行雲流水的くっぞこ -193ページ目

CARL CRAIG「モア ソングズ アバウト フード アンド レヴォリューショナリ アート」

↑のタイトルのアルバム名が、アルファベットじゃなく片仮名なのは、文字数が多くて入らなかったからです(笑)


 CARL CRAIG「MORE SONGS ABOUT FOOD AND REVOLUTIONARY ART」(1997年)です。


 カール・クレイグさんは、1969年、米国デトロイト生まれ。1989年デビュー。

 デトロイト・テクノ第2世代と一般に言われてますけど、デリック・メイさんの弟子の一人です。


 彼は、色々な名前で音源を出していますが、この盤は、彼の本名の名義での2ndアルバムです。


 アマゾンのページ(試聴できます)


 この”カール・クレイグ”名義で出したアルバムの音は、薄いメランコリックなメロディがのったアンビエントですね。繊細な印象です。霧の中を漂ってるような。

 大雑把に例えていうなら、初期エイフェックス・ツイン(リチャード・D・ジェイムズさん)のアンビエントぽい音と、クールで肉感的なイメージだった、師匠・デリック・メイさんの1990年前後(活動停止寸前)辺りの音をミックスさせたような…。大雑把過ぎますかね(笑)。

 不安定に上下する、スライドしていくシンセの音。これは師匠譲りですけど、やっぱり面白い。

 でも、デリック・メイさんの活動停止寸前のシングル「THE BEGINNING」にもカール・クレイグさんは参加されてたわけですし。あそこが、カールさんの出発点ですよね。


 だから、よく似てるんですよ。師匠を髣髴とさせるような曲もあったり、あと、カールさんがリメイクをしたこともある、ドイツのマニュエル・ゴッチングさんの「E2-E4」ぽい(アシュラの70年代後半も?)曲もあったり。6曲目「DREAMLAND」なんて(笑)。

 ホントに素晴らしいですよ。”テクノ=キカイのオンガク”というイメージから、ほど遠い音。どちらかというと、内側に向かっていく音なんですけど、最後でギリギリ解放されていくような。


 初めて聴いたとき、この盤を通して聴いてて、「この曲は、デリック・メイ度が高い曲だな~」なんて思って、ブックレットを見たら、その曲は、デリック・メイさんが参加していた曲だった、なんて記憶がありますね(笑)。「FRUSTRATION」という曲なんですが、この曲、何故か最後の部分に、円谷プロのテレビ特撮ドラマ「ウルトラQ」のタイトルの曲(”ウルトラQ”の字がグルグル回転するところの曲)がサンプリングされています(笑)。

SABERTIGER「AGITATION」

 自分の中で、オールタイムベストなミュージシャンの一つ、サーベルタイガーです。

 SABERTIGER「AGITATION」(1994年)です。


 サーベルタイガーは、1981年札幌で結成。今も活動を続けています。

 ドラマティックなハードロック~へヴィーメタルな音を出してるバンドです。


 このバンドで一つややこしいのが、同名バンドがいるんですよ。しかも、向こうの方が有名だったりするんですよね(笑)。

 もう一つの「サーベルタイガー」とは、元Xの故HIDEさんが横須賀で結成したバンドです。”横須賀サーベルタイガー”です。ただ、札幌にも同名バンドがいると知って、途中で、「SABERTIGER」から「SAVERTIGER」に、”B”の字を”V”に変えましたけどね(笑)。


 このアルバムは、2ndです。1stを1992年に出してますが、1981年結成ですから、1stを出すまでに10年以上かかってます。このバンドに限らず、地方で活動を続けるミュージシャンにはありがちですけどね。

 このアルバムも含め、3rdまでは自主制作で、多少、後のアルバムに比べれば、音が良くないんですよ。ちょっと、音がこもってるんですね。

 あと、このアルバムは、前作共々、日本語詞なのも特徴ですね。次作から全て英語詞になりますから。


 タワーレコードのページ

 (視聴できます。でも、音がかなり安っぽいです 笑)


