今の大学の採用が決まるまでも紆余曲折がありました。まず応募が出たのがかなり遅く4月の終わり頃だったと記憶しています。そして採用者で、のちに私の上司となった教授が、ニュージャージーの大学の学会に基調講演者として招かれていることがわかりました。その先生と私がジョージアで出会った恩師は師弟関係から同僚だった時期もあり、とても親しい間柄でした。そして当時勤めていたボストンの大学の上司はその教授の教え子でした。そんな関係で、私は採用者の教授とニュージャージーの大学の学会で会うことができました。とても気に入ってもらえたのですが「(今年出しているポジションは)もうだいたい決まっているの」と言われました。
それはすでに学年末だったので、私は夏以降、仕事もないし、ビザも切れてしまう状態でした。とりあえず、ボストンのアパートは出なくてはいけないので、引越しの準備を始め、日本に帰るしかないと腹をくくり、ヤマトの引越しサービスに見積もりを取ってもらったりし始めていました。
そうこうしていた6月のある日、私の上司となった教授から電話が入り「採用予定の人が来年度はできなくなったので、あなたを採用したい」と言われました。
本当に突然のできごとでこの一本の電話で私の人生は一変したわけですが、ヤマトの引越しサービスと契約していたおかげで、6月から8月まで荷物を倉庫で保管してもらえて、9月にロサンゼルスのアパートに届けてもらえました。「日本からロサンゼルスに変更だったので、(いずれにしてもロサンゼルスの倉庫に一回送るから)問題なかったですが、これで別の国内に送ってくれと言われたら、費用は倍額になりましたよ」と言われました。なんだか運命的な就職劇だと今でも思っています。
クロネコヤマトのネコはアメリカだとうすいブルーでした。今でもそうなのかな。
この写真はYAMATO USAのページからお借りしています。
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