し、2000人くらいが大学院に進学するとして、大学院で博士号を取得まで終わらせる人が100人くらいだとして、そのうちの10%くらいがアカデミアに残って研究や教育を続けるのだとしたら、大学に入ったばかりの学生が簡単な計算もできないようなレベルであっても、その中に「キラリと光る逸材」がいて、その人が順調に高等教育で能力を伸ばし、将来その大学に貢献してくれるなら、今のままの教育システムでもいいのかな〜と思っています(すでに他人事ですみません)。

 

 

 

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