 この時期は、ギター×2・ベース・ドラム・ヴォーカルの5人編成でした。ヴォーカルは、元プロヴィデンスの久保田陽子さん。このアルバムから、ドラムが変わって、磯田良雄さんになってます。


 このアルバムは、ミドル~スロー・テンポの曲が多くて、初めて聴いたときは、地味だなぁ~、と思ってました(笑)。ただ、聴き込んでいくうちに、曲がいいことに気付いて。本当にドラマティックな曲ばかり。ハスキーな声質の久保田さんが、ミドル~スローな曲をじっくり歌い上げていくのがいいんですよね。

 特にラストの「NIGHTLESS QUARTERS」。11分強のスローなバラード曲なんですが、長さを感じずに、あっという間に過ぎていくような、実にドラマティックな曲です。最後のギターのソロパートが泣きに泣いてます。ギタリストでリーダーの木下さんが、録音時に、”「これ以上悲しくは弾けまい」という限界まで弾き直しを重ね”(木下さんの解説より)たそうですから。


 いまだにこのアルバムは、よく聴いてますね。5人編成時代のサーベルタイガーは、アルバムを3枚出しているんですが、どれもちょっとづつ方向性が違っていて、どれも面白いんですよ。

ドンキーコング ジャングルビート

 任天堂のゲーム機が、コントローラーにこだわってない、変な操作性のゲームを出してますよね。Wiiは、リモコン型コントローラーをブンブン振り回して遊びますし、ニンテンドウDSは、タッチパネルで遊びますし。

 このゲームは、任天堂が出した、Wiiの一つ前の据え置きゲーム機、ゲームキューブ用のソフトなんですが、これも、変なんですよ(笑)。

 「ドンキーコング ジャングルビート」(2004年)です。


 任天堂サイトのオフィシャルページ


 画面だけ見ると、普通のアクションゲームに見えますが、このゲーム、専用コントローラーがあって(普通のコントローラーでも遊べます)、これが、肝なんですよ。正式名称は、”タルコンガ”です(笑)。

 これですよ(笑)。太鼓(コンガ)型のコントローラーです。

 大きさはこれくらい。

 横の四角いのがCD(DVD)です。比べると分かりますが、結構大きいんですよ


 ゲームセンターに「太鼓の名人」みたいな、リズムを遊ぶゲームがありますよね。モニター画面に現れる記号に合わせて、太鼓を叩いたり、足元のパネルを踏んだりする。

 あの手のリズムゲームを、任天堂が、ゲームキューブ用に、ドンキーコングをキャラクターに「ドンキーコンガ」というソフトを作ったんですね。その、専用コントローラーが、この”タルコンガ”なんですよ。文字通り、この”タルコンガ”をポンポン叩いて遊ぶんですけどね。

 その”タルコンガ”を流用して遊ぶのが、この「ドンキーコング ジャングルビート」です。


 このゲームの操作自体は簡単で、左右の太鼓のうち、右を叩けば、ドンキーコングは右に進み、左を叩けば、左に進み、左右同時に叩けば、ジャンプします。

 そして、この”タルコンガ”には、マイクが付いていて、”タルコンガ”の近くで、手拍子をすれば、ゲームの中のドンキーコングも手を叩きます。ドンキーコングが手を叩いて、強烈な音波を出して、敵を気絶させたり、近くにいる仲間のコングに、色々と手伝ってもらったりとか。

 別に手拍子じゃなくても、マイクの近くで音をさせればいいだけなんですけど、気分が入ってくると、パチパチ叩いてしまいますね(笑)。この手拍子の音量センサーは調節出来るので、手拍子の音は小さくても大丈夫です。


 これが、ついつい熱くなってしまうんですよ。ゲーム自体は全然難しくないんですけど、トントン太鼓を叩いて、パチパチ手拍子打って。気がつくと、手が痛くなってたりしますね(笑)。

 一つの面が3ステージに分かれてて、面の最後にボス戦があります。

 このボス戦も熱いですね。普通に爆弾等を投げて、ボスキャラをやっつける面と、ボスとの直接対決の面があります。ボスとの直接対決がさらに熱いです。敵のボスキャラの攻撃をよけて、左右の太鼓をドコドコ叩いて、パンチをボスに打ち込む!

