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木漏れ日の海

フィギュアスケートの羽生選手を応援しています。
プログラムの感想を中心に語ります。

ファンタジーオンアイスが近くなってきた。

 

あと1週間もしないうちに、羽生君の新しいプログラムが見れると思うと、楽しみでドキドキしてきた。

 

確実に新しいプログラムが見れる、しかも生演奏との共演というのがファンタジーオンアイスの醍醐味。

 

昨年のファンタジーオンアイスからの1年間を振り返ってみると、怒涛の1年だった。

 

その間に「RE_PRAY」という単独ツアーを成功させたし、「notte stellata」での素晴らしい新プロも記憶に新しい。

 

スケーターとしても制作総指揮としても、その進化はとどまるところを知らない。

 

今年はどんなプログラムを見せてくれるのだろう。

 

羽生君のプログラムには、1つとして同じようなものがない。

そして、新プログラムは常に「挑戦」をはらんでいるように思う。

 

それまでのプログラムにはない世界観、構成、演出、技を入れ込んでくる。

 

新プログラムを1つ作るということは、フィギュアスケートの可能性を押し広げることとイコールというのが、羽生君のスケート。

 

その貪欲なまでの探求心、向上心に惚れ惚れする。

 

「羽生君の新プログラムが見られる」という、「今」の時代に感謝して。

「Quadruple Axel 2024羽生結弦SPECIAL」に載っていたMIKIKO先生の言葉で、とてもプロフェッショナルで厳しい言葉があった。

 

羽生君の努力のすごさをたたえた後で、努力ができないのなら人前に立ってはいけないと。

 

この言葉の厳しさから、プロフェッショナルの矜持を感じた。

 

人にお金を払ってもらって、見てもらうというのは、大変なこと。

ましてや、多くの人に見てもらうとうのは、途方もない。

 

才能があるのは、当たり前。

そして、努力するのも当たり前。

というのが、プロフェッショナルの世界なのだなと思った。

 

以前見たバレエの番組で、バレエの先生が言っていた言葉が印象的だった。

 

才能があったり、資質に恵まれている子は、それなりにいる。

でも、そのうえで努力できることが大切だと。

 

「努力」という点において、羽生君はとてつもない。

 

競技時代からそうだった。

その練習風景を見る度に戦慄していた。

 

氷に何度たたきつけられても、ジャンプの練習を繰り返す。

どんなに息があがっていても、その目は次の練習、次の動きを見据えている。

 

そして努力のすさまじさは、プロになってからも変わらない。

舞台裏の映像を見る度に驚かされる。

 

実際には、見せていないところで、この何倍もの努力が行われているのだろう。

 

その原動力は何なのだろう。

想像(妄想)でしかないけど、それは理想とのギャップなのかもしれない。

 

思い描く理想に現実が追い付いていないとき、そのギャップを埋める手段は努力しかない。

 

そしてその場合、努力しない自分は許せない。

努力してやっと、自分で自分に安堵できる。

 

以上は一般論かもしれない。

 

そして、羽生君の場合、「見る人」というのが常に念頭にある気がする。

 

「見る人」に少しでも良いものを届けるためにどうするか。

その答えも努力なのかなと。

 

「見る人」に対する誠意と愛情をひしひしと感じる。

 

そんな諸々の要因が「努力」に行きつくのかなと思う。

「Quadruple Axel 2024羽生結弦SPECIAL」を1回ざっと通しで読んだので、感想を書いておきたい。

 

羽生君のインタビューにあった「理想のスケート」について。

 

羽生君の中では、そういう感覚なのかと、とても興味深かった。

 

自分の感覚としては、羽生君のスケートは、初めて見たときから「理想のスケート」だった。

 

羽生君のスケートを初めてテレビで見たのは、2014グランプリファイナルの「バラード第1番」。

 

これがすでに「理想のスケート」で「理想のプログラム」だった。

 

私はフィギュアスケートのライトファンで、長野オリンピックあたりから断続的にテレビで見てきた。

 

特に誰のファンというのはなかったけれど、魅力的なスケーターだと思う方は、たくさんいた。

 

そんななかで見た羽生君の「バラード第1番」は衝撃的だった。

 

ジャンプ、スピン、ステップ、スケーティング、スタイル、表現。

そのどれもがかなりの高みにあるトータルパッケージ。

そして音楽と振付が羽生君の個性とマッチした、素晴らしいプログラム。

 

初見のときにすでに「理想のスケート」だったので、その後は、それを更新するのみ。

「理想の先」をずっと見せてもらっている感覚で、最近はそれがさらに加速している。

 

羽生君のスケートには、その存在を知ったときからずっと、驚きを与えてもらっている。

 

それでも、羽生君のなかでは「理想のスケート」というのは、まだ先にあるのだなと。

 

はたから見ていると、すでに(とっくに)到達しているように見えるけど、本人の中では、まだ。

近くにあるように感じるときもあるし、遠くに感じるときもあると。

 

到達したと思ったら、そこで止まってしまうのかもしれない。

これからも高みを目指す姿を見せてもらえるのは、本当に嬉しい。

 

「駅伝」について。

 

とても適格な例えなのだけど、まさかそう来たかと唸ってしまった。

 

私は中学生のとき、駅伝の選手に選ばれたことがある。

学年の代表として地区大会に出場した。

 

これが本当にキツくて。

駅伝なので、前の走者からタスキを受け継ぐ。

今の順位は、それまでのみんなが築き上げてきたものなので、落とすことは絶対にできないし、できるなら上げたい。

 