 ステージ途中で、バナナを取っていくんですが、そのバナナの数でバッチがもらえます。その手に入れたバッチの数で、次の面へ行けるようになります。


 アクションゲームが得意な人は、簡単かもしれませんが、私みたいなヘタっぴは、ちょうどいいくらいです(笑)。私、変なゲームが好きなので(笑)。

中野晴行「球団消滅」

 最近、本を紹介してないな、と思って、これ。肩肘張らないノンフィクション本ですけどね。

 中野晴行「球団消滅」(2000年)です。


 中野晴行さんは、1954年、和歌山生まれ。漫画評論家です。


 ”球団消滅”なんて、ショッキングなタイトルが付いてますけどね。この本は、終戦直後のプロ野球のゴタゴタを、ライオン軍~朝日~パシフィック~太陽(大陽)ロビンス~松竹ロビンスの球団オーナーだった、田村駒治郎さんを中心に描いたノンフィクションです。


 田村さんは、明治34(1904)年、大阪生まれ。父の跡を継いで、繊維商社「田村駒」の社長になります。

 学生時代から野球をやってた田村さんは、大正15年、欧米へ繊維の視察旅行へ出た際に、大リーグを見学します。そこで、球団オーナーの夢を持つんですね。でも、日本に本格的なプロ野球が誕生するのは、昭和9年以降ですから、まだまだ影も形も無い頃なんですよね。

 日本にプロ野球が誕生して数年、東京にあった球団”大東京軍”(昭和11年創設)から、身売り話を持ちかけられて、田村さんは、昭和12年に球団オーナーになります。


 戦前に存在していたプロ球団は、9チームだったんですが、昭和19年に終了。そこで、全球団解散しますが、翌年、敗戦を機に球団が続々誕生します。

 ここらのゴタゴタがすごいんですよね(笑)。引き抜き、移籍等がぐちゃぐちゃで(笑)。監督が他チームに移籍すると、その監督を慕う選手も一緒に移籍するとか。「国民リーグ」という地方回りをして試合をするリーグが出来たりとか。読売巨人の横暴さとか(笑)。←あぁ~、これは、今も変わらないですね(笑)。

 そのゴタゴタから、結果的に2リーグに分裂して、さらにそこでまたゴタゴタして。この前の、楽天~ライヴドア~近鉄~オリックスのゴタゴタを見てるようで(笑)。


 基本的に、球団オーナーになる会社というのが、新聞屋と鉄道屋だけ、という中で、一人、個人商店の球団オーナーである、田村さんのワンマンぶりが実に魅力的で(笑)。でも、こんな人が周りにいたら迷惑だろうなぁ~って(爆)。

 例えば、太陽(大陽)ロビンスの球団名のロビン(robin)は、駒鳥のこと。つまり、田村駒治郎の、名前(”駒”治郎)から付けてるんですよ(笑)。ワンクッション置けば実に魅力的な人。

 昭和36(1961)年没。田村さんは、昭和45年に野球殿堂入りしています。


 本の巻頭に1955年頃までの球団名変遷の簡略した見取り図が載ってるんですが、これが、この本を読む上で、実にありがたかったですね。球団名が分からないから(笑)。球団の分裂吸収があるので。

艶出しB賞~♪

 栗田善成さんの番組の川柳コーナーで賞を頂きました。

 今度も艶出しB賞!

 ありがとうございます!