前半に飛ばしてしまうと後半でバテてしまう。

だけど、セーブしすぎてもだめなので、とにかく全部で全力を出す感じ。

走ったのは3キロほどだったけど、その距離を最大限のスピードで走って、全てを絞り出さなければいけない。

 

こんなにキツい競技があるのかと身にしみた。

それは、テレビで箱根駅伝を見ていても思う。

 

羽生君は「RE_PRAY」をその駅伝になぞらえた。

確かに、1つ1つのプログラムで全力を出し切っている。

 

何人かでタスキをつなぐ駅伝は、1つの区間で力を出し切ればいいけど、羽生君の「RE_PRAY」は、それを1人でやっている。

全区間を1人で絶え間なく走る。

 

そんなことが可能なのかと思うほどの過酷さ。

とんでもないものを見せてもらっているのだと、改めて思う。

 

そして、無良君のインタビューにも印象的な言葉があった。

 

プロになって練習量が落ち下降線に入ると一気に体にガタが来る場合があるけど、羽生君の場合はプロになってからも上げ続けていると。

 

なるほど。

確かに羽生君のスケートは、プロになって制約がなくなった分、上達のスピードが加速している部分もあると思う。

スケーティング、ステップ、世界観の表現、プログラムの完成度などは競技時代からさらに進化している(ひょっとしたらジャンプの完成度も)。

 

上げ続けることによって、下げさせない。

まるで「攻撃は最大の防御」のような。

こういうところに、攻めのアスリート魂を感じる。

 

そして、MIKIKO先生のインタビューも、内容が濃かった。

 

「RE_PRAY」制作の道筋が垣間見えて、興味深かった。

 

まず最初に「PRAY」があった。

先日の舞台裏スペシャルの羽生君インタビューとも呼応する。

 

ゲームと聞いたときには、最初に「PLAY」があるのかなと思っていたので、逆だったことが意外だった。

でもそれだけ、「PRAY」というのが一貫した、羽生君のスケートのテーマなのだということが、改めて分かった。

 

そして、個人的に今回、一番読めてよかったのが、清塚さんのインタビュー。

 

ファイナルファンタジー内のセリフを引用した、羽生君から清塚さんへの言葉が刺さった。

 

これは、根底に「祈り」があるということにつながると思う。

そして、この部分が、自分が羽生君のスケートに惹かれる一番の理由なのだと再認識した。

 

この他にもシェイ=リーン・ボーンさん、田中君、都築先生のインタビューもとてもよかった。

皆さんが語る羽生君。

 

改めて、「RE_PRAY 」と「notte stellata」の歩みを振り返ることができた。

「RE_PRAY 舞台裏SP」の中で放送された宮城初日の「破滅への使者」。

 

このプログラムを最近、リピートしている。

 

完璧だと思われた横浜最終日を超える完成度。

 

全てのジャンプが美しく、かつ余裕をもって決まる。

それでいて、プログラムの世界観に入り込んで表現している。

ジャンプ以外の振付にも細心の注意が払われている。

 

このプログラムは、ジャンプの難易度的にもエレメンツの入り具合も、競技プロ、しかもフリーに近いと思われる。

 

それだけの難易度のプログラムがこの完成度で披露されたということは、競技時代のフリープログラムを、ある意味で凌駕したような気がする。

 

ツアーを通して、本番環境で繰り返し滑ってきた賜物かもしれない。

そのプロセスは、競技時代さながら。

 

そうやって磨かれてきたプログラム独特の凄みを持つ。

 

羽生結弦を羽生結弦が超えた。

これは競技時代によく言われてきたけど、プロになった今も変わらない。

 

「RE_PRAY」は色々な意味で、新たな地平を切り開いた記念碑的なツアーとなった。

「news every」」の「notte stellata」舞台裏を見た。

 

最近は「Danny Boy」ばかり見ていたので、久しぶりに「Carmina Brana」を見た。

 

今回の放送ではショートサイドからの映像だったので、大地さんと羽生君のコラボレーションがよく見える。

 

それにしても、この操られているシーンの羽生君の演技力はすごい。

 

見えない力に引っ張られているような動きもそうだし、怖れおののいている悲痛な表情も。

 

「演技」という点でいうと、羽生君のプロになってからの演技力は、すごいと思っている。

 

まず驚いたのは「GIFT」のとき。

プログラムの間に挟まれる映像での「演技」は鳥肌ものだった。

 

特に後半のパートに挟まれる独白や2人の羽生君によるやりとりは、真に迫っていた。

表情やたたずまいまで常とは違っていて、怖いくらいだった。

 

そして「RE_PRAY」の映像でも演技力は健在だった。

「喰らう」のところの表情もそうだし、様々な感情を表現するナレーションも。

 

競技時代のCMで披露していたナレーションは、わりと「素」ぽかった。

いつの間に、こんなにすごい演技力を身に着けたのだろうと不思議になる。

 

「GIFT」も「RE_PRAY」も、映像部分のナレーションは全て、羽生君。

 

どちらもおそらく、ナレーション部分を足せば30分以上はありそうだから、すごいボリューム。

それだけのボリュームを違和感なく聞かせるというのは、プロ並みの技量だと思う。

(収録もそれなりに時間がかかるし、集中力を要するしで、大変だったはず)

 

ナレーションについても、人知れず研鑽しているのかもしれない。

 

全方位に自身が関わって、こだわり抜いて作り上げる「ice story」は、本当にとてつもない。